kpoint_newsのブログ -48ページ目

リング(増殖?)

 白黒抹茶あがりコーヒー柚子桜。黄や橙、桃とか群青は既にあり、今後とも更に増える傾向にあるのだろうか。嘗てユニクロが販売していたフリースみたいで楽しそうではあるが……。杜甫々。

知らなかった言葉。

【コーズ・リレーテッド・マーケティング】
有り体に言えば「寄附金付き販売促進手法」

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 今回は食品や日用品の類ではなく、ゴムバンドが対象商品である。こぞって嵌めてキャンペーンを広めようとのことである。
 ただ表現として人間の死をもってきた割には、巷間言われているように、目的使途が曖昧がすぎる。
 無論協力している若者は皆無垢で善意の人である。その善意ある若者が、今後迫り来る「やらないより、やったほうがいい」という様々な誘惑を、適切に処していけるのだろうかと心配になる。
 健康食品、セミナー、ダイエット、美容、へんな占い、英会話。ついでにリフォーム。善良な人を狙って算盤を弾く、欺瞞の人々に騙される入り口とならぬことを願う。

河童。

574e91a5.gif 桜庭和志が「プロレスラーは、本当は強いんです」と言っていたが、義理の母が栽培した野菜を食べると「野菜って本当は旨いんだ」とつくづく感じる。
 ただキャベツにはお客がいて相当に食い荒らされた状態であり、トマトなどもガブッと丸かじりはできないが、虫に食い散らかされたり、痛んだ部分を取り除けば食品スーパーの物より格段に旨い。
 この前は玉葱を売ることができるほどもらったが、今度は胡瓜を河童が喜ぶほどもらった。玉葱は吊して保存してあるのでボチボチ食べることができるが、胡瓜はそれほど保たないと考え、どうやったら上手く消費できるかを思案した。漬物にして毎日食べる手もあるが、最近やや飽き気味なので他の調理に挑戦する。
 胡瓜とツナとをゴマ油で炒めて、鰹節をかけたのを作ったり、ワカメと胡瓜で酢の物にしたりする。いづれも素材がいいので美味しくできたが、連続して食べるとやはり飽きる。ネットで検索していろいろなメニューを模索するも、もらった胡瓜のために他の食材を買うのも勿体ないので、一日一本塩をかけて食べることにする。
 
 チーム・マイナス6%
 都議定書において世界に約束した日本の目標は、温室効果ガス排出量6%の削減。個人的にも無駄をなくし節約せねばならぬので大いに賛同、この運動に参加することにし、これみよがしにバナーを貼ってみる。
 これみよがしに新しく紙を消費するのは無駄とは言わないが、MOTTAINAI。

りんりん

 インディアン人形でも竜胆峠でもなく、凜凜の話し。
 喧嘩している兄弟のおっかさんが、「凜」というブランドの着物をプロデュースしたとかしないとかで話題になったこの言葉、古くは「勇気凛々 瑠璃の色」と少年探偵団で唄われなじみは深い。NHKの連ドラの題にもなっていたようだが、見ていないので知らない。
 とにかく、「凜と」で調べると【態度や姿などがりりしくひきしまっているさま】とある。また【寒気のきびしいさま】ともあった。
 凜とした涼しさ。引き締まった涼しさの意味で多くのサイトで使われていた。例の中で【凜とした、涼しい目元で/幇間(潤一郎)】というのもあったが、これをもって「凜とした涼しさ」になってしまっていいのだろうか。「りりしい涼しさ」「寒気の厳しい涼しさ」、よく分からない。「態度や姿が引き締まり、涼しい目元で」、ならば分かる。
 言うに事欠いて「凛々と涼しさをいただく」か「凛々とした涼をいただく」だか忘れたが、腰を抜かさんばかりのキャッチコピーを見つけた。凛々と涼しいのである。
 氷点下40度の冷凍庫に閉じこめられ、やっとの思いで救出された際に「涼しかった」とでも宣うのか。凛々しい涼しさとはいったいどんな意味なのか。
 パンダじゃないが「かんかんががくがく」なら「りんりんはぶるぶる」なのである。あれっ、らんらんだっけ。

有名人

 東京ならいざ知らず、この地方で有名人に遭遇することは数少ない。子供の頃、名古屋でプロレスの興業があるときはG.babaが名古屋国際ホテルに泊まるので、栄でよく見かけるとの情報を兄から得、それはぜひにとも考えたが、自転車を漕いで遠路はるばる出掛けるだけのサプライズが有るのかどうかと疑問を感じ、熟慮し思いとどまる。
 その国際ホテルの前の信号を渡っていたときに、人相が悪くグラサンをした、顔のでかい男と眼があった。どこかで会ったような気もするが、大きさに見覚えなく、眼を付けたと怒られるのも嫌なので軽く会釈をして擦れ違う。家に帰ってバラエティ番組をみていたら、箸を持つ手も覚束ない襟巻きした俳優さんと一緒に、文句を言っている時代劇の俳優さんがいた。おおっ、あれは江守徹だったんだ。テレビのイメージだと高橋英樹くらいの印象だったので、そりゃ分かりません。

 伏見にあるホテルを常勝巨人軍が常宿にしていたのは1970年代。知り合いのデザイナーがホテルの事務所スペースを借りていて、時々お手伝いでホテルまで出掛けていた。その日階下がやけに賑やかだと思ったら、V9戦士とその郎党がバスからどやどや降りてきて、ホテルに入るところであった。悔しいが顔をみれば誰だかすぐ分かるくらい、レギュラークラスの判別ができる。中日の選手よりこちらの顔の方が見慣れている。敵方の選手なので、エレベータで顔を合わせるのも嫌だ。落ち着くまで階下へ行くのを止めにする。
 しばらくして用事があり外出、ロビーは静けさを取り戻していた。用を済ませホテルに戻り奥のエレベータに向かう。白のジャケットを着た大男がエレベータの前で、落ち着きもなくチャカチャカしていた。扉が開くと順番通りまず男が乗り込み、男の肩胛骨のあたりに視線を当てながら、後ろから続いて乗り込む。
 「何階?」幾分甲高いその声に聞き覚えがあり、顔を見上げた。
 ミスターであった。

 明治維新前、分が違う者は位階を持つ人などと、言葉を交わすことは疎か、顔を見ることもできなかったという。Mr.G、野球ファンにとっては雲の上の存在である。

 エレベーターの薄暗い空間に後光がさし、眩い光の向こうで「何階?」とあのミスターがお声をかけてくれた。二十余年を生きてきた中を感動や感激がないまま過ごしてきたが、そのとき生まれて初めて「感激」というものを実感し、身が打ち震えるのを覚えた。サインをねだり握手をも求めようと心は波間に浮かぶ小舟のように揺れ動く。しかしここは名古屋であり、自分はドラゴンズファンであることを改めて思い直すことに時間はかからず、どこかの阿呆のように「3」と、ぶっきらぼうな返事をしてしまった。MOTTINAI。

 はたしてミスターの指先は目的階である「3」をクリックしてくれた。それを見て再び激しい嫌悪が襲った。紳士であり球界の至宝であるMr.Gに、遠征先で厭な思いをさせてしまったのではないかと、後悔の念に苛まれた。
 降りる際に恐る恐るミスターのご尊顔を再度拝んだ。みれば眼がルンルンしていた。何か楽しげなことを考えていようだ。この一抹のやりとりが何も無かったかのように、空気ととけ込んでいなかった。よかった。全くの取り越し苦労だった。
 
 球界の大物イチローではなく、政界の大物イチローにも出くわしたことがある。某電力会社の一階廊下で、お供を引き連れての行列途中にご尊顔を拝した。これまた、どっかで見た人だなと眼を付けたら、微笑み返してくれた。地盤でもないのに有権者だと勘違いしたことに気づいたか、すれ違い様はいつもの通りのいっちゃん顔に戻っていた。ちょっぴり怖かった。

善行

三秒に一人死に至るのを
世界のセレブが指パッチンをして
カウントしている

一輪三百円のゴムバンドを
腕に巻きつけ
これみよがしに
見せびらかすと
徳行したことになり
これらの問題に関心を示す
常識人にして善人あることを
周知できるらしい

 人の死を加算乗算除算して、いち に の 三、死では戴けない。血の通わぬメッセージである。
 なぜ見知らぬ人に己の善行や主義主張を知らせにゃならんのかわからぬ。

夏の野球観戦

 中日球場へは通算十回ほど、ナゴヤドームには一度しか行ったことはないが、生まれついてのドラゴンズファンである。周りがドラゴンズファンばかりの中で育てば、当然のように地元球団を応援する仕組みに疑問はない。そもそも他の球団の情報がジャイアンツぐらいしか入ってこない。稲尾や尾崎は近所の文房具屋にも下敷きは売っていたので知ってはいたが、仰木彬など現役時代は聞いたこともなかった。熱中するほど好きではなかったが、シーズン中の試合には一喜一憂し応援していた。スタジアムにおもむいての応援も、タダ券があれば万障繰り合わせるのだが、金払って負け試合を見せつけられては敵わない。仕事をしなからピンチの時はボリュームを絞り、チャンスの時はでかい音でラジオを聞く、これが精神的にはいちばんである。

 高校野球の夏季大会地方予選は、五年ほど前から二試合は観戦するようになった。母校野球部応援のためである。新聞で春期大会ベスト4なる報道を見て、こりゃどうよ、と驚き、糞暑い中をタオルを首に巻き、じょうり履きで出掛けるようになった。朝倉と岡本の二枚看板だった年である。
 プロ野球だと、周りの応援も対戦相手を執拗に敵対視し、「バーロー」だの「出臍」だのお下劣なヤジやジョークなど飛ばして盛り上がる。それはそれで勝ち試合になれば楽しいのだが、負けたひにゃ応援している球団だとしても容赦はなく、見苦しい醜態を晒してしまうこともままある。
 
 だが高等学校野球部の諸君が地方球場で熱闘する試合は、プロ野球とは違う魅力がある。
 
 もちろん母校の応援が主だが、幾多の艱難辛苦に打ち勝って懸命にプレーする雄姿を見るにつけ、双方の選手に対し分け隔てのない声援を惜しむものではない。勝って校歌を唱和できることが一番の目的であるが、たとえ負けたとて、ドラゴンズが楽天に三連敗したときのようなやるせなさはないのである。
 出場している選手以外でも、「さくらんぼ」を唄い踊る他校女子の応援のほうが個人的には好きであるが、イガグリ坊主の補欠らが声を枯らさんばかりに応援している後ろ姿にも、感動はしないが燃ゆる血潮の熱さが伝わってくる。
 勝っても負けても清々しい野球小僧の夏を、今年も堪能するつもりである。楽しみだ。
 と思いつつスケジュール表を確認したら、三回戦まで遠方の球場で試合するようだ。悪いがそこまで熱心な先輩ではないので、なんとか熱田球場まで勝ち上がって来てください。

おてもり 【御手盛(り)】

〔自分の好きなように食物を器に盛ることから〕地位などを利用して、決定者自身に利益があるように物事を決めること。

 審査員が自分で自分を褒めちゃったような賞って、なんだか多そうで吃驚くりくりである。とりあえず自分へのご褒美というところかいな。

都々逸をば一つ二つ

金もいらなきゃ 女もいらぬ わたしゃもすこし 賞がほしい
金も 女も 背もいらぬ わたしゃ褒美に 名が欲しい
 
お粗末。

Eyes of a jaguar

988d391c.jpg 競走馬の名前は知っていても、草花の名前はよく知らない。だから庭に生えてくる植物の多くもなんだか種類がよく分からない。クローバーとカタバミの区別もつかないが、春先に庭を占領しつつあるのは方喰であると家人が教えてくれ、我が家の紋所である方喰についてネットで調べてみる。

 数ある家紋の中で、源氏の家紋である笹竜胆(諸説あるようだ)を見つけた。笹竜胆、どこか見覚えがあると思ったら、大瀬康一が被っていた頭巾の中央にあったマークと同じではないか。さては源氏だったのか。

 「ジャガーの眼」、チャイナ服の綺麗なお姉さんと歌ぐらいしか覚えがないが、うろ覚えの歌詞が正しいかどうかを検索してみた。全てを確認できなかったが、さわりの部分以外の歌詞が何処にも載っていなかった。



正義のために 決然起って
燃ゆる血潮を 滾(たぎ)らせる
悪を懲らしめ一筋に
苦難の道も恐れない
ゆくぞ  ジャガー
ゆくぞ  ジャガー
出てこい ジャガー



 確かこんなんだったと思うが……。
 なかなかと凛凛している歌詞だ。勇気をもらちゃえそうな歌詞であり、アレンジすれば商魂たくましい訪問販売系の社歌でもいけそうだ。

 さらに調べてみると、爺さん婆さんが喜びそうなCDが出ていた。替え歌しかハッキリと覚えていない「七色仮面」、何処の国の人だか分からなかったジュディ・オングが出演していた「俺あ三太だ」、ノーヘルで暴走していた悪童「まぼろし探偵」など、懐かしい曲が一杯であった。
 しかし全部が全部懐かしいわけではなく、余分な曲もあるのでCD購入は断念。ここの日本サイトができ、置いてくれるかどうかは別であるが、一曲百円で購入できるようになるまで待ちたい。

叱責

 このところblogばかりにかまけていてweb siteを疎かにしていた。とりあえずトップページのflashを捨て、作品集のページと合体させデザインする。CSSであれこれ指定してレイアウトを組み、各種ブラウザで表示具合を確かめる。一部表示が異なるのはレイヤーを使った箇所が原因と判り、テーブルに変換して整合を図る。などとチョコチョコと弄ってはアップし改修作業を続けていた。
 一両日中に納める仕事があり、金曜土曜とそちらの作業に没頭し、本日午前メールにて納品、一息つく。
 午後、一通のメールが届く。「TOPページにあるリンク先へ飛ぶと、ブランクページではなくインラインフレームに表示され、リンク先にあるkpointのリンクをクリックすると、インラインフレームに入れ子状態で表示されます。」との指摘を受けた。おおっ。合併の後遺症なのかリンクターゲットの指定が消えているではないか。早速お礼のメールを出し、感謝の意を伝えた。
 ところが、「いつも偉そうに他のblogを悪し様に言う割には、初歩的なミスをしている。以後翼々注意するように」とお叱りのメールが戻ってきた。仰るとおりであるから返す言葉がない。有難く忠告を頂戴し、大いに反省をする。

 裏寂れた小生のサイトに訪れてわざわざメールをしてくれるのは、どこのどなたかとアドレスを確認したところ見覚えのあるアカウントが目に入った。
 「娘」であった。
 今まで煙草を吸うなと叱られたことは覚えているが、言動振る舞いを注意されたのは初めてである。ともすると独り善がり、意固地でさえある小生に対しよくぞ叱責してくれた。ありがとう。
 ちょっと手厳しい表現であることに多少戸惑いを感じるも、自分の蒔いた種なので納得せざるを得ない。