「 手本はあれど:桜花の巻 」 の続きです。

 

 

然るに敗戦です。乗り込んできた占領軍に忠臣蔵は禁止になります。(戦時中に『菊と刀』なんて大層な分析まで行いながら切腹、仇討ちの忠臣蔵は日本の封建主義の為せる業なんて何ともだしぬけな話でして、こちらからすると戦中に限らず戦前戦後アメリカ映画に出てくる日本人の描き方には同国の根深い人種偏見を見せつけられる思いですけど。) チャンバラまで禁止になって阪妻は『月の出の決闘』(丸根賛太郎監督大映 1947年)でも『素浪人罷通る』(伊藤大輔監督 大映 1947年)でも刀を抜きません。『素浪人罷通る』なんて伊藤大輔らしく将軍のご落胤を担いで天下を謀ろうという物語の線をもうひとつ内側に折り込んで幕府の大きく構えた威信の真ん中に親子の情を通してみせようと命懸けの付き添いに立つ阪妻は押し寄せる捕り方にも(以前の彼でしたら刀を肩に担ぐや脛で着物の裾を割ってばったばったと斬り倒したものですが)自らの威風と信念で掻き分けて進んでいきます。

そんな戦後の民主主義を産湯につかって犬塚稔監督『元禄水滸伝』(宝塚映画・郷田プロダクション 1952年)は生まれます。静かな池のせせらぎから陽光うららかな庭の構え、何とも穏やかな欠伸まがいの小春日和。来訪者は暇を告げて見送りの女性とともに門へと去ります。女主は来訪者の話を思い返してはて仕官でも叶いましたかと腰元たちとご得心の様子。冒頭のこのおっとりした場面何あろう大石が瑶泉院に別れを告げるあの場面です。映画の忠臣蔵で何度も描かれてきたこの場面、瑤泉院の周りに忍び入った吉良の女間者を意識して討ち入りの決行などおくびにも出さず西国への仕官が叶ったと大石が偽りの別れを告げますと殿の無念を一日でも早く晴らすことで胸に火箸でも刺したみたいな瑤泉院に激しい勘気を蒙ります。見送りに連れ立つ戸田も大石の嘘を真に受けて下目使いにこの不忠心者を蔑みます。それが先述の通り、この映画では瑤泉院は内匠頭の行いをはっきりと短慮と言いますし大石にしてもできることなら仇討ちなど止めたいものと皆々に漏らします。ここにあるのは家中一同とその家族を塗炭の苦しみに叩き落としたトップの判断の否定と何よりも命の大切さを第一とする姿勢です。大石は言います、武士である前にわれわれは人間である。とは言え裸でひとは生きてはいけず武士をまといその妻をまとってその為すところに縛られます。勿論話巧者の犬塚ですからこの線にめいめいの生き様を皮肉と苛酷そして寂寥に絡めていきます。戦前の、至誠を尽くすことで復讐を超えた行動の真価を求めた真山青果の大石内蔵助が原理的でユートピア的な昭和維新の時代を背景にしていたとすれば、この犬塚の大石は戦後のヒューマニズムを体現してGHQの訓導の賜物といったところです。

翻って『仮名手本忠臣蔵』を大本にまるで襖の裏張りとでもいうように長屋住まいに身を落とした浪人たちの物語を描いたのが『東海道四谷怪談』と『盟三五大切』でどちらも鶴屋南北の筆です。前者は映画でもお馴染みですから後者に触れますととんまな武家から金を巻き上げようと夫婦してはかりごとを巡らしております。女房を芸者に仕立ててこの武家への操立てに腕に「五大力」という恋の封じ目を彫り込みます。すっかり女の一念を信じ切った武家から何かれと理由をつけては金を吸い上げていきますが、この夫婦にはどうにも金を拵えねばならない理由があるからで夫はいまや身を持ち崩して勘当の身ですが、父親の主筋に当たる家で火急に百両の算段をつけねばならずそれを用立てて勘当を解いて貰おうという腹づもりなのです。ですから武家の尻の毛まで抜いてでも金をせしめる魂胆です。しかし武家にしても入用があって掻き集めた金でありそれを集める傍から女に貢がされていつまで立っても入用の額に達しません。歌舞伎のお好きな方ならもうお察しの通り勘当息子の主家とは即ちこの武家でしてお互い名前を偽って郭に出入りをするうち知らぬまま同じ目的の同じ金が顔を変えてただぐるぐると三人の男女の間を廻っているのです。やがて武家は自分が騙されていることに気づくのですがその発端になるのがあったはずの「五大力」の刺青が夫の名前<三五郎>に置き換わって<五大>の上に三を書き<力>の横に<七>を添えてこれが題名の<三五大切>、まさに<加えて、消した>(土屋隆夫)わけです。この『盟三五大切』を映画にしたのが松本俊夫監督『修羅』(松本プロ・ATG 1971年)です。上記の三人は中村賀津雄、唐十郎、三条泰子。血を吸った刀の、重く滴るようなモノクロームは擦っても擦っても肌が暖まってこないそんな震えに凍っています。武家はいまや自らを謀った人間たちを惨殺して廻る生きる死霊です。彼が必要とした百両の金子は内匠頭仇討ちに加えて貰うための金でして彼も元は赤穂の藩士、主君の無念を晴らして武士の本懐を遂げることが落ちぶれた彼の最後の綱ですが、それももはや叶わぬ夢となり... ところが『盟三五大切』では幕切れ間際それまでの暗闇の彷徨が一転して突き上げるような一面の光に包まれると討ち入りの仲間に加える報が届きます。まさに人生紙一重の変転、しかしこれをハピーエンドと見るか忠臣蔵の、延いてはそれを持て囃す私たちへの大いなる皮肉と見るかはそれぞれに託されていましょう。ただ松本俊夫はこの終わりを採っていません、運命の重く垂れ込めた虚無に映画はどっぷりと沈んでいきます。

各社のオールスター映画から作家主義の個性的な仕立てまで忠臣蔵映画をいろいろと見てきて吉良上野介に心よりご同情申し上げる気持ちになったのは東宝のオールスター映画、稲垣浩監督『忠臣蔵 花の巻 雪の巻』((1962年)です。言うまでもなく忠臣蔵というのは吉良上野介という狷介で業突張りの老人が有職故実を盾に世ずれていない清廉な若者をねちねちといじめ抜くというのが前段でしてこの阿漕の深さが即ち内匠頭の無念さであり浪士たちの決意の強さとなってやがて本懐の晴れがましさにつながっていくわけです。白皙にして薄幸なる内匠頭の立ち姿にこれまでも多くの若手俳優が観客の涙を誘って参りましたが、本作の内匠頭は...  加山雄三。ついさっきリオから帰ってきたばかりのようなぎらぎらした若さに漲っております。勿論賂も出しませんから吉良にまずはひと太刀浴びせられますが、高度成長と安保闘争を追い風に時代の理想を胸一杯に吸い込んだそんなエレキな内匠頭には通じません。ひとついじめるたびにそれとなく賄賂のことを引き合いに出してみるのですがどこを聞いているのかいまだ届かず。もうわかっただろうと勅使の間の、畳の入れ替えを吹っかけてもそれをやり抜こうとするゴー!ゴー!レッツゴー!な内匠頭に吉良さんの方こそ泣きたい心持ち。自分の方から揉み手に下手、形ばかり誠意を見せてくれたらそれですべて丸く収まるんだからと諄々に説き伏せていやあこれで一同(どころ観客までも)ほっとひと安心。さっそく家臣たちが吉良様へ進物の品々を取り揃えると雄三が一喝、「吉良様はそんなお方ではないッ」。あれだけ赤子を諭すように噛んで含んで賄賂を要求してみせたのに... 家臣たちの絶望、吉良さんの深い溜息が聞こえてくるようです。そして松の廊下では騒ぎに振り向くと血相を変えた雄三が刃物を振り上げて追いかけてきて、額を割られるわ、こ、こ、これだもんッとべそをかくような吉良さんが廊下を振り向き振り向き逃げていきますよ。

 

 

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