母情
  監督 : 清水 宏

  製作 : 新東宝
  作年 : 1950年
  出演 : 清川虹子 / 山田五十鈴 / 黒川彌太郎 / 古川緑波 / 徳川夢声



車中の退屈しのぎに知り合った子供たちの似顔絵を描いてやっている黒川彌太郎です。喜ぶ子供らについつい筆が伸びて彼らの母親に目をやりますと、黒髪に艶やかなパーマを靡かせ幅広の開襟シャツに垢抜けた上着を着こなした都会の、それも夜の息遣いに生きる女性の佇まいです。(黒川の目線を追って離れた席で寝ついてしまっているその女性をキャメラは捉えますが、のちにマーロン・ブランドを骨抜きにする清川虹子の、東洋の夜の底を瞳に湛えるその魅惑とはかくやと思わせられます。何せさんざ楽しいデートを過ごしたあとにドライブインシアターに乗り入れた車のなかでマーロンから熱烈なフレンチキッスで抱きすくめられたというんですからね。さて)子供たちは母親にきつく言われているらしく人前では<おばちゃん>と言っていますが歳が下の子ほどついつい<お母ちゃん>と言ってしまって上の子に窘められます。それだけでもこの女性と何よりこの子供たちが背負っているものの、一端が見えてくるようです。列車の長旅をバスに乗り換えて辺りはすっかり農村の、息よりもゆっくりとした静かさに包まれていますが下車してもしばらくは子供たちに噛んで含めることがあるのか去っていくバスの車窓には子供の背丈にしゃがんだ清川と子供らがだんだんに小さくなっていきます。ここは清川の生まれた土地、堅く口をつぐんだような畦を渡れば生家が見えます。百姓家の無骨な構えですが、何というか(戦中戦後の、農作物が札束よりも幅を利かせて着物に化け宝飾品に化けていたそんな頃はとっくに終わって)吹き寄せる時代の風にがたぴしとあちこちに隙間ができているそんないまです。家は兄が継いだわけですが、呑気者の彼は今季の不作のあれやこれやもまるで頬を渡るそよ風のように果樹の下で昼寝をしております。戦後は寄りつかなかった妹がいきなり子供連れでやって来て見るからに思いつめたその顔つきを見てはまあ厄介事には違いあるまいと自分の腹をさする妹思いの兄ではあります。それにしても一番下の女の子は今日初めて会ったばかり子供の三人が三人とも父親が違うというんですからわが妹ながら溜め息の出るところです。挙句に今度結婚をするのに相手の男性の手前、この三人を引き取ってほしいというのです。ただ清川にしても兄が末の子を初めて見るように戦中には3人だった兄の子供がいつの間にか6人になっていて敷居を跨いだときから自分の虫のいい申し出がすんなり通らないことは見えています... そうです、これは子供を捨てる旅なのです。誰しもびっちりと自分の暮らしを抱えているご時世に清川の事情を察して皆精一杯の、(言わばあと何とかお尻半分の)善意を見せてひとり、そしてまたひとり、この旅の果てに清川虹子は何を見るのか、人間であることを置き去りにするような峠の、ひと影も呑み込まれた真昼に清川が聞くことになるのは子供の声か自分の叫びか。
 

 

清水宏 母情 清川虹子

 

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清水宏 慕情 古川緑波

 

清水宏 慕情 清川虹子

 

 

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