KUDANZササキゲン「散文と音楽」

KUDANZササキゲン「散文と音楽」

ササキゲンのソロプロジェクト KUDANZ(クダンズ)の日記


多分だけど

私たちはみな 細くて見えない糸みたいなものでギリギリ繋がっているのだと思う

この星の中で生きている私たちには

厳密にいうとそれぞれに時間の観念があり

それぞれが選んだ空間という箱の中で暮らしている


音楽やエンターテイメントは 

異なる価値観をもった多くの人たちを

同じ空間に置く事ができる


国も政治観も宗教観も生活観も死生観も違っていても

ぶつかり合う事なく同じ空間の中で過ごすことを達成させられる


今なぜ多くの場所で分断が起きているか

色んな理由があるかもしれないけれど

人類がこの星に生まれてから

音楽やエンターテイメントは異なる人間同士の融和にどれだけ寄与してきたのだろうと思う

そしてそれらにはまともな補償もされないまま

既にどれだけの人達が職を失い離れていったのだろう


ある点においては 

人類の最大のテーマである融和に対し

生身で体現し続けてきたはずだ


だから 先人達と共に大切に育ててきた何かが

音を立てる事も許されずに壊れていく様は 

筆舌に尽くし難い

幾度も自分なりのステイトメントを持とうとしたが

何も書く事が出来なかった

嫌悪や憎悪を伴った強い言葉が何かを言い切る時

死角にあって切り捨てられたものの事を考えてしまう

今はそういう 答えのない狭間にいるはずだから

目と目を合わせて話すことの大切さを思う


コロナ対策に関しては先んじていたイスラエルがここに来て再度感染者と死者が増えてきているというニュース

インドの集団免疫とその代償を報じるニュースを見て思った

まだ分からないけど 

もしかしたら僕が生きている間の大半は

新たな変異株が出てくるいたちごっこになるのかもしれない

二月に一度ほど ワクチンの追加接種を受け続けるような人生になるかもしれない

そうなると仮定した時

僕はどう生きていくのだろう

どう生きていたいだろう


ずっとそんな事を考えている

重苦しい気持ちというよりかは

諦めの先に何があるのかを明確に見極めようと思っている



私たちは例外なく みんないつか死ぬ

今ぼくのそばにいる人達は 

死んでもいいからそばにいたい人達だ

しゃあ殺しても後悔しないか なんて

散々誰かがこすったような言葉が頭の中に湧いてくる

新たな人との繋がりなど作ることは出来ない今

これまでに繋がったたくさんの出会いを大切にしたいなと心の底から思った

その人達が 会いたいと思ってくれるのなら

ぼくは会って その時間をそれぞれにとって最高に楽しい時間にしたい



死ぬことよりも 相手にうつすのが怖くて

誰とも接触する事が出来ない人もこの世界にはたくさんいるはず

その人たちの気持ちを考えている

この インターネットという世界の中で

相互通行ではなくて 

血の通った何かが自分には届けられるかどうかということを



人はなんで産まれて なんで死んでいくんだろう

ただ産まれて ただ死んでいくだけ とか

理由なんか無い とか

色々 それぞれ色んな事を考えるだろう

ぼくは産まれてから たくさんの人と出会った

そして音楽と出会った 

音楽は 自分の身体を色んな場所に連れていってくれて

また 色んな場所の素敵な人達と出会った


それが ぼくの生きる理由だなと

いまは思います


この状況下でも 音楽を止めずにツアーを続けている友人たちの報せを見ては

頼もしい気持ちと

羨ましい気持ちと 

自分自身の中にある心持ちに手を当てて

今できる事をひとつひとつ丁寧にこなしていこうと思います


今 既に出会えた人たちの顔を思い浮かべる事ができる

そして これから出会うはずの人たちへ 

ちゃんと出会えるように


分断なんかを生んでいる場合じゃない

細くて見えなくても 

糸で繋がってる事を感じながら乗り越えていきましょう

大切に想ってくれる人を大切に


今は何よりも

10月の2本のライブが無事開催される事を祈っています

ではまた そのうちに

KUDANZ official website – KUDANZ(クダンズ)ササキゲンofficial web siteリンクwww.kudanz.com


金魚の水を汲みに泉ヶ岳へ向かい、大和町の方へ抜けて荒川の様子を見に行った。

川沿いの広場に車を停めて、釣りの準備をして、さぁ釣り始めようと河原へ下りたら、一匹の痩せた老犬がこちらを見ている。

疲れているのか元気が無さそうだ。

周りを見渡すが、飼い主のような人影は見当たらない。

少し怯えていたが、両膝をついて手を差し出すと、頭を触らせてくれた。

ジップロックに水を入れて持っていったが、座り込んでひと舐めした程度で、喉は渇いてない様子。


飼い主が釣りでもしてるのかなと思い、とりあえず少し釣り上がって、戻ってもまだいるようだったら考えようと思った。

30分程釣り上がったのだが、どうにも犬の事が気になって仕方がなく、納竿して犬の元へ向かった。

相変わらずぐったりと横になっていて、首輪はついているものの、あまり風呂に入ってるような感じもなく、お腹は肋骨が浮き出る程度に痩せていた。

老犬だからこんなものかなとも思うけど、もしかしたらお腹が空いているのかもしれないなと思った。

そうこうしていると、川下から一人のフライマンが上がってきたので、呼び止めて犬について聞いてみるも、全く知らないとの事。

ううん、どうしたもんかと考えたが、とりあえず餌を買いに行くことにした。


携帯の電波も入らず、最寄りのコンビニまでは車で30分程。車を走らせながら様々な可能性について考えた。

首輪がついてるのと、夏毛に変わってるのと、犬の状態を見るに、ちゃんと飼われてる犬で、おそらく外飼いだろう。

犬のいた場所から民家までは車でも20分くらい走るので、もし迷い犬だとしたら警察に届けるのが一番妥当だなと考えた。

老犬を置いて釣りに行ってるのだとしたら、餌を買いに行って戻った頃には飼い主も戻っているだろう。

もしくは、犬自身が自分の家に戻れていたらそれに越したことはないと思った。


最寄りのコンビニに着いてから、大和町警察署に連絡をした所、連れてきてくれるのならありがたいとの事で、リードも何も無いけど、まあ、車にうまく乗せれたら保護しようと思いながら、また元来た道を戻った。


河原に戻ると、相変わらず犬は元気なく横になっていたので、紙皿にカリカリを入れて水で少し柔らかくして出してやろうとしたが、餌を見るなりものすごい勢いでクレクレモードに入っていたので、慌ててそれを置いたら、涎を垂らしながらうまそうに貪っていた。

やっぱり腹が減っていたのだ。

飯を食い終えたら車に乗せようと思い、餌を足して、車の中の整理をすべく向かった。

後部の荷物を全部助手席に乗せて、犬のスペースを確保して戻ると、犬はビニール袋に頭を突っ込んで袋ごと餌を食い始めていた。

ビニール食ったらいかんと思い、慌てて、ちょい待って待って、袋を引っ張ると ウ〜!と唸った。

あげるから待ちなさいと言って、袋を取って、もう一度紙皿にカリカリ入れた。

結果4杯くらい食ったかもしれない。

食い終わって少し落ち着いたみたいで、自分は少し離れた場所で煙草を吸いながら見ていたら、犬の方から近づいてきた。

行くか?お父さんお母さんのとこ帰るべ

と言い、紙皿等を片付けて車の方に向かうと、犬も後ろをついてきた。

河原と車を停めている場所は高さがあって、犬が登るのに少し苦労しそうな所で少し躊躇していたものの、自分で上がってきて、車の周りの辺りの匂いを嗅ぎながらうろうろが始まった。

飼い主を待ってるのかな。

そこから一時間くらい話しかけて、車に乗るように説得を続けた。


車を停めている広場に社用車のワゴンが入ってきて、何かと思ったら、おじさんが運転席から顔を出して、

すぐそこに熊がいるから気をつけて!と言って去って行った。


う〜ん、ますます置いてく訳にいかないなと思い、ほら行くよと、前足を後部座席に乗せてあげたら、すんなりと乗ってくれた。

案外こんなうまくいくもんなんだな。

車を走らせながら、この辺知らない?とか、自分の家近かったら教えてよ〜と話しかけたが、ただただ窓の外を見つめる犬。


警察署に着いて、犬を預かってもらい、書類を作ってもらっている時に、唐突に「飼うつもりはありますか?」と訊かれた。

いや、今の家は動物ダメなので。

そう伝えたあと、この犬がもし捨てられていたとしたらどうなるのだろうという思いが沸々とわいてきて、途中で警察官に、今後の流れについて聞いたところ、警察署で一日預かり、保健所で一週間預かりながら飼い主を待ち、その後現れない場合は、里親探しになるとの事で、すぐに殺処分とかになる訳ではないと知って安心した。

だけど、仮に里親も現れないとなった場合、自分がここに連れてきた事は、犬にとって幸せだったのだろうか、そう思った時に、あの、もし飼う人が現れない時は自分が飼います。と口から出ていた。

今すぐには無理でも、新しく家を作ろうとしているので、そこでなら面倒見られると思ったからだ。


目の前で預けられてたチワワが迎えに来られていて、そんな遠くまで行ってたんですねー!なんて話してるのを見て、なんとかあの犬も同じように飼い主がいて、迎えに来てくれる事を祈りながら家路に着いた。

犬に会ってから7時間が経過していた。

帰って携帯を見ると、大和町警察署から電話が入っていて、すぐにかけ直したら、飼い主さんが連絡してきて迎えに来てくれたとの知らせで、嬉しくてちょっと涙が出ました。

今日飼い主さんと電話で話が出来て、とても感謝してくださって、自分の選択に悩んだけど、結果的に良かったと思えました。

犬の名前はピット君で、飼い主さんは発見場所から4キロ離れた場所で岩魚の養殖をしていて、養殖池の作業の間ピット君の首輪を離して好きにさせてたのが、どこか遠くまで行ってしまって、年寄りなので目も鼻も悪く、戻れなくなったのだろうとの事だった。

ピットが若い頃はよくイノシシを追いかけていったが、ちゃんと小屋まで帰ってきたので、もしかしたら昔みたいにイノシシとか獣を追いかけて帰れなくなったんじゃないか、そんな感じで話していました。

帰りしなの熊の件も考えると、案外ピット君は余裕だったのかもしれないし、4キロくらいなら自力で戻れたかもしれないなと思った。

いわゆる、都会の犬とは育ちも違う。

とはいえ、あんな場所でヨボヨボの老犬に会ったら誰だって悩むと思いますけどね。笑

次の日自分がコロナのワクチン接種で動けなかった為、翌日再度見に行くとかいう選択肢が出来なかったのもあり、今回はこういう選択になりましたが、何事も無くてよかったです。

あまり詳しくお話を伺う時間がなかったので、近くに行った際はピット君に会いに行く事を伝えて電話を切りました。


犬、いいですよね。

ピット君には、飼い主さんに対する強い忠誠心というか、信頼をかんじました。

動画をあとで飼い主さんに見せたいなと思います。

めちゃくちゃ可愛かった。

引っ越したら、保健所に行ってみようかな。


〜〜〜

今朝、少し早いですが、かかりつけ医のご配慮でCOVID-19のワクチン1回目を接種してきました。

アレルギーや喘息等基礎疾患があるのと、インフルエンザワクチンでの副反応の酷さがあったので、結構ビビってました。

都市伝説とか、良くない噂もちらほらあったりするし。


何万分の1とか何十万分の1とか言われても、ほら、自分はギャンブルとか確率論好きですから、それがどの程度の数字なのかというと、割と当たる確率でもあるんですよね。


今のところ初日は微熱と腕の痛みくらいです。

でもなんで受けたかって、やっぱり、自分と会う人達の事を考えました。

安心して会ってくれたら嬉しいし、安心してライブ会場で握手したいです。

死にたくないより、殺したくない。

あの頃の当たり前のために、切実です。

1回目より2回目が不安。

ちょっと体調よろしくない感じなので、沢山寝ます。

受けるかどうかは個人の判断だと思うし、もう少し色々見えてからでもいいかもしれないですよね。

とりあえずは自らの身体で試してみました。

来週はMIXです。早くみんなに新作を届けたい。

色んな気持ちを込めたし、最高傑作だと思います。

で、やっぱりツアーしたいなぁ。

そのためにできることをコツコツやります。

みんなに会いたい!



4/30()ジムニーに荷物をパンパンに積み込み車を走らせる。目的地付近で買い出しを済ませ、道の駅で山盛りの行者にんにくを250円で購入。最後の一束、ラッキー。

山奥の沢にかかる小さな橋の下にテン場を決める。

去年halosの草階さんと泊まったお気に入りの場所。

夕方にテン場の準備が終わり、目の前の沢で軽くルアーをやりながら、親友のトシとゆうじ二人の到着を待つ。

山奥でのキャンプは初めてだという二人と共に、行者にんにく醤油とカツオ刺し、鷄の塩鍋、牛肩ロースのステーキ、炊いた米で酒を交わす。

ゆうじが手作りで作ってくれた仕掛け巻きと、首にかける釣り具をつけるやつ(なんて言うんだろ)が、素晴らしすぎて感動した。昔から手先が器用で、時々手作りの何かをくれるのだけど、どれも大事な宝物だ。


5/1()朝起きたら、車中泊していたゆうじが既にテン場に居て、火を起こすのに難儀していた。

濡れた木を燃やすのはガス料金を払うより難しい。

二人で火を起こして、朝ごはん用にと、沢伝いに山菜を見に行く。タラの芽とアイコ(ミヤマイラクサ)を採る。

山の斜面で黙々と山菜を採っていて、右側にゆうじの気配がしたので、「山葵ばり(ばかり)だな」と声をかけると、「あぁ?」と知らん声。

声のする方を見たら、知らん爺さんが座り込んで同じように山菜を採っていた。

軽く挨拶をして、「山葵ですか?」と聞くと「山葵はとらねぇ。一緒(アイコ)だ」と、物腰フラットな、素敵な返しだった。

実際のところ山葵は結構どこにでも生えていて、自分もたまにしか採らない。さっきの道の駅にでも売りに行くのだろうか。

たまに来る自分とは違う、季節の移り変わりの中に当たり前に組み込まれた作業のような所作が、少しも苦労を感じさせない事が、この土地の冬の長さを物語っているように見えた。

戻って湯を沸かし、友人達が買ってきたソーセージと山菜で、カレー味のスープパスタで朝食を済ませ、釣りへ向かった。

自分はテンカラ、妻を含む三人はルアー。

釣り上がった自分は、最初に釣った二本でぴたっと当たりが止まり、まだテンカラには若干早いなと思いながら川を下り、箇所箇所で皆と合流し釣果を確認。

妻とゆうじは二本ずつ、初挑戦のトシは貸したウェーダーをずぶ濡れにしながら、一本かけ損ねて悔しそうだった。

幾つになっても、友人が同じ遊びをしてくれる事が嬉しい。

別の釣り場に移動して、その後の予定のある二人と川沿いでさよならをした。

その夜は天気が荒れて、雨が降り風も強く、タープが飛んだり大変だったので、料理は簡単に赤ワインをボトルごと湯煎して、岩魚塩焼き、ブリ刺し葉わさび、スーパーの豚カツを買って炊いた米とカツ丼にした。


5/2()朝から天気は良くないが、翌日はhalos草階さんと合流予定だったので、目星をつけていた釣り場と新しいテン場の下見をするべく、朝は炙ったさつま揚げ、残り飯と鷄団子と鶏卵とその辺の山菜で雑炊にして済ませ、国道沿いの橋伝いに本流へ落ちる沢を、途中ロープに捕まりながら下る。

人がなかなか入らない場所だからか、沢伝いに生えているシドケやアイコも小指ほどの太さで、でも明日草階さんと来るのだからと思い、晩飯分だけ少し採りながらくだった。

本流は水量が多く、ルアーの準備をしていると、目の前の倒木にエノキタケが生えていたので採取。

ルアーの準備が終わり、目の前の淵めがけて一投したら、ほっそりとした24cmほどの岩魚が釣れた。

釣り上がるにも、身体の小さい妻と二人、時々早い流れの中を渡りながら進んでいったが、途中からまあまあな雨。

本流の釣りはここで一つ判断を間違えると、引き返すことが出来なくなる。ロープも車に置いてきた為、大事をとって川を下り、雨に濡れながら車へ戻った。

一度テン場へ戻り、濡れた服を着替えて温泉へ。

温泉で生き返り、草階さんとこまめに天候についてなどのやりとりをしながら、夜の天気を見て最終ジャッジする事とし、定食屋で中華そばを食べ、買い出しをしてテン場へ。

引き続きホットの赤ワイン、シドケとホンナと明太子の挽肉炒め、こごみと牛ホルモンの辛味噌炒めで晩酌。

夜のうちにテン場を別の場所に移す事に決め、草階さんとやりとりの後、テント以外を片付けて早めに就寝。


5/3()AM2時起床。早めに寝たのと、ようやっと身体が慣れてきて深い眠りにつけたのもあって、すっきりと目が覚める。

テントの片付けを済ませ、出発。2時間弱車を走らせ、誰も居ない某駅に早めに着いて、少し眠る。

夢の中で草階さんと話していたら、白い可愛いジムニーで山遊びの天才草階さん登場。

なんとなく自分自身その地方で目星をつけていた場所に草階さんが行こうと言ってくれて、考える方向が同じで嬉しかった。

三日間テント泊で、バラしてからの四日目ということもあり、自分よりも妻のテンションや体調が気がかりで、彼女が大丈夫ならテント泊、しんどそうだったら今日はホテルにしようと決めていた。

でも、今回テン場にしようとしていた場所は、バックパック(未経験)で行かなくてはいけないものの、温泉つきなのである。

雨降る中二人考えた挙句、この為に去年から道具を用意したりしてきたから、一日体験として、頑張って行ってみようという事になり、急遽車止めでパッキングを開始。

荷物をひろげ、詰め込む最中からどんどん荷物も体も濡れていく。これは、きつい事になるだろうなという予感が満載であったが、草階さんと合わせられる日はこの一日だけで、普段はこういった天候の時は基本お互いキャンプは極力避けるはずだけれども、翌日は晴れる、その事は分かっていたので、何とか今日を乗り越えてやってみよう、そういう気持ちで準備をして、詰めたバックパックを背負った瞬間、アホかと思うくらい重かった。

推定25kg程なのだろう。

よく入念に準備をしてきたならいいが、慌てて準備をして、しかも三日間のキャンプを終えた身体に、初めてのパンパンのバックパックはかなり堪えた。

気合を入れ直して、五月というのに未だ雪に閉ざされた根雪残る山道を、先行してもらった草階さんの足跡を辿りながら、雨の中妻と歩いた。

途中山道の脇にエノキタケが生えていた。

エノキは親父が好んで採ったきのこの一つで、ユキノシタと呼んでいた。

条件が合えば寒い時期は数ヶ月の間顔を見せてくれる。

傘の開いたなめこのような色合いで、軸は焦茶色で堅いのが特徴で、同時期にあまりきのこが生えない事から、一度覚えたら忘れにくいきのこでもある。

一時間程歩いて、山道を逸れて見覚えのある川伝いのルートに足を踏み入れる。

右側は崖になっており、重い荷物を背負っているのでうっかり足を滑らせたら無事では済まない。

妻に先行させて、リュックの端をしっかりと掴みながら、一歩一歩先へ進む。

通常であれば自分が先行するのだが、荷物の重さを考えると、バランスを崩した時に力の強い方が後ろから支えた方がいいと思ったが、正解はどうなんだろう。

雨と風が勢いを増してくる中、目的のテン場へ到着した。

テン場は予想を超えて残雪が3分の2を覆っており、それ以外の場所は殆どがぬかるんでいた。

互いに暗黙の了解のようにタープを張る場所を決めて、テントの位置などを何度も調整した。

タープを張る際に、風向きを計算して傾斜の角度を決めないと、ロープに負担がかかって切れてしまったりする。

通常ならば川上からの風を受けないように張るが、この日は爆風と冷たい雨で、風もてんでばらばらに巻いていたので、一時間程微調整を繰り返しながら、結果6本のロープでタープを固定した。

それでも夜には1本が外れてしまった。

道具も拾った薪も自分たちも、全てがずぶ濡れで、爆風の中テントの近くで火を焚く事は諦めた。

なんとかタープとテントを張り終えた夕暮れ時、疲れ果ててしまい、少し眠る事にした。

「しんどいか?」と聞くと、妻は「うん」と答えた。

当たり前のことを聞いてしまった。

共通の趣味とはいえ、初めてのバックパックでのキャンプ、悪天候。

申し訳ない気持ちはしたが、明日は晴れの予報。

この状況をネガティブに捉えず、体験として捉えよう。

そんな苦し紛れの言葉を彼女に伝えた。

風で揺れるテントの中で、唯一あまり濡れていない服に着替えて数時間ほどだろうか、泥のように眠った。

ふと目が覚めて、時計などは確認していないがおそらく三時間ほど眠っただろうか。

外の雨の音は無くなり、川の音と、少しだけ風がタープを揺らす音がした。

気温の低い山の中で、乾いた服から濡れた服に着替えるのはかなり堪えるが、飯を炊き、湯を沸かし、この服だけは何とか死守しなくては、今晩を越えることはできない。

着替えて外へ出ると、依然風はあるものの、空には星が見えるまで回復していた。

そして、草階さんはというと、星空の中、露天風呂に入っていた。

そう、この場所は去年親父の古くからの友人に教えてもらった秘密の場所で、露天風呂があるのだ。

温度は38度くらいで、かなりぬるめではあるが、一時間くらいじっくりと入ると芯まであったまる事ができる。

露天風呂つきのテン場なんて、日本中探してもそう多くはないだろう。

草階さんが風呂に入ってる横で、湿った木で火を焚いて、米を炊いて、湯を沸かし味噌汁を作った。

今朝は待ち合わせが朝の6時だったので、買い出しは行けなかった。

食材も殆ど持ってこなかったが、前日に釣った岩魚を炊き込みご飯にして、エノキタケを味噌汁にした。

出来上がった頃、丁度よく妻が目を覚ましてきたので、いいちこの梅干し入りのお湯割りで乾杯し、炊きたての米と味噌汁にがっついた。

キャンプ4日で色んなものを食べたが、正直一番美味かった。

米と味噌と塩と醤油。それさえあれば、山にはおいしく食べられるものが沢山ある。

本気で登山する人達は、数グラム単位で荷物の重さを削るという。水分はとにかく重くなる。

それでもなんとかいいちこを詰め込んでよかった。

火を焚きながら酒を飲めないのは寂しい。

食事を終えて、片付けの後、我々も風呂に入った。

満天の星空の下、妻は「大変だったけど来てよかった」と言ってくれた。

心の中でガッツポーズ。

天候がまた悪くなってきたので、あったまった身体が冷めないうちにテントに入り、乾いた服に着替えて、さっさと眠った。


5/4()朝。だいぶ疲れていたみたいで、起きたら7時を回っていた。

天気は昨日が嘘だったみたいに晴れていた。

まだお腹は空いてない。草階さんのテントの方に向かっていくと、既に朝食を終えてゆっくりしていたようだった。

テン場のバラシの時刻を決めた後、良かったらこのあと少しだけ釣りに行きませんかと誘い、一緒に川を登っていった。

草階さんはテンカラで、自分はルアー。

雪しろが入り水温はかなり冷たい為か、毛鉤の反応はいまひとつだった。まだ早いねと話しながら、残雪の上を一歩一歩確認しながら歩く。

途中良いポイントがあって、距離的にルアーじゃないと届かない場所。

ポイントの上には低く木がかぶさっていて、キャストが不安だったが、一投でうまく良いところにルアーが入って、運良く良い岩魚をキャッチすることが出来た。

2324cm程の、細く美しい岩魚だった。

そのポイントの先は、まだまだ雪と水量で厳しそうだったので、早々と納竿してテン場に戻り、そのまま荷物をまとめて下山した。

昨日のうちに道をチェックして一度戻って、気合でジムニーを近場まで運んでくれていた草階さんの車に荷物と自分たちを載せてもらえた為、帰りはとても楽だった。

草階さんと文明の利器に心から感謝した。

自分達の車に戻り、草階さんとさよならをした。

猛烈な睡魔に襲われながら荷物を整理して、山を後にした。

道の駅のようなところで、定食大盛りを喰らい、今回の旅の目的の一つである、親父の友人に逢いに行った。

36歳でこの山間に移り住み、自分で家を作り、山の上から沢水を引いて暮して、もう少しで30年になる。

子供二人は成人して、その町で人気のカフェを営みながら、湖のカヌークルージングのガイドをしている。

当人は若い頃から、自然を守る活動と、ガイド、執筆活動をする傍ら、町の原風景を守る為に、茅葺き屋根の古民家を自分たちで直したり、様々な活動をしている。

自分は彼に会うと、いつも元気をもらう。

拙い言い回しだが、それが一番しっくりくる。

なんでも自分でやってみればいい。

何事も、アイデア次第でなんとかなる。

お金が無くても、時間をかけてでも。

他者に対して否定的ではなく、説教じみた部分も一切無く、彼が溢れるバイタリティだけで行ってきた数々の活動を通じて、元気をもらうのだ。

茅葺き屋根を業者に頼んだら三千万かかる。

それなら自分達でやればいいと、5年かけてすすきを集めて、職人さんに教えてもらいながら完成させた。

そして今、10年目に二つ目の茅葺き屋根を完成させようとしている。

彼はその家の持ち主ではない。

ただ、この町の茅葺き屋根の家が失われてしまう事は寂しい、だったらアイデアでなんとかしようと、自分で図面を引くなどして、色んな人達と共に協力しあって、その古民家で絵の展示をしたり、ライブをしたりできる施設にしようと動いている。

金じゃない所で動いている。

だけどそれでも金は必要だったりする。

そういうところは助成金をうまく使ったりして、乗り越えているのだと教えてくれた。

彼の家の中はいつ行っても楽しい。

今回は毛鉤の話になったら、お菓子の缶を取り出してきて見せてくれた。

沢山の野鳥の羽根。どれも市場に出回ることは無いような、希少な鳥の羽根だ。

毛鉤用に、一枚の風切羽を頂いた。

沢山あったし、もっともらえばよかったと、あとで少し後悔した。

帰りに、今手をつけている二つ目の茅葺き屋根の古民家を見せてもらった。

とても大きくて立派な、文化遺産みたいな家だった。

自分の中にある夢とはっきりリンクするような建物だった。

彼とお別れしたあと、夕暮れ近くなって、ああ、今回のキャンプではあまり毛鉤を振れなかったなと重い、近くの川で竿を振った。

やはりまだ毛鉤への反応は良くないが、岩魚とヤマメをそれぞれ一本ずつ、どちらも美しかった。

川の流れの中に帰っていく魚を見送って、煙草に火をつけて、夕暮れの山道を車まで歩いた。

仙台までの帰り道、ずっと運転していた自分に代わって妻が運転を買って出てくれた。

1時間半程、口を開けて眠っていたらしい。

鼻の奥まで残るような強烈な堆肥の臭いのする長者原SAで運転を交代して、無事帰路に着いた。


初めての45日キャンプ。何故こんなにフルでGWを詰め込んだかというと、これから多分、あんまり行けなくなりそうだからです。

山奥に家を買う事にしました。

そしてそれを可能な限り自分で直して住めるようにしようと思っています。

皆が遊びに来られるよう、音楽と並行してその地で事業を始めようと思いたち、去年から動いていたのですが、ようやく目処が立ちました。

2015年に仙台に戻ってきた時の日記を読み返したら、既にそんなような事を書いていましたが、それから6年も経過していました。


先日家に遊びに来た友人が、こないだ実家から遺品として持って帰ってきた親父の日記を読んでいて、何年も昔の夢日記のようだけど、玄が大きな木造の家に住んでいて、そこに玄の友人が集まって、その中で自分も遊んでいる。

そう書いてあるのを見つけて、わー、なんかすごいなぁと思いました。

自分は、親父が寝ながら見た夢を正夢にしようとしていた。

まさか本人も出来上がった頃に自分が死んでるなんて思ってなかっただろうに。まぁ、そしたら化けて出りゃあいい。


これから色々大変だろうな。


キャンプから帰って、シャワーからお湯を浴びている時、いつも思う。

文明ってすげぇって思います。

食べ物があるって。

電気があるって。

山で遊ぶのと、山に住むのとは、全く違う。

山に住む事の方が難しい。

そこに住むのは自分だし、自分の中で考えを巡らせ続けた蓄積は、他者には見えない。


親父と母親が生きてたとして、どんな暮らしをしていたら幸せだったのか。

そんな事をずっと考えています。

辛い時とか、もういっそのこと人生を終えたいと思った時にいつも支えになってくれたのは、楽しい未来を強くイメージして具体化していく力です。

過去に囚われて現在をおざなりにせず、今したい事やすべき事を積み重ねて、未来をお迎えしよう、そういう気持ちでいます。


来月からは新編成のレコーディングも始まります。

人生は、自分が思ってる以上に短い。

自分にとって何が大事か、これまで沢山学んだ。

そしてこれからも自分で選んで学んでいく。

選択の失敗も、乗り越える過程を楽しみたい。

帳尻を合わせていけばいい。

楽しいを詰め込んで生きていく。

その途中で、出会った誰かと束の間の楽しい時間を過ごしたい。