主に道北の山を中心に登ってます。その理由は情報が極めて少ないからです。 情報過多の現在においても、道北の山はブラックホールのように情報はありません。 だからこそ、この目で確かめてみたいと思って行動しています。ピークを多く踏むよりも、縦走する山行が好きです。
※諸事情により、新規登山はしばらくお休みします。
夏以降の再開が目標です。
当ブログの記録は1000を優に超えております。
過去の記録を見るには、年度別山行一覧からお宝を発見するのも良いですが、
yahooなどの検索サイトで、道北ヤブ山日記␣○○山(岳、沢)と打ち込んでダイレクトに検索すると早いです。
(␣はスペース)
2011年から2025年までの山行一覧は こちらから
右肩腱板断裂手術の入院生活
2025/1/18入院初日。
2週間お世話になった部屋。
術後1日目。
肩からはドレーンと神経ブロックの管が入っている。
利き腕の右腕はどデカい装具が装着され、6週間固定される。
リハビリと風呂以外は外すことができない。勿論寝る時も固定。
主治医から説明では、腱板断裂箇所は2か所。
上腕骨の骨頭にアンカー(ネジ)を打ち込み、腱板と縛り付けてある。
アンカーは骨吸収性のものが通常は使われるが、骨が硬いので歯が立たず、4本のうち2本はチタン製を使ったとのこと。骨太は我が家の家系。
また関節唇も剥離していたため、取り除いたとのことで、想定以上に重傷である。
3日目。管が抜けた。
リハビリは術後翌日から始めたが、内容は肘と手の曲げ伸ばし程度。
正確な術式の名称は、鏡視下腱板修復術(ARCR)である。
穴の数は断裂幅や数によって異なるが、自分の場合は6か所と多い。
病棟の窓からは大雪山が良く見える。
あの山に登れる日は来るのだろうかと、毎日思っていた。
夜間痛と言われる腱板断裂特有の痛みに悩まされ、睡眠時間は連日3時間程度だった。
痛み止めもほとんど効かない。
ベットを起こすと痛みは軽減するため、夜間に痛みで目が覚めるとベットを起こし、半座位で寝ることが多くなる。
夜間痛が治まる時期は人それぞれだが、自分は3ヵ月以上に渡って続いた。
転院先の個室。
今の病院はwifiが通じていて便利である。
毎日職場からデータを受け取ってリモートワークしていたので、暇を持て余すことは無かった。
食事は質素すぎ(笑)
売店も無いので食べる楽しみはない。
意地になって病院食以外一切食べない努力をすると、入院中で体重が5㎏減った。
転院した病院は、未だに面会禁止だった。
週一回洗濯物を守衛さんに届けに来る妻を見るのもガラス越し。
貰ったパンフの内容の一部から抜粋。
3か月まで両手で1~2㎏って・・・・(笑)。何が持てるのだろう。
大断裂の場合の再断裂率は30%、中断裂では10-15%との医学的データがある。
自分は中断裂2か所なので、常に再断裂の不安が付きまとう。
2025/3/8 トータル38日間の入院生活最後の日。
お世話になったリハビリの先生と。
腱板断裂手術は退院後のリハビリが最重要となる。
肩の可動範囲を広げ、筋肉が落ちて骨皮になった右腕を復活させるには、半年から1年かかると言われている。
自分の場合は重傷なので、より日数がかかるであろうし、剥がれた関節唇を取っているため、完全に元に戻る可能性は低い。
過去の山行記録を分析する
本格的に登山を始めてかれこれ23年。
暇に任せて、2001年から2024年までの山行をExcelに入力し、一覧表を作ってみた。
入力と言っても、年度と年月日、登山エリア、山名、人数の項目だけである。
過去に700山行分程度は入力済で、追加作業は容易いと思っていたが、それは大きな間違い。
慣れない左手一本での作業に難儀し、二日がかりとなってしまった。
あー、左肩凝ったわー。
2024年末現在の山行数は1474となった。
この数字はピークの数ではなく、あくまで山行数。
過去には2泊3日で9山登ったこともあるが、山行数としてはそれでも1山行としてカウント。
エリアを分ける基準は難しい。自分は図に示すラインで区分した8つのエリアと決めた。
で、結果。
年別の山行回数。
2010年から右肩上がりで増えており、一度落ち着くも、2019年から再び増加。
過去同じ山に何度も登ってきたが、2019年から未踏の山に目標を切り替えたことで、低山が増えた影響と思われる。
山行時の人数は3人以下の少数が殆どで、圧倒的に単独行が多い。
気楽だからか、孤独だからか、或いはマニアックな山行に誰も付き合ってくれないからか。
今でこそ情報に溢れているが、23年前からマニアック・オリジナル路線は一貫してきたつもりだ。
エリア別では、予想通りに道北が突出した結果になり、当ブログの冠名は死守(笑)。
地元旭川からアプローチしやすい道北、大雪、増毛、夕張で1000オーバー。
2年前からは当時の拘りを捨て、道央道南にも積極的に足を延ばしている。(その時の記事)
因みに個別では、暑寒別岳が41回で最多登頂、幌加内の三頭山が26回、群別岳の19回へと続く。
年別に山域の内訳を表示してみた。
道北、大雪の回数は年によらず概ねまんべんなく登頂傾向。
2013年からは夕張、2018年からは日高・道東、2023年からは道央・道南へとメインターゲットが推移していた。
元データの数字を読み解いた方が分かりやすい。
目標が決まるとそれに向けて邁進する傾向だ。
積算したGPSログ。
縮尺が小さいと線や点の集まりでしか見えないが、それぞれに時間や距離、標高など詳細な情報を持っている。
自分の足跡の紛れもない証拠であり、貴重な財産である。
今回、怪我で山へ行けない代わりに、Excelに自分の登山記録を作成した。
一つ一つ入力する度に当時の記憶が蘇り、山行を振り返る良い機会となった。
多すぎて入力するだけでも面倒に思えたが、例え表のたった一行でも、そこには命がけの山行があったのだ。
前もって地図でルートを決め、登山当日は準備、移動、紙地図で登山、そして帰宅まで・・・。
それを繰り返し、繰り返し、23年で1474回。
当初はスマホもない時代で、携帯も持っていなかった。現在も当時とほぼ同じアナログチックな登り方をしている。
まあ飽きもせずに、同じスタイルで今まで良くやってきたものだと、我ながら素直に思えている。
丸山・527m(赤井川村)ー2025.1.13
丸山・527m(赤井川村)ー2025.1.13 (単独)
先週に引き続き、赤井川の丸山に登る。
前回は市街地に近い451mの丸山だったが、今回は東にある527mの丸山。
落合ダムの管理棟駐車場は広く除雪されていて、端の方に駐車させていただく。
凍り付いたダム湖を眺めながらの林道歩き。
取り付き地点までの距離は短い。
余裕をコイて臨んだが、なかなかどうして、重い雪質に初っ端から苦労する。
太板なので余計に抵抗が凄いのだ。
引き返して細い板に履き替えるのもアリだったが、面倒なのでそのまま突き進んだ。
SBを渡って丸山へ直線的に向かう南西尾根に乗る。
山頂まで植生は濃いめ。日当たりの良いところはモナカになっていた。
足に鉛がついているかのような捗らない登りで、息も絶え絶え。
前日の狭薄山と違い、消化試合的に臨む姿勢では、アドレナリンも出ないということだろうか。
やっとこさ丸山・527m山頂に辿りつく。
山頂からの展望は特になし。
小登山、大登山への周回も視野に入れていたが、気分が乗らずにそのまま下山、帰宅。
まあ、こんな日もあるさ。
ルートはこんな感じ。
2025年が始まったばかりだが、これにて自分の今年の雪山シーズンは終了。
復帰は雪の融けた半年後以降になる予定です。
狭薄山(札幌市)ー2025.1.12
狭薄山(札幌市)ー2025.1.12 (2名)
札幌周辺で前から気になっていた山は狭薄山だった。
昨夏に沢で一度計画したものの、国道からの日帰りでは案外遠くて諦めた。
雪の締まる春ならあっさりだろうと、その時期を待っていた。
がしかし・・・。
肩の手術が現実味を帯びてきたからには、春までの猶予はない。
行くなら今でしょう。
国道230号線から豊平峡大橋への林道分岐で岳友と待ち合わせ。
天候は晴れ予報でバッチリ、気持ちも高揚する。
岳友によれば、残雪期の記録はその殆どが、望岳橋から下って林道で漁入川の対岸に渡り山頂を目指すものだと言う。ルート的には容易で無駄も無いらしく、豊平峡大橋のルートは考えてもいなかったと・・・。
自分は豊平峡大橋からのルートしか思い描いていなかったので、そうは聞かされても変更するはずもない。
計画通りに進めるだけである。
まずは豊平峡大橋まで200m下る。
ガマ沢から札幌岳に登った時は、効率悪く蛇行する林道に従うしかなく、怠いイメージがあった。
冬場はショートカットできる分、気楽ではあるが、復路の登り返しを考えると少し憂鬱か。
林道途中からは目指す狭薄山が良く見えていた。
久しぶりの豊平橋大橋。
モービルトレースのかけらもなく、自分たちだけのトレースを刻んでいく。
計画ルートでは対岸に渡った地点からが肝だった。
・677への尾根に上がってから、どこで狭薄沢を渡り西尾根に乗るかである。
地形図で見る限りは一筋縄では行きそうもないのだ。
狭薄沢右岸には地形図にない林道があり、急遽その林道を使って沢沿いに進むことにした。
どこまで続いているかは定かでないが、途切れたらその時点で考えればいいのだ。
周囲の地形を眺め、手元の地形図を照らしながら常に現地判断。
こんな登り方が面白い。
林道が切れた後の沢詰めもCo600で遂に行き詰まり、尾根に取り付く。
初めは小尾根の地形だったが、Co680まで上げると広くなり、同じ高度をキープしたまま南進して林道に当てる。
狭薄沢沿いの林道から見る本峰。白と青のコントラストが美しい。
狭薄沢の左岸に渡ってすぐに尾根に取り付き、作業道を絡めながら平坦な西尾根に乗る。
複雑な地形判断もこれで終わり、後は山頂に向かって一直線となる。
1036から先は雪庇地形に変わって面倒だったがスキーでゴリ押し。
南の斜面に逃げると雪庇下で稜線に戻るのが一苦労。
北の斜面に逃げると小雪で笹の踏み抜き地獄。
結局は雪庇上を行くしかないのだが、幸いだったのは、時期的にまだ雪庇が大きくなっていなかったこと。
Co1100を超えると細尾根地帯も終わる。
曇り空から青空に変わり、素晴らしい景観に迎えられた。
前方後方羊蹄。
北向いには札幌岳。
喜茂別から無意根の稜線はちょっぴりガス。
1月らしい純白の景色を堪能して山頂へ向かった。
念願の厳冬期狭薄山山頂に立つ。
もっぱら小粒な山ばかり登っていたので、久々に達成感に満ちた山頂だった。
ルートです








































