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ビックリマンチョコにみる顧客生涯価値の限界

先月ロッテのロングセラーの1つである「ビックリマンチョコ」が再販売されました。
1985年に販売開始し、近年では数年毎(3年ほど前にも復刻版が期間限定で発売されましたし、それ以前にも2度ほど期間限定で販売されている記憶があります)に期間限定で再販売を繰り返しています。

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※写真はオフィシャルホームページより抜粋

ビックリマンチョコが現在でもコンビニという貴重な棚で定期的に再販されていることから、やはりそれだけの人気があると考えられます。しかし、発売から30年近く経とうとしている現在でも、当時と同じくメインターゲットである小学生を中心に人気を博しているのかと言えば疑問です。当時ビックリマンチョコの付録であるシールを集めた世代(現在の20台後半~30代前半)が、当時のノスタルジーと伴に「ついつい買ってしまう」のが実情であると個人的には考えています。つまり、当時も今も「同じ人」をターゲットにし、利益を生み出しているブランドが「ビックリマン」であると言えます。
※因みにビックリマンチョコは現在80円ほどで売られており、発売当時が30円であったことを考えると、インフレ率より、購買層の可処分所得の増加に起因した販売価格であることが伺えます。

要するに、メインターゲットを変えずに、顧客購買ライフの初期から顧客獲得をすることによって、長期にわたり同じ顧客から利益を創出し続けるという「顧客の生涯価値の最大化」に特化したブランディングが「ビックリマン」と言えそうです。

しかし、ここ数週間コンビニでの「ビックリマンチョコ」の売れ行きを観察していたところ、最初は特別の棚でキャンペーン的に扱われており、「箱買い」のお得等の施策も打っていたものの、数年前の様に地域のコンビニから「ビックリマンチョコ」が消えてしまうような事態にならないばかりか、売れ行きもさっぱりな感じでした。その後徐々に通常の棚の小スペースとなり、先日見たときにはそのコンビニにではもう売られていませんでした。

やはり、いくら幼少期に熱中したブランドとはいえ、生活ステージが変わるにつれその価値も陳腐化してしまうのは否めません。

同様に、顧客生涯価値の最大化を目指し成功している企業としては「マクドナルド」がありますが(ハッピーセットにより、子供の時からハンバーガー=マックと意識に植えつけるマーケティング)、マクドナルドの場合は、顧客の生涯価値の最大化を追求するとともに、新しい顧客(=新しい世代の子供)を獲得する努力も怠らないところが成功している最大の要因と言えます(ハッピーセットの付録キャラクターは常にその時代の人気キャラクターであり、その用途も変化しています)。

結論としては、日本の市場全体が今後も小し続けることを勘案すると、顧客生涯価値の最大化は今後さらに重要となることが予想されますが、最も重要なのはブランドの陳腐化を前提に常に新しい世代の取り込み努力を怠らないことと言えそうです。

顧客ロイヤルティを上げるにためには

現在の日本市場のように市場の縮小が進んでおり今後もその傾向が続くような状況だと、事業としては絶対数が減少傾向にあり新規顧客の獲得が困難となるため、如何に既存の顧客を守り且つ顧客単価を上げることができるかが肝要となります。少なくとも市場縮小分の顧客単価を上げないと事業収益は下がり続けてしまいます。

そこで重要となるものの1つが「顧客ロイヤルティの醸成」です。顧客が自社若しくは自社ブランドのファンになってくれれば、競合他社への鞍替えをしないばかりか、価格感度も下がる傾向にあるため高利益率と売上高の増加の両立が可能となるからです。

ただ、「顧客ロイヤルティの醸成」は、「モテたい」という願望はあっても具体的に何をすれば良いかわからないため、解決策が見つけられず結局現状維持という状況になりがちな恋愛事情と似ており、「わかっちゃいるけど、何をすれば良いかわからない」状況で悶々としているというのが多くの企業の現状ではないかと個人的には思っています。

前置きが長くなってしまいましたが、今回は「顧客ロイヤルティ醸成のためには何をすれば良いのか」について簡単に考えてみたいと思います。


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上の図は、顧客ロイヤルティ醸成のシステム(構造)を簡単に表したものです。
話は少し脱線してしまいますが最近当ブログへの訪問キーワードに「なぜなぜ思考」の占有率が増えてきており、これは時期的にも就活生の訪問割合が増えてきているものと思われるため、簡単にコンサル(少なくとも自分の)思考の整理方法を僭越ながら紹介すると、コンサルというと「ロジック・ツリー」を思い浮かべる人が多いかと思いますが、「ロジック・ツリー」は基本的に時系列を考慮しないスナップショットとしての物事の構造化手段の一つです。したがって、時系列によって問題・因子が変化しない場合(比較的普遍的要素、例:利益=購入者×購買数/人/回×購買頻度×購買単価-限界費用×購入数-固定費 ※同じ利益の構造化でも沢山の因数分解の方法があります)や、(新規)事業の収支シミュレーション等を行う時に数式化しやすいため重宝します。一方、上図のようなシステム図(言い方は色々あります)は、時間軸(因果関係)と各要素が複雑に関係しあう時に、ある因数を変化させた時に全体として(大まかに)どのような影響が出るのか把握する時に威力を発揮します。
今回の「顧客ロイヤルティ」では、時間軸(順序)という切り口が重要であると判断しているため、システム図で表しています。

顧客ロイヤルティ醸成のためには主に4つのキーがあるのかなと思っています(上図、赤枠内)。

1)新規サービスであれば、まず、顧客が最初にニーズを持ったときに自社サービスを利用してもらう(顧客の最初のサービス提供社となる):先行優位性の構築
2)1回自社サービスを利用してもらったら、2回目以降も引続き自社サービスを利用してもらう:リピート率の向上
3)既存のサービスの場合は、競合他社から顧客を奪う:リプレイス
4)最後に、顧客ロイヤルティが醸成された後に自社の提供する他のサービスを利用してもらう:クロスセル(同種のサービスでも価格帯が分かれている場合はアップセルも含まれます)

そして、上記4つのキーに対しての打ち手がそれぞれ存在すると考えると

1⇒新規サービス・顧客開拓
2⇒リピートを促す仕組みの構築(物理的仕組み・精神的仕組み)
3⇒競合他社のサービスに対する優位性(品質・価格・デザイン等)
4⇒同一顧客のニーズとなり得る親和性の高い自社商品ラインナップの構築

が思いつきます。

したがって、結論としては、

顧客ロイヤルティ=ブランドといった定性的なイメージとなりがちですが、

・顧客に選ばれる商品(品質・価格・デザイン等)
・一度掴んだ顧客を離さない仕組みの構築


が最も重要であり、このサイクルを高頻度で回す程に「顧客ロイヤルティ」なるものが徐々に醸成されていくものであると考えています。つまり、まず考えるべきはブランディング等というよりも、当たり前ですが「1人の顧客の消費サイクルを回し続ける仕組み」作りではないでしょうか。

小学生新聞に感じる違和感

先日、朝の通勤中の電車内で小学生が小学生新聞(おそらく毎日新聞社)を読んでいるのを見て違和感を感じました。

現在、大人の新聞離れ、少子化に伴う子供1人あたりの投資額の増加傾向を反映し、各社が子供向けの新聞を発行していますが、個人的には目的を履き違えていないか?という感覚を覚えます。


そもそも新聞とは情報の発信媒体に過ぎません。そして、情報取得の目的とは、ビジネスであれ、プレイべーとであれ、何らかの意思決定をするための判断材料の獲得に過ぎません
ビジネスであれば投資判断をするために事業のNPVやIRR、ROIといった情報が必要となりますし、恋愛であれば意中の異性をデートに誘うか否かの判断を下すために、その人の好みや自分への印象等の情報を得るために画策します。就活生であれば自分が入社する会社を決定するために、会社情報をネット(ホームページや2ch等)やOB訪問、面接を通じて情報を取得します。

ただし、取得した情報を基に意思決定をするためには、取得した情報の意味づけを考える「知識」が必要となります。要するに、取得した情報を基に自分の経験や学問として学んだことを反映して情報が意味することを理解し、意思決定をするというフローがあるということです。(図示すると下記のようなものです)

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そして、自分が小学生が小学生専用の新聞を読む(親に読まされる?)ことに違和感を感じる部分もまさに、この情報の効果的な活用にはそれ相応の知識が必要であるという部分です。
十分な知識が伴っているとはいえない小学生が新聞によって毎日情報を取得をすることにどれほどの意味があるのか。というのが個人的な考えです。
新聞とは良くも悪くも毎日発行され、その日読んだら捨てられる程度の情報の量と質です。知識の伴わない小学生がわざわざその程度の情報を毎日詰め込むことの有効性はそれほどないように思えます。
小学生にとって重要なのは、情報の取得よりも、まずは経験や読書を通じて今後の長い人生に役立つ「知識」をできるだけ広範囲且つ深く蓄えることのように思えます。

情報化の社会で情報の重要性を認識している親が、自らの子供にも情報取得を求める精神構造は理解できるものの、常にその本質的な目的と順序を考えなければ単なる徒労(時間とお金と労力の無駄)になってしまいます。

※因みに小学生が新聞を読むこと自体に反対しているわけではございません。単純に目的と手段と順序を考える必要があるといっているだけですのでご了承ください。