眼が覚めて、今朝の寒さにびっくりしました!雪の結晶


3月なのに、また真冬に逆戻りしたのかと・・・・。

京都は観光シーズンで、外国からの旅行者もとても増えて来る時期。


外国から来た人たちは、この気候の不安定さにびっくりしているのではないでしょうか?

もちろん、住んでいる私たちもびっくりなのですがガーン


ところで、3月1日のこのブログで書いた「千の風になったあなたへ贈る手紙」。

発売になったので、楽天ブックスでやっと手に入れました。


今、半分ほど読み終わったところですが、予想通り涙、涙で顔中ぐしゃぐしゃに・・・。


一番泣かされたのは、新井満賞をとった、

僕の自慢のお母さんへ

 お母さんお誕生日おめでとう!!』


中二でお母さんを亡くした男の子が、その三年後、お母さんの墓石にそっと置いていた亡くなったお母さんへの、誕生祝いの手紙。

それを父親が見つけ、彼に内緒でとっておいたものを投稿したのです。


「有り余りの紙でごめんね。

お母さん、五十六歳の誕生日おめでとう。

ぼくはあいかわらずお父さんにしごかれてるよ。・・・・」


こんな文章で始まる、いかにも高校生らしい純な思いの詰まった亡きお母さんへの誕生祝いブーケ1

彼にとって、たった一人のお母さんは今も死んではいず、ずっと自分たちと共に年を重ね続けているのでしょう。

だから、

お母さん、誕生日おめでとう!!」

という言葉が素直に出てきたのでしょうね。


遠い天国にいるお母さんに心配かけまいと、

「僕たちは大丈夫だから・・・」

という精一杯の強がりの言葉が並んだと思ったら、

「本当に時々、お母さんが突然ぼくの記憶の中に入りこんでもう、そのたんびに、が出ちゃって大変なんだよ!!」

と、子どもらしい切ないほどの寂しさを吐露している・・・・。


「ケーキとかないけど、本当に誕生日おめでとう!!

最後にお母さんと歌った曲を書くよ。

お母さんもできれば天国で歌ってね。・・・・」


このあとに続くのが、『翼をください』の歌詞。

「いま私の願いごとが かなうならば 翼がほしい

・・・・・・・・・・・・

この大空に 翼をひろげ 飛んで行きたいよ

・・・・・・・・・・・・・                 

お母さん、誕生日おめでとう!! by拓人」


レポート用紙の切れ端に書いた、亡くなったお母さんへの切なる思い。

その彼の書いた手紙の現物の写真が、最後に載せられていました。

子どもっぽい、一生懸命に書いたのだろうと思わせる文字に、またまた涙してしまいました。


その彼も今、23歳になったそうです。

きっと、天国にいるお母さんに見守られ、いい青年に育っていることでしょう。


この本には、5056編の中から選ばれた、153編の手紙が収録されています。

どれも哀切極まる、しかしどこか未来への希望を予感させる心打つ素晴らしい手紙になっています。


これを一つ一つ読み進めながら、

『ああ、この世にはいろんな人生があるんだなぁ・・』

としみじみ思いました。

と共に、亡くなった後、果たして私は残された人たちにとって、どんな存在になれるのだろうとも考えてしまいました。


死者を死せりと思うな。生者あるかぎり、死者は生きつづける


こんな古語を、選考委員の新井満さんが紹介していました。


生きている人が、亡くなった人を心に思い続ける限り、人はいつまでも生を得られるのですね

そうであるなら、この一日一日を、心を込めて大切に生きなければ・・・・。

この世で巡りあえたかけがえのない人たちとの縁を大切にして。


そんな事をいろいろ考えることが出来た、輝くように素晴らしい一冊でした。



いつも唇にうたを

今日で3連休も終わり。


いい天気が続いた3連休でしたが、皆さんどんな連休を過ごされたのでしょうか?


今私は、5月に迫った所属合唱団の演奏会の衣装の直し作業に励んでいますあせる

何年ぶりかでミシンを取り出し、ドレスワンピースの裾上げをしているのです。


私は女のくせに(?)裁縫が大の苦手ガーン

針と糸を持つのさえ、せいぜいボタン付けくらい・・・。

女の風上にも置けません(涙)


うまく裾上げが出来るか、とても不安なものがありますが、やらないと出られないカラオケ

あと一枚残っているので、また今から頑張るつもりです。


肝心の歌の練習は、さすがに近所の住人が3連休で在宅している時は遠慮したい。

「うるさい!プンプン

と、怒鳴り込んで来られないとも限りません。


こういう時、私はソプラノパートの不利さを感じます。

下のパートは、かなり大きな声を出さない限り練習が出来るのに、ソプラノは無理。

日常で使わない高音域の発声が頻発するので、とにかく響き渡ること!!


特に、私の声はまた良く響くらしく、時々家族に指摘され泣いていますしょぼん

合唱団でも、他のパートの人から、

「あんたの声な、よぉ聴こえるわ音譜

と言われることも度々。


非日常の歌声は、この3連休は控えておいた方が良さそう・・・・。


しかし、かと言って平日大丈夫かというと、それも心配なのです。

私の非日常の歌声が響き渡って、ご近所に迷惑をかけてはいないだろうか。


それは、歌に携わるすべての人たちに言えることらしいのですが・・・。

みんな多かれ少なかれ、

「ご近所から苦情を言われた」

「私は嫌味を言われた」

などの経験があるらしい。

とても哀しいことですダウン


その結果、練習場所を探してカラオケボックスや、果ては川原で歌うなどして頑張っている。

(貸しスタジオは高いし、防音ルームは音が反響せず非常に歌いにくいらしいですからね。)


ああ!どこかに思う存分歌の練習が出来る所はないものか・・・・。

それが目下の私の悩みの種叫び


あと1日となった連休

皆さん、どうか有意義に過ごして下さいねニコニコ


いつも唇にうたを

京都でも、そろそろ桜桜が咲き始めました。


今日から3連休の人も、たくさんいらっしゃるでしょう。

京都の観光名所は、さぞにぎわっていることでしょうね・・・・。

(人ごみの苦手な私は、こんな時はひたすら家で趣味に没頭しています。

 歌の練習や、読書etc.)


先日、家族が一人で観光名所に出かけて行き、写真を撮ってきてくれました。

その一部をご紹介します。


これは、有名な円山公園。  ↓

京都に来た人は、一度は立ち寄るスポットではないでしょうか?

こちらの桜桜は、聞くところによると、まだつぼみだそう。

でも、この2~3日の暖かさで、一気に開きだすかも・・・・。

今日は、本当に暖かい日です。


いつも唇にうたを


ここも、とても有名な八坂神社。 ↓

いつ前を通っても、観光客の姿が無い時はありません。

毎年7月に行なわれる祇園祭は、この神社の祭礼なのです。


いつも唇にうたを


3月13日から22日にかけて、京都では『東山花灯路2010』というイベントが行なわれています。


東山地区は、京都でも中心の観光スポット。

この地区の石畳に、約2400基の路地行灯(下の写真)を設置。

京都いけばな協会の協力により、各流派家元のいけばな作品や、若手華道家の斬新な作品が、灯りと花の道を彩ります。


また、京都の学生たちのユニークな灯りの創作作品も展示。

そのほか、様々なイベントが行なわれているそうです。

(灯り点灯時間は、18:00~21:30 )

神秘的な灯りのプロムナード。

是非、一見の価値ありですお月見


いつも唇にうたを

この東山花灯路の期間、たくさんの神社や寺院で特別拝観やライトアップキラキラが行なわれています。

知恩院、八坂神社、高台寺、清水寺など。

人力車のお兄さんたちも、書入れ時でしょうね。↓

今は、ちょうどお休み時間か、車が一人で淋しそうにお留守番・・・・。


いつも唇にうたを


前後しましたが、これは円山公園内にある坂本竜馬、中岡慎太郎像。↓

大河テレビの影響で、今年は訪れる人が倍増しているとか・・・・。

いつも唇にうたを


心なごませる風景。

池の中の石に止まるサギ(?)。↓

右手の石の上には、の姿が・・・・。

しっかりとサギ(?)を見つめています。

ああ、鳥が鶴だったら、最高に縁起が良かったのに・・・残念!

いつも唇にうたを


これは、おなじみの四条大橋。   ↓

左手に東華菜館が見えています。

有名な中華料理のお店。

かのW.M.ヴォーリーズの設計らしく、風格があります。

いつも唇にうたを



こんな風に、京都は華やぐシーズンですが、今は花粉症の発症時期でもあるのです。

今はスギ花粉飛散のピーク時期。

ゆっくりおこたに入って、今までためていて読めなかった本を読むことにしましょう本

そして、演奏会の曲の暗譜メモ

することは、いっぱいあります。


京都に来られる方は、くれぐれも花粉に対する準備をおこたりなく・・・・。

では、楽しい連休を・・・ベル

今日は、3月というのに風が冷たくて寒かった。

明日は、もっと寒くなるそうです。霧


買い物に出かけるのに愛用のママチャリ自転車を漕ぎながら、やはり思い出すのは一昨日のシアターピースのこと・・・・。


私たち「『水のいのち』女声合唱団」、

(本当は、「淀川水系合同女声合唱団」というのだそうですが、わたし的には、やはりこの名前「『水のいのち』女声合唱団」の方が、しっくりくるのです)

その私たち合唱団もおととい、頑張って歌ったのだけれど、やはり第3部のプロの声楽家の歌には、全く太刀打ち出来ませんでした。

(当たり前ですが。太刀打ち出来ていたなら、プロからお呼びがかかるはず)


そもそも、太刀打ちしようと思うのがまちがいの元ではないのか?

向こうは、プロフェッショナル。

こちらは、(いろんな人がいますが)ほとんどが素人。

私など、合唱を始めてからまだ5年余りにしかならないという頼りなさ・・・・。


が、心のどこかで、その人たちに近づかなくてはならないというプレッシャーを感じてはいなかったでしょうか?


私が以前所属していた合唱団では、プロの声楽家に混じって歌う機会がありました。

隣でそのプロの歌声を聴きながら、いつかはこんな風に歌いたい、という野心を持っていなかったとは言いきれません。


しかし、今日ふと思ったのです。

その思いが、そもそもの間違いの始まりではないか、と。

声楽家は、何年もかけて声を磨いてきたプロの人たち。

対するこちら側は(いろんな人がいるのですが)、そのほとんどが所詮趣味で歌を歌っているだけのアマチュア合唱団員。

その間の差は、火を見るより明らかだと。


とするなら、競争する必要などない。

アマチュアは、アマチュアの土壌で戦ったらいい。

「声楽」というくくりで縛られているプロの人たちに比べ、アマはそれがない分強い。

(もちろん、必要最低限の声楽の知識は必要。でないと、表現が上手くできなくなるから)


私たちアマチュアには、プロを上回る何か+アルファがあるのではないだろうか。

それを、何とか私たちの合唱に生かせないものか、と・・・・。


お母さんをしたり、会社員だったり、親の介護をしたりと、日常は忙しく立ち働いている私たち女声合唱団員。

その合間を縫って集まる合唱団の練習日は、本当に心が弾むかけがえの無い一日なのです。


立川志の輔さんの落語、映画にもなった「歓喜の歌」。

そこには、そういう女声合唱団員の日常のシーンが満載で、涙もろい私は、思わず自分の事に置き換えて、観ながら泣いてしまいましたっけ・・・・。


誰よりも、私たちアマチュアの合唱団員こそが、その自分たちの日ごろの経験を生かして、誰の心にも染みとおるキラリと光った歌を歌えるはずだと思うのです。


私たちの歌を聴いたプロの声楽家の人が、たとえ一瞬でも

『あんな歌が歌えるなら、アマチュアになって合唱団に混じりたい』

と思ってくれることを目指して・・・・。


そう思うと、頭の上の暗い雲が払われて、一筋の光がこちらにサーッと差して来た思いがしました。


目指すは、アマチュアでナンバーワンの女声合唱団員メラメラ


これまでの、そしてこれからの自分の体験を総動員して、心をありのままに表わせる私ならではの歌を歌っていけるように頑張りたいと、今はただただ、そう思っているのです。


いつも唇にうたを

今日は、月二の声楽レッスン日


先生に、昨日の「水のいのち」の合唱の評判を尋ねてみました。


「良かったみたいよ。

打ち上げに出たんだけど、そこで、作曲者の高田先生の奥様が、4曲目の『海』で、涙がこぼれたとおっしゃっていた。

『人でさえ 行けなくなれば そなたを さしてゆく

 そなたの中の 一人の母をさしてゆく』

このフレーズで・・・・。

頑張って歌って、よかったね」


そうです、昨日のシアターピースには、『水のいのち』の作曲者、故高田三郎先生の奥様が来ておられたのですあせる


もう90歳を超えておられるご高齢だというのに、わざわざ遠くから、私たちの合唱を聴きに来て下さったのでした。


とても90歳を超えておられるとは思えないくらい、かくしゃくとした方で、その方に涙して戴けたとは、光栄の至りです。


この箇所は、指揮の富岡先生も思い入れがおありになったようで、その指揮ぶりにもよりいっそう熱がこもった箇所でした。

歌っている私たちにも、その情熱が伝わり、より一層思いのこもった歌声となったのでしょう。


ところで、昨日の女声合唱


終った直後に仲間の一人が、

「ああ、もう一回歌いたい!!」

と、しみじみつぶやいたのです。

「あんなに練習したのに、これで終わりやなんて・・・・」


間髪を入れず、周りにいるみんなが頷いたのを私は目撃しました。

「そうや、もう一回歌ったら、きっともう少し上手く歌えるのにねぇ・・・・」

「練習の時の方が上手かったなんて、私、我慢できへんわ!」


でも、そこで、誰かが諦めた口調で、

「そやけど、メダルを取れへんかったオリンピックの選手かて、きっとそう思うてたんと違う?

『練習の時のタイムの方が良かったなんて、私我慢できへんわ!

これ、オリンピックやのに・・・』って。」

その言葉に、またみんなが深くうなづいて、

「そらそうやねぇ。

そんなん言うてたら、いつまで行ってもきりがないわなぁ・・・」


これを聞いて、私はしみじみうれしくなりました。

たった3ヶ月しか付き合っていない仲間なのに、思いは同じ場所で共有出来ているしょぼん


きっと、この仲間たちは、それぞれの合唱団に戻っても、今日の(昨日の)悔しさを忘れないでしょう。

そして、それを生かして、きっとより良い合唱人生を歩んで行ってくれるに違いありません。


私も彼女たちに負けないように、悔いの無い合唱人生をおくりたい。


「もっとあの時ああすればよかったのに・・・」


この後悔ほど辛くて苦しいものはないでしょうから・・・。

だから、毎日毎日を自分のできる精一杯の真剣さで生きていきたいのです。

自分を人生の主人公として・・・。


たった一度きりの人生。

それを、『お客様』のままで終ってしまっては、あまりにも勿体無い話だと思うから・・・・。


いつも唇にうたを