短い連休が終わり、諫名はいつも通り屋上に来ていた。そこにはビルに遮られて小さく青空が見えている。火を点けたばかりの煙草からゆらりと紫煙が昇っていく。
壱迦はいつもこの空を見上げていた。雨の日も風の日も雪の日もずっと、飽きることなく見上げていた。何を思って見上げていたのか諫名には未だに分からないままだ。それでも諫名も空を見上げることをやめない。彼女が毎日そうしていたように諫名もまた、空を一人見上げていた。
壱迦が留学先へ帰る日、諫名が空港まで送っていくこととなった。これも天海の気遣いだった。数日間一緒に過ごしていた(これも天海のお節介で)にも関わらず諫名が壱迦に告白をしていないため、最後のチャンスとして半ば無理やり押し付けたのだった。何度か壱迦に告白しようと思ったのだが、どうしてか伝えられなかった。
「先生、送ってくれてありがとう。」
「ああ。」
もうすぐ、彼女は飛行機に乗ってしまう。それは分かっているのにどうしても言葉にすることができず、諫名は黙ったまま壱迦を見つめていた。
「久しぶりに日本に帰ってきて、つくづく思った。」
「?」
「想っているだけじゃ気持ちは伝わらないし、言葉にしないと何一つ変えられないってこと。」
見上げてくる壱迦の瞳を見ても何を言いたいのか諫名は分からない。
「誰かに取られてしまいたくない。だけど、私のものじゃない。」
「何のことだ?」
「・・・先生、私先生にはとても感謝してる。同じくらい尊敬してもいる。」
穏やかで澄んだ瞳は真直ぐに諫名を見つめ、困惑している諫名をさらに困惑させていく。
「先生、貴方のことが・・・。」
つい、諫名は彼女の口を手で覆ってしまった。壱迦は何で?という顔で諫名を見つめる。
「こんなときまでヘタレでごめん。」
眉が下がった情けない顔で諫名は盛大な溜息を吐き顔を背けた。そして決心したような真面目な顔をもう一度壱迦に向け口を開いた。
「壱迦、好きだ。・・・彼女になってくれないか?」
頬だけでなく、首や耳まで真っ赤になりながら諫名はやっと告白した。壱迦の口を覆っていた手はいつの間にか彼女の手に包まれていて、緊張からか震えていた。
「はい。」
晴れやかな笑顔をして壱迦は嬉しそうに返事をし、それを聞いた途端諫名はその場にしゃがみ込んでしまった。
これまでの人生で告白をされたことはあっても、告白したことがない諫名はこんなにも緊張するものなのかとしみじみと思った。いい大人が情けない所をいつまでも見せるわけにいかないのでしっかりと立ち上がり、ありがとう、と壱迦に微笑みかけた。
空港から帰ると天海が待ち構えていて、やっと告白したのかと呆れていた。妹を泣かすなよという言葉とともにそれ以上は何も言われなかったことに諫名は少し驚いていた。もっとからかわれるかと思っていたからだ。
いつもと変わらない日常の中で今度はいつ彼女に会えるだろうかと落ち込み、それでも毎日メールをし、時には電話をし、欠かさず連絡を取っている。たったそれだけのことが幸せだと思える自分はひどく単純だと諫名は苦笑していた。
―――黎迩さん、おはよう。朝から綺麗な青空が広がってて、見てほしいから写メ送る。
そっちは晴れてる? そろそろ雨の季節になるから曇りが多いのかな?
そうそう、友人が黎迩さんの写真を見て一目惚れした、なんて言ってる。渡さないけど・・・
今夜、電話してもいい?―――
壱迦からのメールに、一週間ぶりに彼女の声が聞けるのかと思うと頬が自然と緩んだ。早く返事をしたくて早速本文を打ち始め、こちらの空の写メを撮り、一緒に送った。
―――おはよう、壱迦。写メ見たよ、本当に綺麗な空だな。送ってくれてありがとう。
今日はこちらも晴れていていい天気だ。梅雨に入るのは来週くらいかな?
友人とも仲良くやれているみたいで何よりだな。少し嫉妬した。
今度は壱迦の写メを送ってほしい。顔を見たいんだ。いいか?
電話、待ってる。―――
夜にかかってきた電話でお互いの近況を一頻り話し、少しの沈黙が降りる。気まずいわけではなく、単にこのまま相手がそこにいると言う感覚を噛み締めていた。
「ねぇ、黎迩さん。」
「ん?」
「・・・好きだよ。」
小さな声で言われたその言葉に諫名の心臓が大きく跳ねた。顔に熱が集まるのが分かり、動揺してしまう。
「・・・いきなり、どうした?」
動揺が伝わらないように気をつけつつ、諫名は問うた。
「なんとなく・・・私からは言ったことなかったから。」
「そっか、ありがとう。嬉しい。」
気恥ずかしくて、どう言葉を返そうか考えてしまう。それは壱迦も同じようで、またも沈黙が二人を包む。ずいぶんな時間話をしていて、気がつけば深夜になっていた。
「明日も早いだろう?そろそろ切るよ。」
「うん。」
寂しそうな声に電話を切るのが辛い。
「おやすみ、俺も壱迦が好きだ。」
「うん、うん、おやすみなさい。」
おやすみ、よい夢を
夢の中で貴方に逢えることを願っています。

