kpoint_newsのブログ -11ページ目

昨日の競馬

 擢んでて強い馬の圧勝するレースがこれほどつまらないとは思いませんでした。

新春必見イベント

肩こり

 三角定規と鉛筆などで仕事をしていた頃は、それはもう酷い肩こりで難渋しておりました。ところがパソコンでやるようになってから目が更に悪くなったのは間違いないが、あれだけ悩んでいた肩こりが解消されてしまった。前は貼り薬などで和らげていた肩の痛みはここ十数年ほとんどない。
 
「はい kpointです」
「あらご主人様でいらっしゃいますか?」
「ハァ」
「随分 お声がお若いですね」
「??」
「あの、テレビでご覧になったことがあると思いますが
 しむら県と犬菜穂子のこまーしゃるなんですけど」
「ゲルマニウムの」

「ああぁ、あのぷちぷち胡散臭いやつですか」

「うっっぇ」婆仕事の途中でガチャ切り

あの頃だったらこんなinチキなもんでも飛びついちゃたんだろうな。

こんな雑煮は厭

9e5da162.png 子供が家庭科実習をするそうで、課題はお正月に向けての雑煮の作り方。教科書を見せてもらったら詳細な解説と共に細密なイラストで仕上がりのお雑煮が描かれていた。
 
 そこには未だ嘗て味わったことのない具がトッピングされ、盛りつけられていた。

惣菜屋のセールストーク

 午後三時近所にあるスーパーへ晩飯のおかずを物色しに出かける。午後のタイムサービスとやらで何某かが安く買えるので、適当な惣菜を目当てに売り場に向かう。
 
 「兄ちゃん。今揚げたてでアッチチだよ」とコロッケを勧める。
 「作りたての鰤大根だからあつあつだよ」と鍋からよそったばかりの鰤と大根をトレイに入れ購入を促す。
 
 今から飯喰うわけねえだろ。晩飯まで何時間あると思ってんだ。アッチチを売り文句にするんじゃないョ。と思わないでもない。

おっかけ

 以前勤めていた会社の側にあった喫茶店でバイトをしていたお姉さんは、モンキーズの大ファンで国内ツアーはもとより海外までついて廻っていたという、俗に言う「おっかけ」であった。その常軌を逸した行動振りを聞くにつれ、彼女の志向対象が異なっていたとすれば一角の人物になっていたに相違ない。人は時として神様の振った骰子で、夢は時間を裏切り、時間は夢を裏切らざるを得ないのだろうか。
 
 高校生らによる吹奏楽コンサート会場において、開場一時間前して一番乗りで待っていた初老の男性と暇つぶしを兼ねておしゃべりをしてみた。こちらも開場に早く着きすぎたためすることもなく、取り留めのない話を交わしながら師走の寒い朝を和らげる暖とした。
 
 聞けばこの親爺、三河中の学生はもとより社会人らの吹奏楽アマチュアグループを、一つ残らず聴き廻っている大の音楽ファンだというのである。しかも必ず一番に並び良い席を確保し、コンビニのおむすびを手にして一日中アマチュア音楽を堪能するそうである。
 
 齢を重ね有閑となり、白塗りの芸能人や某隣国の筋肉隆々とした映画俳優にうつつを抜かすご婦人方とは違い、なんとリーズナブルでチープで高尚な趣味であろうか。へたくそなチューバの音違いにも寛容な態度で見守り育て、夏の暑さにも負けず野外に並び凍えるような冬の石畳にも堪え先陣切ってサポートする。
 シルバーエイジの余暇ぬ過ごし方は斯くあるべしと、まるでお手本のような趣味(おっかけ)に感動、今後避けては通れない将来の指針と為すよう、努力しなければならないと強く心に誓った。

社長婦人

 色んな人がblog何ぞを書いておりますが、似非な人ばかりだろうと思われます。
 
 「しゃちょうふじん」で変換すれば「社長夫人」と出るのだけれど??ちょっと不思議。
 「ちゃちょう」「ふじん」で変換しているのかしらん。

今後二度とこのような事態が起こらないよう努めてまいります

 事態が起こらないよう→事態を起こさないよう
 最後の「努めてまいります」は曖昧な表現。注意はするけど、またやっちゃうかもて感じ。
 
 兎も角上流から川下まで翼々注意し、前向きな姿勢で粉骨砕身の努力を怠らないようにするべしと考えます。

夜霧よ今夜も

 仕事場から自宅への道沿いは七割方田圃。したがってこんな夜は霧が出まくりです。しかも前後に車なく、時折すれ違うのもまばらで恐ろしいことこの上なし。

 星がよく見える環境もいいが、やはり灯り恋しとしみじみ思う霧の夜。

景気回復の最中、お賽銭集めをしながら世知辛い日本の現実を垣間見た。

 寒風吹きすさぶ曇り空の中、担当しているご近所各戸に、町内から出征し亡くなられた方々を祀る神社へのお賽銭を集めに廻った。文字通りお賽銭なので赤い硬貨でも銀色の硬貨でも構いはしない。
 事前に知らせておいたので、在宅の方は気持ちよく封筒に収めてくださり順調に集めることが出来た。しかしながら、玄関にて「うちはそおいうのはやりませんから」と門前払いの家もあった。「強制だったら払うけど」とこちらの神経を逆なでするような追い打ちまでかけてくれた。なにが楽しゅうててこの寒空の中、百円集めに戸別訪問をしているものか。お疲れ様の言葉もなく、睨まれ玄関を閉められてしまった。

 先週留守で集めきれなかった数件を廻り、本日中に集められなければ打ち切りとし、あとは集まった分を上部組織の役員に渡せばこの業務は完了と相成る。幸いにして趣旨の書かれた封筒を留守時に投げ込んでいたので、皆一応にお賽銭を入れた封筒を差し出してくれ、ねぎらいの言葉も頂戴し気分よく順調に回収作業を行いつつあった。
 左回りで近所を半周し起点に戻り掛けたとき、自宅前の暗がりに誰かが佇んでいる。よくよく見れば町内役員「宮係」のご近所さん。この集落一帯の氏神様(お賽銭集めを頼まれた神社とは別にある神社)にご奉仕し、各種寄附集めなどを担当する町内の役員さんであった。来年度のお札代五百円を渡し、ついでにその役員家が先週留守で、回収出来なかった分の協力をお願いした。
 
 「すんません、おいくらでも構いませんのでご協力をおねがいします」
 「あぁ、あの神社の寄附ですね。帰って主人と相談してから決めたいと思います」
 
 同じ町内の役員であり、お互い寒空に幾度となく行わねばならぬ集金業務を委託され、艱難辛苦の日々に堪え痛みを共有しているとばかり考えていたが、どうやら見込みが甘かったようである。
 
 百円を賽銭に投げるのに主人と相談しなければこの場で実行できない。
 結果は分からぬが後日また尋ねてこい。
 
 いくら何でもこの様なふざけた提案は受け入れることはできないので、まあええですわ、わすれてくださいとお願いし、本年度のお賽銭回収作業を完了する。