
多くの信頼ある方が絶賛さている中で、
すみません、僕は、読了感の優れない一冊でした。
(記事を書くか非常に悩みましたが、やはり残すことにしました)
(この本を読んで感動された方は、不愉快になりますので、以降読まないほうがいいです)
俄然、面白く読んだ。3分の2まで。
日本の少女と、アウシュビッツの少女の時空を超えたつながりに、
とても感動を持ち、読み進めたが、
次第に妙な にがにがしさ が心に溜まっていった。
この作者は何が伝えたいのだろうか。
音楽の強さか、
アウシュビッツの凄惨さか、
ガス室に送り込む、その狂気、阿鼻叫喚を「かき消す」ために、
音楽が、使われます。囚人演奏者も、生きるために。
たとえこれが史実だとしても、事実だとしても、
なんだか やるせない思いです。
子供にホロコーストの一端を知らせるための、教育書ならありかもしれない。
平和を考えさせる一つのフィクションなら良いのかもしれない。
でも音楽を、そのように(小説を仕立てるために)利用して、良いのか、
という複雑な思いです。
うまく言えなくてすみません。
アウシュヴィッツもその楽団も悲しい史実であり、楽団員は強制労働やガス室送りを免れるが、
それは同胞であるユダヤ人を裏切る事であり、結果的に二重の苦しみを強いられる。
主題はわかるのですが、重いです。僕には。
音楽の持つ力は偉大で、強く、神聖で、美しい。
それが、そのように利用されて、変に感動的に作られて、
面白くないのでしょう。きっと。
僕は、小さいことにこだわるので、登場人物の名前にも違和感を持ちます。
なんで、チェロといえば カザルス やねん
なんで アルル・ビゼー やねん(アルルといえぱビゼーて安直)
そう思って読むと、史実とフィクションとの間に設定の無理矢理さを感じます。
最後は え、これで終わり?? という感想です。
なぜ、「シューベルトのアヴェマリア」にこだわるのかも、疑念です。
ネタ本(『チェロを弾く少女アニタ』)があるようで、まずそちらを読んでみたいと思いました。