出来合い
昭和四十年代前半に優秀なデザイナーが集まりスタジオを興した。手空きの時間で様々なデザインを作り置きして無駄のない運営を試みた。業種や製品に合わせて自由な発想でデザイナーが取り組んだという。
さっぱり反応がなかった。
「こちらの要求も満たされないデザインを買う訳にはいかない」(多分)
「聞き取りもしていないのに製品をアピールできるはずがない」(多分)
計画は頓挫し、優れたデザイン・イラスト等が絵の具に塗れた芥となった。
時は流れて二十一世紀。多種多様のデザイン・イラスト等から気に入ったものを選び、多少のアレンジを施して印刷物他に利用する例が多く見られるようになった。独自性を我慢して時間や費用など合理性を勘案すれば、悪い選択では無いくらいに出来のよい作品も増えたように思う。素材の多彩さで、ぴったり嵌るイメージ通りの作品も見つけやすくなった。本来ではないと思うが、それで訴求効果があれば大いに無駄を省けるいうことなのだろう。
素人を相手にした年賀状の雛形や名刺などはかなり前から存在はした。レンタル写真ビジネスも三十年以上も前からあり、主にその時季期撮影できないものや外国ものなどの利用であったと記憶している。やがて予算や簡便さも相まって隆盛を迎えたこのビジネスも、今は買い切りの素材集に押され気味になり、自らも切り売りを余儀なくされている所も増えてきた。俗に言うロイヤリティフリーや著作権フリーというイラストや写真が氾濫し、薄利多売の世の中に受け入れられるようになり、廉価で写真やイラストが手に入れられたレンタルポジが高価に思えてきたからだ。
そこに素材がありレイアウトの雛形も数多くある。これなら俺でも作れるから安くできないかと問われる。残念ながら、選び組み合わせるというのもデザインであり、玉葱と玉子があれば誰でも旨いオムレツが料理できるとは限らない。コストカットで利益を上げるのも結構、しかし素材もケチって料理人にも無理強いをして、果たして佳作が出来るのだろうか。
ブログのテンプレートなどでは出来のよいデザインも多くある。下手に素人がホームページビルダーでデザインして赤恥をかくより、これらを利用して情報発信することは無難であり、ネット全体から見苦しいデザインも減り喜ばしいことだ。だがセンスのない人は何処までも行ってもデザインが分からぬらしく、見にくい配色やレベルの低い素材を使ったものを好んで選んでいる。何か因縁でもあるのだろうか?
さっぱり反応がなかった。
「こちらの要求も満たされないデザインを買う訳にはいかない」(多分)
「聞き取りもしていないのに製品をアピールできるはずがない」(多分)
計画は頓挫し、優れたデザイン・イラスト等が絵の具に塗れた芥となった。
時は流れて二十一世紀。多種多様のデザイン・イラスト等から気に入ったものを選び、多少のアレンジを施して印刷物他に利用する例が多く見られるようになった。独自性を我慢して時間や費用など合理性を勘案すれば、悪い選択では無いくらいに出来のよい作品も増えたように思う。素材の多彩さで、ぴったり嵌るイメージ通りの作品も見つけやすくなった。本来ではないと思うが、それで訴求効果があれば大いに無駄を省けるいうことなのだろう。
素人を相手にした年賀状の雛形や名刺などはかなり前から存在はした。レンタル写真ビジネスも三十年以上も前からあり、主にその時季期撮影できないものや外国ものなどの利用であったと記憶している。やがて予算や簡便さも相まって隆盛を迎えたこのビジネスも、今は買い切りの素材集に押され気味になり、自らも切り売りを余儀なくされている所も増えてきた。俗に言うロイヤリティフリーや著作権フリーというイラストや写真が氾濫し、薄利多売の世の中に受け入れられるようになり、廉価で写真やイラストが手に入れられたレンタルポジが高価に思えてきたからだ。
そこに素材がありレイアウトの雛形も数多くある。これなら俺でも作れるから安くできないかと問われる。残念ながら、選び組み合わせるというのもデザインであり、玉葱と玉子があれば誰でも旨いオムレツが料理できるとは限らない。コストカットで利益を上げるのも結構、しかし素材もケチって料理人にも無理強いをして、果たして佳作が出来るのだろうか。
ブログのテンプレートなどでは出来のよいデザインも多くある。下手に素人がホームページビルダーでデザインして赤恥をかくより、これらを利用して情報発信することは無難であり、ネット全体から見苦しいデザインも減り喜ばしいことだ。だがセンスのない人は何処までも行ってもデザインが分からぬらしく、見にくい配色やレベルの低い素材を使ったものを好んで選んでいる。何か因縁でもあるのだろうか?
九索
写真スタジオを経営する知り合いの趣味はカラオケと、もうひとつが採用面接であった。カメラマン志望の男女に履歴書を持参させて、あれこれ駄弁しながら楽しむ目的であるらしい。「二、三万円で三行広告を打てば毎回いろんなヤツが面接にやってきて、暇つぶしにはもってこいだ」とのたもうてもいたが、なんとも下劣な道楽である。端から採用する気などなく、弄んだ挙げ句に不採用にしてしまう。余程気に入れば採用するだろうが、その場合は男子の入る余地などは無さそうであった。
先日見つけたニュースで不愉快な採用面接をする会社があった。この人を愚弄した行為というのは、雇う側の特権階級意識がもたらした蛮行であり、売れている芸人が若手を弄くり廻して成立させている九索芸と同じ、分別なき稚拙きわまるが如くの仕業である。
金を支払えば大概のことが許されるという発想なのかは知らんが、この手合いが増えているのは由々しき事態である。経営者から従業員へ、従業員から取引先へ、取引先から外注先へと九索がどんどん流れてくる。
相変わらず話題にさえなれば好いらしいこの手合いの見本のようなおでぶちゃんが世間を騒がせている。しかし今回は回り回った九索を被りかねない結果になるやも知れぬし、敵地で爺婆に小突き回されて挙げ句に九索亀を噛むかも知れぬ。まあ何れがなろうと国利民福にはなりませんが。
先日見つけたニュースで不愉快な採用面接をする会社があった。この人を愚弄した行為というのは、雇う側の特権階級意識がもたらした蛮行であり、売れている芸人が若手を弄くり廻して成立させている九索芸と同じ、分別なき稚拙きわまるが如くの仕業である。
金を支払えば大概のことが許されるという発想なのかは知らんが、この手合いが増えているのは由々しき事態である。経営者から従業員へ、従業員から取引先へ、取引先から外注先へと九索がどんどん流れてくる。
相変わらず話題にさえなれば好いらしいこの手合いの見本のようなおでぶちゃんが世間を騒がせている。しかし今回は回り回った九索を被りかねない結果になるやも知れぬし、敵地で爺婆に小突き回されて挙げ句に九索亀を噛むかも知れぬ。まあ何れがなろうと国利民福にはなりませんが。
ムヒムヒ
薬局で御世話になるものといえば、たまの風邪に服用するパブロンとそそっかしい故に必要となる絆創膏などだが、昨夏から手放せなくなった外用薬がある。
室内に居る分には必要ないが、庭の草取りなどの外回り作業をするときに面白いほど虫さされにあう。娘が傍にいれば、虫も心得たもので加齢臭のする糞親爺には寄らず瑞々しい肌を求めてきて、小生にとっては良い虫除けになるのだが、一人きりの時には虫も選択の余地がないらしく果敢に攻撃してくる。そういえば何時だったかに女房が七十を優に超えた母に向かって「へぇ~お祖母ちゃんでも虫に喰われるんだ?」と軽く雑言を吐き、取りなしようもないほど場が緊張したのを思い出した。
ぬり筆に一工夫した液体系や絆創膏に薬を染みこませたお子様用の製品も魅力はあるが如何にも高価である。そんな数ある虫さされかゆみ薬の中で選んだのは、軟膏タイプの池田模範堂「ムヒS」だ。某薬局では三百円台で売られているこの軟膏は、吝嗇家を志す小生にとって打って付けの虫さされ薬である。貧乏くさく使えば減りを少なく済ませられる。
まず喰われたポイントにやや厚めに付けしばらくおいた後に周りに擦り広げて、手についたベトベトを前に喰われた箇所で拭き取るように擦り付け、清涼感を全体的に広げて痒みを和らげることができる。この様な使い方は、液体や絆創膏などの薬では無駄が多く経済的ではない。肝心の効き目だが、小一時間もすれば痒みもほとんど無くなり腫れも引いてすこぶる肌に合うようだ。
本日も八カ所ほど喰われてしまい手足はムヒまみれになってしまった。軽い痒みにムヒの爽やかな塗り心地、軽く癖になりそうな晩夏の午後である。
室内に居る分には必要ないが、庭の草取りなどの外回り作業をするときに面白いほど虫さされにあう。娘が傍にいれば、虫も心得たもので加齢臭のする糞親爺には寄らず瑞々しい肌を求めてきて、小生にとっては良い虫除けになるのだが、一人きりの時には虫も選択の余地がないらしく果敢に攻撃してくる。そういえば何時だったかに女房が七十を優に超えた母に向かって「へぇ~お祖母ちゃんでも虫に喰われるんだ?」と軽く雑言を吐き、取りなしようもないほど場が緊張したのを思い出した。
ぬり筆に一工夫した液体系や絆創膏に薬を染みこませたお子様用の製品も魅力はあるが如何にも高価である。そんな数ある虫さされかゆみ薬の中で選んだのは、軟膏タイプの池田模範堂「ムヒS」だ。某薬局では三百円台で売られているこの軟膏は、吝嗇家を志す小生にとって打って付けの虫さされ薬である。貧乏くさく使えば減りを少なく済ませられる。
まず喰われたポイントにやや厚めに付けしばらくおいた後に周りに擦り広げて、手についたベトベトを前に喰われた箇所で拭き取るように擦り付け、清涼感を全体的に広げて痒みを和らげることができる。この様な使い方は、液体や絆創膏などの薬では無駄が多く経済的ではない。肝心の効き目だが、小一時間もすれば痒みもほとんど無くなり腫れも引いてすこぶる肌に合うようだ。
本日も八カ所ほど喰われてしまい手足はムヒまみれになってしまった。軽い痒みにムヒの爽やかな塗り心地、軽く癖になりそうな晩夏の午後である。
珪藻土壁塗
煙草脂と湿気染みまみれになっている二階北面の古い京壁に珪藻土を塗ってみた。一坪用一箱約四千円を三箱、一度も使ったことはないがこても併せて購入する。バケツを用いて水と珪藻土の粉末を手で捏ね、耳朶くらいの柔らかさにしてしばらく放置した後、上部よりこてで塗り始める。
ペンキやポスターカラーを塗る作業は教わったこともあるが左官仕事は初めてであるから作業は遅々として進まない。上手く延ばせないので厚塗りになり珪藻土が足りなくなりそうだ。二時間ほどかけて一坪分を塗り終わるが隅や仕上げ塗りは完了できないでいた。
休憩後作業を開始したのだが、他の面を担当している家人が猛然と両手を駆使して塗りだした。何かに憑依されたかの如く手を上下左右に動かし塗りたくる様を見て、手を止め呆然と眺めること暫し。なまじ道具に頼らず自らの指と手のひらを駆使してぬり広げる鬼気迫る迫力に、人類が進化の末に得た手を使う道具として使う素晴らしさをまざまざと見せつけられた。
斯くして作業は格段の進捗を見せ、再開後二時間で全工程を完了。
見返りとして家人の手のひらに血が滲んだのが哀れではあったが、素人でも比較的簡単に塗れる壁材であることは巷間云われている通りであった。
購入した珪藻土のパッケージ横にある使用説明書には
●準備する材料と道具
コテ・コテバケ・炊事用凹凸スポンジ・ヘラ・刷毛
以上の道具が紹介されていて、且つコテが無くても塗りつけできますとある。
ならばぜひともこの項目に「手」を追加するように関係各位に要望したい。
※写真は拘りの手延べ珪藻土壁
へいちゃん vs かんちゃん
なにかと噂を耳にする平ちゃんとお遍路さんの言い合いをテレビで見る。
お遍路さんあたりはやっぱり在野が似合うなぁ、とつくづく感じる。相手の質問には答えずに、言ったもの勝ちの展開に持ち込むなどショーとしては面白いが、真面目に議論を聞こうという人には胡散臭く感じるのではないだろうか。
平ちゃんも大概胡散臭い印象であったが、世の中段々というか順番というか、さらに上手の人はいるものである。庭でダンゴ虫を見かけて苦々しく思っていたところに、そこから離れたところでヤスデやムカデを見つけたとき、ダンゴ虫って意外とかわゆいじゃんと感じたことがあった。なんだかそれに似ているご両人のやりとりであった。
出たとこ勝負でとっちらかった持論を披露する競馬マニアの親爺と、当たるかどうか分からぬがそれなりの情報とプロとして永年にわたり実績を持ち馬券理論に裏打ちされた予想屋のどちらが好ましいかというところであろうか。
お遍路さんあたりはやっぱり在野が似合うなぁ、とつくづく感じる。相手の質問には答えずに、言ったもの勝ちの展開に持ち込むなどショーとしては面白いが、真面目に議論を聞こうという人には胡散臭く感じるのではないだろうか。
平ちゃんも大概胡散臭い印象であったが、世の中段々というか順番というか、さらに上手の人はいるものである。庭でダンゴ虫を見かけて苦々しく思っていたところに、そこから離れたところでヤスデやムカデを見つけたとき、ダンゴ虫って意外とかわゆいじゃんと感じたことがあった。なんだかそれに似ているご両人のやりとりであった。
出たとこ勝負でとっちらかった持論を披露する競馬マニアの親爺と、当たるかどうか分からぬがそれなりの情報とプロとして永年にわたり実績を持ち馬券理論に裏打ちされた予想屋のどちらが好ましいかというところであろうか。
投票
小生のような底辺の者でも二十歳過ぎれば与えられるのが選挙権、行使しない愚か者が多いのは今に始まったことではない。忙しいだの投票所が遠いだのグダグダ理由はあるようだが、概ね「誰に入れたって一緒」「誰に入れていいのか分からない」という理由で棄権をするようだ。逆ギレしながら胸を張っていう言葉に間違いはない。お前の一票で世の中が変わることはない、その通りである。下手に動いてファイヤーされても困るので、知恵が回るようになってから行使して欲しいとも思う。
修学旅行時に国会案内をしてくれたというだけで投票する義理もないし、とりあえず反対する某党も感心はしない、拘束が係るような団体にも所属していないので、「誰に入れていいのか分からない」のは同じである。
選挙公報や新聞、政見放送などの情報を見て、この人に入れたいという選択基準もあるが、コイツは気に入らないから投票してやらないという選択肢もあると思う。顔が気に入らない、態度が不遜である、ろれつが回っていない、視線が定まらず元横綱のようだなどの判断材料は探せば山ほどある。公約や政策、実績などの適切な情報で判断できればそれがベストだが、さわりのよい事しか書いていないので判断はつきかねる。
この三十年間で投票した候補者が当選したのは、初めて投票した参議院議員選挙での市川房枝だけである。その後の選挙に於いて投票用紙に記入した名前と当選者の名前が一致したことはない。
様々な情報を検討し、消去法を用いて投票した候補者が結果、惨敗続きなのである。
勝馬投票じゃないんだからと言い聞かせながらも、どうやら穴目に投じてしまう癖が抜けないようだ。
修学旅行時に国会案内をしてくれたというだけで投票する義理もないし、とりあえず反対する某党も感心はしない、拘束が係るような団体にも所属していないので、「誰に入れていいのか分からない」のは同じである。
選挙公報や新聞、政見放送などの情報を見て、この人に入れたいという選択基準もあるが、コイツは気に入らないから投票してやらないという選択肢もあると思う。顔が気に入らない、態度が不遜である、ろれつが回っていない、視線が定まらず元横綱のようだなどの判断材料は探せば山ほどある。公約や政策、実績などの適切な情報で判断できればそれがベストだが、さわりのよい事しか書いていないので判断はつきかねる。
この三十年間で投票した候補者が当選したのは、初めて投票した参議院議員選挙での市川房枝だけである。その後の選挙に於いて投票用紙に記入した名前と当選者の名前が一致したことはない。
様々な情報を検討し、消去法を用いて投票した候補者が結果、惨敗続きなのである。
勝馬投票じゃないんだからと言い聞かせながらも、どうやら穴目に投じてしまう癖が抜けないようだ。
らいおんは~と
OS X Tigerのメーラーでは「迷惑メール」の判断が下されていて、いつしかゴミ箱入りの定めになっていた「内閣メールマガジン」を取り出して読んでみた。もう二百号も発行したらしく読者数も百六十万人ということだ。
今回記事の目玉はやはりあのゴタゴタだろうと、総裁の発言に目を通した。内容はもちろん今回の解散についてであるが、会見内容をリライトしたに過ぎない既知の情報であった。テレビを見逃した人のために会見内容を要約して載せたのかもしれないが、リンクで読ませるなり巻末に掲載するなりして、冒頭はやはり新鮮な種を載せるよう希望したい。
次に二百号を記念して「メルマガ官邸座談会」というのもテープ起こしで載せていた。お髭の隊長さんと一円で起業したご婦人と児童養護施設で働く女性が、選ばれた読者と語り合うほのぼのとした内容のものであった。
ゴタゴタの最中にアラビア語の話題だの、起業は簡単にでき毎日がすごく楽しく、人生が明るくなるとの発言を読み、世の中つくづく平和なのだと感じ入った次第である。
今回記事の目玉はやはりあのゴタゴタだろうと、総裁の発言に目を通した。内容はもちろん今回の解散についてであるが、会見内容をリライトしたに過ぎない既知の情報であった。テレビを見逃した人のために会見内容を要約して載せたのかもしれないが、リンクで読ませるなり巻末に掲載するなりして、冒頭はやはり新鮮な種を載せるよう希望したい。
次に二百号を記念して「メルマガ官邸座談会」というのもテープ起こしで載せていた。お髭の隊長さんと一円で起業したご婦人と児童養護施設で働く女性が、選ばれた読者と語り合うほのぼのとした内容のものであった。
ゴタゴタの最中にアラビア語の話題だの、起業は簡単にでき毎日がすごく楽しく、人生が明るくなるとの発言を読み、世の中つくづく平和なのだと感じ入った次第である。
阿漕で品のないやり方 と 口に出して言う人
生太郎も言っていたけれど、顔が悪いわね。顔が。
悪態をつけばつくほど「おめえのことだ」と思われてしまう。
もう少し柔和な顔に整形した方がいいかも知らぬ。
ただそうすると、どっかのお母っさんみたいになちゃって、それはそれで鬱陶しい顔にはなるのだが。
ともあれ頑張ってください。
悪態をつけばつくほど「おめえのことだ」と思われてしまう。
もう少し柔和な顔に整形した方がいいかも知らぬ。
ただそうすると、どっかのお母っさんみたいになちゃって、それはそれで鬱陶しい顔にはなるのだが。
ともあれ頑張ってください。
iTMS
マックユーザーのblogでは「iTMSで何買った」とトラックバックごっこが流行っているようだ。早速無駄遣いをしようと約五万曲(百万だった)の大海へ漕ぎだすためストアへに向かう。はたして親爺には検索の仕方がよく分からない。しかたないのでtop画面にあった今年のセリーグ首位争いと同じ題名の曲を購入。なんだ和田アキ子の歌じゃねえか。と思うもなかなかよろしい。聞いているうちになんだか1950代のポップスが聞きたくなってきて、もう一度ストアに行き検索画面を見つけ探してみることにした。子供の頃、十歳離れた姉の影響で散々聞かされた音楽が、今となっては懐かしくなり、とりあえずパワーサーチでアーティストに「弘田三枝子」と入力してみた。
おおっ、二十曲ほど出てきた。おでぶな三枝子ちゃんもいいけど、森山加代子や田代みどりなんてのもあるかなと検索してみたのだが、どうやら置いてはいないようだ。
ちんちんちんと胸のなる~とかいう歌詞の歌が無性に聴きたくなり、レコード屋には向かわず図書館で探すことにする。図書館では最新のヒット曲など見たこともなく、かわりに舟木一夫だとか松山恵子だとかの懐メロが何故か多く取りそろえられており、借り手もほとんどないので目的のCDが見つけやすいからだ。
「ティーンズ・ポップベスト30」 これですわ。
「月影のナポリ」「バケーション」「メロンの気持」など欧米ポップスのカバー曲が勢揃いである。
チン垂れ だれるな 蒼いお月様と、森山加代子の月影のナポリが始まった。
チンチン チンと胸のなる チンチン チン あまい恋よ
懐かしい。保育園帰りにバケツをぶら下げザリガニ捕りに出かけるときに口ずさんだあの曲が、何十年か振りに仕事部屋のスピーカーから流れてきた。
ところで、ちんたれ だれるなって何のことだかをずっ~と疑問に思っていた。当時の若者言葉なのか?答えを確認するべく付属する歌詞の冊子をひもとく。なぬっゎ。
Tintarella Di Luna(月影のナポリ)イタリア語の題名であった。
とうぜん、チンチンではなくティン ティンであるらしい。
千載一遇
民主党議員は「政権交代へ千載一遇のチャンス」と、
採決の行方に期待をかける。
実力ではなくラッキーでチャンスをモノにしても長くは続かんと思うが、どうなんだろう。
こおろぎ爺さんも亀ちゃんとその仲良しも公認をもらうつもりらしいが、変な人たちだ。
採決の行方に期待をかける。
実力ではなくラッキーでチャンスをモノにしても長くは続かんと思うが、どうなんだろう。
こおろぎ爺さんも亀ちゃんとその仲良しも公認をもらうつもりらしいが、変な人たちだ。