脚下照顧
大学の先生が開いているサイトのひどさは何とかならないのだろうか。其の壱 其の弐 其の参
デザインもさることながらサイト構成の乱雑さも目に余るものがある。
絵や彫刻など芸術などはどのように努力しようとも、才能の違いでいかんともしがたいが、色づかいや文字等のレイアウトなどは、見よう見まねでなんとか様になるだろう。サイト構成などは、訪れた人に気遣いすれば、いい加減にはできないはずだ。
ハルウララがどんなに調教し鞍上が武豊になとうとも、時のダービー馬にはそれこぞ絶対に勝てない。だが、能力の差がでる以外のところは努力すれば近づくこともできる。
市井の親父がやむにやまれず「ここに小便をしない」などを、張り紙に書くことを強いられるのとは訳が違う。この先生方は、みずからすすんでページを公開しているはずだ。どうせ見に来るのは学生だけだと甘く見てはないだろうか。むしろ学生が見ることが多いサイトこそ、デザインに気をつけなければいけない。
彼らの中にインターネットやマーケティング、あまつさえ、コピーライティング、視覚的情報発信の方法と表現学を教えている先生がいる。読みにくいのをがまんして目を通してみれば、何が言いたいのかさっぱりわからない文章も平気で晒している。呆れるばかりである。
喧嘩師
きょう本屋で立ち読みしたら、先生の学長辞任の詳細を知った。就任のニュースを聞いた時、よくこんなおっかない人を招聘したものだと感心していたのですが、結果は喧嘩別れみたいです。
置物にしようとした狸が狼だと気付いたのでしょうが、事前に著書を読むなりして、いかなる人物かを下調べしたのだろうか。
気に入らなければ、人を面罵、嘲罵、痛罵、冷罵し、その顛末を雑誌の連載記事や著作本で追い打ちをかけて、相手をボコボコにするとても怖い先生だということを。
日本が誇る偉大な世界的デザイナーであり稀代の喧嘩師でもある先生に対し、私は少なからず好感を持っております。本も購入したことがあるし雑誌の連載も楽しみにしています。強気を挫き、隙をみては卓袱台をひっくり返す、痛快でお元気な先生のファンと言っても過言ではありません。
ただ先生のトキトキのデザインは、どちらかと言えば嫌いな方でしょうか。
袖の下
お詫び会見で下を向く度に、反射光をカメラに当てるのでまぶしくてしょうがない。真摯に頭を下げると言うより、まさしく視聴者の目を眩まそうと何度も何度も光をぶつけいるようだ。
視聴者のために、少しは小倉さんをみならってほしい。
冗談はさておいて
依然在籍していた会社の後輩が、キックバックを理由にクビになったらしい。相当悪質で強引なやり口だったそうだ。不正に入手した金を貯蓄廻すような知恵もなく、ほとんどは悪銭身につかずで、次から次へと見つかるまで繰り返すようだ。群がる業者を相手にしていると自分が偉くなった気分になって、ああせい・こうせいとか、あれくれ・これくれとかになるのだろう。五右衛門が浜の真砂は尽きるともと言ったが、こんな奴らが世の中から消えることはない。
今回のNHKの不祥事、姑息な報道の仕方に腹が立つ。昼中の約一時間、編集しまくりの録画を見せられたところで、さらに不信感を抱くだけし、キックバック野郎を公表せずに隠蔽するなどは、再発を防ごうという姿勢がまるで見られない。
やるだけやってお咎めが緩ければ、またやってまうわな。
やはり上から下まで、ご相伴に与れるものなら是非もないということか。
「見つかったのは俺じゃねぇからな」という表情を隠しきれない会長さん、この際だから自分以外の不正な輩はすべて退治してください。
親切な保険屋
安心を手に入れようと加入した保険だが、友人の保険屋では、不安というおまけを付けてくれる。契約解除を申し込んだ保険を勝手に更新してくれるやら、続けなくてはいけないものを、連絡もなく勝手に未更新で終了させてくれる。その度にこちらからも電話で連絡するも、かけ直しますという電話が早くて二・三日後、ほとんどはこちらから再度の連絡をしないかぎりとれない。
自動車保険、火災保険という類の保険なのだが、期限が切れて更新の状況がわからないというのは、至極不安なものである。いつ事故や災害に遭うとも限らない中で、加入する保険に対し、自分は本当に加入できているのだろうかと、日々不安に苛まれるというのは腹立たしいことだ。
まあ、不安を抱えながらも二十年あまり、なんとか当方が修復して事なきを得てきたのだが、本年三月時の場合はあきれてものがいえなかった。
家のリフォームに必要な銀行からの借り入れの際、担保としての火災保険の加入義務が生じ、件の保険屋に連絡したのだが、主張先から来週火曜日には帰れるので、こちらから連絡しますとのこと。まずは連絡が取れたので一安心、電話を待つことにする。嫌な予感はあったのだが、二週間がすぎても連絡無し。こちらとしても銀行からの催促もあり、地元の保険会社に依頼して契約をすすめることにする。無事、手続きも済みこの件は落着したが、気に入らないのは件の保険屋だ。
あの電話したのが一月の中旬、それまで何も連絡がないので三月半ばにこちらから電話をしてみた。
彼の口から出たのは予想通りであった。「電話しようと思っていた」そうである。二月に契約を迫られているこちらの予定も伝えてあったのだが、呆れて二の句が告げず電話を切ってやった。
つきあい始めて三十年にもなるがその間、手に入れたのは不安と苛立ちのみで、保険屋が売っている「安心」というものが、すくなくとも精神的には得られず仕舞だった。
蔑ろにされているのは自分だけかと思っていたら、件の保険屋と取引のある友人知人に話を聞いたところ、ほぼ同じ扱いをうけているそうだ。
とすれば、これは保険屋の営業方針なのか。保険会社のいい加減さを、事故が起こってから味わうより、事前に嫌と言うほど不安にさせて、実は保険などで安心なんかを得ることができねえよと、親しい者にやんわりと、教えてくださっていたのだろうか。ならば、ありがたいことだが付き合いたくもないので、三月をもって絶交をお願いすることにした。
勘弁してください。
このようなチラシを一位にすることのできる審査員とはいったいどのようなものを喰って、脳細胞を維持しているのであろうか。
先日テレビの地方情報で、この地方の商店街のチラシが全国一のチラシに選ばれたとの音声が聞こえたので、仕事の手を休めてみてみたら、これだ。
素人が似顔絵を描いて、慣れないチラシのデザインをして、商店街の活性化を図るというのは、頬笑ましくて好感さえ持てるが、コンテストの一位に選ばれることはないだろう。
稚拙なイラストと、所見なしのデザイン。まるで小学校低学年の学習発表会の展示物のようだ。どこをどうしたらこれが優秀作なのだろうか、他がもっとひどいということか。
こんなことをやっていては商店街の活性化など望めない。
先日テレビの地方情報で、この地方の商店街のチラシが全国一のチラシに選ばれたとの音声が聞こえたので、仕事の手を休めてみてみたら、これだ。
素人が似顔絵を描いて、慣れないチラシのデザインをして、商店街の活性化を図るというのは、頬笑ましくて好感さえ持てるが、コンテストの一位に選ばれることはないだろう。
稚拙なイラストと、所見なしのデザイン。まるで小学校低学年の学習発表会の展示物のようだ。どこをどうしたらこれが優秀作なのだろうか、他がもっとひどいということか。
こんなことをやっていては商店街の活性化など望めない。


