「人間の性はなぜ奇妙に進化したのか」★★★★☆ | Jiro's memorandum

Jiro's memorandum

泉治郎の備忘録 読書の感想や備忘録 ※ネタバレ注意
【経歴】 日本株アナリスト、投資銀行、ネットメディア経営企画、教育事業経営、人材アドバイザー、新聞社経営管理、トライアスリート

「人間の性はなぜ奇妙に進化したのか」(ジャレド・ダイヤモンド)
 
 
ジャレド・ダイヤモンド氏の本を読むのは3冊目。この本もウィットに富んで面白い。生命の不思議や新発見、進化の面白さ、を堪能。

性に関して、人間がかなり特殊だということにまず軽い驚きがあった。ただ、冷静に考えれば、生命の原則は種を残すことなので、人が無駄な性行為にエネルギーを費やすのは、生命原則に反した非効率な習性であると再認識。確かに奇妙な進化だ。

他の動物と人間との違いで、もっとも決定的なのは、子どもの自立にかなり長期間を要する点であろう(10年程度は親が食べ物の面倒を見る必要がある)。このため、男女ペアが長期的な絆を結び共同子育てを行う必要性が他の動物よりも出てくる。

また、採集より狩猟のほうが食物獲得効率が悪いのに、なぜ男性は確実性の高い女の仕事(採集)を手伝わずに、大物狙いの狩猟に出かけるのか、という問題提起も面白かった。


どの説も絶対の信頼性があるわけではなさそうだが、どの説もそれなりに納得感あり。いろいろと思考を巡らせることで、とても視野が広がる一冊だった。


生命の進化というのは(特に社会的動物の人間においては)、効率や論理だけでは説明がつかない、感情論のようなものも背景にあるのではないか。


参照:「銃・病原菌・鉄」上 「銃・病原菌・鉄」下 「文明崩壊」上 「文明崩壊」下



以下、備忘



■多くの哺乳動物とヒトとの違い

【哺乳動物】
核家族を作らない
オスとメスがつがいになって子どもを育てる方法をとらない
オスもメスも子育てのあいだは単独で生活する
オスとメスが出会うのは交尾のときだけ
オスは子育てをしない
オスが配偶者に与えるのは精子だけ
オスは自分の子どもを認識していない
メスは父親の助けがなくても子育て可能
子どもは乳離れをするとすぐ自分で食べる物を調達し始める
群れのメンバーの見ている前で交尾を行う
メスは受精可能な排卵時期を宣伝するため目立つシグナルを発する
メスが交尾を誘うのは受精の可能性のある数日だけ
オスも普段はメスに性的な関心を示さない
動物にとって交尾は楽しむためではなく繁殖のため
ex:ヒヒのメスは発情期に最多で100回交尾
ex:バーバリマカクのメスは平均17分ごとに交尾
死ぬ瞬間まで受胎可能(閉経は正常現象ではない)

【ヒト】
長期にわたってペア関係を維持(結婚)
くり返し性交するが相手はおもに(もしくは必ず)その配偶者
子どもを共同で育てる
2人きりで内密に性交する
排卵を宣伝するシグナルは現れない
排卵時期を検知するのは困難
女性が男性を受け入れる受容期はほとんどすべての期間
そのためセックスは妊娠するには不適切な期間に行われている
受精のためではなくもっぱら楽しむために性交するように進化
女性は閉経を迎え繁殖能力が完全停止する
乳幼児はひとりで何もできない(10年は誰かに食べ物を運んでもらわなければならない)



■ヒトが、排卵を隠しいつでも性交ができるように進化した理由

「マイホームパパ説」
受精可能な日がわからないため、毎月できるだけ多くの日に性交しなければならない。
ほかの男から妻をガードする(ほかの男に受精させない)ためにも、できるだけ家にいたほうがいい。
どの女性が受精できる状態かわからないので男が(自分の遺伝子をたくさん残そうと)浮気をする理由もない。
以上のことから、生まれた子どもが自分の遺伝子を持っていると確信できる。
父親は家にいて安心して子育てに励み、自分の遺伝子を伝えることに成功する。

「たくさんの父親説」
多くの伝統社会では子殺しがごく普通に行われていた。
子殺しとは、オスが自分と交尾していないメスの子どもを殺すこと。
今でも様々な種で子殺しが行われており、ゴリラの赤ん坊の死因の3分1以上は子殺し。
子殺しをしたオスは子どもを失ったメスを受精させ自分の遺伝子を持った子を生ませる。
しかし受精可能な日がわからないと、自分の子かもしれないと赤ん坊を殺すことを避ける。
自分の子どもが殺されないように、排卵を隠す(排卵時期がわからない)ように進化した。

まず、父親を攪乱し子殺しを防ぐ「たくさんの父親説」(ハーレム)、次に父親を家にとどまらせる「マイホームパパ説」(一夫一妻)という段階を踏んだのではないか。

祖先がまだ乱婚やハーレム型で暮らしていた頃、排卵が隠されるようになった。父親が自分かもしれないという可能性が全員に残されるようになり、子どもに害を与えようとはせず、なかには子を守ったり、食べ物を与えたりするものまでいた。女はこうした目的で排卵の隠蔽を進化させると、今度はそれを利用して、優秀な男を選び、誘惑したり脅したりしながら男を家にとどまらせ、自分の産んだ子にたくさんの保護や世話を与えさせた。

※なお、本来生物にとって交尾は少ないほうがいい
・精子の生産は生存にとってコスト(生産しない方が長生き)
・交尾の時間があれば餌を探せる
・交尾中に敵に襲われる危険がある
・交尾が過度な負担で死ぬこともある(高齢の場合)
・オス同士の争いの機会を増やす
・つがい相手以外との交尾の現場を見つかってしまう危険あり



■「扶養型」か「誇示型」か

狩猟採集生活において、男性(狩猟)の食物獲得量は、女性(採集)の食物獲得量より少ない。
アチェの狩人は4回に1回は手ぶらで帰ってくる。ハツァの狩人は29回に1回しか獲物を持ち帰らない。
部族全体に栄養を行き渡らせる最良の方法は、男も地道な採集(木の実、昆虫など)をすることなのに、ギャンブル性の高い大物狙いの狩りを続ける。
その理由は男性が自分の遺伝子を残す確率が高いから。

「扶養型」採集により食物獲得量の平均値は高いが、他人に分け与えるほどの余剰食糧を獲得することはない
「誇示型」狩猟で持ち帰る食糧は平均すると少ないが、たまに大量の肉を手に入れ、他人に分け与える。

誇示型の男性は姦通によるセックスが多い(その引き換えに女性は彼から余分の肉をもらえるから)。
部族の人びとは肉をくれる彼を隣人にしたがり、お礼として娘を彼の妻に差し出すこともある。
さらに誇示型の子どもたちも特別扱いをされる傾向がある。
こうしたことから、誇示型の男性は食物獲得量が少ないという不利な点をカバーし、扶養型の男性より自分の遺伝子をたくさん残すことができる。

すなわち、男は家族のためよりも自分のために(効率の悪い、ギャンブル性のある)狩りをする。