KUDANZササキゲン「散文と音楽」

KUDANZササキゲン「散文と音楽」

ササキゲンのソロプロジェクト KUDANZ(クダンズ)の日記

言葉にも 写真にも残さない日々が続いていた

この日記も久しぶりに開いたら 二ヶ月以上更新していなかったようだ

なにかに残そうとすると 今見てるものから目を逸らして

携帯やパソコンや 過去ばかり見ている事に気づいて

今見てるものを 今考えたいと思って暮らした

 

10月に 踊ってばかりの国 下津光史から電話がかかってきた

冬に弾き語りのツアーで 仙台一緒にやってくれないかという内容で

とても嬉しかった

古くからの友人で いろんなもの抜きに とても尊敬できるうたに誘われて

今の状況を踏まえたなかでの 最前を探した

 

杉村の大講堂の残響音が 頭の片隅にあって

ああ あそこで下津とサイケをやろうと思い立って 準備をした

 

19日 下津が空港に降り立ってから それを迎えに行って

一旦荷物を置いた後 ギターのかっちゃんの家に 下津が使うアンプを借りに行った

かっちゃんと下津は 案の定仲良くなって話足りない時間を過ごし

俺と下津は大雪の中 かっちゃんオススメの温泉へ行き

自宅に着いた後 たこ焼きを焼いて酒を飲んだ

遊び足りないかっちゃんも来てくれて 遅くまで音楽のことを話したり

一緒にギターを弾いた

 

20日 ゆっくりと起きて 朝食のカレーを食べて 会場へ

せかせかとする必要はない現場は良い

せかせかと歌を歌う必要がないから

 

じぶんの出番が先で 第一声から 最後の一声まで

何にも考えないで ただ うたがうたいたいようにうたった

お客さんが入って リハ前の会場の音と変化したことが

何よりも嬉しかった

 

 

下津が出て来て最初に 「あなたにも あなたの大事な人にも届くようにうたいます」と言った

ほんとうに 信頼できるなと思った

 

音楽でこんなにぶち抜かれる事ってあんまりないなと思うくらい

下津はすごいことをしていた

うたは今 ここまできてるんだなって

時々そういう人と同じ空間の中に身を置くことは

自分自身にとってとても大事なことだ

鏡のように 彼のうたに心と体を委ねた濃密な時間だった

 

最後に二曲 二人でセッションをした

ブルーハーツの夢

美空ひばりの愛燦燦

 

とびきり幸せな時間でした

 

ああ 言葉を書くのは遅くて疲れるな 笑

この場にいてくれたら一々書いたり撮ったり残したりしないで済む 

 

ご来場の皆さん お手伝いしてくれた皆さん 素敵な時間をありがとう

またリアルでお会いしましょう

それまでは うたに残す日々を過ごします

 


秋が来て
もうそろそろ灯油を買う季節だなぁと
煙草を吸いながら その澄んだ空気を煙と一緒に吸い込んで吐き出した

その 夏よりも長く続く副流煙の先には
幾つかの星が瞬いていて
新聞屋さんに向かう配達員の人達が家の脇を自転車で通り過ぎていく


今年の肘折国際音楽祭は 冬の開催が中止となり
はじめての秋開催となった
このイベントは 活動休止していた初年度を除いて
ずっと参加させてもらっていて
出演者ではあるものの 裏方的な要素も少しあって
今年はライブ配信時に 水害やコロナで窮地に立たされている肘折に少しでも多くの方が興味を持ってもらえるような映像を作ってほしいとの事で
カメラマンと共に四日間の取材を行い
映像内の楽曲も制作した

今までは演者として 街の人達と関わるだけだったのが
急にインタビューをしたり 取材のアポイントを取ったりするのだから なんだか自分の中でスタンスがちぐはぐになった瞬間もあったけど
現地の皆さんとコミュニケーションを取る中で
その為人や 町に対する思い それぞれの仕事に対する思いを伺い知る事が出来て より一層この町のために 良いものを作り 良いライブをして 良いイベントにしなくてはと思った

代々受け継がれてきた肘折の様々な業種の方々の歴史に触れ 嫁いできた女性や 婿に入った男性の
それぞれの物語にとても感銘を受けた

撮影にご協力頂いた上ノ豆腐店の横山さんや
鈴木こけし店の鈴木さんは
自分達の代で その仕事が終わる事を受け入れて
日々を積み重ねて仕事に向かっている

その仕事をしている姿を見ているだけで
胸にくるものが沢山あったし
若い人たちがその映像を見て 
何かを感じて現地に会いに赴いてくれる事を 
心のどこかで願いながら 当日まで自分は自分の準備を続けた


家でどんなに歌をうたっていても たった一回の人前での演奏
それに勝るものはない
自分は常にライブを続ける事で ライブを磨いてきた
それが無くなり オンライン配信でのライブを何本か続けた中で 少しずつ自分の歌の筋肉や 心構えを思い出していったように思う

当日は 朝早く出て自分の運転で会場に入り
出番も最初だったので 身体の準備をたくさんして臨んだ甲斐もあり
リラックスして 伸び伸びと歌う事が出来た
何より嬉しかった事は 
取材でお世話になった現地の方達に 感謝の意味も込めて
数名ではありますが 観覧にご招待させて頂いて
歌を聴いて頂けた事

素性も知らぬ金髪の若者が 急に取材させてくれと伺って
それに対して優しく対応してくださったこと
本当に感謝しています

蕎麦処寿屋の早坂さん
ほていや 斉藤さん
カネヤマ商店須藤さん
村井六助の若旦那
つたや肘折ホテルの柿崎さん

特にこの5名の方には大変お世話になりました
また 雪深い冬にでも 今度はプライベートでゆっくりと伺いたいと思います

夜に居酒屋で 旅人さんとご飯食べようという事になり
そこに phewさんと寺尾さんも合流してくれて
色んな話が出来て楽しかったです
途中カネヤマ商店の須藤さんと村井六助の若旦那も混ざって 現地の人達と演者とで酒を飲めた事も
本当に良かったなぁと思います

旅人さんと若旦那が同じ高知県民だと分かった時に
二人が歌い始めた高知民謡は とても贅沢で
今回のハイライトとして胸に残っています
こういう なんとも言えないかけがえのない時間をたくさん作れたらいいですね
多分 これかな




自分は音楽が好きで 表現をする事も好きです
僕の好きだなと思う人たちはみな 素直で
他者を気遣う事が出来て 何よりさまざまな事に対し寛容で だけど 苦しんでる誰かのために怒ったり
その表現をもって救い出そうと本気で立ち向かう事が出来ます

年齢も性別も立場も関係なく
自分が分からないものを小馬鹿にしたり 
知識をひけらかして他者を嘲笑したりしない
丁寧で 言葉一つ一つをとても大事にしている
誰かの事を本当に想う事ができる

自分もそうあれる様 日々丁寧に音楽と
一人一人と向き合いたいなと思います

ライブが幾つか決まっていて 嬉しいです
ひとつひとつ 積み重ねていきます


撮影でまた肘折に二日間行ってました

一芸十年 本当に琴線に触れる瞬間が多々ありました
自分で決めた生業を続け生きていくというのは
どの時代に生まれついたとしても
容易ではない
だからこそ美しいのだと思います


髪の毛ほったらかしていたら スペースコブラみたいになってきています

夏の初めから 皆との遊び場でも作るかと
古民家再生事業に乗り出し
慣れない書類作成に悪戦苦闘の日々です
何とか終わりが見えてきて
うっすらと空が明るい
作曲も含めて毎日色々やってると 
本当にあっという間に季節が過ぎていく
明日から4連休だから やる事はキチッとやった

9月末で渓流は禁漁となる為
釣行込みのキャンプは今年最後になりそうだ
今年の夏の山遊びは 釣りよりも比較的夏きのこの勉強に時間を使った
夏きのこは種類が豊富で 似たものが多くて覚えるのに時間がかかる
きのこを判別する同定作業も 自宅にある4冊の本とインターネットの画像を見て何度も見比べて
ようやく何種類かを同定し 口にする事が出来た

ヤマドリタケ系は海外で云う所謂ポルチーニの近縁種で
その種類はとても多く 毒のあるものも多い為
同定作業はかなり難しいが
比較的容易な品種アカヤマドリが今年は沢山出てくれた
幼菌は脳味噌さながら

ベーコンと共にアーリオオーリオして
パスタです

洋食に合うクセのないきのこで
冷凍保存と乾燥に分け 乾燥したものは今週末のキャンプに持っていく事にした



海外では一般的によく使われるきのこでも
日本ではあまり食卓を飾る事がない
先日友人のhalos草階さんとその話題になったのだが
僕たち二人の見解は同じだった
洋食で使う場合のきのこというのは
クリーム系のパスタやオムレツやキッシュなど


大体があまりクセのないものが好まれる
きのこが主役になる事があまり無く
脇役だったり 味の濃い料理の中の旨味成分としての役割を担う事が多い
また 日本では食されるぬめりのあるきのこが
海外ではあまり使われないのだと思う
ヌルヌルネバネバは 海外の人たちの舌には合わないのだ
その点日本食は おろし和え きのこ汁
炊き込みご飯 天婦羅etc
様々な調理法で きのこが四季折々の主役になる事がある
それぞれ持つ個性や特性を活かした
土着的な調理法で ありとあらゆる食材を調理する日本食は 改めて素晴らしいなと思った
そして 日本のきのこといえば 秋
これからシーズンインとなります

山に向かい きのこや山菜や川魚と向き合う中で学ぶ複合的な知識は
現代を生きるために必要であるかどうかは分かりませんが
少なくとも 自分の興味の赴くまま山を歩き
それらを見て 触って 食す日々は
僕自身の暮らしをとても豊かなものにしてくれています
穏やかな気持ちで季節に触れる事
それが日々を生きる上で活力になったり
救われるような思いが確かにあります

山を歩きながら あの頃のように
何の気兼ねもなく皆に会いたいなと物思いに耽る事もあります
笑顔で握手して 抱き合って笑って 
皆の間近で歌をうたい 目と目を合わせて話をしながら
美味い酒を飲んだ 
あの頃は確かに そんな日々が当たり前だった

でも僕は今 悲しい気持ちはありません
むしろこれはこれでよかったのだと思う
それぞれにとって大切なものが何なのか
今はそれぞれにとって 考える時間なのでしょう

僕は皆に会う時の為の準備をしています

10月はライブ配信でも近々会えますね

僕からは皆の顔は見えないけれど
想像して歌います
こちらは日々 歌が響いています
そちらにもちゃんと届くでしょうか
届くように歌うね

相変わらずな世の中ですが
好きなように楽しく生きてこうね
それぞれの日々を
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