はたらく一家
  監督 : 成瀬巳喜男

  製作 : 東宝
  作年 : 1939年
  出演 : 徳川夢声 / 大日方 傳 / 本間文子 / 伊藤 薫 / 椿 澄枝

 

 

本作の終わりに晴れ上がる解決があるわけではありません。言い出した長男すら考えに考えいや何年も無理を承知してそれに押し潰されてきてこのまま押し潰されてしまうことにどうにも堪らない思いで口を開いたのです。右から左、明日を明後日にして通る話ではありません。いくら話し合ってみても話し合うタネもない、誰もがだんまりに沈み込むばかりの無理なのです。胸のうちを打ち明けられた父にしても頭では長男の言う通りなのはわかっています、いや気持ちも長男の言うがままにしてやりたい、この話が持ち上がってから誰かれと話を聞いてもらいますが年頃の息子を持てばやれ酒、遊び、女とお決まりの誘惑に若さごとどっぷりと浸かっているのが世の常で相談した方が寧ろ羨ましがられる長男の堅実ぶりです、酒を呑むでもなく煙草も博奕も縁がなく毎月のものをきちんと家に収めるんですから何に不満がありましょう。その長男を頭に上三人はもう働きに出ていて一番ちびっちゃいのこそ昨日は大将、今日は少年航空兵とまだまだ子供ながらの夢に浸っていますが兄弟は皆よくできます。いまも寝る間のひとときをそれぞれ勉強に当てていますよ。その五人兄弟の下に小さい妹がありそして夫婦どちらの親かはわかりませんがふた親ともに壮健で下の子守(というかふたりで火鉢の番)かたがた小さな余生に寄り添っています。ざっと見廻して十人世帯、働き手は男四人に母も暇があれば内職をしながら家計は火の車、いや火の車なのは世の中の方で米も薪も上がりたいだけ上がって母のぼやく通り<弁当ばかり大きくてお給金は雀の涙>。毎日のやりくりに苦労させられる上に言うに任せて弁当の菜がどうのこうのと男たちの口うるさいこと、ついついカッと血が上る母です。それもこれも巷に物がなく何もかも値上がりして(羽振りのいいお隣を評して<あそこは鉄鋼だから>と言われる反面)それからこぼれた産業では給料が減らされ続け... 本作では戦争は直接口にされることはありませんが周到にも子供たちの戦争ごっこでは広く敵攻略に展開してまさに日中戦争の真っ最中。さてそんななか思いつめた長男がいまの暮らしに宣告したのが向こう五年間家計の当てから自分を外してほしいというのです。小学校を出ただけの身分ではこのまま何年働いても給料は上がらず電気の免状を取れば待遇は俄然よくなる、そのために夜学に通うのだと... わかる、わかっている、それがいいに決まっている、しかしいまでもきちきちのこの暮らしを五年という遠い先までどうやって持ち堪えさせるのか、長男の分がなければ五年どころか来月にも立ちゆかなくなるのに思えば思うほど千々に乱れる父です。挙句に両親はとっくに丁稚奉公に出すつもりでいますが四男もまた上の学校への思いを断ち切り難くそれを思っては小さい体を毎日震わせているのです。誰もが自分の胸のうちに押し黙りながらまるで言葉にできない自分の声に叩きつけられるように外ではいつ止むとも知れない雨がしのつくばかりに降り続けています。

 

 

成瀬巳喜男 はたらく一家 大日方傳

 

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成瀬巳喜男 はたらく一家 徳川夢声 本間文子

 

 

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