興福寺 中金堂落慶記念 参拝  平成30年11月 | Chajinの 徒然フォトブログ

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「何でも見てやろう」を基本に、健康維持のウォーキングを兼ねて写真を楽しんでいます。 ..............................................   一期一会

         

興福寺の本堂、中金堂は和銅3年(710)の平城遷都と同時に藤原鎌足の子、藤原不比等が
創建しました。
 創建より六度の焼失、再建を繰り返し、京保2年(1717)に焼失した後は財政上、仮堂が再建された
のみでした。

興福寺に本堂がない、東金堂はありますが西金堂は焼失したまま、300年を経て、この度、思いが
かなって中金堂が創建、落慶を迎えました。

私共の町内で南円堂大垣別院をお世話していることから、10月の落慶法要に役員3名、招待
頂きました。



あらためて町内の希望者を募り、20数名で記念参拝しました。

 







今年7月の南円堂大垣別院の大般若転読法要にもおいで下さった方が、特別に興福寺、中金堂の歴史などの解説と共に中金堂を案内して下さいました。




金堂内は撮影禁止ですので少し離れた所から。
木造釈迦如来座像は江戸時代、文化8年(1811)のもので重文等に指定されていないため
塗りなおされたそうで、黄金色に光輝いています。

左の柱は「法相柱」と呼ばれ(高さ6,8m、周囲2,45m)、法相宗の14人の祖師が描かれて
焼失と創建を繰り返す中引き継がれた礼拝の対象です。

堂内には国宝や重文の像、8体が本尊を支えています。


国宝東金堂(1415年再建)、と古都奈良を象徴する国宝五重の塔(1426年再建)。





奈良公園すべてが興福寺の境内であったのが明治の廃仏毀釈で喪失してしまいました。
僧侶も春日大社へ務めるなど、興福寺は荒れ放題であったそうです。


西国三十三所、九番札所の南円堂は1789年頃の再建、国内最大級の木造八角円堂。







北円堂(国宝)は藤原不比等の霊を慰める廟として建立され、13世紀初頭再建。




国宝三重塔。最盛期5基あったと伝わる塔も現存は2塔のみ。



境内から猿沢池。




猿沢池から右に五重塔、中央に中金堂、左に南円堂、写真には写っていませんがさらに左手に
三重塔。




猿沢池から五重塔へ上がる52段の石段。仏門に入る52段階の修行を意味しているそうです。

全く記憶は失われていますが、大昔、小学校の修学旅行のこの階段に全員並んだ写真が残っています。




興福寺を訪れたらやはり国宝殿の阿修羅像他の仏像に出会いたい。
中金堂建立費を賄うこともあってか各地で阿修羅展が開催され、どこも行列のできる
人気であったようです。

私自身も中学校時の美術教科書に載っていた阿修羅像の仏像らしくない、中性的な美しさに
感激を覚えたことを思い出します。初めて本物に出会えたのはほんの15年ほど前のことでした。





3時間ほどのフリータイムがあり、この後ひとりで春日大社を訪れました。


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