巣山古墳と古墳状高まり。奈良県広陵町 | 徒然コオロギ庵~旅する似顔絵師~

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一年の半分を旅に過ごす似顔絵師コオロギの日々の雑記。趣味の古墳巡り&地質巡り&車中泊アレコレetc徒然とだらだらと書き尽くします

ありがたいことに、雨風にも渋滞にも巻き込まれず
大阪に戻ってこれました。
まぁ、暑さばかりはどこにいっても巻き込まれるけど(笑)
大阪に戻ったら戻ったで忙しく走り回ってます!


さて、久々に古墳ネタです。

この暑さ、なかなか古墳巡りに行けてないのよ。

ホントは虫が怖いんだけど(笑)

書きそびれていた5月に訪れた奈良の古墳!
  




広陵町や河南町の古墳を巡りました。


牧野古墳に続いて訪れたのが


同じく広陵町にある巣山古墳!


馬見丘陵公園という


迷子になりそうなほどの巨大な公園にあります。


園内マップを見るていただくと分かる通り下矢印

 

 


巨大な古墳が集まってます!


奈良の古墳といえば、飛鳥のあたりや


奈良市の北部や天理のあたりが有名ですが


実はここ馬見古墳群も


巨大古墳が集中する地域なのですウインクキラキラ



まずは1番南部の南エリアへ。


南駐車場に車を停めて


ポピー畑!びっくりキラキラキラキラキラキラ




すごー!!!

まだ5月だったもんね!

このポピー畑の向こうの高まりは


巣山古墳の外堤です。

巣山古墳。


馬見古墳群最大の前方後円墳で220mあります。

大きすぎて、、


全景が撮れないタイプ爆笑アセアセアセアセ(笑)


出土遺物から4世紀の終わり頃築造と考えてられています。

墳丘くびれ部には方形の造り出しが取り付き、前方部の上には方形の壇が設けられています。 後円部の上には割石を積み上げた竪穴式石室が築かれていますが、明治時代に盗掘を受けて多くの遺物が出土しており、宮内庁書陵部に収蔵されています。

この古墳では他の古墳では見られない特徴があります。

出島状遺構 (でじまじょういこう)

前方部西側のほぼ中央部で周濠に張り出した島状の遺構が見つかっています。 突出部を設けており、水鳥形埴輪が出土しています。 上には、形象埴輪 を並べていたと思われます。 斜面に石をいており、 出島の西側からは円形の 右列が2つ連結した 「ひょうたん」 状の石組みが確認されています。これらの このは非常に珍しく、古墳の祭祀を考える上で重要な資料です。


なんとも不思議な祭祀施設付きの古墳ですね!




喪船

北東隅からは準構造船の部材が出土しており、材質はクスノキとスギが使われています。 堅板と舷側板には円文様や直弧文が表され、表面には赤色料のも認められます。 出土状況から使用後に解体して埋められたとみられ、 葬送で使われた「喪船」(遺骸を乗せる船)を載せる船と考えられます。



これだけの大きな古墳、

やはり盛大な葬送儀礼を行う被葬者だったのね。


出島状遺構の近くに降りれそうだったのですが、ひとまず他の古墳を巡ってから行こうと思ったら、雨が振ってきて結局行きそびれてしまいましたガーン


巣山古墳の外堤の北側に


“古墳状の高まり”というものがあります。

かつては古墳とされていたそうですが今は違うみたい。

南北約20m、東西約40mの高まりの上には

円筒埴輪列と埴輪棺が設置されていました。

埴輪棺があった場所には


コンクリートの印がありました。


また、直弧文が描かれた船形埴輪も見つかっています。

築造されたのは古墳時代中期の始め、4世紀末で

巣山古墳と同時期と考えられています。


公園内の陸橋の足の部分には


巣山古墳の外堤の剥ぎ取りが展示されていました。


外堤が造られる過程がわかりますね!


この日は日曜日ということもあって

公園ではピクニックするご家族、

園内をウォーキングする人など

たくさんのお客様で賑わってました。

私もあと少し古墳巡りをしましたよウインクキラキラ

 続きはこちら下矢印


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