久しぶりにこのブログを開きました。
前回の書き込みが2021年4月11日だから4年8ヶ月ぶり?
その間に社会のありかたは随分と変わりましたが、僕の境遇も大きく変わりました。
【金刺さんシリーズ】と【アウシュヴィッツシリーズ】はまだ結論を書けてなかったのですが、近々書こうと思います。
書くのに十分な社会情勢や情報が集まりましたから。
しかし今日の話題はAIです。
4年前はAIは社会的な話題になっていませんでした。
急に話題になるときはウラに何かある。
そう考えるのは歴史を見ればわかります。
僕が4年前に勤めていた会社では、給与計算にすでにAIを導入していました。
だから何をそんなに騒いでいるのかという気がしないわけでもありません。
熊本の企業の方々に伺うと、どのようにAIを導入したらいいのかよくわからないといいます。
そんな皆さんはコストカットを考えておられるようで。
そこ、野良コンサルが虎視眈々と狙ってますよ!といいたい気持ちは置いておいて。
こんな記事が出てました。
「ヨーロッパの銀行がAI導入で20万人の雇用削減を計画」‼️
まあ「Gigazine」のコタツ記事ですから話半分の可能性大なのですが。
「こんなことになってまっせ」と地方の(いや都会も含めて)中小零細企業にSiriを叩きに来るのが上記のコンサルです。
で、いいなりになって導入すると混乱があって人を切って残った社員が忙しくなったりして。
なんどか海外に業務で行き、先方で企業や組織を視察して思ったことがあります。
それは組織としてのパーパス(社会的目的)が明確で組織内で共有されており、それによって組織員一人ひとりのミッション(役割)が明快で、それにより組織員ごとの業務範囲が定められていたことです。
だから、自分の仕事が終われば隣の人が忙しくても“That's not my job”ということで帰っちゃう。
でも組織のパーパスとミッションが明確だから、「社会を良くする私」という意識が明確で、その分、ものすごい集中力を出すことができ、意見の相違がある場合には議論することを厭わない。そして議論の勝ち負けは「社会を良くする私」の衝突であって、その結果自分の意見を曲げることになっても「社会を良くする私たち」のアウフヘーベン的な思考の一致という建前であと腐れなく終わる(場合によってはあるし、まあ、ほんとはある)。
そんな立て付けになっとるわけです。
まあ大きめの社会的にきちんと稼働しているところばかりだったので中小零細組織だったりすると違うとは思いますが。
そのような組織でAIを導入するとどうなるか。
たとえば事務作業。
僕がいた会社のように、人件費計算に従事している人がいるわけです。
その作業が代替可能となったらその人は不要となる。
わかりやすいですね。
Gigazineの記事はエキセントリックだと思いますが、そういう単純作業の人が膨大な事務作業を抱える銀行には多くいたことと思います。
日本企業はどうでしょうか。
そういう意味での多少の人員整理は出てくると思います。
しかし日本の企業や組織で欧米と大きく違うことがあります。
それは社員・組織員のミッションや業務範囲が欧米の大企業や大組織ほど明確ではないということです。
もっといえば人事考課で指定されたミッションや業務範囲が、企業や組織がその人に求めていること全てではないというところが問題です。
日本では専門職を除いてゼネラリストとして採用されます。
大半の新入社員が幹部候補生だということです。
むかしは東大京大一橋出身のみが幹部候補といわれていましたが、現在は多くの大組織でそれより人物人格能力本位に変わってきています。
それでも東大京大一橋や早慶が多いというのは、切磋琢磨や集中力や人脈において一等地抜けているということでしょうし、日本の社長で一番多いのが日大だったり、地方においては地方国立大学出身の社長が多いというのもまた理由があることだと思います。
そういう幹部の器になる可能性ある行動や成果について、コンサルが作るような人事考課のミッションや業務範囲で明文化できているのか。
もちろんできていません。
それは上司が見て、明文化されない部分をあわせて判断されていきます。
つまり、日本の組織においては、組織的に明文化され割り振られたミッションや業務範囲ではない部分で人は評価されている部分がある。
そしてそれが組織として重要な人事評価であったりする。
恣意が入り込む余地はとても大きいのですが、1990年頃に「日本企業は人件費比率が高すぎる」という財界の掛け声でアメリカ型の成果給制度・能力給制度を日本型雇用に無理やり持ち込んだ結果、こんなことになってしまいました。
で、この状況で社内や組織内で定められた「業務範囲」表に基づいて、AI導入で人を切ることが可能だろうかと。
それは本当は有用な人材を切ることになるわけです。
もちろん現場としてはそれをよくわかっている。
人事部もわかっている。きちんと仕事をしている人事部ならば。
そういうわけでGigazineの記事は煽りとしてはいいのですが、日本の企業社会が全く同様に動くとしたら、その組織には危機が訪れる予感しかしないわけです。
まず企業としてのパーパスと、それに紐づく部署と人員のミッションと業務領域、そして部署ごとに差配して部員のミッションと業務範囲をきれいにしてみてはどうかと思う次第です。
しかし地方の中小零細企業の場合はそこまで整理するのが難しいかもしれません。
そのような場合は人員整理とか経費削減のためにAIを使うのではなく、売上を上げる、社員活動の効率を上げるためにAIを導入してはどうでしょう。
AIは、いわばこれまでプロや職人的な人が積み上げてきたような衆知を集めて平準化するシステム。つまり素人が下積みや切磋琢磨なくそこそこのアウトプットを得られる神のような存在です。
それなりのアウトプットが期待できます。
ただしそのアウトプットがいいかどうかを見極めるのは上司の役割です。
あと下積みや切磋琢磨や研鑽というプロセスがないために、AIで作業をするだけだとスキルが上がりません。AIシステムのスキル的なものは上がりますけれどもそれは使い手の能力のアップではありません。
企業や組織にとって有用な人材を10年後・20年後を見据えて確保していこうと考える経営者は、そこを考えて組織員のミッションや業務範囲を考えなくてはならないという新たな課題を抱えることになりました。
みなさん、頑張ってね。
(上の画像はGROKが描いた「AIで解雇されそうで困った人々」)
いやあ、地方にいると、あと組織社会から半身引いて落ち着いてモノゴトを観察できるって本当にいいですね。















