ご訪問いただきありがとうございます(^^)
こころ整体院の船山武です。

 

 

人は皆、

自分はこういう人間になりたいと思う

理想の人間像があるのではないかと思います。

 

 

意地悪だったら、優しい人に…

根暗だったら、明るい人に…

引っ込み思案だったら、社交的に…

神経質だったら、おおらかに…

だらしなかったら、しっかりした人に…

嫉妬深かったら、他人の幸せを喜べる人に…

 

などなど、

良い悪いは別にして、

皆それぞれこうなりたいという願望があると思われます。

 

 

 

だけど、

セラピーをしていて氣づくのですが、

多くの人は、

なりたいと思う自分になるどころか、

否定したい(なりたくない)自分

囚われているように見受けられます。

 

 

 

 

なぜそうなってしまうのでしょうか?

 

 

 

 

僕自身の例で

見てみたいと思います。

 

 

 

 

僕は、

仕事でも、日常生活でも、

無責任なことをするが嫌いです。

 

 

以前、

病院や老人施設で働いている時、

無責任な仕事をしているがいると

やたらと腹が立ったものです。

 

 

 

だけどこれって、じつは

自分の中にある認めたくない部分

他人に投影し、その人を批判することで

自分の認めたくない部分を否定していたんです。

 

 

 

つまり、

僕自身も無責任な人間であるということを、

見ないようにしていたということなんです

他人に投影することによって…

 

 

 

なぜなら、

自分の中にないものは、

他人の中には見えないからです。

 

 

 

だから、

腹が立つ人

苦手な人

嫌いな人

がいたとしたら、

それは自分自身の認めたくない部分

相手に投影した自分の鏡なんです。

 

 

そこで、

僕はこうします。

 

 

自分の中にいる無責任な自分否定して

責任感ある人間になろうとするのです。

 

 

僕は努力を続け、

無責任さを自分の中から追い出し、

責任感ある人間になれたと思うのです。

 

 

だけどこれで

僕は本当に責任感ある人間になれたのでしょうか?

 

 

 

 

いや…

 

 

僕はただ単に

無責任な自分を認めないために努力していただけなんです。

 

 

否定したい自分を覆い隠すために

責任感ある人間になろうとしていたのです。

 

 

 

 

 

これって

どういうことかというと…

 

 

僕は責任感ある人間になっているのではなく、

ただ無責任な自分から遠ざかっているだけなんです。

 

 

つまり、

自分の中の無責任な自分を否定しているだけで、

どんな自分にもなれていないのです。

 

 

 

 

なぜなら、

無責任な自分を否定してしまうと、

その対極として存在している

責任感ある自分も否定されてしまうからです。

 

 

例えば…

 

という概念は、

という概念があるから成り立つのであり、

どちらかが否定されると

反対の概念も存在しなくなってしまいます。

 

 

 

これと同じように

責任感ある自分というのは、

無責任な自分がいるときにのみ存在できるのです。

 

 

 

なので、

無責任な自分を否定した時、

同時に責任感ある自分という存在も消えてしまい、

僕は、否定したはずの無責任な自分という存在に囚われ

そこから近づいたり離れたりするように動いているだけだったのです。

 

 

 

じゃあ、

無責任な自分を否定して、

責任感ある自分になろうとしてもなれないなら、

どうすればいいのでしょう?

 

 

 

 

 

それは、

“なる”のではなく、

“選択”するものなのです。

 

 

そして、

選択するためには、

自分の中にもその否定していた要素がある

ということを認める必要があるのです。

 

 

 

 

それを認められた時にはじめて、

自分の中に責任感ある自分も存在することができるからです。

 

 

 

この時、

僕は何も否定していません。

 

 

自分の中に陰陽、二つの要素があるとことを認めているので、

どちらの自分になるのかを選択することができます

 

 

 

僕は、

無責任な自分でいる?

それとも

責任感ある自分でいる?

と自分に選択肢を提示できるようになります。

 

 

 

 

 

否定したいものがあるから

肯定したいものが生まれるのです。

 

 

どちらも自分の中にあると

認めることが大切なのです。

 

 

 

認めたくないものを否定してしまった時、

自分は逆にそれに囚われてしまいます。

 

 

 

両方の自分があるから、

自分の望む自分が分かる

ということが理解できたとき、

私達は本当になりたい自分になれるのだと思います。

 

 

 

 

今回も最後までお読みいただき本当にありがとうございました。

 

 

 

<情報>

『こころ整体院』ウェブサイト

SLTフリー講座

 

ご訪問いただきありがとうございます(^^)
「こころ整体院」院長の船山武です。

 

 

 

私達は何か目標を設定すると、

目標を達成した状態を基準に

物事を考えてしまう傾向があります。

 

 

例えば、

〇〇大学に合格する

売り上げ〇〇万円達成する

〇〇の資格を取る

…等の目標を設定したとします。

 

 

そうすると、

この目標を達成した状態を100点と考え、

その状態に達していない「今」

常に100点以下になります。

 

 

つまり、

目標に達した時に初めて、

自分を認められる基準に達せるというわけです。

 

 

そうすると、

日常の自分は

常に100点から減点された状態の自分というわけです

 

 

 

一見自分に厳しい、

向上心のある人のように見えますが、

じつはこれって、

人生のほとんどで自分を減点して見ている

ということになってしまうのです。

 

 

 

 

しかもこの状態は、

目標を設定した時だけではなく、

日常の中で

私達が常に持っている感覚なのです。

 

 

 

なぜなら、

私達は常に様々な欲望願望追い求めて

「今」の自分に満足できていないからです。

 

 

 

以前のブログでも書いたように、

「自分の現実というのは、

自分が自身をどう扱っているか(どう見ているか)

投影されたもの」です。

 

 

 

 

自分は

何か欠けている

満たされていない

感じているのなら、

満たされないという現実が

自分の目の前に現れ続けるのです。

 

 

 

 

これを変えていくにはどうすればいいでしょうか?

 

 

 

 

それは、

減点法ではなく、

加点法で自分を見ていくのです。

 

 

どうするかというと、

「今」の自分で満点だということを理解するのです

 

 

 

 

「今」の自分の状態は、

様々な困難や独自の経験を乗り越えてきて

今ここにあるわけです。

 

 

それだけで

「今」の自分

すごいと思いませんか?

 

 

 

 

過去に後悔することがあったとしても、

それは予定通りなんです。

 

 

 

その後悔する経験を通して、

あなたは学ぼうとしていたのです。

 

 

ですから、

あなたは進む方向を間違ったことはなく、

近道、遠回り、はあったとしても

予定通りにここまできているのです。

 

 

 

自分自身に下す評価は厳しいかもしれないけど、

自分なりに精一杯やってきて今の自分がいるんです

 

 

 

 

誰かと、何かと

比較するのではありません。

 

 

 

 

まずは、

今ここにいる

それだけで満点なんです。

 

 

 

 

今の自分がいる

それだけで満点なので、

そこから進んでいくと

それは追加点になっていくんです。

 

 

105点、120点、…

この追加点

そんなに一氣に増やす必要はありません。

 

 

もう満点なんだから、

ゆっくり楽しみながら進んで行くだけでいい。

 

 

 

 

そうすると、

この見方が現実に投影されてきます。

 

 

 

常に満点の自分に

喜びを見出せる現実です。

 

 

 

お笑いの明石家さんまさんは、

「生きてるだけで丸儲け!」と言っていますが、

まさにこのような認識が、

生きているだけでありがたいと思えるような

現実を創るのかもしれませんね。

 

 

 

 

一度、減点法を止めて、

今の自分=満点

というところからスタートしてみてはどうでしょうか (^^)

 

 

 

 

今回も最後までお読みいただき本当にありがとうございました。

 

 

 

<情報>

『こころ整体院』ウェブサイト

SLTフリー講座

ご訪問いただきありがとうございます(^^)
こころ整体院の船山武です。

 

 

 

当院には、

五十肩などの肩の痛みや制限を

改善したいと来院される方も結構いらっしゃいます。

 

 

腕が90度も挙がらないような

ガチガチの五十肩の方もいらっしゃいますが、

たいていその日の一回の施術で

180度近くまで痛みなく上げられるようになります。

 

 

なぜこんなに早く

五十肩が改善するのかというと、

一般的な整体や病院、リハビリなどが

目をつけていないところを診て治療するからです。

 

 

 

 

それは、

症状の根本原因です。

 

そもそも

体に現れてくる症状の多くは、

心の奥に抑圧されている問題からきています。

 

 

心が表現できていないことを

が代わりに表現してくれているのです。

 

 

 

そして、

体がその問題を表に出す時、

たいていは、まず臓器に表れてきます

 

 

 

 

 

例えば、

五十肩の場合…

 

五十肩と単(ひとえ)に言っても

その原因は千差万別です。

 

 

 

その原因の一つとして多いのが、

の問題です。

 

肺に問題が生じると

肩を動かしたとき、

上腕の外側に痛みが出て、

可動域も大きく制限されてくることになります。

 

 

 

この時、

どんなに筋肉や関節を調整しても

持続する効果は出にくいのです。

 

 

 

ですが、

を治療してから、

その影響を受けている筋を調整すると、

嘘のように痛みが解消され

可動域が拡大していきます。

 

 

 

そして、

この肺の治療のやり方は、

深層心理に抑圧されている問題を

解消するという方法を取るのです

 

 

先日、店舗の大家さんが

水道料金の集金に来られた時、

体のことについての相談されました。

 

 

ここ数ヶ月、

両肩(特に左)五十肩のような症状で、

痛くて困っているので、

何かいい対処法はないですか?

ということでした。

 

 

 

僕はその場で

セルフのSC検査をして(10 秒くらい)

体をざっと診てみました。

 

 

そうすると、

両肺(特に左)の状態がよくありません。

 

その影響が肩周辺の筋肉から

腕の筋肉へと連鎖して、

痛みを出しているようです。

 

 

そして、

肺の問題は、

ある人間関係が影響しているようでした。

 

 

 

 

大家さんは、

五十肩を早く治せるエクササイズのようなものを

求めているようでしたが、

僕の見立てでは、

運動よりも本質の問題を解消することの方が

重要であると感じられました。

 

 

 

ですから、僕は

「これは、肺にちょっと問題があって、

その問題が肩の症状をつくっているんです。」

と言いました。

 

 

 

大家さんは、キョトンとされていました。

 

何言っているんだ??

と思われたのでしょう。

 

 

さすがに(ざっと見ただけなので)、

人間関係の問題にまでは言及しませんでしたが…。

 

 

 

ここで、

相手が望んでいるような、

肺の影響を受けているの緊張を緩める

運動方法などを教えることも出来たかもしれません。

 

 

 

だけど、

それで一時的に肩の痛みが軽減したとしても、

それは、体が訴えている本当の問題を

覆い隠すことになってしまうのです

 

 

 

ですから僕は、

「もし、どうしても辛かったら治療を受けに来てくださいね」

としか言えませんでした。

 

 

 

 

世間的な常識に合わせて

一時しのぎ的なことを言うほうが、

お客さん受けはいいのかもしれません。

 

 

 

だけど、

自分が真実であると信じていることを

曲げるのは、

自分の仕事に嘘をつくことになってしまいます。

 

 

 

本当の事というのは、

最初は受け入れられるのに

時間がかかるものなのだと思います。

 

 

 

それでも僕は、

自分達の評価を上げることより、

社会の一人一人が、

自分自身と新しい視点で向き合えるような

新しい文化を生み出していく仕事をしたいと考えています。

 

 

 

 

今回も最後までお読みいただき本当にありがとうございました。

 

 

 

<情報>

『こころ整体院』ウェブサイト

SLTフリー講座