ほとんどの生徒が帰宅、もしくは部活に勤しむ放課後。諫名は一人の生徒の相手をしていた。
「先生ってぇ、彼女とかいるんですかぁ?」
準備室にわざわざ質問に来たこの女子生徒は諫名の説明など、全く聞いていなかった。それどころか、先ほどから今のような質問をする。ここへ来た本来の目的はどうやらこのくだらない質問だったようだ。半ば呆れつつも、分からないと言っていた問題の説明を続ける。
「さぁ、どうだろうね。先生のことはいいから、この問題を解いてみてくれるかな。」
適当に彼女の話しを聞き流し、淡々と問題の説明をしていく。こう言った恋愛に関する質問はこの生徒だけに限らず、他の生徒や同僚からもよく聞かれていた。その度に諫名は誤魔化したり、適当にあしらっていた。
想い人ならいる。
ただ、傍にはいないし、気持ちを伝えることすらしていない。彼女のことは今でも変わらず好きなままだ。時折、手紙やメールが届く程度で、いい加減に自分の気持ちに整理を付ける時期なのかもしれない。
「黎迩、今から空港に行ってくれないか?」
駐車場に向かいながら歩いていると唐突に天海は諫名に両手を合わせて、そう言った。何でも、今日はどうしても抜けられない用事が急に入ってしまい、空港に知人を迎えに行けなくなったというのだ。明日にならないと迎えに行けないので、諫名の所に泊めることも一緒に頼まれてしまい、仕方なく諫名は引き受けた。空港に行けば分かるからと言ってどんな人物なのか教えられないままゆっくりと空港へ向かった。
空港に着くと丁度飛行機が到着したところなのか、人でごった返していた。ロビーで辺りを見回していると見知った顔がゲートから見えた。その人物も諫名に気付き、安心したような笑みを浮かべてまっすぐに諫名のもとへ来た。
「先生、久しぶり。」
壱迦は最後に会った時よりも生き生きとした表情をして、諫名に抱きついた。
「久しぶり。元気だったか?」
壱迦を受けとめながら、諫名は壱迦に会えたことにひどく喜んでいた。彼女は卒業後、海外に留学したと聞かされ、数年は会えないだろうと勝手に思っていたのだ。送られてきていた手紙やメールにも帰国の話なんて全くなかったはずだ。
「春輝兄さんから今日の迎えに来られないってメールが来てて、代わりに先生が来てくれるなんて思ってなかった。」
くすくすと嬉しそうに笑う彼女を見て、天海に嵌められたのだとようやく気がつく。天海は諫名が壱迦のことを好きだと知っていて今回迎えに来させたのだろう。余計なことを、と内心で思いつつも疲れているだろう壱迦を連れてさっさと空港を後にする。
そもそも、壱迦と天海が兄弟だと諫名が知ったのは彼女が卒業してからのことだった。偶々天海の家に用事があり向かったところ、壱迦がそこにいたのだ。どうしてもっと早く教えなかったのかと天海に詰め寄ったが、聞かなかったからだとあっさり返された。基本的に天海はシスコンらしく、彼女のことを可愛がっているようだった。それなのにどうして諫名の自宅に壱迦を預けようなどと思うのか、理解できない。諫名だって男なのだ、情けない話『もしも』がないとは言い切れない。
今日は諫名の家に泊めるように天海から言われていることを説明し、ホテルに送ろうかと提案したが、壱迦は諫名の自宅で構わないと言うので、結局彼女を泊めることになった。