『日本国紀』読書ノート(214) | こはにわ歴史堂のブログ

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214】「南京大虐殺事件」を中国は「外交カード」に使用しなかった。

 

「…そして後に大きな国際問題となって日本と国民を苦しめることになる三つの種が播かれた。それは『南京大虐殺の嘘』『朝鮮人従軍慰安婦の嘘』『首相の靖國神社参拝への非難』である。」(P466)

 

と説明した上で、朝日新聞を非難されています。

正直、第13章の後半は、主として歴史の著述とは無縁な百田氏の個人の見解が述べられているので、これに関しては「表現の自由」の範疇だと思いますから、それに関してはコメントしません。

ただ、事実誤認や不正確な部分に関しての指摘にとどまらせていただきますと…

 

さて、『南京大虐殺の嘘』として「南京大虐殺は本当にあったと思い込んでいる人が多い」(P466)と再びされていますが、「無かったと思い込んでいる」だけとしか言いようがありません。

https://ameblo.jp/kohaniwa/entry-12445911910.html

https://ameblo.jp/kohaniwa/entry-12449934757.html

 

「これは外交カードに使えると判断し、以降、執拗に日本を非難するカードとして『南京大虐殺』を持ち出すようになり…」(P466)

 

これはよく説明される言説ですが、誤りです。具体的に、中国が「南京大虐殺」を持ち出して「外交カード」として使った例をあげてほしいと思います。

1970年代は、実は中国側も積極的に「日中友好ムード」を共産党の主導で進めていました。むしろ、国内では南京大虐殺を初めとする日本軍の蛮行に対する住民の声をおさえています。田中角栄の訪中と、国交回復、さらには福田赳夫による日中平和友好条約の締結などなど…

1991年、南京大学で、多くの有識者や関係した人々が集まり「南京大虐殺に関する会議」が開かれる予定でしたが、開催直前になって中国政府からの許可が出ませんでした。理由は、日本の総理大臣(海部俊樹)が急な訪中をおこなったからで、日本の戦争犯罪に関する会議は控えよう、ということになったからです。

「南京大虐殺」だけではありません。

1992年、昭和天皇が訪中の際、戦時中に強制連行された「強制労工」を中心とする活動家たちはなんと政府によって数日間、自宅拘束されているんです。

当時、基本的に、中国の外交スタンスは、歴史問題で対立して日本側を刺激するよりも、改革開放政策を進め、日本の経済協力を得る方を優先してきました。

中国外交部が「南京大虐殺」に言及して日本を非難する時は、日本の政治家が「南京大虐殺はなかった」と発言した場合がほとんどです。

(『戦争の記憶』イアン=ブルマ・ちくま文芸文庫)

 

「南京大虐殺を外交カードにしている!」と声高に説明し、「南京大虐殺などなかった!」と主張するのは、とても冷静に当時の日中関係を理解しているとは思えません。

 

『従軍慰安婦の嘘』ということに関しては、百田氏が指摘されている通りの部分もあります。やはり「吉田証言」ということ対する検証不足、不正確な情報に基づく説明など、誤りがあったことは確かです。

ただ、朝日新聞の「勇み足」を逆手にとって、従軍慰安婦の実態の全体像に誤解を与えたり、否定したりするのはまだ早計だと思っています。

近年、実は、アメリカ側の資料などが次第に明らかになってきました。

最近の話題で言えば、自民党の国会議員の山田宏氏が指摘された文書です。

ご本人は「従軍慰安婦は基地相手にする売春婦にすぎない」と記されている部分を抽出して「慰安婦は売春婦だった」という主張をされたつもりですが、この文書の英文の全文を読めば、「真逆の説明」であることがわかります。ほんとうに全文を読まれたのでしょうか。

1944年8月に米軍がビルマで捕虜にした従軍慰安婦を尋問した文書なのですが、

「日本軍が慰安婦と呼んでいる仕事は売春婦のような仕事である。この韓国の少女たちは、病院で負傷した兵士たちに包帯を巻くような仕事で、新しい土地で人生がよくなると業者に聞かされ応募した少女たちだ。」と、自分の意思ではなく、だまされてつれてこられたことがわかる説明が書かれています。

それどころか、注目すべきは、

 

The conditions under which they transacted business were regulated by the Army.

 

と記されているところで、これ、「彼女らの業務は陸軍の規定の下にあり…」となります。

 

「朝鮮人慰安婦に関しては、肯定派のジャーナリストや学者、文化人らが、『軍が強制した』という証拠を長年懸命に探し続けたが、現在に至ってもまったく出てきていない。」(P470)

 

と説明されていますが、「軍の強制」はともかく「軍の関与」が示されている文書はしだいに明らかになってきています。どうやら、百田氏はあまりこのことをご存知無いようです。正直、いまのところは断言できるような状況にはないと考えられたほうがよいでしょう。

ちなみに、山田宏議員が、指摘された文書は、「『従軍慰安婦』関係資料集成⑤」(女性のためのアジア平和国民基金編)にも当該文書の概要が説明されていて、こちらでも確認できます。