『神曲』煉獄登山44. 煉獄の大地震 | この世は舞台、人生は登場

この世は舞台、人生は登場

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煉獄地震の発生

 

  巡礼者ダンテと先達ウェルギリウスは、第5環道で貪欲の罪を浄化している霊魂たちを後にしました。そして、次の第6環道に通じる道を必死に登っていました。すると、突然に、地震が発生しました。その時の恐ろしさは次のように描写されています。

 

   私たちははや彼のもとを離れていた、そして力が許すかぎり、できるだけはやく道を進もうとつとめた。その時、まるで崩れ落ちんばかりに山が揺れ動くのが感じられた、私はぞっとした、死地へ赴く人が覚えるような寒気が背筋を走った。 (『煉獄篇』第20歌124~129、平川祐弘訳)

〔原文解析〕

〔直訳〕

   私たちは、すでに彼(ユーグ・カペー)から離れてしまっていた。そして、私たちに許されていた限りの力を出して、その通路を越えようと努力していた。その時、あの山が転がり落ちるように震動するのを私は感じた。だから、死へおもむくところの人が取り付かれるのが常であるような極寒が私を急襲した。

 

   『神曲』という作品は、ダンテが冥界の旅を成し遂げて現世に戻ってから、回想しながら執筆しているという設定になっています。それゆえに、ユーグ・カペーのもとを「私たちはすでに離れてしまっていた(Noi eravamo partiti」という言葉が大過去(英語の過去完了)の時制で書かれ、「私はあの山が震動するのを感じた(io sentii ・・・ tremare lo monte」という言葉が遠過去(英語の過去形)の時制で書かれているのですが、読者は目の前で起こっているかのごとく感じ取っています。そして、「あの山(lo monte」とは、ダンテたちがいた「山」、すなわち「煉獄山」のことです。その時の地震は、山が倒れて(cada)死ぬのではないか(a morte vadaという凍りつくような恐怖を、巡礼者ダンテに与えました。そしてさらに、その時に煉獄で体験した地震の激しさを、ギリシア神話から素材をとった直喩を使って、次のように描いています。

 

   ラトナがデロスの島へ来て寝屋をしつらえ、天の両の眼を生む以前にしても、あの浮島がこれほど震動したためしはなかったかに思われた。 (『煉獄篇』第20歌130~132、平川祐弘訳)

〔原文解析〕

〔直訳〕

   確かにデロス島もこれ(煉獄島の地震)ほど激しくは動揺しなかった、ラトナが天の二つの目を出産するために、そこ(デロス島)に住処を造る前でも。

 

   上の直喩表現に用いられた素材は、ギリシア神話の太陽と月の誕生物語であることは明らかです。しかし、その表現が簡潔すぎるので、地震の激しさを実感するためには元の神話を知っている必要があります。

 

アポロとディアナの誕生神話

   デロス島(Delos:伊語Delo)」は、エーゲ海の南部に点在するキュクラデス群島の中央部に位置する最も小さな島です。もともと、その島は海神ポセイドン(ローマ神話:ネプトゥヌス)が、彼が持つ三叉の槍で海をかき混ぜて創りました。その時はまだ、その島は海底と接続されていない不安定な浮島でした。ユピテルに愛されてアポロとディアナを身ごもったラトナは、女王神ユーノの嫉妬を買ってので、出産場所を世界中から禁じられました。ラトナは安らぎの地を求めて世界中をさまよっていましたが、浮島のデロス島だけが彼女に場所を与えました。それに感謝したユピテルは、その浮島を四本の柱で海底に固定しました。そのお陰で、ラトナは無事にアポロンとディアナの双子の神を出産しました。そのことから、ラトナが出産した「天の二つの目(due occhi del cielo)」とは、昼の目である太陽神アポロと夜の目である月の女神ディアナのことを指しています。煉獄は「島」なので、そこに起こった地震を喩えるための素材を見つけることは、ダンテにとっても容易ではなかったかも知れません。煉獄の地震をアポロとディアナの誕生前は浮島だったデロスが波に揺られる様に喩えていますが、その表現には、ダンテには珍しい「(劣等)比較級」の表現技法を使っています。すなわち、煉獄島とデロス島の地震が同じ震度ではなく、「デロス島もこれ(煉獄島の地震)ほど激しくは揺れなかった(non si scoteo sì forte Delo)」と表現することによって、煉獄の地震の大きさを表現しようとしているのです。

 

母ラトナと幼児アポロとディアナ

フランチェスコ・ポッツィ(Francesco Pozzi、1742―?)1824年

 

デロス島の地図上の場所

 

三叉槍を持つポセイドン

 

注:ギリシア神話をローマ神話に採り入れた時に、名前だけはイタリア古来の神名を使いました。そして、アポロンのようにイタリアには類似した神が存在していなかったものは、そのままギリシア名もその神話も借用しました。その相違は、下に添付の図を参照してください。

 

ギリシア神話とローマ神話の名前の違い

 

 

大歓声と共にスタティウス登場

   地震が起こったとき、大歓声が湧き上がりましたので、ダンテは恐れを覚えました。その時の模様は次のように描かれています。

 

   ついで四方八方から激しい叫び声が湧き起こった、先生が私の方に向き直って言った、「私がおまえを導いているかぎり、心配は無用だ。」 (『煉獄篇』第20歌133~135、平川祐弘訳)

〔原文解析〕

〔直訳〕

   その後、すべての側から叫び声が起こり始めました。先生は私の方を振り向いて言った。「私が汝を先導している間は、疑うことはならぬ。」

 

   地震の後で、煉獄の霊魂たちが一斉に歓声を上げました。先達ウェルギリウスは、「私がおまえを導いているかぎり、心配は無用だ」と言って怯えている巡礼者ダンテを安心させました。そして、その叫び声(grido)のように聞こえた大声は、実は歌声(canto)でした。その時に聞こえた歌声は「至高の場所の栄光は神のものである(Gloria in excelsis Deo煉獄篇20歌136:原文のラテン語は下に添付」と言っていました。そして、地震が止み、合唱が終わると、地面にうつ伏せになっていた一人の霊魂が立ち上がって、ダンテたちの前にやって来ました。その霊魂は、間もなくローマの叙事詩人スタティウスであることが判明しますが、彼についての詳しい情報はいずれ私のブログで紹介することになります。今回は「地震」の話しだけに限定しましょう。

 

 

 

大地震の原因究明

 

   第5環道の出口付近で出会ったスタティウスが、煉獄に起こる大地震について説明する役をすることになります。まず、スタティウスは、現世と天国の間に位置する煉獄の環境について、次のように語り始めます。

 

   習慣にたがう事とか、この山の定めに従わぬような手前勝手な事とかはここではいっさい起こり得ない。ここでは〔現世で起こるような〕変化はおよそない。天自らが自分のうちに受け容れるもの以外は、変化の因となり得ないのだ。 (『煉獄篇』第21歌40~45、平川祐弘訳)

〔原文解析〕

〔直訳〕

   山の修行場所(煉獄の浄罪場所)が、秩序ではないと感じた事柄や、または決まりに反したところで存在する事柄は、起こらない。ここ(煉獄)では、あらゆる変化から免れている。(煉獄には)天が天自身によって天自身の中へ受け入れるとことのモノから起こる原因は存在することが可能であるが、それ以外のモノから起こる原因は存在することができない。

 

   まず、煉獄と現世との相違を明確にしています。現世的な事柄である「秩序ではない(sanza ordine」こと、「決まりに反する(fuor d’ usanza」こと、「すべての変質(ogne alterazione」などは、煉獄には存在していません。確かに、煉獄は、現世と同じ地球上に存在していて、現世と同じく一日24時間という時刻区分と太陽の運行を共有していますが、その自然環境と規律は天国に属しています。それゆえに、煉獄には現世で起こるような自然現象は起こらないことが、次のように表現されています。

 

   雨も雪も霰(あられ)も降らず、露もおりない。霜が置くのも短い三段の石の上に限られている。 (『煉獄篇』第21歌46~48、平川祐弘訳)

〔原文解析〕

〔直訳〕

   それゆえに、3段の短い階段の踏み面よりも上には、雨もなく、雹もなく、雪もなく、露もなく、霜も降りることはない。

 

   上の詩句の中で述べられている「三段の短い階段の踏み面(la scaletta di tre gradi breve」とは、煉獄への入場許可を与える門衛天使が御座している階段のことです。ダンテも、そこでその天使から入場が許されて、剣で七つのP文字を額に刻んでもらいました。そして、その三段の階段は、次のような種類の異なる三つの石で造られていました。

 

 

 

   私たちはそこへ来た。第一の段は、磨きあげられたように滑らかな白い大理石で、私の姿がそこにありのまま映った。

   第二の段は青紫よりも濃い色をした粗い焼石で、縦横に亀裂がはいっていた。

   第三の段は最上段だが、重みのある斑岩(はんがん)で、血管からほとばしる鮮血のような、燃えるような色をしていた。

   この最上段に天使は両脚をつき、門の閾(しきい)の上に腰をおろしていたが、閾の方は金剛石でできているらしい。 (『煉獄篇』第9歌 94~105、平川祐弘訳)

〔原文解析〕

〔直訳〕

   私たちは、そこ(煉獄門)へ来た。最初の踏み段は、とても清く澄んだ白い大理石であったので、私はその中に見えるままの私を映していた。

   第二番目の踏み段は、濃紫色よりも更に濃い色になっていて、ざらざらで焦げた石で造られていて、縦方向と横方向へひびが入っていた。

   第三番目の踏み段は、その(二段目の)上に固定されていて、血管の外へ噴き出すところの血液のように炎となって燃えている斑岩のように私には見えていた。

   その(三段目の踏み段の)上に、神の天使が両足の底を置いて、私にはダイヤモンドの石のように見えた敷居の上に座っていた。

 

   煉獄界の中でも、「現世のあらゆる変化を免れて(libero da ogne alterazione」、天国の自然の領域に属しているのは、煉獄門から上の部分だけだということです。そして、煉獄前域(Antipurgatorio)と呼ばれている煉獄船着場から煉獄門までの領域は、まだ天国の自然界には含まれていない、ということになります。参照:私のブログでは「『神曲』煉獄登山1.地獄から煉獄へ」から「『神曲』煉獄登山14.煉獄門」までが煉獄前域の情景です。

 

浄罪は厳しいが自然は穏やか

   私たち読者は、ウェルギリウスの先導で巡礼者ダンテと共に煉獄登山を行ってきましたが、その浄罪の過酷さに目を取られて、そこが天国の領域であることに気が付きませんでした。しかし実は、そこの自然は、次のように描写されているように極めて平穏だったのです。

 

   厚い雲も薄い雲も湧かず、稲妻も光らない、また現世でしばしば衣を移すタマウスの娘〔虹(イリス)〕も見かけない。 (『煉獄篇』第21歌49~51、平川祐弘訳)

〔原文解析〕

〔直訳〕

   濃い雲も薄い雲も現れない。ぴかぴか光ること(稲光)もない。向こう側(現世)ではたびたび場所を移動するタウマスの娘もいない。

 

   現世で悪天候をもたらす雲は、煉獄では発生することはありません。さらに、「タウマスの娘(filia di Taumante)」とは、ギリシア神話では海神ポントスと大地女神ガイアの子タウマスを父として、大洋神オケアノスとその妹テテュスの子エレクトラを母として誕生した虹の女神イリスのことです。そして、虹は、神との架け橋となって吉兆のイメージを持っている存在ですが、現世的な存在として煉獄では発生することはありません。

   さらに念押しするかのように、煉獄門の上層部と下層部の相違が次のように語られています。

 

   乾いた空気も、先刻話に出たあのピエトロの代理が足を据えている三段の最上段より上へは昇らない。 (『煉獄篇』第21歌52~54、平川祐弘訳)

〔原文解析〕

〔直訳〕

   乾いた蒸気も、私が話したあの三段の階段の最上段よりも前(=こちら側)では立ち上らない。そこ(=最上段)ではピエトロの代理者が足の裏を付けている(=立っている)。

 

   「乾いた蒸気(secco vapore」という語法は、撞着語法(オクシモロン:oxymoron)のように感じられますが、中世時代には気象学的真理として「地中の蒸気が地震を発生させる」と信じられていたようです。ダンテ学者シングルトンによれば、13世紀イタリアの修道士リストロ・ダレッツォ(Ristoro d'Arezzo)の書『世界の構造(Composizione del Mondo)』の中にそれに関する記述が見られ、その概要は次のようです。

 

   太陽の熱が地球の内部に入り込んで水分を水蒸気にする時、地中の湿気を乾燥させる。そしてその時、風をはらんだ蒸気が発生して、それが天の力によって動かされる。その結果、乾燥した蒸気が静止できなくなって、外へ出ようとして地面と衝突する。その時、地面が固いときは、蒸気は上下に動いて、地面を震動させる。

 

   「三段の階段の最上段よりも前(più avante ch’ al sommo d’i tre gradi )」とは、第5環道にいる巡礼者ダンテからみて煉獄門よりも「手前(avante」の場所、すなわち「煉獄門よりも上」の環道のことです。そして、そこの最上段にいる「ピエトロの代理人(il vicario di Pietro 」とは、煉獄門の門衛天使のことです。使徒ピエトロ(ペテロ)は、イエスから「天の王国の鍵(claves regni caelorum 」を授かりました。ダンテはトマス・アクィナスの説に従って金と銀の二本の鍵を想定しています。そしてさらに、その鍵は、ペテロから門衛天使が預かって、煉獄の門の開閉を行っています。ということは、煉獄門の中(または上)は、天国の一画であるということです。それゆえに、門より上の煉獄では現世で起こるような地震は起こらないので、そのことが、次のように明言されています。

 

   これより下の方ではどうやら大小の地震が起こるようだ、地中にひそむ風のせいだろう、だがこの上では、訳は知らぬが、地震で揺れた例(ため)しはない。 (『煉獄篇』第21歌55~57、平川祐弘訳)

〔原文解析〕

〔直訳〕

   もっと下の方(煉獄門の下)では、たぶん時々または頻繁に(=小さくまたは大きく)震動する(=地震が起こる)。しかし、地面の中に潜む風のために、なぜだか分からないが、ここの上では決して震動は起こらなかった。

 

   上の三行の詩句は、翻訳者によって解釈が分かれているようです。私の個人的な読解を示しておきましょう。「もっと下の方(più giù)」とは、その時にダンテたちが地震を感じた第5環道より下方という意味ではなく、煉獄門より下方という意味です。そしてまた、平川訳にある「大小の地震」の原文は“poco o assai”で、確かに「小さくまたは大きく」という意味にもなりますが、「時々または頻繁に」という意味も持っています。両方の意味を含ませて解釈する読み方で、原文読解によってのみ体験できる文学の多義性(ambiguity)です。

 

浄罪成就の大地震

 

   起こる地震の頻度と震度には違いがあるようです。しかし、発生する場所は、煉獄門の下方すなわち煉獄前域に限定されています。「ここの上では決して震動しなかった(qua sù non tremò mai」とは、煉獄の本域では地震は起こらない、という意味でしょう。では、第5環道で貪欲の罪を浄めていたユーグ・カペー王を離れた時に発生した、あの死ぬほど恐かった地震は、何だったのでしょうか(煉獄篇第20歌127~129を参照)。その答は、次の詩行で、次のように解明されます。

 

   ここで震動が起こる時は、誰かが魂の浄化を自覚した時だ。その時魂は起きあがり、天をさして動き出す、すると例の合唱がそれに和して引き続く。 (『煉獄篇』第21歌58~60、平川祐弘訳)

〔原文解析〕

〔直訳〕

   誰かある霊魂が、清浄になった時、この上では震動する。だから、起き上がるか、または上に登るために身を動かす。するとあの叫び声がそのあとに続く。

 

   煉獄界にも地震が起こります。しかし、現世で発生する地震とはまったく質の異なるものです。その煉獄地震は、巡礼者ダンテだけが現世の肉体を着けたままであったので、死ぬほどの恐怖を感じたのでしょう。しかし、煉獄にいる霊魂たちにとっては、誰か他の霊魂が罪の浄化を成し遂げたとき、「転がり落ちるように山が震える(come cosa che cada tremare lo monte)煉獄20歌127-128」のです。そして、「その後に起こったあの叫び声(tal grido seconda)」は、恐怖の叫びではなく、「至高の天では栄光は神のもの (Gloria in excelsis Deo)」という祝福の大歓声だったのです。現世で起こる地震は災害をもたらす天変地異ですが、煉獄の地震は、現世の罪を浄化する霊魂たちが浄化を成し遂げたことへの祝福の震動なのです。すなわち、ダンテが第5環道で遭遇した大地震と大騒音は、浄罪成就の証明と祝福の大震動であり、また大合唱なのです。

 

このブログの主な参考文献:

チャールズ・シングルトン編注の『神曲:煉獄篇』のテキストおよび注釈書(プリンストン大学出版)です。

原文: C.S. Singleton(ed.) “Purgatorio”2: Commentary, Vol.1.Pt.2 of Dante Alighieri, The Divine Comedy, 3 vols., Princeton U.P.

パゲット・トインビー著(シングルトン改訂)『ダンテ百科事典』(オックスフォード)。

原文:Paget Toynbee (revised by C.S. Singleton)  A Dictionary of Proper Names and Notable Matters in the Works of DANTE,  Oxford.