木村グロースようこのStoryも今日で五話目。
折り返し地点を過ぎました~![]()
お付き合いくださり、
感謝です!
ここまでのストーリーを
見逃した方は
こちらからどうぞ![]()
↓↓↓
日本語教師としてロシアに派遣され、
教え子の一人と、現地で国際結婚。
検討の末、二人で一緒に
日本で暮らすことを決断します。
その後のお話、
どうぞお付き合いくださいね![]()
ロシア語を生かした仕事
ロシアでの任期が終わりに近づき、
帰国後の仕事を考え始めました。
夫は当時21歳ということもあり、
当時の日本語レベルで、
来日後すぐに仕事が見つかるかどうか・・・
日本語教師を続けることも考えましたが、
二人の生活を支えるのに十分な稼ぎは、
正直言って難しそう。
ならば、
武器はロシア語だ!
ロシア関連の会社へ履歴書を送り、
神戸の中古車輸出会社に
面接アポを取りました。
2006年、夏。
すぐに日本で再会できること祈りつつ、
新婚の夫をロシアに残し、
私は帰国の途についたのでした。
アパートの窓から見た最後の夕焼け
初めての配偶者ビザ申請
面接を受けた神戸の会社は、
よっぽど人手が足りていなかったのか、
面接の翌日には、
「採用です~(関西弁)」![]()
そこからが、
時間との勝負!
入社日まで、あと少し。
のんびりしている余裕はありません。
夫の配偶者ビザに必要な書類集め
↓
入国管理局に提出
↓
神戸へ引っ越し
↓
入社!
幸いなことに、
ビザは問題なく取得。
数か月の別居生活を経て、
夫、初来日![]()
帰国から怒濤の準備期間を経て、
晴れて神戸の地で、
新婚生活を始めることになります。
再び、東京へ
せっかく入社した会社ですが、
ロシア語が使えるから、という
理由だけで選んだ業種。
働き始めてすぐに、
理解してしまったのです。
全く合わない
ということに。
ロシア人上司のやり方に
納得がいかなかったりもして、
仕事が苦痛になり始めます。
一方、夫はといえば、
神戸のレストランで皿洗い。
若かったですし、
日本語もまだまだ流暢ではなかったせいか
かなりこき使われていたようでした。
新婚なのにも関わらず、
ふたりして悶々とした
日々を過ごしていた、
・・・そんな時
ロシア人コミュニティのつてで、
東京の仕事を紹介されたのです。
夫も、そして私も。
渡りに船!
そうして、3か月暮らした神戸に
別れを告げました。
次なる新天地、東京へ・・・
その後も、
ロシア人コミュニティの強力なコネ
には大いに助けられることになります![]()
東京のロシア人コミュニティの結束は強い!当時の同僚と。
一方で、
【二人の生活のため】
【夫の仕事のため】
ばかりが先に立ち、
自分が本当にしたいことは何か?
何が自分を幸せにするのか?
この大切なことを、
常に後回しにする自分に、
当時の私は、
まだ気づいていなかったのです。
東京のオモロシア会社でOL、
その後ふたたび転職、
そして遂に別居を決心するまでの
ストーリーは、
次回第六話につづきます。



