山下晴代の「そして現代思想」

山下晴代の「そして現代思想」

映画、本、世界の話題から、ヤマシタがチョイスして、現代思想的に考えてみます。
そしてときどき、詩を書きます(笑)。

『マイケル』──天才少年の家族の桎梏の克服劇(★★★★★)
アントワーン・フークワ監督/製作総指揮

 

マイケル・ジャクソン役は、甥の、ジャファー・ジャクソンが演じる。どことなく似ているが、ホンモノよりさわやかさがあり、素人っぽさがある。本作は、音楽映画ではなく、ましてや、マイケル・ジャクソン・ミュージックパレードのような作品ではない。それというのも、映画全体を包む音楽も、マイケルっぽくない。さすがに、「スリラー」や「ビリー・ジーン」は入っているが、それらの記録的ヒット曲は、とびきり大がかりに作られていて、圧巻であるが、この映画の主題は、地味に、ひとりの天才少年が、いかに家族(とくに父親)という桎梏から逃れ、逃れっぱなしではなく、それを克服するかである。ゆえに、マイケルのナイーブな心がていねいに描かれている。

 

 

 

「女が言われたい最高の言葉」

 

デミ・ムーアの『G.I.ジェーン』(リドリー・スコット監督)。評判はよくなかったが、私は好きな映画ベスト10に入れる。女性将校が、ネイビーシールズの訓練に加わるハメに陥る。そこで、めちゃ扱かれる。ヴィゴ・モーテンセンの曹長は、とくに厳しい。晴れて、ジェーンがそれを乗り越えて合格したとき、モーテンセンは、バッチを渡しながら、船に迎え入れる。そのとき、「Welcome aboard, ma'am.」という。このma'amが、低く渋いモーテンセンの声で言われると、サイコーの快楽である(笑)。ロンドンでは、この敬称がしょちゅう付けられた。タクシーの乗り降りとか。

 

デミ・ムーアの『G.I.ジェーン』(リドリー・スコット監督)。評判はよくなかったが、私は好きな映画ベスト10に入れる。女性将校が、ネイビーシールズの訓練に加わるハメに陥る。そこで、めちゃ扱かれる。ヴィゴ・モーテンセンの曹長は、とくに厳しい。晴れて、ジェーンがそれを乗り越えて合格したとき、モーテンセンは、バッチを渡しながら、船に迎え入れる。そのとき、「Welcome aboard, ma'am.」という。このma'amが、低く渋いモーテンセンの声で言われると、サイコーの快楽である(笑)。ロンドンでは、この敬称がしょちゅう付けられた。タクシーの乗り降りとか。

 

【詩】「私のように美しい女(la belle femme comme moi」

それは、ロシア秘密情報部の合い言葉だった。
クリヤキン中尉の父はアメリカ西海岸の出身、母は、ロシア人だった。
ゆえに。クリヤキンはPの信頼が厚かった。
『源氏物語』を原文で読みこなし、細部について、気の利いた感想も述べる。この
最愛の男の意識は、英語で形成されていた。
ということを、彼は誰にも教えてない。しかし私は、あるとき、
それを知ってしまった──キスしながら、
車窓から覗き、にやにや笑っている男に仕返しの合図をしていた。左腕で、私を強く抱きしめながら、右手を軽く浮かせ、ての中指を立てて見せていた。
『政治とは他者を信頼すること」この、
Pの口癖を愛していた。
汽笛が鳴り、動き出した列車に、
われわれは飛び乗った。

 

 

「信長=ヒトラー」

『フロイスの日本史』によると、織田信長は、法華宗の寺で、異教徒(というくくりで、世間の半端者扱いされている人々、女、お子供も含めて)を火あぶりにしていたそうである。「本能寺の変」ののち、信長のゆくえはわからないが、焼け跡からは、骨だけ見つかったとか。

報道1930(2026/713)←見ません(きっぱり!)

 

ここが、日本のジャーナリズムの欠点である。公平を装うこと。こと政治に関して、こんなことをやっていたら、言いたいこと言いもん勝ち、やりたいことやったもん勝ちになる。最終的には、良心のない、ワルの思うままである。政治に関しては、「いいわけ」はあり得ず、○か×しかない。こんなもん見たら、気分が悪くなるだけ、時間の無駄。

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参考資料↓

「報道1930(BS-TBS)」2026/7/13(月)

維新・藤田共同代表に問う
どうなる?最終盤国会

定数削減“先送り”の裏側

  • 迫る会期末‥皇室典範改正優先
    どうなる?副首都法案の行方
  • 維新の“一丁目一番地”政策
    先送りした定数削減の今後は
  • 維新幹部からは「閣内協力」の声 
    高市政権との“連立のカタチ”は

GUEST

藤田文武(日本維新の会 共同代表)/ 後藤謙次(ジャーナリスト)/ 中北浩爾(中央大学教授) 

 

「敵は本能寺に……アリ?」

 

「国家情報局」の設置法が国会で成立し、本格的なインテリジェンス改革が進められる」のを機に、NHKが7/12に放送したドキュメンタリー「スパイ」は、いかにもありそうな、元公安だとか、企業で製品情報を流していたスパイだとか、「民間人ご用心!」

の演出いっぱいの内容であったが、公安が変装して、街中へ出かけていく写真など、何十年も前に、岩波の雑誌『世界』に出ていたし、企業の社員が、会社への不満から製品情報を中国へ流していた、なんてハナシもよく聞く。このドキュメンタリーに出てくる「ケース」は、その程度のものであり、昔、「公安」がやっていた諜報活動とどうちがうのか、まったくわからない。

 「既存の『内閣情報調査室』を『国家情報局』に格上げ・改組し、各省庁(警察庁、外務省、防衛省など)の情報を一元化する調整権限が与えられた」はいいが、一般人から出る情報など大したことがなく、「テロ対策」という大義名分も、これまでだって、そんぐらいの「調査活動」はしていただろう、てなものである。

 真に重要な機密は、国家の中枢にいる人々が握っており、むしろ、目を向けるべきは、首相側近(笑)等である。ことぐらい誰だって推測はつく。ご用心!権力者ご自身、あるいは、そのそばにいるみなさま!

 

【翻訳】「Les morts de Romeローマの死者たち」(『ローマの物語より』) ピエル・パオロ・パゾリーニ

 

Idée du film

映画のアイディア

 

Imaginez que le drecteur de d’un grand magazine, dison carrément Life, s’adress à un photographe et lui dise : ≪cher amis, je veux un grand reportage sur Rome, Mets -toi au travail, car je consacrerrai à ce reportage tout le numero de Life je te donne carte blanche,≫
 Le premier problème qui se posera à celui qui aurra la responsabilité d’un tel ≪grand reportage≫est d’avoir une idée formelle, à travers laquelle organizer avec ordre tant de matériaux : il y réfréchira et finira par avoir son idée : les ponts ; les ponts comme centre du diverses formes de la vie citadine, et de la vie en général. 

 

考えてもごらん、大雑誌の編集長、そうだな、ライフの、としとこうか、写真家に言う。「ねえ、ローマに関する偉大なルポルタージュがほしいんだが、さっそく仕事にかかってくれ。このルポルタージュは、ライフの全ページを割きたいんだ。白紙委任だよ」

 第一の問題は、このような大ルポルタージュの責任は明確なアイディアを持つということである。大量の材料をそろえ,アイディアについて熟考し、完成させる。橋なら橋を、市民生活、あるいは、一般的な生活のさまざまな形態の真ん中に置くとか。

 

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(イタリア語とのバイリンガルのテクストの、フランス語部分を訳しました。イタリア語は得意でないので、ちょっとだけ、ニュアンスを入れて(笑))

 

 

 

 

 

 

 

「憲法は研究してもしょうがない」

 

 憲法学者が事細かに追求しているが、憲法は研究してもしょうがない。実践しなければ。全国民の骨身に染みていなければ。本書は、ちょうど10年前の本である。安倍晋三氏は、トランプとまったく同じような動きをし、三権分立の人事を、自分の都合のいいように入れ替えたり、少数意見を無視したり、「戦争のできる国」に、なんとか日本を持っていこうと画策したりしている。状況も、イランの代わりに、イラクがあり、ホルムズ海峡封鎖の危機に晒されている。そこで、安倍氏は、集団的自衛権を持ち出すのである。アメリカのいうなりになり、なんとか、「強い国へ」と持っていこうとする。しかし、今やアメリカは、太平洋地域から手を引きつつあり、あんたたち、自力でやってくれと言っている。立憲とは、憲法のもとに民主主義を守っていくということだが、立憲と名の付く政党がひとつもない(笑)と、伊藤真氏は嘆いている。いま、立憲と名の付く党はあるが、その立憲を取り払おうとしている。やっていることは、いろいろ理由はつけているが、与党に組みしている。多数派の意見で決めていく民主主義は、少数派の意見を細かく聞いてから、多数決に入らなければいけないのだが、与党は、そういうことをせず、ド無視してすっ飛ばしている。もともと日本という国には、憲法のようなものは根付かないような気がする。それは、もしかして、単一民族と、「思い込んでいる」(だけ)風土から来るのかもしれない。そこで、私が10年以上前から研究している、「現代思想」の考え方が正しいと思うようになってきた(笑)。「アウシュヴィッツのあとに、詩を書くことは野蛮である」というアドルノの問い。ベンヤミンの運命。フランクフルト学派から始まる、否定の弁証法。そうだ、否定の弁証法が必要なのだ。この日本で、ぐるぐるぐるぐるやっているのは、政治ではなく、茶番劇である。