山下晴代の「そして現代思想」

山下晴代の「そして現代思想」

映画、本、世界の話題から、ヤマシタがチョイスして、現代思想的に考えてみます。
そしてときどき、詩を書きます(笑)。

「憲法改正による強い日本は絵空事(笑)」

 

先ず、改憲を主張する人々が鬼の首を取ったように持ち出す「押しつけ論」。日本本来の草案があったが、天皇に主権のある、「大日本帝国憲法」と変わらないものだった(笑)。むしろ、高市首相好みのものだったかもしれない(笑)。それで、さすがに、GHQが草案に書いた。それに対して、欠けていると思われたカ所(とくに9条)を日本の議員が考えてつけ加えた。しかも、その草案をもとに作成された案を数ヶ月も議論した。ゆえに「押しつけ」は当たらない。だいたいアメリカは、近代国家の憲法の手本になる国である。植民地支配のようなことが書いてあるわけはない。

 

憲法と法律を混同している人々(政治家でさえも(笑))がいるが(もっと勉強してもらいたい。現代になって、現代に入って、行政力が発展したのをいいことに、エラソーに、「元」お役人みたいな言いたい放題の無責任なコメンテーターを雇うテレビ局員しかりである)、憲法は、「国家権力」を縛るものであり、法律は、国民を規制する「法律」とは違う。その国家権力を縛るものを、縛られる対象者の国家権力者が、「改正する!」と言ってどーする?

 

 高市首相は、日本をアメリカ並みに、それ以上に(笑)「強い、自立した国にしたい」と、ことあるごとに主張しているが、果たして、アメリカ並みの軍備を備えるために、どれだけの費用が必要か? これが、だれも持ち出さないが、いちばん重要なことである。アメリカの軍備は、費用にして日本の20倍以上。すなわち、今の軍備費を、20倍以上にしなければならない。
 そのために、ちまちま、高齢者の年金を減らしたり、なにかと理屈をこねて、税金を増やそうとしている。が、追いつくのかね〜?(笑)

 

 法律面でも、殺傷能力のある武器輸出を解禁をしたり、ちまちまと、「憲法九条改正」への足場を作っているようだが、現実問題として、いくら、「憲法改正の国会発議に向けて『1年以内』にめどをつけるという具体的な目標を掲げ、強い意欲を示して」も、千歩譲って、国民投票で賛成を得られても、国家予算が破綻するだけ(笑)。

 

 

「オールドメディアという言い方」

 

よく「(おもに)テレビのコメンテーター(元政治家、ジャーナリストなどの名称が付くものの、現在のほんとうの職業はなんなのか。「コメンテーター」が職業だと思われる人々もいて、その発言には責任というものが伴っていないように見える。せいぜい「ネット」で騒がれ、評判が落ちれば、その職を失うということか? いずれにしろ、テレビ局には、忖度しなくてはならないだろう)系の人々は、(おそらく)ネットのSNS(と簡単に言うが、本当の名称が、Social Networking Service(ソーシャル・ネットワーキング・サービスであることも知らない)あたりと比較して、「オールドメディア」などと簡単に言うが、こういう単純な比較分類に首を傾げざるを得ない。だいたい、オールドメディアは、こうこうだ、などと言うが、それと暗に比較されているであろう、「ニューメディア」という言葉はほとんど言葉として出て来ない。確かに。テレビは、1950年代から始まり、(軍事使用のアルパネットからの転用とされる)インターネットは、一般人が使用する(できる)ように普及したのが、せいぜい30年前だ。しかし、これらは、初めから「メディア」であったわけではないし、メディアとはそもそもなんなのか? まあ、一応、「一般人が情報を得るもの」という定義をしておこう。しかし、情報とはなんなのか? 情報がその人の目的にとって意味があるのは、最新である、その情報を、どういう「意味」か、分析できることによって、初めて価値がある。

 私は、ほぼ30年前から、自分でホームページなるものを作成し、インターネットなるものを作成してきたが、その間の人々の反応には、めまぐるしいものがある。
 (一般化するまでの期間)ネットに関していろいろやっているわれわれのような人間は、「オタク」扱いだった。ネットを研究している偉い大学教授などは、「やがてネットはなくなる。なぜなら、技術が追いついていかないからだ」などと主張していた(笑)。
 しかし、アメリカのゴア副大統領(クリントン政権)のアメリカ大陸横断インターネット構想が「実現」していまい、そこから、技術的に驚くほどの発展があり、そのまま、こんにちの、「ネット」世界につながって、今では、大統領などの発言も、ネットが使われている。そこへ、「スマホ」などが加わり、パソコンを持っていなくても、ネットを「使える」時代となり、プログラミングの知識がなくても、アプリ(アプリケーションの簡易版)が作成できるようになり、世界のニュースやウワサなどが、テレビなどに先行するようになり、よくわからない職業のコメンテーター、テレビ関係者などから、自己卑下的に、「オールドメディア」と言われるようになった。

 分析も判別もできない人々が、いちはやく、最新情報に接したとして、その情報になんの意味があるのか?

 

 

「オールドメディアという言い方」

 

よく「(おもに)テレビのコメンテーター(元政治家、ジャーナリストなどの名称が付くものの、現在のほんとうの職業はなんなのか。「コメンテーター」が職業だと思われる人々もいて、その発言には責任というものが伴っていないように見える。せいぜい「ネット」で騒がれ、評判が落ちれば、その職を失うということか? いずれにしろ、テレビ局には、忖度しなくてはならないだろう)系の人々は、(おそらく)ネットのSNS(と簡単に言うが、本当の名称が、Social Networking Service(ソーシャル・ネットワーキング・サービスであることも知らない)あたりと比較して、「オールドメディア」などと簡単に言うが、こういう単純な比較分類に首を傾げざるを得ない。だいたい、オールドメディアは、こうこうだ、などと言うが、それと暗に比較されているであろう、「ニューメディア」という言葉はほとんど言葉として出て来ない。確かに。テレビは、1950年代から始まり、(軍事使用のアルパネットからの転用とされる)インターネットは、一般人が使用する(できる)ように普及したのが、せいぜい30年前だ。しかし、これらは、初めから「メディア」であったわけではないし、メディアとはそもそもなんなのか? まあ、一応、「一般人が情報を得るもの」という定義をしておこう。しかし、情報とはなんなのか? 情報がその人の目的にとって意味があるのは、最新である、その情報を、どういう「意味」か、分析できることによって、初めて価値がある。

 私は、ほぼ30年前から、自分でホームページなるものを作成し、インターネットなるものを作成してきたが、その間の人々の反応には、めまぐるしいものがある。
 (一般化するまでの期間)ネットに関していろいろやっているわれわれのような人間は、「オタク」扱いだった。ネットを研究している偉い大学教授などは、「やがてネットはなくなる。なぜなら、技術が追いついていかないからだ」などと主張していた(笑)。
 しかし、アメリカのゴア副大統領(クリントン政権)のアメリカ大陸横断インターネット構想が「実現」していまい、そこから、技術的に驚くほどの発展があり、そのまま、こんにちの、「ネット」世界につながって、今では、大統領などの発言も、ネットが使われている。そこへ、「スマホ」などが加わり、パソコンを持っていなくても、ネットを「使える」時代となり、プログラミングの知識がなくても、アプリ(アプリケーションの簡易版)が作成できるようになり、世界のニュースやウワサなどが、テレビなどに先行するようになり、よくわからない職業のコメンテーター、テレビ関係者などから、自己卑下的に、「オールドメディア」と言われるようになった。

 分析も判別もできない人々が、いちはやく、最新情報に接したとして、その情報になんの意味があるのか?

 

 


「トランプ、ネタニヤフの支持率激しく低下」
だって。

続けて待たれる……。


*****
「報道1930」(BS-TBS)2016/4/16
ホルムズ海峡は誰のモノ?
国際法から見る米イランの
“封鎖”戦術の問題点とは
• イランが狙うホルムズ海峡通航料
トルコ海峡は管理権を条約で承認
何が違うのか
• 津軽海峡、対馬海峡、宗谷海峡...
なぜ外国艦船、潜水艦は通過自由
“領海”にしなかったワケ
• ドロ沼イラン情勢の裏で火種も...
原油市場めぐるインサイダー疑惑
トランプ大統領が直面する苦境
GUEST
杉山晋輔(元駐米大使)/ 高橋和夫(放送大学名誉教授)
 

「国際法」

 

最近でこそ、「国際法違反」だという言葉を、ニュースなどで聞くが、20年ほど前は、ものずきの世界だった。ホロコーストに関係した、ナチの残党を追って(おもに、南米に逃亡して、偽名で暮らしているということだった)、ユダヤ人の団体?が執拗に探していた。「人道に対する罪」という法律が作られ、時効はない。これも国際法の一種だが、これは、個人が追う、個人に対する犯罪である。一方、最近、ロシア、アメリカ、イスラエルが言われる、国際法違反は、国家のもので(プーチンは、個人的にも、国際刑事裁判所(ICC)から指名手配を受けている(笑)。イスラエルの子供を連れ去った罪で)、大国には、「拒否権」がある。テキトーなへりくつをこねて逃れている。
 そう、20年以上前、北九州の小倉に住んでいた頃、当地の「日仏学館」に通っていたが、フランス政府の正式なものではなく、塾のようなものだった。そこの教師が、本式の「福岡日仏学館」(当時の名称)で、南仏の、ペルピニャン大学の国際法の教授を招いて、一週間講義を行うと聞き込んで、もぐり込むことになった。(テキトーな)経歴などを送り、聴講が許可された。フランス語で行われる講義は朝から夕方まで続き、おもに、国連文書を読むものだった。ちんぷんかんぷんであった(笑)。参加した聴講生はおもに、九州大学大学院で法律を学ぶ人々だった。彼らに交じって、したり顔で授業を受けていたのだが、一週間の授業の終わりには、二人ひと組になって、フランスの大学教育で伝統的に重視される「エクスポゼ(exposé)」、(フランス流の法学教育では、条文や国連文書を論理的に読み解き、構成案(プラン)を作って発表する)まであった。九大大学院生の人とコンビになって、なんとかやり遂げたが、いまだに、どんな内容だったか、なにひとつ思い出せない(笑)。
 そんな経験と、いまの国際法。どんな関係があるのか? AIさんに聞いてみると──


当時「ちんぷんかんぷん」と感じられた理由と、現在のニュースで聞く「国際法違反」が結びつかない理由は、国際法が持つ「不完全さ」という構造的特徴にあります。

なぜ「国際法」と「大国の行為」が結びつかないのか

講義で読まれた「国連文書(国連憲章など)」は、理想的な世界の憲法のようなものです。そこには「武力の行使は禁止(2条4項)」と明確に書かれています。しかし、現実のニュースと結びつかないのは以下の3つの理由からです。 

 

  1. 「警察」がいない: 国内法には警察や裁判所が強制的に罰を与える仕組みがありますが、国際社会には国家の上に立つ権力者がいません。そのため、違反しても「即座に逮捕」とはなりません。
  2. 罰則が「政治的」: 違反した国を罰する(制裁を加える)かどうかは、国連安保理などの政治的な話し合いで決まります。しかし、アメリカ、ロシアなどの大国は「拒否権」を持っているため、自国や同盟国(イスラエルなど)への制裁を止めることができます。
  3. 理屈のぶつけ合い: 国際法違反と批判される側(ロシアやイスラエルなど)も、「これは自衛権の行使だ」といった国際法上の理屈を持ち出して正当化しようとします。 

でした〜chan、chan♪

 

 

「国際法」

 

最近でこそ、「国際法違反」だという言葉を、ニュースなどで聞くが、20年ほど前は、ものずきの世界だった。ホロコーストに関係した、ナチの残党を追って(おもに、南米に逃亡して、偽名で暮らしているということだった)、ユダヤ人の団体?が執拗に探していた。「人道に対する罪」という法律が作られ、時効はない。これも国際法の一種だが、これは、個人が追う、個人に対する犯罪である。一方、最近、ロシア、アメリカ、イスラエルが言われる、国際法違反は、国家のもので(プーチンは、個人的にも、国際刑事裁判所(ICC)から指名手配を受けている(笑)。イスラエルの子供を連れ去った罪で)、大国には、「拒否権」がある。テキトーなへりくつをこねて逃れている。
 そう、20年以上前、北九州の小倉に住んでいた頃、当地の「日仏学館」に通っていたが、フランス政府の正式なものではなく、塾のようなものだった。そこの教師が、本式の「福岡日仏学館」(当時の名称)で、南仏の、ペルピニャン大学の国際法の教授を招いて、一週間講義を行うと聞き込んで、もぐり込むことになった。(テキトーな)経歴などを送り、聴講が許可された。フランス語で行われる講義は朝から夕方まで続き、おもに、国連文書を読むものだった。ちんぷんかんぷんであった(笑)。参加した聴講生はおもに、九州大学大学院で法律を学ぶ人々だった。彼らに交じって、したり顔で授業を受けていたのだが、一週間の授業の終わりには、二人ひと組になって、フランスの大学教育で伝統的に重視される「エクスポゼ(exposé)」、(フランス流の法学教育では、条文や国連文書を論理的に読み解き、構成案(プラン)を作って発表する)まであった。九大大学院生の人とコンビになって、なんとかやり遂げたが、いまだに、どんな内容だったか、なにひとつ思い出せない(笑)。
 そんな経験と、いまの国際法。どんな関係があるのか? AIさんに聞いてみると──


当時「ちんぷんかんぷん」と感じられた理由と、現在のニュースで聞く「国際法違反」が結びつかない理由は、国際法が持つ「不完全さ」という構造的特徴にあります。

なぜ「国際法」と「大国の行為」が結びつかないのか

講義で読まれた「国連文書(国連憲章など)」は、理想的な世界の憲法のようなものです。そこには「武力の行使は禁止(2条4項)」と明確に書かれています。しかし、現実のニュースと結びつかないのは以下の3つの理由からです。 

 

  1. 「警察」がいない: 国内法には警察や裁判所が強制的に罰を与える仕組みがありますが、国際社会には国家の上に立つ権力者がいません。そのため、違反しても「即座に逮捕」とはなりません。
  2. 罰則が「政治的」: 違反した国を罰する(制裁を加える)かどうかは、国連安保理などの政治的な話し合いで決まります。しかし、アメリカ、ロシアなどの大国は「拒否権」を持っているため、自国や同盟国(イスラエルなど)への制裁を止めることができます。
  3. 理屈のぶつけ合い: 国際法違反と批判される側(ロシアやイスラエルなど)も、「これは自衛権の行使だ」といった国際法上の理屈を持ち出して正当化しようとします。 

でした〜chan、chan♪

 

 

『ハムネット』クロエ・ジャオ監督──あの男がシェイクスピアだったのかー!(笑)(★★★)

 

 シェイクスピアを上演すれば、どんな劇場もお客が入ると言われる──。本作からシェイクスピアを引いて、ただの映画として観ると、M・ナイト・シャマランの『ヴィレッジ』を思わせる。家の前に草地が広がり、その向こうに、森がある。村は森に囲まれ、その村の掟は、村を出てはいけないことになっている──。本作の女は、そんな森に馴染んでいる。森の生理に。そこは、食っていくために、ラテン語の教師なんかをやっている男の村でもある。森で二人は出会い、恋に落ちる──。

私は、この作品がシェイクスピアの経歴の話だとは思わなかった。なるほど、「ハムネット」なる題名は、「ハムレット」を思わせるが、それは、映画の冒頭で、当時は、「ハムネット」と「ハムレット」は同じものと見なされ、ときどき表記を混じらせて使われていた──。「ハムレット」でもよいものを、史実にそうあったのか、わざわざ、「ハムネット」にしたからには、それなりの意味があったのだろうが、要するに、シェイクスピアの、夭折した息子であった。真実かどうか知らないが、シェイクスピア夫妻の息子への思いと、演劇なるものを重ねた映画であった。風景はていねいに描いてあるが、「シェイクスピアものの話題作の映画」といえば、グィネス・パルトローがアカデミー主演女優賞を取った、『恋に落ちたシェイクスピア』をすぐに思い出す。あれほどの傑作でもなかった。要するに、映画である必然が希薄であった。だからといって、演劇のなにかを明かしたというわけでもない。近頃よくある、題材だけは大げさだが、その内実は、ありふれたハナシ(それが悪いというわけではないが)。

 

 

『ハムネット』クロエ・ジャオ監督──あの男がシェイクスピアだったのかー!(笑)(★★★)

 

 シェイクスピアを上演すれば、どんな劇場もお客が入ると言われる──。本作からシェイクスピアを引いて、ただの映画として観ると、M・ナイト・シャマランの『ヴィレッジ』を思わせる。家の前に草地が広がり、その向こうに、森がある。村は森に囲まれ、その村の掟は、村を出てはいけないことになっている──。本作の女は、そんな森に馴染んでいる。森の生理に。そこは、食っていくために、ラテン語の教師なんかをやっている男の村でもある。森で二人は出会い、恋に落ちる──。

私は、この作品がシェイクスピアの経歴の話だとは思わなかった。なるほど、「ハムネット」なる題名は、「ハムレット」を思わせるが、それは、映画の冒頭で、当時は、「ハムネット」と「ハムレット」は同じものと見なされ、ときどき表記を混じらせて使われていた──。「ハムレット」でもよいものを、史実にそうあったのか、わざわざ、「ハムネット」にしたからには、それなりの意味があったのだろうが、要するに、シェイクスピアの、夭折した息子であった。真実かどうか知らないが、シェイクスピア夫妻の息子への思いと、演劇なるものを重ねた映画であった。風景はていねいに描いてあるが、「シェイクスピアものの話題作の映画」といえば、グィネス・パルトローがアカデミー主演女優賞を取った、『恋に落ちたシェイクスピア』をすぐに思い出す。あれほどの傑作でもなかった。要するに、映画である必然が希薄であった。だからといって、演劇のなにかを明かしたというわけでもない。近頃よくある、題材だけは大げさだが、その内実は、ありふれたハナシ(それが悪いというわけではないが)。

 

 

「イスラム思想×AI」

 

「アラビア遊牧民族の勇敢で不撓の戦闘精神、獰猛極まりない掠奪と復讐の習性は既に屡々多くの歴史家によって指摘されてきた。しかしながら、我々はそれにもまして彼らの感覚の鋭さ、特に視覚と聴覚との異常な発達に注意しなければならない。」(井筒俊彦『イスラーム思想史』より)

 アメリカ(とイスラエル)の「イラン戦争」は、ほぼ毎日様相を変えながら、いつ収まるとも知れない状態である。アメリカーイランの関係に詳しい、戦術のレベルにおいても、詳しい「専門家」がいないのか、このところ、どこのテレビでも、小谷哲男(明海大学 教授)が引っ張りだこである。元大使、研究者、ジャーナリストなども、ある種の分野には詳しくても、それらの情報を分析し、状況、先行きを説明できる人材がいないのか。BS-TBSの「報道1930」には、なかなかの詳しいゲストが出ていたが、お馴染みの、小谷教授のほかに、秋元千明(英国王立防衛安全保障研究所日本特別代表)が、興味深い意見を述べていた。秋元氏は、これまでのどんな「専門家」とも違った見解を展開していた。それは、上に引いた、井筒俊彦のイスラム民族の叙述を思わせるような内容であった。つまり、イスラム民族は、知覚が鋭い、だけでなく、考え方も鋭い。そういう民族が、ハイテク世界でどのように戦うか。
 トランプ大統領以下のアメリカは、「戦争が得意」と自慢しているが、それは、「これまでの戦争」である。将棋の戦法が、AIを利用しながら訓練している藤井聡太の世代の戦い方が、それ以前の棋士たちとはまったく違うように、今のイスラム民族は、欧米の政治家、ビジネスマン、軍人たちとは考え方がまったく違う。世界は、ホルムズ海峡にばかり目がいっているが、あれは、世界の目を集めるための「おとり」である。また、発電所や海水を真水に変える設備なども、狙われたりするが、爆撃を想定して、敵が思ったより早く復旧するようにできている──とか。アメリカは、ミサイルや戦闘機など、金のかかったハイテクの武器を投入しているが、イランは、ドローンなどの安くて数がたくさんある武器を頻繁に使っている。また、戦いの場所も、重要な施設も、敵の目を欺くために、べつの場所を目立つようにしている。国家の組織も、いったい誰が指揮をとっていて、一番偉いのか、わからないようになっている。アメリカ軍がイランの地上に降りたっても、そこは、ターザンでいえばジャングル。イラン人にとっては「ホーム」なのである。
 秋元千明氏のイランの独自の「戦法」についての見解を聞いて、私は、上のように類推した。技術、内容の洗練度で群を抜いている映画を見れば、いかに高い知性を持っているかがわかる。


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「報道1930」2026/4/7(火)
イランが狙うAI戦争の喉元
ターゲットは米テック企業
進化する「スマート兵士」
トランプ大統領は地上戦決断?
中東に特殊部隊が集結
革命防衛隊が攻撃リスト公表
米軍AIシステムを機能不全に?
在中東の米系データセンター標的
今そこにあるミサイル枯渇の危機
「補充には3年」専門家の指摘も
増産に中国レアアースの「壁」が

GUEST

秋元千明(英国王立防衛安全保障研究所日本特別代表)/ 錦田愛子(慶應義塾大学教授)
 

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「報道1930」(2026/4/9(木)
米イラン停戦合意の舞台裏
2週間で戦闘終結に至るか
鍵握るバンス氏の手腕は?
トランプ氏「完全勝利」アピール
停戦合意はパキスタンが“仲介役”
中国の関与も示唆?内実は・・?
イラン側ホルムズ海峡開放いつ?
米軍配備で警察役?利益目的か
軍幹部が「MAGA化」指揮統制は
「恒久解決」へ11日協議開始
終結交渉は米副大統領が主導か
バンス氏の交渉力を徹底分析
GUEST
高橋和夫(放送大学名誉教授)/ 三牧聖子(同志社大学 教授)/ 小谷哲男(明海大学 教授)

 

 

 

「昭和天皇」

 

NHK「バタフライエフェクト」で、2週にわたり、「昭和天皇」なるドキュメントを、見るともなく見た。この番組は、ナレーションは、多少思わせぶりだが、豊富な資料を、淡々と流す。映像資料のつなぎ方、流し方は、演出も入っていようが、 なにかイデオロギー的なものを主張する視点には立っていない。

左翼系の視点からのテーマとしては、「昭和天皇に戦争責任はあったか?」であるが、ハーバート・ピックス『昭和天皇』によれば、「民は自分のために命を捧げて当然だ、もっと戦うべし!」みたいなことを、太平洋戦争末期に、軍部に対して言ったらしいが、ブレグマンの『イスラエルの戦争』で、戦争というものの構造を見てしまうと、一人の力、意志で戦争を行うのは不可能である。当ドキュメンタリーでは、昭和天皇が「そう言わざるを得ない」立場に追い込まれていく過程がよくわかる。
 たまたま天皇に生まれてしまった一人の人間が、その当時の体制によって、自由を奪われ、唯一フランスで、一人で地下鉄に乗ったことが、生涯の喜びであった、ことが、遺品の中から見つかった一枚の切符からわかった。パリの地下鉄切符の裏に、乗車した年月日と、駅の名前が、「フランス語」(日付と駅名など、フランス語もなにもないが)で書かれていたのが、心に響いた。
 ニュルンベルグ裁判を模したと言われる東京裁判の映画は、二度ほど観たが、同時通訳のヘッドフォンをした東条英機が、「絞首刑」との判決を聞いても、表情一つ動かさないシーンしか思い出せない。その東条が、「すべては自分の意志でやった」みたいなことを主張しつづけて、「天皇を守り抜いた」というナレーションがあったが、天皇自身は、「責任は自分にある」みたいなことを、人間の心情して表明したかったのかもしれないが、当時の首相の吉田茂は、「責任」という言葉を削除させた。普通の人間なら、それは美談に聞こえるかもしれないが、天皇の立場としては、どのような面倒を引き起こすかもしれない。
 昭和天皇が、戦後初めてアメリカを訪問したときは、パールハーバーの件で、「ヒロ・ヒットラー」のプラカードを持った人々の抗議デモにあって、もみくちゃにされた。
 NHKは、同じ番組で、アメリカで「悪魔と呼ばれた男」、カーチス・ルメイ将軍の生涯を放映したが、このルメイは、東京大空襲を指揮して、26万もの命を奪った。この人物に対して、佐藤栄作内閣は、勲一等旭日大綬章を授与した。理由は、航空自衛隊の創設および育成に対する功績。1964年(昭和39年)12月、第1次佐藤内閣の閣議で決定)通常、勲一等以上の授与は天皇から直接渡される、昭和天皇は国民感情を考慮し、ルメイへの親授を行わなかった。

 私としては、昭和天皇は、たまたま天皇に生まれてしまった人間という感想しか持てない。表情の変化(震えや発語の不自由)は、PTSDのように見える。戦争を望んで、劣勢を隠し、人々を戦場へ送り込んだのは、軍部、東条英機一味である。アメリカも、そのことはわかっていたので、東京裁判では死刑したのだろう。左翼、右翼の考え方も、裁判そのものも、またイデオロギーである。