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1988年1月25日ーニューヨーク東8番街の奇跡ー

きのうの映画、なかなか、おもしろかった。

スピルバーグの中でも、好きなものの一つになりそうだ。

一度は、お母様と変なことになり、行けなくなりそうだったけれど、

見て良かったと思うよ。

ことに、あの小さな宇宙船の子はかわいかった。

スピルバーグは、宇宙人とか小さな怪物に

人間の失った、やさしさのようなものを見つけ出し、

人間に思い出させようとしているんだね。

そういうものが現れないと、この世界は、奇跡が

ないと思っているのかも知れない。

地上げ屋もおもしろかった。

東京でも、あれと同じことが行われている。

土地の価値(値段)が、どんどん高くなって、

あのおじいさん、おばあさんのような人が

たくさんいる。

宇宙人が来ないかな。



2011年1月25日

映画はニューヨーク東8番街の奇跡 のこと。

父と母が喧嘩したのか、私が母におこられて

気まずくなったりしたのだろう。今となっては

記憶がないが、映画を家族で見に行ったことは

覚えている。

昔のスピルバーグの映画は、家族でみて

ほのぼのできるものが多かった。

この頃、そんな映画が少ない気がする。

1988年1月24日ーアメリカの大学ー

アメリカの有名な大学を紹介しよう。


ハーバード大学 

アメリカの東大といわれる。

ただし、東大は国立だが、ハーバードは私大。

1633年にできた。

名前は寄付金を出したジョン・ハーバードからとられている。

ニューヨークのすぐ北にあるマサチューセッツ州のボストンにある。

男子用のハーバードカレッジと女子大学のラドクリッフ・カレッジ

からなり、全部、寮に入る。


プリンストン大学 

女優のブルック・シールズが卒業したことで、

日本でも一度に有名になった。

ニューヨークの隣りにあるニュージャージ州にある。

やはり私大。


スタンフォード大学

○○○ちゃんの好きなカリフォルニア州のサンフランシスコの

近くにある。これも私大。


アメリカの有名な大学は、このように、ほとんど私大。

でも日本よりはるかに授業料が安い。

希望がでてきたろう。

1988年1月23日ー木曽義仲と芭蕉の墓は背中あわせー

「木曽殿と背中あわせの寒さかな」

こんな句を知っているかい。

木曽殿とは木曽義仲(きそよしなか)

(歴史に強い○○○ちゃんだったら、義仲のことは

くわしいね)のこと。

寿永(じゅえい)3年(1184年)の1月21日、

粟津ヶ原(あわつがはら)で討ち死にした。

宇治川の合戦で源義経に破れた、すぐあとだ。

墓は大津市内の義仲寺にある。

俳人の芭蕉も、この寺が大好きだった。

そして、遺言で芭蕉も、この寺に葬られている。

この句は、芭蕉の弟子の又弦(ゆうげん)がつくった。

義仲の墓と芭蕉の墓が、寒そうに、背中あわせに

立っているのをみてつくったという。

しかし、本当は8メートルほど離れ、並んで立っている。

でも、さびしい感じは、よくわかるね

1988年1月22日ー高校生の留学が安心にー

学校の方は、少し残念だったね。

でも、まだまだ、人生の入り口。

高校、大学、あるいは大学と、何回も試験や

チャンスがある。

それに留学も。

留学は、この4月から、高校生も安心して

できるようになった。

これまでは、高校生が留学すると、翌年

アメリカなどから帰ってきた場合、出発した

ときと同じ学年に“留年”しなければ、ならなかった。

たとえば、2年生で留学、1年たって戻ってきたとする。

元の同級生は、3年生になれるのに、その生徒は、

もう一度、2学年をやらなければならなかった。

これからは、外国で学んだことも、日本と同じ学力を

つけたのと同じと認めることになったからだ。

機会はいくらでもある。がんばろう。

1988年1月21日ー日本が南極の富士ドーム掘削で氷河期研究ー

科学が地球や人間の歴史のベールを次々とはがしていく。

きょうは大寒。

それにふさわしい話がある。


15万年前の南極の氷から、最後の氷河期(といっても、

今後、また氷河期が来るかも知れないが)が、

どのようにしてできたかを研究する計画が

すすめられているんだ。

やるのは日本。

南極の昭和基地から南にし1300キロにある

高さ3807メートルの氷の山(日本名・富士ドーム)

で67年※から3年かけて2500㍍の穴をあけ、

氷を採取するのだそうだ。

これで、大昔の気候の変化を知り、将来の気候を

予測できるらしい。


これまで、アメリカとソ連が2000メートルほど

掘ったことあるが、ヒーターで氷をとかす方法だったため、

それ以上掘れなかった。

世界がまた日本を注目している。



LETTER-富士ドーム


※1988年当時は、昭和67年が来ると思っていた。

1988年1月20日ー東京で初めてバスが走った理由ー

大正13年の1月18日、東京で、初めてバスが走り始めた。

区間は東京駅から巣鴨まで。

その理由が、おもしろい。


前の年の9月1日に起きた関東大震災のために市電

(いまの都電)の線路がメチャクチャになり、線路の

いらないバスが急場しのぎに使われたんだそうだ。

1区間、たった10銭。(1円の1/10)

“青バス”とか、“円太郎”と一般市民に呼ばれた。

たぶん、車体が青色で、また、そのころ、

タクシーが“円タク”(1円が一番安い料金だったから)

といわれていたので、それをならったんだろう。


バスという言葉の起源は「オムニバス」。

乗合馬車を意味する。

それがいつの間にかバスと略された。

オムニは「多く」のこと。

でも当時のバスは11人乗りだった。

1988年1月19日ーガーター勲章ー

勲章は、普通、胸につけて飾る。

ところが、膝の下につける勲章もある。

イギリスの最高の勲章である「ガーター勲章」だ。


ガーターとは、文字通り、靴下どめ、のこと。

1348年の1月19日、エドワード3世が制定したといわれる。

そのころは、ガーターは、男もつけていた。

チョーチンのようにふくらんだ短いズボンに長い靴下を

はいていたからだ。

この王は、出陣のとき、次のようなシシュウの文字のはいった

ガーターをやりの先につけてかかげた。


「邪念(悪い心)ある者は呪われよ」


これは騎士道をうたった言葉。

以来、いまもこの勲章はズボンの上の

膝のあたりにつけられる。

クジは残念だったけれど、ガーターをかかげて、

これからも、がんばろう

1988年1月18日ー明暦の大火ー

振り袖。

ことしは着れなくて残念だったね。

でも、むかしは、元服(げんぷく)、いまでいえば、

成人式を迎える前の少年少女(江戸時代には男も

着ていた)しか着なかった。

だから、○○○ちゃんも、体だけは、大人になったわけだ。


その振り袖が原因で火事になったのが、あの「明暦の大火」だ。

浅草の大きな店の娘きくは、明暦元年(1655年)1月16日に、

失恋して病気になって死ぬ。

きくの振り袖をゆずられた本郷の金持ちの娘お花も、

翌年、病気で死ぬ。同じく麻布の金持ちの娘も翌年に死んだ。

明暦3年1月18日、3つの家が合同で3人の霊を慰め、

焼き捨てようとした振り袖が舞い上がって、江戸中を焼いた。

死者10万人。

振り袖は大事に、とっておこう。

1988年1月17日ーバベルの塔ー

「バベルの塔」

とても、できそうもない、ユメのような計画のことをいう。

「はかなさ」の代名詞でもある。


これも、旧約聖書が出典(はじめて、その言葉がでてくる本のこと)だ。

ノア(ノアの方舟のノア)の子孫は、その後、急速に増えて、

再び、生意気になってきた。(人類はいつもそうだ)

そして、何でもできると、うぬぼれて、天にも届く塔を建てようとした。

これを見た神は、人間を一つに集めると、何をするかわからないと考え

それまで、みんなが使っていた同じ言葉をバラバラにした。

このため、一緒に働くことができなくなった人間は

地方に散らばり、ついに塔は完成しなかった。

なぜ国によって言葉が違うかを、考える手がかりにもなるね。

1988年1月16日ーノアの方舟ー

聖書の話。

「ノアの方舟」というのを知っているだろう。

アダムとイブの子孫は、その後、ますます繁栄したが、

それと同時に堕落、地上には、悪がはびこった。

そこで神は、ノアという人を除いて、人類をすべて

滅ぼそうと思った。

ノアだけが行いの正しい人だったからだ。

神はノアに言った。


「長さ150メートル、幅25メートル、高さ15メートルの

3階建の舟をつくり、家族や食物、家畜を乗せなさい。

わたしは洪水を起こし、お前以外の生き物を全部殺す」


それから40日、豪雨が降り続き、ノアとその家族だけが

生き残ったという。

この洪水を「ノアの洪水」ともいわれる。


「ノアの方舟」を今の舟にすると約1万5千トンにもなる。

中央アジアのソ連国境の山に方舟の残骸が

残っているという話もある。