どーもですw
表題の件、ドボジョとは。
土木業界で働く女性のことです。
私は生物専攻だったので今まで全く縁がなかったのですが。
最近ダムや河川を訪れるようになり、色々調べたりするうちに、、
密かにこの分野(特に治水工事)で働く人々に憧れるようになりました(ここに書く時点で密かではないですがw)
先日行った、五十里ダムの堤頂部から鬼怒川を見下ろして。
資格なども調べてみたのですが、実務経験ありか、土木系学科出身でないと取れないらしく。
さらにそれには少なくとも高校物理程度の知識が必要とのこと。
…物理は努力だけでなくセンスが必要な学問だとかつて思い知らされた記憶あり。
というわけで、アラフォー女性未経験、しかも物理苦手とくれば、なかなかドボジョへの道は険しそう😅
というわけで、仕事にするのはさておき、知識だけは蓄えようということで。
最近、日本の治水工事の歴史をインフラ業界のHP等で読んでいます。
その中でも目を見張るのは、関東の利根川東遷、大阪の淀川改良工事ではないでしょうか。
ちょっとだけかじった知識を紹介させてください🎶
関東平野をぶち抜き太平洋に注ぐ利根川は、かつては越谷付近で荒川と合流し、東京湾に注いでいました。
しかしそのせいで下流の江戸の街はたびたび洪水に見舞われる湿地帯でした。
徳川家康の命を受け、当時の技師や職人たちはそんな二つの川を分離し、利根川を東の方角にあった川に付け替える工事を行いました。
これにより洪水が減るだけでなく、舟運が発達し、新田開発も進みました。
川の付け替えというスケールの大きい工事が、400年も前に行われていたという事実に驚きます。
一方、大阪の淀川改良工事が行われたのは明治時代。
当時は淀川は今の大川(大阪市内に注ぐ支流の川)が本流だったそうで。
そのせいで大阪市内は低地帯なのでたびたび深刻な洪水被害に見舞われていました。
1885年に起きた大洪水の反省から、当時の技師たちは蛇行していた淀川の流路をまっすぐ太くして大阪湾に流れるようにしました。
また、本流だった大川への分岐部分に洗堰と閘門を設けて、大阪市内が洪水にならないよう水量を調節できるようにしました。
その他、淀川は琵琶湖から流れてくるので、上流の瀬田川への洗堰設置、宇治川の付け替えなど、上流から下流までの全体を見据えての大工事となりました。
この工事ではスケールの大きさだけでなく、既に発展していた大阪の街で工事を行う別の大変さがあったそうです(土地を失う人に一人一人説得して回った政治家の存在など…)
おかげで大阪をはじめ関西の街は発展を遂げることになりました。
このように、治水工事ってスケールが大きくて夢がありませんか?☺️
おそらく私はドボジョにはなれないので、ファンとしてこれからも色々見聞を深めていきたいものです🎶
では今週も頑張りましょうw
ではではww