掲載日の2日前は「観光バスの日」でありましたが、当ブログでこれまでもご紹介しております、現在は西鉄グループのバス事業者としての印象が強い亀の井バスは、昭和3年に大分県別府市にありました亀の井旅館のバス事業部として亀の井自動車が設立したのが始まりとされまして、今年創業から94年になるバス事業者であります。
それ以来、定期観光バスや、路線バス、また上の画像にあります貸切バス、そして現在は高速路線バスも運行されておりまして、現在は別府市や由布市及びその周辺地域、さらには福岡など主要都市への足を担うバス事業者としても現在に至っております。
この中でも、上の画像1にもあります定期観光バス(大分230あ19-28、いすゞQRG-RU1ESBJ)は創業時より運行されている事もありまして、亀の井バスの歴史としては絶対に欠かせないものとなっておりまして、創業と同時に運行を始めております「地獄めぐり」は、国内で最も長い歴史を持つ定期観光バスでありますし、加えまして日本で初めて女性バスガイドを採用した事業者でもあります。
これら設立へと進ませた方と言いますと、九州観光の祖と言われておりますのが油屋熊八氏でありまして、以下画像にもありますように別府駅前には銅像も見られておりますし、後述の定期観光バスの先代の専用車でも油屋氏の姿を見る事ができておりました。
(平成31年1月撮影、この年開催されました「ラグビーワールドカップ」開催記念としてユニフォームも着せてありました)
さて、今回ご紹介しますのは、私自身10年ぶりに亀の井バス本社・営業所を訪問しておりましたが、その際にも貸切車を収めておりました。今回はさらに10年前・それ以前に訪問した際、またそれ以外の場所におきまして、私がこれまで収めておりました亀の井バス貸切車両を厳選しまして皆様にご紹介してまいります。
亀の井バスの貸切車と言いますと、塗装は白地に3色のライン、そしてローズ色のラインも見られる塗装が定着しておりますが、以前は以下の塗装でありました。また車両に関しましても西鉄グループでもある事もありまして、西日本車体工業(西工)架装車が多く見られておりまして、これまで日野自動車を中心に見られておりました。
(58MCC-I、大分22か15-82、日野P-RU637BB)
(同、大分22か18-23、日野U-RU2FTAB)
(大分200か・・23、日野U-RU1HHAB)~前固定窓・以降メトロ窓と言う珍車
(左、大分22あ・・99 右、大分22あ・126、ともに日野U-CH3HFAA)
その後、見られるようになりましたのが現在の塗装でありまして、既存貸切車も上の画像の塗装から塗り替えられた車も見られております。やはり、塗装が同じ白地でもラインが違うだけでも印象が違うのがわかるのではないでしょうか。
(58MCC-II、大分22か16-80(左)・大分22か16-29(右)、ともに日野U-RU2FTAB)
ここからは所有していたタイプに関しましてご紹介してまいります。やはり西工架装貸切車の代名詞としまして避けられませんのが上の画像・以下画像にもありますC-II架装車でありますが、亀の井バスにも58MC・92MCそれぞれで見られておりました。やはり、後部がサロンとなっているため1段高くなっているのが大きな特徴ではありますが、利用客を楽しませる感は否めない所でもありましょうか。
(大分22か16-81、日野U-RU2FTAB)
(大分22か18-46、日野U-RU2FTAB)
(大分22か18-47、日野U-RU2FTAB)~高速続行時
(大分22か20-46、日野KC-RU3FSCB)~日田~湯布院線乗車時、その下の画像は車内
また、画像はC-I架装車(いずれも日野U-RU2FTAB)でありますが、C-II架装車よりは1ランクは下がりますが、それでも上の画像にもあります58MC他社を含め貸切車ではよく見られるタイプではありましたので、この存在は大きかったのではないかとも思います。
(大分22か19-03)
(大分22か19-36)
さらに、現在も02MC架装車で存在します58MCSD-I架装車(日野U-RU2FTAB)も2台ながら存在しておりました。この車は画像のようにスーパーハイデッカーではありますが、その分高い位置に座席がある事から眺めも良かったようではあります。尚、画像にもありますように末期には高速用としても使用される姿も見られておりましたが、貸切としての稼働は多くはなかったようではあります。
(大分22か17-29)
(大分22か17-30)
(大分22か17-29、高速バス博多港~湯布院線運行時)
そして、定期観光バス用の貸切車(大分22か17-78、日野U-RR2HJBA)としてはこの車も存在しておりました。名称は「メルヘン号」と呼ばれます、別府~九重方面の定期観光バスでありましたが、現在は高速路線バスで見る事ができておりますこの「メルヘン塗装」の発端はこの定期観光用ではなかったかと思いますが、やはり、カラフルさは目に浮かぶほどでもありますので、それが高速用にも採用された事はよかったと思う所でしょうか。
ここまで、亀の井バスに存在しました貸切車をご紹介しましたが、ここからは既存車両であります。現在も、西工02MCがSD-I架装車として存在しておりまして、これまで見られておりました日野車はありませんが、三菱ふそう・日産ディーゼル2メーカーで見られております。
(大分200か・188、三菱KL-MS86MP改)~後方固定窓・サロンあり
(大分200か・251、三菱KL-MS86MP)
(大分200か・304、日産デPKG-RA274RBN)
(大分200か・385、日産デPKG-RA274RBN)~リアは別の時撮影
平成22年の西工なき後に導入された車は、純正車両での導入となっておりまして、画像の日野セレガ・いすゞガーラが導入されております。日野セレガに関しましては、西工時代から見られておりましたが、それに加えましていすゞガーラも導入されておりまして、高速車と同様に導入されている事が伺わせております。
(大分200か・641、日野QRG-RU1ASCA)
(大分200か・760、いすゞQTG-RU1ASCJ)
(大分200か・913、日野2TG-RU1ASDA?)
また、貸切車の中には移籍車も導入しております。以下の3台がそうですし、上の画像1の「地獄めぐり」専用車も移籍車でもあります。特に、以下画像の2台に関しましてはミリ波レーダーが装備されておりませんので、上の画像の車と違いが分かるのではないかとも思います。
(大分200か・863、日野PKG-RU1ESAA)~元?
(大分200か・935、いすゞPKG-RU1ESAJ)~元東都観光
(大分200か10-10、いすゞQRG-RU1ASCJ)~元西鉄バス二日市2951
今回は、これまで撮影しておりました亀の井バスの貸切車に関しましてご紹介しましたが、こうして見ましても様々な貸切車が存在している(していた)事がわかります。やはり、西鉄グループでもありましたし、九州にバス架装メーカーが存在していた事から西工架装車が以前は多く見られていた訳でもありましたが、そんな姿も見られなくなっているのは西工がなくなって10年以上が経過する事を思えば致し方ない事でもありましょうか。とにかく、「コロナ禍」もありまして一時は貸切バス需要が減っていた昨今ではありますが、これからは再び上昇する事を願いたい所ではあります。
今回までご紹介しました、亀の井バス別府営業所撮影画像はいずれも許可を受けて撮影を行っております。