kpoint_newsのブログ -46ページ目

若返り

 何気なく手にした女性向け週刊誌の巻頭カラーをペラペラめくって眺めていた。嫌流じゃないや、韓流スター情報はあいかわらず満載であるようだ。続いてどこかで見たことのある顔に出くわした。先日の芸能ニュースで、緩んだ顔を切ったり貼ったり引っ張り上げたりしますと、会見していた希代の名監督妻を施術するお医者さんが紹介されていた。
 二年前まで住んでいた所の裏山にも、先生の別宅があるらしく何度か地下鉄で出会ったことがあった。小生より七つ八つ年長のようで干支も一回りした爺さんであるが、八年前に地下鉄の改札口付近で見かけたときには度肝を抜かれた。爪楊枝でつつくとパチンと爆ぜそうな瑞々しい顔皮が目の前に現れたからだ。それまでテレビのお色気番組や雑誌などでお見かけした顔と全く違う、shade(3Dソフト)で作り上げたつるつるのパチンぱちんの顔である。
 
 雑誌には約十年ぶりに再度の整形手術をして若返りを図ったのだと紹介されていた。手術前の顔がのっていたが、地下鉄で拝見した頃よりかなり顔にたるみが出て皺もそれなりに増え、年相応に近づいてしまったようである。隣に息子夫婦が丹誠込めて仕上げた術後の写真があった。あれから3Dソフトの機能も上がり、自然な肌のシミュレーションも容易にできるようになり、リアルの世界でも技術革新は著しいことと思うが、写真で見る限りはさらにパチンぱちんの突っ張り顔に拵えてあった。
 
 人に勧める物を自ら体現する。素晴らしいことだと思う。インチキな健康食品であるならばいざ知らず、取り返しのつかないことを患者に魁け試すというのは見上げた心がけであり、感服するより他はない。
 
 だが、取っても取ってもひたすら生えてくる庭の雑草を見て、切りがねえやとも……。

変人バンザイ

なんだかこのままバンザイしそうだ。
変人はこれを御手上げとするのか、万歳とするのか。

 寿司折りでもぶら下げて行けば、違った対応だったかもしれんなぁ。

未必の故意

 自分をさておいて、今回も人のあら探し。
 この人は言葉にうるせえコピーライターらしく、blogや自身のweb siteで日々乱れ行く日本語を嘆き、多くのご高説を書き連ねている。大変参考になるのでRSSで知らせてくるたびにのぞいている。
 今回も最近の翻訳者のレベルが低いとお嘆きのようで、「未必」を「密室」と取り違えて訳すのは怪しからんとお怒りのようだ。

 正しくは「未必の行為」だと書いてあった。
 私ですら一般教養の法学の授業で習ったのをまだ覚えていたと書いてある。
 
 小生は工業高校しか卒業していないが、たまに「火曜サスペンス劇場」を見るので法律用語も多少は知っている。
 
 先生、それは「未必の故意」じゃないかな。
 コピーライターのレベルアップも急務だと感じた。

瑞々しい

 名古屋には瑞穂区という地名がありこの瑞という漢字には馴染みがある。瑞穂は、我が国の美称である「瑞穂の国」でもよく知られている言葉だ。つややか、若々しく新鮮という意味の瑞々しいという言葉がある。瑞穂とはみずみずしい稲穂という意味であり、瑞枝という言葉も美術雑誌の「みづゑ」では誌名にしている。
 一部の辞書で載っているためか「水水しい」あるいは「水々しい」と書く人が多くなっている。水という漢字が入っているので、水っぽい物に対して使っているようだ。
 
 風呂上がりの婆さんがみずみずしいとは誰も思わないだろうが、水水ではある。要するに「黒黒」「赤々」などと同じで、「水水している風呂上がりの婆さんがバスタオルをくれと叫んでいる」というのは有りだ。腐りかけた苺大福が折からの雨に打たれ水たまりの中に沈んでいるのも、水水していると表現してもいいだろう。しかしすでに「瑞々しい」という言葉があるのだから「みずみずしい」とは言わない。
 
 水々しい稲穂など仮にあったとすれば、それは田が水害を被り収穫できなくなった「朽ちかけた稲穂」のことだ。

迷惑メールと呆れた返事

 所属する団体の会員が、他の会員宛に拵えたCD-ROMを買えとメールを出してくる。内容は明らかに広告宣伝メールで、望んでもいないメールであるから、いわゆるSPAMメールの類である。同じような内容を二度三度送ってくるので、井川りかこさん程ではないが大変うざったい。
 そもそもこうした問題に敏感でなければならないはずの広告関連業者の会員が、同じ会の者に不躾なSPAMを送る行為は、如何に困窮を極めたといえどもやるべきではない。
 
 直接文句を言えば、営業妨害だの嫌がらせだのと思われるのも癪なので、所属団体の事務局にその旨連絡し対処して戴けるようお願いをした。
 
 
 メールに、「受信を希望されない場合」は、
「「希望しない旨」を送信していただく」旨が明記されている以上、
その手続きによって配信を停止されてはいかがでしょうか?
(ママ)

 正月と誕生日が同時にきたかのようなお目出度いご指導を頂戴した。
 今時中坊でもSPAMに返事は送らないし、むしろ反応することは御法度であるはずだ。了見知らずにも程がある。
 
 別段害があるわけではないのでどうでもいいことだが、モラル不足や常識知らずの根があれば、抜けるうちに抜いちゃった方がよろしいと、斯様に考えての行動でありましたが、また余分なことをしたようである。

かわらばん

 版をつくり印刷したものが瓦版。BBSのタイトルが「なんたらの瓦板」と付けているところが多くあり、知り合いが運営する掲示板も瓦板となっていた。瓦板、板瓦、つまり鬼瓦ではなく平ぺったい瓦のこと。
 漢字が違いますよと教えたところで、掲示板の板にひっかけたのだと言う返事が返ってきそうだ。

 そもそも掲示板とは大きな板に情報を書いたり貼ったりするもので、瓦との関連は一切無い。夫々が瓦に文字を彫り込み掲示しあうのであれば別だが、そうでもないだろう。ネット上で考えた場合、メールマガジンなどの名称に利用するならば適当であろう。文字通り元版をつくり広く頒布するのだから瓦版である。

 だが、瓦についてなんでも書き込みOK!の掲示板はその限りではないことを付け加えておく。

一色の鰻

 小結若二瀬 愛知県幡豆郡一色町出身 朝日山部屋。
 昭和四十年代に活躍した郷土の力士である。取り組み前から肩で息をしているのが印象的であったが、長年幕の内に留まり活躍していたのを覚えている。一色町については漁業が盛んであるらしいことと、若二瀬の出身地であることくらいの知識しかなかったが、こちらに引っ越してきて知ったことがある。鰻と言えば浜松だと思っていたが、昭和五十八年以降は一色町が全国一の養鰻生産量であるらしい。美味しい鰻としてのブランディングも確立しているようだ。

 土用の丑の日にたまには鰻でも食べようと近所のスーパーに出かけた。入り口で臨時の鰻屋が出張っており、猛烈な勢いで焼いた鰻が猛烈な勢いで売れまくっていた。
 主婦のたるんだ二の腕と脇腹の隙間から千二百円としるしたPOPを見つける。一色産うなぎ二尾千二百円、一尾だと幾らにしてくれるのか聞いてみようと並び、翼々確認してみたら一尾千二百円であった。そういえば今年は稚魚が不漁で卸値が高騰していると聞いたが、千二百円はしんどい。産地や味には拘りようもない舌なので、店内にて中国産の鰻を求めようと惣菜売り場に寄る。
 赤色になぜか塗られているトレイに入れられた中国産の鰻蒲焼きは、一色産よりは安いが一尾七百五十円である。中国産も昨年より四割方高く売られていた。元旦にはお餅、二月には巻きずしなど暦に合わせた食の楽しみではあるが今回は断念し、四十円の豆腐と百円の合い挽きミンチで四川風麻婆豆腐を楽しむことにした。
 明けて今週火曜日、いつものスーパーに夕食材を求めて買い物に行く。やはり鰻に未練があり惣菜売り場へ向かう。赤色トレイの中国産一尾六百円、早速買い求めようとカゴに入れるも、気になったので一色産鰻の価格も確認する。タイムサービス八百五十円のところ六百五十円とある。しかも中国産には同梱していない鰻のタレも付いている。因みに鰻のタレは別売りで百五十円もする。日中友好、美味しさのブランディング、複雑な価格設定など頭の中が混乱しかけたが、どう考えても一色産の鰻に分があるように思え赤色トレイを元に戻しタイムサービス品を購入した。

 一色産の鰻、はたしてどれほど美味しいのかと、炊きたての飯をよそいタレをかけ切り分けた鰻を乗せ実食。やはり鰻は鰻屋で食べるべきだと改めて実感。美味しくもなく、不味くもない。

解説書を書く人々

 業界の方々が書いているblogを毎日のように拝見している。屋号や実名の分かる方は一様に、仕事に対する前向きな姿勢を、映ゆいのではないかと思われる表現でアピールしている。一方匿名で書いている方は、やはり愚痴やら顧客の悪口が多く見受けられ、他人事ながら心配になる。

 著書もあり業界で大活躍されているデザイナーのblogも時折拝見している。業界の情勢、交友関係や所持品、あれ喰ったこれ喰ったの自慢話などと合わせ、パソコンや業界向けソフトウエアの得がたい情報など参考になるエントリーも数多い。
 ただ非常に読みづらい。更に言うとてにをはが怪しい、誤字や文言の誤用が多々みつかる、段落無視に加え読点がおかしな所に打ってある。プロフィールで自慢げに文筆業をあげていらっしゃるので、読み手としては違和感があり釈然としない。
 ともあれ活字になった文章がフツーに仕上がっているのは、やはり編集者が出版の際に多くの苦労を重ねている結果であろうか。

 編集が勝手に手を加えたのが怪しくりからんと憤慨し、連載を降りてやるとの書き込みを読んだときはちょっと嗤えた。そりゃ平気で稚拙な原稿を投げられれば直すわな。ご苦労様です。

紆余屈折

 オンエアは見逃したが占い小母さんはこんなことも言っていたらしい。こんな言いまわしがあるのかと感心する。表現としてはこちらの方が的を射ているのかもしれない。
 しかしそれほど多くの人が使っているわけはないと思いながら検索してみた。重複した分を含めて四千件余、じゃぶじゃぶ出てくるではないか。万博のプロデューサーや何所やらの議員さんも表現豊かに使っていた。全部は阿保らしくて見ませんでしたが、大学の学長挨拶やらシンクタンクのメルマガでも使われていたことに驚くばかりである。推敲若しくは校正がなされず掲載したのだと信じたいが、あまりの堂々たる使いっぷりを見て、数年後には岩波の国語辞典何版に載っていそうで気が気ではない。

 地元の博覧会に尽力頂いた作家の先生が、第一位にランクされているのは気の毒である。なんとか順位を操作せしめんと考え、タイトルを紆余屈折としてこの記事をアップし、不名誉を自ら被ることにした。

工事の騒音

 昨年は隣の改修工事と向かいにの敷地にアパートが新築された工事で、五月から九月まで朝から晩までうるさくて仕方がなかった。今年も五十メートルほど離れた場所で新築工事がありトンカチトンカチ喧しい。
 ただこれは仕方がない。一年半前はこの家のリフォームで、同じように近隣にはご迷惑をかけているのだからお互い様である。とくに我が家は下水道工事などでコンクリートを斫る並々ならぬ騒音もあり、隣近所はさぞうるさかったに相違ない。
 夏に暑い暑いというのと同じで、工事の音もガリガリやられればうるさいなあと思うのは当たり前である。だが夏の太陽に向かって非常識な奴めといわないように、近隣に於ける常識の範疇での工事に執拗に文句を垂れるのはどうしたものか。

 午前中に郵便局が速達を届けに来たのを咎め寝ているのに呼び鈴をならすなとか、交通違反をしでかしお巡りさんに毒づき、人格を罵倒するなどを自慢げに書いたことを読むに及んで、ちょっとドキュソな作家だなぁとは感じていたが、真性のDQNであった。悪口エッセイスト いしかわじゅん のことある。
 ふらふらと就職を投げ出し漫画家となり、挙げ句雑文書きに落ち着くと、世の理がわからぬまま爺に成ってしまうのでしょうか。
 しかしながら大型掲示板に生息する方々の書き込みと同じように、これからも数多在るであろうこのDQN作家の発言を楽しみにしている。