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「ブラック・フライデー」マイクル・シアーズ

マンハッタンに本部を置く全米最難関の名門私立大学コロンビア大学の

ビジネススクールを卒業後、ウォール街の証券会社で20年以上勤務した

マイクル・シアーズのデビュー作となる「ブラック・フライデー」(BLACK FRIDAYS)。


マンハッタン高層ビルの38階から落下する女性を描写した短い謎のイントロに続き、

ケース証券の元トレーダーであり同期で最も早くマネージングディレクターの地位に

のぼりつめた主人公ジェイスン・スタフォードの刑務所暮らしの場面から物語が

始まる。



映画「ウルフ・オブ・ウォールストリート」や「アメリカン・ハッスル」といった

近年の傑作娯楽映画から受ける印象は、

“マネーゲーム”で不正に利益を得ることの不公平さを快く思わない、

かつて欧州からアメリカ大陸に渡ってきた祖先たちの“ピューリタリズム”の

血であろうか。



FBIと捜査対象の証券マンあるいは詐欺師との心理戦、あるいは“ギブアンド

テイク”関係を緊迫感をもって描き、結果として、裏金、金融操作で不正に

莫大な利益を得ていた"犯罪者“は枕を高くして寝ることはできないとの結末。



FBIの陰謀を前面に出した「アメリカン・ハッスル」がいわばダメ男と

必死に人生を生き抜く薄幸で健気な女の愛情物語だとすれば

証券会社の不正をめぐるFBIとジェイソンの対立・恫喝・協業を描く本作は

父と息子の愛情物語である。



図らずも証券会社の損失隠しの主犯としてスケープゴートにされ、

初犯でありながら執行猶予なしで2年間を刑務所に過ごしたジェイソン。



財産没収を避ける為に偽装離婚した妻にはジェイソンの思いが通ぜず、

車のスペックに対しては天才的な記憶力を発揮するが、会話力、運動能力的には

同じ年の子供と明らかに異なる「高機能自閉症」を発症していると思われる息子の

キッドは妻の母親の元で半ば軟禁のような生活を送っていた。



自らの再起を賭けて、他の証券会社の内部不正調査にあたるジェイソン。



周囲に対して不安の気持を抱き、自分の感情を上手に伝達できないことから

周りに暴力的に接してしまうキッドをきちんと理解し、一人の人間として

育てるあげることが、たった一人の父親としての自分の責務と考え、

この思いを実現するために自らの人生を賭けるジェイソン。



証券会社の内情を熟知した筆者ならではの内部不正の描写は

説得性がある「ブラック・フライデー」は、企業小説であり、ミステリーであり、

父親と息子の愛情物語でもある。
















「少女は自転車に乗って」


石油関係の仕事で度々サウジアラビアに出張している友人から、

サウジアラビアでは女性が車を運転することは禁じられ(免許取得不可)

成人女性は公衆の場で肌を晒すことも厳しく制限されているとの

話しを聞いたことがある。



表向きは否定されていながら広く普及しているテレビとは反対に、

映画館の開設が禁止されているこの国の女性映画監督

ハイファ・アル=マンスールが、現在のサウジアラビアで

戒律に縛られながらも自由な生き方を模索する少女と

男尊女卑の世界で生きるその母親の姿を映画という表現手段を

通して全世界に訴えた作品「少女は自転車に乗って」



首都リヤドに住み、女子小学校に通う10歳の少女ワジダ

(ワアド・ムハンマド)は、他の生徒が黒い靴を履いているのに対し

スニーカーで通学し、顔をベールで覆うこともなく、

生徒を宗教上の理想の女の子という型にはめることを生きがいに

している女性校長からは問題児としてみなされ、

事あるごとに叱責の対象とされている。



このワジダを好意的に見ている、年の近い小学生の男の子アブダラが

買ってもらった自転車を見て、ワジダも自転車を手にいれ、

アブダラと競争することを夢見るようになる。



同級生の女の子はだれも持っていない自転車、

近くの店の店頭に夢に見た美しい自転車が

飾られているのを見たワジダは、店主に

必ず買いにくるから自分用にとっておくようにお願いする。



自転車を購入するのに十分な賞金が用意された

コーランの暗唱大会優勝を目指して、これまで殆どイスラム教の聖典

コーランを手にしたことが無かったワジダは必死に暗唱し、

歌うように読み上げる努力を続ける



一方、一夫多妻が認められている男尊女卑のこの国で、

男の子の産めないワジダの母が辿る運命。



サウジアラビア出身の女性監督は、

サウジアラビアで生きる女性達の

一人の人間としての逞しい心を、

決してラジカルになることなく、優しく描く。



地球上に生きる全ての人は人生を楽しむ権利を持ち、

これを実践する価値がある。




























『ウォールフラワー』(The Perks of Being a Wallflower)

子供は小学校、中学校、高等学校へと

学校という集団生活の中で、自分の立ち位置、

漠然とした自分の将来の姿を想像し、葛藤するようになる。



「いじめ」はある意味劣等感と関係し、劣等意識をもつ者が、

自分より劣っている者の存在を確認し、

自己の存在意義を模索するためにいじめを行う。



本作で徐々に明らかにされるのは、

ある少年が信じていた存在から幼少期に受けたある行為と

この行為を行った大人が辿った人生が、

潜在意識としてその後のこの少年の生き方に

大きな影響を与えるさまであり、

この呪縛から開放されることは可能かを実験している。



主人公の少年チャーリーは幼少時に経験した

愛する伯母の交通事故死がトラウマとなり、

この事故を自らの責任と考え、

自己の殻に閉じこもる生活を送っていた。



このチャーリーが高校に入学し

体制に迎合しない一風変わった上級生のパトリック(エズラ・ミラー)、

そしてその異母姉妹サム(エマ・ワトソン)と出会うところから

この物語は始まる。



疎外されていたチャーリーと弟のように接するエズラ・ミラー演じる

パトリック、そしてその美しい妹役のエマ・ワトソン



同性愛、ドラッグそして自殺。



誰もが通過する10代の心が

完璧に投影されている。