ショックなこと…と この世の常識
肉吸い
生まれて初めて“肉吸い”なるものを食べました
お店に来るまで、知らなかったのですけど
ただ、肉吸いの量もかなりたっぷりあるので
呪いを掛けないで。
つくづく、『呪い』にかかっていると
人生損すると思った
フラットがいい
ものの見方はフラットであろうとしても、難しい
自分ちの匂いは、自分ではあまりよくわからないように
自分がフラットであるかなど、わかりにくい
今頃になって、人にかけられていた呪いとか、
自分で自分にかけてしまっていた呪いに気づくことがあるから
実に勿体なかったとおもう
自分から損してたなぁって
それで、自分もできるだけ子どもに呪いをかけてはいけないと思ったのだけど
それも難しい気がしてきた
たぶん既に、ちょいちょい、掛けている
だから、【色んなの】(人に限らず)に囲まれて【育つ】ことが、良い意味があるのだね
『呪い』をかけない
人にも、自分にも
- - -
こちらのツイートを見てそう思ったので
引用させていただきます
子連れの母親が近づいて「勉強しないとこうなっちゃうよ」と言って立ち去ったという。「俺の仕事、簡単と思われてるのかな。結構難しいんだけど」と言ってその人は笑っていた。ちなみにその親子を私は知っていた。ちなみにその後、その子は勉強できなくなってしまった。
— shinshinohara (@ShinShinohara) 2023年7月3日
とある、高学歴が自慢の母親が「このあたりの人はレベルが低い、話にならない」と言って小バカにしていた。その子どもが転職を重ね、学歴を活かしきれない仕事に変わると、その子どもは母親のかけた「呪い」に苦しんでいるようだった。母親の小バカにしていた人間に自分がなったような気がして。
— shinshinohara (@ShinShinohara) 2023年7月3日
〜中略〜
失敗すればやり直せばいいし、なんならやり直さなくても、現在与えられた環境を楽しみながら取り組めばいいと私は思う。なのに「上昇志向」で育てられた子どもは「自分は落ちぶれてしまった、もうダメだ」と自分をみなし、自暴自棄になっている。自分を認められず、許すこともできない「呪い」。
— shinshinohara (@ShinShinohara) 2023年7月3日
〜後略〜
- - -
学歴関係で自分に呪いをかけたことはそんなにないと思うけれど
もっとちょっとしたこと…
例えば、自分はこれが不得手だから上手くできないとか
成果が薄いだろうからしないほうがいいとか
だからやっても無駄とか
頑張っても時間の無駄とか
そういうことは全然思わなくてよくて
やりたいとか、そうなりたいと思ったことも、出来る状況にあるならやってみればいいし
難しいなら、出来る策を考えて
欲しいと思ったものは取りに行ってみるのが一番いい
しばらくやってみれば
面白さや楽しさの光が灯ったり灯らなかったりするだろうし
もしかすると何か物理的に強制終了とかもあり得るし
お金が尽きてしまうならやめたらいいし…
やっぱりまたやりたくなったら、自分の置かれた所で出来る範囲からやってみるとか
何かはそこで生まれたり生まれなかったりして
それがわかって納得したりできる
だけど『呪い』がそこにあると、
人はその現状に不満を持ちながらもその場所に留まる(気がしてる。自分はそう)
言い訳に近い不満を持ってに留まるのと、納得して自分を認めてそこに居るのとでは
側から見たら同じ場所でも、自分の中心からすればまるで人生が違う
- - -
あと、触れようとしてみたこともないことに
自分にとっての価値のある無しの程度を決めつけて
不要に見上げたり見下したりすること
それも、日常の気づきにくい『呪い』かも
振り返ると思い当たる節があります
怖い怖い・・・
と思った話
おわり
【基本的には自分で】の姿勢、、と思ったこと
先日、とある場所へ観光しに行ってきたのですよ
するとね、そこへツアーガイドの方が率いる団体の旅行者の方々もいらっしゃいました
そこはお寺と神社だけがある小さな島なんです
船着場から進んで程なくすると
いきなり多くの石段を目の前にして
お寺を拝観するには、その階段を登りきらないと本堂まで行くことはできません
神社にお参りするには、急な階段はそれよりは少なく横移動で行けます
お寺と神社へのルートは繋がっており、どちらからでも行けますが
先にお寺へ行くと急な石段を頑張って登り、降りながら神社へ向かうことになり、
先に神社へ行くとその反対で、緩やかに登りながら神社へ行き
(自分の足腰と相談しながら)行けそうだったら、
さらに上にあるお寺を目指すこともできるという感じ
けれど、島に上がったら、なんとなく石段を上がるルートの方が
みなさんのとる順路っていう感じになっていました
- - -
そこで、その団体のツアーガイドの方が石段の上がり口に立ち、
『階段を上るのがしんどい方はこっち(神社のほう)へどうぞ〜』
と案内をしていて、
そのお客様は、年齢がおそらくアラフィフ以上の方々だったので
えっ!石段!と思った方は、上がるのをやめておこうかな?と迷われている人がちらほら
なので、
(お客さん)『こっち(階段が無い方)からも(同じ場所へ楽に)行けるの?』と
到着場所が結局同じなのかどうか知りたいから、ツアーガイドの方に質問するのですけど
ツアーガイドの方も実はよくわかっていないのか、不親切なのか、
『ちょっと上がるのしんどい方はそちらへどうぞ〜』とひたすら同じ文言を返す
加える説明などは、無い
私はそれを横で見ていて
多分お客さんたち(主に女性の方だった)が知りたいことの本質に答えられていないと
彼女たちの表情から感じたし
一方で同時に『どっちでもええから自分でエエほう選んで行きぃや』というツアーガイドの方の心の声が聞こえてきたようでもあった
(説明が足りず、詳しくする気もなく、少し不親切に見えた)
ツアーガイドの人も、その場所が初めてだったのかもしれないけれど
疲れてたのかもしれないけれど
その場所にも、そのお客さんたちにも、その自身の仕事にも
さほど興味がなさそうに見えたんですよね
何だかなぁ、って
それを見て私は学びました
結局は自分、とーー
- - -
お金を払って、旅行会社の方に引率と案内をして貰うんですけど
受けるサービスの程度ってその人によるところも多いんだな、と
(私はこういう団体旅行はしたことがまだ無い)
チップ制度があるわけでも無いので
ツアーガイドの方も最低限の責務だけを果たして終えても
はたまた、サービス精神で、最低限以上にしっかりと事前勉強をし尽くしながら臨んでも
きっと貰うお給料は変わらないですよね
だとしたら、別に、、ね
最低限の責務を果たすレベルでも、不思議では無いです
- - -
なので、結局は、自分でちょっと勉強しておいたりするとか
【自分で】と思っておくのが
自分を満足させるのに一番良いんだな〜
と思ったのでした
と言っても、わたしもこの時、別にこの行き先の事前勉強なんて
自分でしていませんでしたけどね
(夫氏が色々段取るので常に全て任せていて、わたしはだいたいついて行くのみ)
これからはちょっとくらいそうしようかな、と思えた出来事だったのです
あと、意外と今回行った場所は自分なりに良かった(行ってみて興味が湧いた)ので
ちょっとでも予習をしておけば、よりしっかりと思い出になったはず
【自分で】興味を持って臨む姿勢?っていうの?
あんまり無かったね〜
自分にも
という話
おわり
引っ越し中に聴いていた曲
何か作業に取り組まなくてなならない時、そのことに集中し続けないと事が進みません
私はちょっとしたことで脱線すると中々戻ってこられなくなったり
取り掛かるのに気の進まない作業をするときは、中々始められません
それを始めさえすれば、まだよくて
さらに始めた後に、やることモードを違うことに切り替えさせず
集中力を保ち、自分を少しでもその気にさせて作業に取り組ませるために
1人で引っ越し作業中(荷造りとか東京での生活を仕舞う作業中)、は音楽をかけていました
何か『音』を掛ける、その方法は
音楽だったり、ラジオだったり、ポッドキャストだったりで
(YouTubeの時もあるけど、私には作業中にはやや不向きだった)
🟠前居住地での生活仕舞い期間にも
🟠子と私2人と車で東京から運転して移動している時にも
行程終わり近くまで来た時に(無事に到着出来そうなことにホッとしてきて)
この数週間を締めくるる気持ちになって聴きたくなったりと
よく聴いた曲をメモ(今回の引っ越しの思い出に)
アーティストの公式チャンネルでは原曲動画は見つけられなかったのだけど
歌手クリス・ハートさんと歌ってる動画は、アーティスト公式ですぐに出てきた
クリスさんは日本語の歌詞で歌ってる
私はSpotifyのヒット曲リスト?みたいなので多分最近知った曲なんだけど
かなり前に流行っていたのかな
何でも数ヶ月や年単位遅れで、自分のところにやってくる世間の流行
メモおわり














