NO.3016 3月31日までに廃止となっています、昭和バス佐賀県唐津地区廃止路線最終日撮影記録 | コウさんのコウ通大百科 PART3

コウさんのコウ通大百科 PART3

在住する九州を中心に、鉄道・バスを中心としました記事を毎日更新しております。
(平成24年1月〜平成30年3月の記事はPART2の内容です)

 

 佐賀県の南部~北部、福岡県福岡近郊の西部地区を運行します、昭和自動車(昭和バス)では、去る4月1日より本社があります佐賀県唐津地区を中心とした再編に踏み切っておりまして、これによりまして一部路線の廃止・減便・移管(コミュニティバス・予約制乗合タクシー)がなされております。

 

 これは、沿線路線の人口減少、「コロナ禍」がきっかけとなった輸送人員の減少、さらに全国的に問題となっております乗務員不足、そして4月より発動されております、運転者労働時間の改善基準告示でもあります「2024年問題」と、こうした影響がみられております。

 

 また、この唐津市・玄海町では「唐津地域公共交通利便増進実施計画」と呼ばれます路線再編案が以前から組まれておりましたが、今回そういった問題もありまして、再編に踏み切るに至っております。

 

 今回再編がなされた路線は以下の通りです。中にはこれからご紹介しますように路線の系統さえ廃止となった所もありまして、廃止バス停も数箇所で見られておりますし、区間変更さえも行った所も見られております。

 

 (昭和バスHPより引用)~詳しくご覧になりたい方は画像をクリックしてご覧ください。

 

 これによりまして、路線によりましては上の画像・以下画像のように系統番号まで新設された路線も見られております。ちなみに、唐津地区で系統番号はかつて平成初頭まで唐津市内線で見られておりましたが、それ以来の系統番号設定でもあります。尚、今回の改正では福岡地区でも糸島市コミュニティバス「はまぼう号」でも系統番号が見られるようになっておりまして、これで福岡地区(「九大線」)や佐賀地区を含めまして全地区におきまして系統番号が見られるにも至っております。

 

 (画像1、「41番」有浦経由入野行き、佐賀200か12-99、いすゞ2KG-LR290J5)

 (画像2、「81番」市民病院きたはた行き、佐賀200か12-52、いすゞ2KG-LR290J5)

 

 (「91番」ななのゆ行き、佐賀200か・932、日野SKG-HX9JLBE)

 

 (「51番」切木(きりご)経由入野行き、佐賀200か10-51、いすゞPA-LR234J1改)

 

 (「52番」中浦経由満越行き、佐賀200か・159、日野KK-RJ1JJHK改)

 

 そして、今回新たに生まれました系統としまして、湊・呼子経由波戸岬間の系統が新設されまして、この系統は減便ではなく増便が図られております(湊~呼子間)。これはこの行先表示にありますように、「ルート・グランブルー」と呼ばれます、かつてのフランス人ダイバーであります、ジャック・マイヨールの自伝映画「グランブルー」にちなんだ形で佐賀県も推している事もありまして増便されておりますが、このルートを通る区間は鳩川~呼子~波戸岬間でありまして、その前の旧国鉄呼子線の区間を含む新たにバイパスとして整備された区間は通りませんので注意が必要であります。

 

 (「21H番」が設定されております、運行車両、佐賀200か・159)

 

 

 さて、ここまで簡単ではありましたが、昭和バス唐津地区の4月改正後の姿をご紹介しましたが、今回は3月31日までに廃止されました3路線・系統を中心に、皆様にご紹介してまいります。

 

 

 まずご紹介しますのは、3月31日の廃止を待たずして、3月22日で運行を終了しました「切木線」の座川内(そそろがわち)系統をご紹介します。

 

 この系統は、「切木線」の支線として平成30年から湯野尾方面へ運行していた系統でありまして、切木郵便局前~牟形コミュニティセンター前間を称しておりまして、末期は1往復2便のみ運行されておりました。これは、後述の唐津青翔高校への通学路線として存在していたものでありまして、そう言った事から学校休校日には運休となっておりましたし、テスト時などには臨時バスが運行される程度で、後述のように途中にバス停はありながらも基本的に通学生のために運行していた路線でありました。

 

 この系統には、途中2か所のバス停が設けられておりました。ただ、ダイヤからも一般の利用者は利用されていなかったようでありまして、主に学生さんの利用であったようであります。やはり、玄海町内であるならば、町民は無料のコミュニティバスの存在もありますので、正直利用者は少なかった事が伺えるようではあります。

 

 (座川内入口バス停)

 

 (湯野尾バス停)

 

 この日は高校の終業式でもありました、運行最終日の3月22日は、導入されたばかりの上の画像1にもありますいすゞエルガミオ(佐賀200か12-99)で運行されておりまして、数名の学生さんの利用がありました。学生さんにとりましても、この系統が運行最終日である事を存じていた方がいらっしゃったかはわかりませんが、そんな最終日にこの新車を使うとは、まさに最終運行ではありましても次の段階へと進む事を伺わせるような印象ではありました。

 

 ちなみに、私が別の日に収めておりました唐津行き系統の側面行先であります。正直もうこのような姿が見られないのは正直残念ではありましょうか。

 

 

 ここからは、3月31日撮影画像であります。この日は仕事でもありましたので、昼休み時にバスセンターに足を運んだ時には画像のようにガラ~ンとした姿が見られておりました。このような姿が日頃見られているとなりますと、再編の形が取られてしまうのもわからなくもない所ではあります・・・。

 

 冒頭のように、翌4月1日からは系統番号が付けられる事になりますが、この時画像のいすゞエルガミオ(佐賀200か・832、SKG-LR290J1)ではもちろん番号なしの姿が見られておりました。尚、この番号は先述の増便されました「ルート・グランブルー」の区間でありますので、「21番」が与えられております。

 

 

 こちらはこの日の運行を持ちまして廃止となりました野元・名護屋経由呼子行きの系統(佐賀200か・933、KK-LR233J1)であります。

 

 この系統は、小加倉(こがくら)・値賀(ちか)経由とともに元々は循環系統として玄海発電所(現・玄海エネルギーパーク)を回って運行されておりましたが、その後系統を分離しまして、名護屋浜からさらに呼子へと運行されておりました。しかし、この日を持ちまして呼子への系統は廃止となりまして、野元経由・小加倉・値賀・玄海エネルギーパーク経由も名護屋浜発着に改められておりますし、後述のように小加倉・値賀・玄海エネルギーパーク経由はさらに唐津フェリーターミナルにも経由する形に改められております。

 

 

 年度末でもありますこの日の仕事を終えまして、その足で金の手(かなのて)バス停へやってまいりました。ここは、仮屋・入野方面への乗り継ぎバス停として平成30年に「まいづる9玄海店」の敷地内にバス停が設けられておりまして、この結果玄海町・肥前町の路線バスが乗り継ぎとなる時間帯も見られておりました。

 

 この後、金の手止まりの車(佐賀200か13-01、いすゞ2KG-LR290J5)がやってまいりました。尚、翌4月1日改正ではこの金の手止まりの系統はなくなりまして、いずれも肥前町方面へ運行する形となっております。したがって、乗り継ぎの形も6年で姿を消す事にもなりました。

 

 この車がこの後表示されましたのが、画像の仮屋・浜の浦の棚田 玄海エネルギーパークでありましたが、この運行(金の手17時45分発)を最後に、上りの運行は廃止となりまして、加えまして仮屋バス停を含みます6箇所のバス停が廃止となっております。

 

 

 この後、廃止バス停となります仮屋バス停に足を運びまして、玄海エネルギーパーク行き最終便を収める事にしました。廃止前の時点でも、その下の時刻画像のように本数が少なくなっておりましたが、かつて平成初頭には仮屋→唐津間に急行便も運行された事もありまして、幹線向け車両も乗り入れていたほどでしたが、そういった面影は見られなくなっておりました。

 

 こうして、仮屋バス停に玄海エネルギーパーク行きが入線しましたが、この時点では福岡在住の路線バスマニアの方が1名乗車しているだけという寂しい姿が見られておりました。やはり、平日と違って需要もそう多くはないでしょうから、そのような姿が見られてしまうのもわからなくもなかったでしょうか。

 

 この後、玄海エネルギーパーク行きは、その1名の乗客を乗せて発って行きました。それにしても、この車も今年導入されたばかりの車でありましたが、それほど古参車両の置き換えに貢献している事が伺える姿でもありましょうか。

 

 

 こちらは、翌4月1日撮影の金の手バス停の隣バス停であります、唐津青翔高校前バス停であります。先述のように、隣の金の手バス停への系統が前日で姿を消しましたし、加えまして仮屋方面への系統もなくなりましたので、時刻自体も唐津方面しか行かなくなった分すっきりとしているのがわかります。

 

 (時刻)~唐津方面

 

 この後、切木経由のこのバス停止まりの車(佐賀200か12-98、いすゞ2KG-LR290J5)がやってまいりました。この系統は、先述の座川内経由ではなく、梅崎・寺浦経由で運行されておりまして、4月からは平日の登校日以外でも運行されている系統でもあります。ちなみに、系統番号は「59番」が与えられております。

 

 この後、「39番」を名乗ります呼子からの唯一の便(佐賀200か12-13、いすゞ2KG-LR290J4)がやってまいりました。ご紹介しておりますように、呼子からの系統は残されてはいますが、下り1本のみの運行となっておりまして、かつ浜野浦の棚田を含む4箇所しか停車しない系統に変わっておりまして、より一般の利用はできにくくなっていると言ってもいいかとも思います。

 

 尚、玄海町の路線は縮小されておりますが、改正前からその唐津青翔高校前バス停近くの駐車場の一角に車庫を設けておりまして、引き続き現地出退勤が行われております。これに伴いまして、値賀・名護屋の現地出退勤が廃止されてもいまして、その結果半島内ではこの玄海、他に入野・呼子の3箇所に現地出退勤が置かれるのみとなっております。

 

 また、番外でもご紹介しておりましたように、代替機関として玄海町コミュニティバスが運行されておりまして、町民は無料という形で運行されております。それにしても、有料よりも無料の方が到底いいでしょうから、正直玄海町にお住まいの方がうらやましいなと思う所ではありましょうか。

 

【一般の乗客が利用しますコミュニティバスとして使用されておりますので、ナンバーはそのまま掲載している事をご了承ください】

 

 

 ここからは、同じく3月31日に廃止となりました「大島線」であります。今回このうちの大島郵便局前~大島液化ガス間が廃止となっておりまして、かつ代替交通機関もない、いわゆる完全廃止となっております。

 

 「大島線」の末端、大島液化ガスバス停の時刻表です。平日で13便、土日祝日で15便も運行されておりましたこの路線でしたが、これがすべて姿を消す事にもなりましたので、利用需要はどうであれ正直残念な所ではないかと思います。

 

 大島液化ガスバス停は、このバス停の名称通り、ガスタンクがある所にバス停が設けられておりました。尚、このバス停は当初は旧ブリヂストン液化ガスのガスタンクであった事から「大島BS前」と呼ばれておりましたが、昭和56年にブリヂストン液化ガスが撤退しまして旧三井液化ガスに変わった事で「大島液化ガス」に変わっておりました。現在も「ENEOSグローブ」のガスターミナルとして存在しますし、その前の所に折り返し場が存在してもいまして、一日10便以上がその場所で折り返す姿が見られてもいました。

 

 廃止前の時点で、この大島液化ガスバス停へ主に運行されておりました車(佐賀200か・154、日産デKK-RM252GAN)です。画像のように、富士重工8E架装の日産ディーゼルRMであるのがわかりますが、4月改正以降は予備車となったそうでありまして、担当路線を失った影響は大きいかと思います・・・。

 

 

 先述のように、大島液化ガスバス停、画像の大島バス停、そして他2か所のバス停が廃止となっております。このバス停周辺も民家が多く見られておりますが、それでもバス利用にはつながらなかったようではあります・・・。

 

 

 大島バス停の次のバス停であります大島郵便局前バス停であります。4月改正以降も、このバス停を含みます唐津フェリーターミナルの区間は引き続き残されておりまして、先述の小加倉・値賀・玄海エネルギーパーク・名護屋方面の路線「32F番」)がこのバス停を経由する形で運行されております。

 

 (時刻)~2度停車する形となっています

 

 

 ここからは、3月31日最終運行の姿であります。この日の最終便は20時15分発の便となっておりまして、以降の運行はありません。尚、同じくモニターにあります画像の21時17分発の呼子行きの便も廃止されておりまして、呼子方面も最終便の時間が繰り上げされております。

 

 

 今回最終運行となりましたのが、画像の日野ポンチョ(佐賀200か10-85、2DG-HX9JLCE)でありまして、先述のバスマニアの方を含みます数名の方が最終便となりますこの車に乗車されておりました。

 

 (行先)

 

 

 こうして、最終運行の大島液化ガス行きは発って行きました。この後、私も先回りしまして、大島液化ガスバス停到着の姿を収める事にしました。

 

 

 真っ暗な大島液化ガスバス停にやってまいりまして、しばらくしますと車がやってまいりました。乗客はマニアの方のみでありまして、それ以外は途中のバス停で下車されておりました。本当に、最後とは思えないほど寂しい姿が正直残念でならない所でもありましたでしょうか。

 

 バス停の所での折り返し場でぐるっと曲がった所で停車、1名の乗客を降ろしました。この後この車は回送されまして、あっという間にこの路線に終止符が打たれてしまったのでありました・・・。

 

 

 今回は、3路線を中心とした昭和バス唐津地区の最終運行の姿をご紹介しましたが、3路線に共通するのが、いずれも静かな最後であった事ではなかったかと思います。やはり、終点で出迎えると言った姿も見られませんでしたし、最終運行で発った時もあまり見られなかったと言うのも残念ではなかったでしょうか。やはり、そうした姿が見られていた所からもあまり沿線利用も多くもなかったのかなとも思う所ではありますし、既にバス離れも見られていた訳でしょうから、より残念に思うのもわからくもない所ではあります。けれども、実際に姿を消した所もある訳ですので、そうした理解はこれからも必要であると思ってはなりません。