NO.1712 JR九州『スイーツトレイン「或る列車」』日田駅撮影(前編・入線編) | コウさんのコウ通大百科 PART3

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(平成24年1月〜平成30年3月の記事はPART2の内容です)

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 ご覧の皆様もご存知の方がいらっしゃるのではないかと思いますが、8月より久大線の大分~日田間におきまして「スイーツトレイン」であります「或る列車」が運行を開始しております(上の画像はスーパーひのくにさん画像提供です)。

 この列車は、最初にご紹介しました番外でもご紹介しておりましたが、「或る列車」の原点は明治時代にJR九州の前身でもあります九州鉄道が明治時代に発注しました5両の「ブリル客車」の通称として呼ばれていたものでありました。これら客車は、展望室付きの特別車・1等寝台車・食堂車・1等・2等座席車が編成の中に入っておりまして、現在の「ななつ星 in 九州」に匹敵するほどの豪華な列車であったとの事であります。

 しかし、導入されましたのが国有化直後という事もありまして残念ながら九州地区では活躍せず、関東地区で要人用などで使用されるにとどまりまして、大正時代には全国各地の鉄道局所属として教習車として改造、さらに一部地域では救援車に再改造された車もありまして、最終的には昭和31年までに「ブリル客車」は全廃されております。

 それら哀しい末路を歩んでおりました「ブリル客車」ではありましたが、100年以上の時を越えまして「D&S(デザイン&ストーリー)列車」として今回復活しましたのが「或る列車」でありまして、車両自体は昭和50年代に製造されましたキハ40系からの改造車となっておりまして、次回詳しくご紹介しますが、中にはJR九州では最も古い昭和53年製の車両もありますが、車内外に大幅な改造を施しているなど、かつてのキハ40系としての印象もほとんど見られなくなっておりまして、「ななつ星」に次ぐ豪華列車でもあります。

 今回、この「或る列車」を求めまして、前回NO.1711よりご紹介しておりますように、「SUGOCA大回り」によって画像のキハ200系などに乗車しまして日田駅へとやってまいりました。今回と次回ではその「或る列車」の日田駅撮影の模様を皆様にはご紹介してまいります。
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 上の画像の列車(1841D)は大分県日田市の日田駅へとやってまいりまして、「或る列車」の到着を待ちます。この駅も、大分県西端の中心駅であるとともに、交通の要衝でもある駅でもありますので、前回もご紹介しましたし、今回も後述のように様々な列車の発着する姿を見る事ができるようになっております。
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 この日田駅と言いますと、当ブログでも番外でもご紹介しましたが、今年の春に新装オープンしておりまして、内外装が大きく様変わりしております。画像は前回ご紹介しました8月撮影画像の駅舎・駅内でありますが、今回は「大回り」のため改札を出る事はできませんでしたが、改札を出る事になりますと画像の姿を見る事ができるようにもなっております。

 (駅舎)
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 (正面入口)
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 (駅内)
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 さて、この日田駅では「或る列車」の到着20分前を迎えました。到着します1番ホームでは、この「或る列車」の市民スタッフ(?)の方がやってまいりまして、折り返し列車であります大分行きの食器類をホームへ運んできておりました。
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 この食器類も、画像のように様々な食器があるようでありますが、画像を見ましてもユニークな食器となっているようであります。やはりこの列車は「スイーツトレイン」と称するだけありますので、それに合った食器を使っているようでもあります。
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 もちろん、この食器類は「洗浄済」と書かれてありますように、ちゃんと洗浄・消毒を行いましてから出すようにしている事もわかります。しかも、これら食器類はおそらくはこの日田市内でそのスタッフの方々の手で洗浄等を行っているのではないでしょうか?こうして見ましても、上の画像とともにいろいろな方々の手でこの列車が運行されている事もわかるような姿でもあります。
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 一方、同じく1番ホームでは日田市のゆるキャラであります「たんそうさん」が日田駅のホームで「或る列車」の到着を待っておりました。この「たんそうさん」は、江戸後期に国内最大の私塾であります・咸宜園(かんぎえん)を開いたとされます、「広瀬淡窓(ひろせたんそう)」をイメージしたゆるキャラでありまして、スタイルから見ましてもユニークかつかわいいつくりになっている事もわかりますね。
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 画像は、日田駅の2番ホームから1番ホームを撮らえたものであります。画像は豊後森駅からのキハ125形1両編成でありますが、既に「或る列車」到着から28分前の11時39分に1848Dとして豊後森駅からやってきておりまして、この後日田駅3番ホーム横の留置線に入る事になります。そして、この後の「或る列車」到着に至る事にもなります。
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 豊後森駅からの列車でありましたキハ125-12はこの撮影から数分後に日田駅留置線へと入る事になります。入ります際には、久留米方へ一旦引き上げまして、そして折り返しましてその下の画像のように日田駅留置線にはいってまいりまして、しばらく留置線で休む事にもなります。

 (キハ125-12、久留米方へ移動)
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 (キハ125-12、久留米方本線へ引き上げ、キハ125形同士の並び)
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 (キハ125-12、留置線に入線)
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 さて、いよいよ今回の大回り旅のお目当て列車であります「或る列車」の到着であります。この「或る列車」の到着直前、画像の日田駅の1番ホーム及び撮影場所の2番ホームでは多くの方々が到着を見守っておりました。
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 こうして、キロシ47-3505を先頭にしました「或る列車」が日田駅にやってまいりました。私も、今回初めて収める事になりました「或る列車」ではありますが、やはり見ていて金色の車体が印象的な姿であると言えましょうかね。よくもまあ、ここまで改造したなと思う所でもありましたがね。
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 (日田駅到着)
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 撮影しておりました日田駅2番ホームから、1番ホームへと戻ってまいりました。ホーム上では、この日が休日であった事もありまして、子連れの方が多く見られておりまして、記念撮影をなさっている姿を見る事ができておりました。それにしても、これは次回ご紹介しますが、ベースはあくまでもキハ47形でありますので、イメージが大きく様変わりしているのもわかるのではないでしょうか。
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 キロシ47-3505の車体下部分であります。よく見ますと唐草模様の金装飾が施されておりますし、タイフォンカバー部分もハートに「st」と書かれた金メッキの装飾となっております。正直、ここまで手が込んでいる訳ですから、お金がかかっている事も伺えるようでもあります。
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 今回は、念願でありました「或る列車」の日田駅到着編をご紹介しましたが、この「或る列車」自体はこれまでも述べておりますようにキハ40系からの改造車であります。この姿を見ましてもそう言ったイメージは少なからず見られておりますが、それでも立派に仕上がっているのではないでしょうか。次回後編ではその「或る列車」の従来車両との比較を中心とした話題をご紹介しますので、次回もご覧いただければと思います。 
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