大賑わいの有楽町フォーラム骨董市。
たまには、と
青い空に誘われて行ってきました、有楽町にある国際フォーラムの骨董市。
まーーなんと人の多いことか。
・・・ということは、必然的に顔見知りにもいっぱい会っちゃうわけで
これはなかなか面倒でありまして・・・(;´▽`A``
もとい。
骨董、というより
あそこは「蚤の市」ですね。
和洋中華、時代もバラバラ。
売ってる人もいろいろです。
で。
会場でバッタリ会った知り合いは、十手を買っていました。
なかなか渋いでしょ。
その人はだって、業界じゃちょっと名の知れた十手コレクターですから:*:・( ̄∀ ̄)・:*:
十手(じゅって)は、時代劇の中なんかで
おかっぴきが手に持ってるアレですね。
・・・おかっぴき?
なんちゃら「ぴき」って、あらためて文字にすると
ちょっとカワイイですな(笑)
私は欠けのある大き目の蕎麦猪口を買いました。
一個で良かったのだけど、
安くしますよー、だからもうちょっと買ってもらえませんか、というお店の人が
なんだか、
まだぜんせん客慣れしていない感じで、優しそうな、
そして人の良さそうな感じだったので、
欲しくもなかったのに、三つも買ってしまいました。
三つって。
中途半端この上ありませんが( ̄ー ̄;
でも安いからね。
花束をひとつ自分に買ったと思えば、いいってもんです。
蕎麦猪口は大振りでベタ底。
だから、よくできているけどアラモノです。
ベタ底はだって、小振りなのが定番ですもん。
でも、これは自分で直して
夏に冷酒用ロックグラスにするつもり。
ガラスのグラスより、
やっぱり日本酒は陶器に限りますからね![]()
勒菩薩さま、ひそかに酒瓶と戯れるの巻。
あーーなんて美しい。
欲しかった半跨思惟弥勒菩薩像、とうとう手に入れました。
高校の修学旅行先の京都で
初めて「弥勒菩薩さま」を見たときは
それほど感動しなかったけれど、
骨董に携わるようになり、
いろんな古い仏像を実際に手にして見る様になると
お顔の高貴さ、神々しさ、
その逆の、まったくありがたくないお顔、
魂の入っていないお顔、俗っぽいお顔などなど
いろいろ見分けられるなりました。
今日うちに届いた弥勒さまは
古い中国のものでしょう、
お顔はもちろん、腰のくびれがきゅーーっとしてて
実に美しゅうございます。
(*゚ー゚)ゞ
でも、とりあえず場所が決まるまで
うちの大きなキッチンカウンターの上に鎮座ましましています。
ちなみに弥勒さまのお隣には、水色の瓶。
そうです、そこはたっぷりと聖水が入った・・・なーんて、大嘘です。
水色の瓶
実はボンベイサファイア(ジン)のボトル。
それがまた、高さもほぼ同じで
もーーやだわ、弥勒さまったら
お・似・合・い。
いえいえ、でもその後ろには、琥珀色の瓶。
こちらが本当の聖水・・・なんてのも、嘘ぴょんです。
こちらは、テキーラ、サウザのボトル。
・・・・ちょっとちょっと!!
弥勒さまったら、酒瓶がいやにお似合い!!
え?
罰が当たるんじゃないかって?
何をおっしゃいますか。
仏像は人が作ったものです。
神社仏閣に、寄付金募るためだけに飾られて
本当はちっとも大切になんてされていないよりは、
こうして、同居人のように
楽しく暖かくお迎えして差し上げるのは、決して悪いことじゃありません、
と、私は勝手に解釈するのでありました![]()
名前つけちゃおっかなー。
みろっきー。
ぼさぴょん。
ぼさみろちゃん。
ふむ・・・・。
「みろっきー」
これ、悪くないんじゃないの。
はい、ではこれに決定![]()
昔の、驚き!な食器の直し方。
今のように食器が量産されていなかった時代。
今でこそ、100円ショップでも
一通りの食器が買えるけれど
昔、たとえば陶磁器の食器は
庶民にとってとても貴重なものだった。
だから割れても捨てなかった。
直して使ったのだ。
「初恋の来た道」という中国の映画では
「陶器直し屋」が
行商で町にやってくる。
接着剤なんてなかったから
割れた器は、かけら同士に穴をあけて、
まるでホチキスでとめるように、かけら同士を針金でつなげた。
これを「かすがい留め」という。
また、割れた器のかけらの断面に
生のニンニクをすりつけて
それで接着する、という方法をとっていたのも中国。
なんせニンニクは台所の常備品でしたから。
生のニンニクを切って
そのまま放っておくと
お皿や包丁に、ぺったりと、これでもかというほど強力にはりついてしまう。
それを見ると、
食器も確かに直せたかもね、と思う。
ニンニクのでんぷん質が接着剤になるのだ。
日本でもご飯粒を糊にしていたから
発想は同じ。
食器の修理に、食べ物を接着剤にする。
なんてまぁ
正しくて素敵な発想だろう。
さて。
カンカン、と指ではじいて鈍い音がするようになったヒビの入った器。
これはとっても気持ちが悪い。
いつ割れるか
そわそわしながら使わなくっちゃいけないから。
そんなときは、私は薄めた漆を使う。
筆で、ひびに沿って、薄めた漆を塗っては乾かし・・・を
3回ほど繰り返すと、
指ではじいたときに、キーーンという、気持ちのいい音が出るようになる。
ヒビには漆の線が一本入るけど、
気になるときはそこに金を蒔けばいいし、
色漆で模様にしてしまったり、もちろんそのままでも十分使えるようになる。
ヒビの入った器は、そうしてまた食卓に並ぶ。
ヒビが模様のようにも見えて、
これはこれで可愛いものだ。
捨てられずに、また使ってもらえるようになった食器は
どこか誇らしげに見える。
私が食器を直してまで使うのは、
たぶん、もったいないから、じゃない。
年老いたペットでも最期まで一緒にいたいと思うように、
花の落ちた鉢植えの植物も、
肥やしをあげて、また来年咲いてねとお世話をするように、
まだ、一緒にいたいと思うからだ。
神楽坂ジモティ御用達、お夜食どころ。
深夜にちょっとお腹がすいたときや、
友達と22時や23時に待ち合わせをして何か食べたいよね、というときは
神楽坂上交差点を起点にすると
とりあえず美味しいものにありつける。
まずは飯田橋駅を背中にして坂上交差点に立って
右に行けば「しゅうご」というビストロがある。
テーブルとカウンターがあって
メニューも比較的充実しているので
それなりに外れなく、パスタもお肉も深夜なのに何でもいただける。
坂上交差点から左に行くと
ちっちゃな中華居酒屋もある。
「十六公厘(じゅうろくみり)」という店で
奥にはテーブル席もあるが、
基本的にはカウンター。
料理もおいしいし、マスターが私はなかなかに素敵だと思っている。
愛想はないし、首にタオルなんかかけちゃって
まるでガテン系だけど、
ジャッジャとフライパンをゆすっている姿は悪くない。
坂上交差点の近くにある「すし好」は
チェーン展開の御寿司屋さんだけど、
深夜までちゃんとした御寿司を出してくれる
ありがたい存在。
ちょっとつまむたけでも、しっかり満腹になりたいときも
両方いける。
「小箱」という宇宙。
先日、塗りの小箱をいくつか仕入れた。
どれも手に乗る大きさで
オルゴールのように、ぱかん、と開く。
かわいい。1960~70年代に作られたものだろう。
黒塗りで、中は真紅。
たぶん、日本の漆を意識して、
ロシ辺りで作られたもの。
ふたの上には、肖像画のように美しい
目の大きな少女の顔や、
夜空を見上げる少年の姿なども描かれている。
よく観ると、空の片隅にはロケットが
金色の尾を引きながら飛んでいる。
日本の骨董にも、小さな小箱がよくある。
趣向をこらし、贅沢に蒔絵をほどこし、
今で言う、ピルケース程度の大きさだ。
マリー・アントワネットは、
日本の蒔絵の美しい小箱をいくつもコレクションしていた。
中国にも、美しい金銀至宝の小箱がある。
そしてそれらは、
いつの世もどこの地でも
女性を魅了し続けけた。
小箱は、ふたをあけるとそこに小さな静かな空間がある。
それはまるで
異次元につながる小さな小さな洞窟の入り口のようだ。
小箱は
小さな 宇宙だ。
