O RIO DE JANEIRO
最近、僕の人生に、何かが起きている。一見まるで無関係のように思える事が、まるで予定調和のように次々とリンクしていく。なんだか物語が収束に向かってどんどん加速度を増していくような感じかな。なんだろうこれ、もうすぐ死ぬのかな?今宝くじ買ったら当たるかな。とりあえず死ぬ前にここ最近の印象的な出来事だけを流れで日記にしておこう。何かヒントが掴めるかもしれないし。
10/1(木)、19:00恵比寿でアレフルードの10SS展示会におじゃま。佐野さんすごいなあ。絶対売れると思います。21:00渋谷でしんぼる鑑賞。
10/2(金)、15:30渋谷ジャンブルストア、ラグタグ、カインドでお買い物。18:30阿佐ヶ谷ロフトでトークライブ「長尾謙一郎と渡辺ペコのマンガの描き方」を鑑賞。24:00下北沢今成で加藤さん、ともやくん、やすくんと4人で飲む。長尾先生の素晴らしさにすっかりやられた興奮が冷めやらず、激アツの哲学を朝方まで一方的にぶつけまくる。
10/3(土)、19:00渋谷道玄坂鳥良で送別会してもらう。
10/4(日)、強迫神経症 のようにブログに取り憑かれ出す。とにかく、記録しておかねば。というか強迫神経症aka強迫性障害akaキチガイ。…僕、これなんじゃないの…?代表的な症状が、がっちり一致なんですけど笑。あ、オリンピック、リオデジャネイロになったんだ。東京の落選理由は、たぶん僕が東京から引っ越すからだな。応援してた人達にはちょっと気の毒だったかな。
感動的な送別会
生まれて初めて、送別会というやつをやってもらった。でも最後ジャンケンで負けて支払いをした。
カムケン、陽介、性病持ち潤さん、努、誠さん、ごみ箱亮二、徹、万年支払い男金融健二、アラタ、ゆたかくん、ワカ、アッちゃん、どうもありがとう!
こんな夜は滅多にない。せっかくのチャンスだから、ゆっくり飲みながら落ち着いた話をするつもりでいた。もう大人だし。みんなの人生観とか引き出したりしつつ、最終的には僕の価値観で上書きして帰る予定だったが、結局ベロ酔いして、ほとんどずっと下ネタに終始してしまった。人生はなかなか予定通りとはいかない。予定は所詮予定。理屈はどこまでいっても理屈なのである。
でも本当に楽しい夜だった!アッちゃんとも仲直りできたし言う事無し。怒らせたままで大阪に行くのは悲しいからね。そうだ、この場を借りて一応もう一回ちゃんと謝っとこう。アッちゃん、ベロ酔いしてウザイことしまくっちゃってゴメンね。
それにしても、テレビを垂れ流しながらブログを書いていると文章がなかなか進まない。美女の声がする度に画面に気を取られて、おっとっと、上戸彩ちゃん登場。こりゃぶろぐなんてかいてるばあいじゃな
ブログがばれた
松本人志監督最新作しんぼる
10/1(木)、なぜか絶対に今日見なければいけないと思い立ち上映館を検索すると、なんと今日は千円デー。これは不思議な因縁が呼んでいるに違いない。幸運にもガラガラの渋谷HUMAXシネマ、21:00の回を鑑賞。感想は、もう最高でした。放心。これは本当に大好きな映画になった。まだ見てない人は、絶対に映画館に見に行ったほうがいいですよ。
1995、6年あたり、僕は高校2年位からダウンタウンが大好きになった。もっと早く出会っていればきっとその時にがっちりやられていたのだろうが、高校2年に上がる直前の春休みまで、僕の生活の大部分はサッカー部に費やされており、そんなチャンスは少なかった。95年春、丸9年続けてきたサッカーをやめてからは、友達と遊んだり家でテレビを見たりとか、それまであまりなかった色々な事が日常に流れ込んできて、その中でも、気が付くとダウンタウンは結構大きな部分を占めていた。ガキの使いやごっつええ感じなど、ビデオ録画タイマーをセットし忘れた事に出先で気付くと青ざめた。10年位そんな習慣が続いたので、松本人志さんはもちろんのこと、高須光聖さんなども人生の中でかなり大きな影響を受けている人物であり、今でもヒーローである事は間違いない。ただ、ここ3、4年位、ワールドダウンタウンとか働くおっさんとかが終わったあたりから、いつの間にか熱が冷めたような感じになってしまっていた。理由はきっと色々あって、例えば自分の生活や心境の変化だったり、薄っぺらい倫理観に基づくテレビの残念な規制だったり、それからインターネットの発展も大きいかもしれない。自分でわざわざアーカイブする必要性を感じなくなってしまったし、ネット上での共有感覚みたいなものに変な安心感を持ってしまい、気が付くと疎遠になってしまった。そのスタンスはきっとこれからも変わらないだろう。でもそんな状態になってからというもの、喪失感や寂しさみたいなものも、どこかでずっと感じていた。まるで親友が遠くに引っ越してしまったかのような、あるいは祭りの後のようなむなしさ。それは彼の近作でも払拭されることはなく、大日本人ももちろん映画館でもDVDでも見たが、正直それほど響かなかった。爆笑シーンはたくさんあったが、作品全体としてはどうも芯に響いてこないというか、一体感を得られないというか。なんか違和感が拭えない。。
しんぼるのエンドロールの一番最後、「監督 松本人志」というクレジットが流れたその瞬間、「あ。」って妙な感情が沸き上がってきて、懐かしいような不思議な空気に頭の周りがぼんやり包まれた。なぜか、「あ。松ちゃん、久しぶり。変わらないね。」って思ってしまった。そしてそう思った瞬間、涙がこみ上げてきた。すぐに照明が明るくなってしまったので無理矢理我に返ったが、きっと僕は空白の時間を埋められたと思う。
お笑いとか恐怖とか
死、エロ、グロ、汚物、ドラッグ、オカルト、部落差別、山谷ドヤ街、釜ヶ崎あいりん地区。。タブーやダークサイドって出来れば関わり合いになりたくないけど、一方で、無視できない存在でもある。なぜだろう?遠ざけたいけど、魅せられる。人は得体の知れないものを恐れるが、正体がわかっちゃえばもう怖くない。DNAレベルも含む恐怖の記憶が未知の領域を恐れるが、生物としての本能が進化を求めて好奇心を刺激するのだろうか。あるいは好奇心が本能そのものなのだろうか。
お笑いと恐怖も紙一重というか表裏一体みたいなものだろう。光と影。緊張と緩和。大好きな松本人志さんが昔、お笑いのセンスを視力に例えていたような気がする。遠すぎると凡人には見えない。つまり発想がぶっ飛びすぎると、一体何がおもしろいのか理解できないという事だ。理解できない人にとって、それは恐怖や嫌悪の対象になりうる。なんなんだこいつは?一体何を考えてるんだろう?知りたいという好奇心と、得体の知れないものに関わってはいけないという防衛意識のジレンマ。でも前者が本能なのに対して、後者はきっと社会や宗教の刷り込みであり後天的なものだ。ウンコとかチンコとかそういった社会的なタブーも、子供には世界共通で100%ウケるんじゃないだろうか。
そういえば松本さんと高須光聖さんがやっていた放送室というラジオ番組で、なんだか笑ってしまったという怪談話の話題があった。飛び込み自殺の名所、華厳の滝で旅行者が記念撮影をした。出来上がった写真を見ると、真っ逆さまに落ちていく老人が写り込む心霊写真であった。その老人がカメラ目線だった、という話。この話、お2人とも笑ってしまったらしいが、僕はゾッとしたんだよね。他の人はどう感じるんだろう。まあ、どういうビジョンを連想するかの違いなんだろうけど。高須さんは、その老人がピースサインだったとか肉付けして、完全な笑い話に変えてたみたいな事も言ってたな、確か。
長尾謙一郎さんのギャグマンガ、おしゃれ手帖とかギャラクシー銀座とか破壊的におもしろいんだけど、ちょっと怖いんだよね。で、楳図かずおさんの恐怖漫画とか、時々なんかちょっと笑えません?
そうだ、しんぼる、早く見に行かないとな。やっぱり映画館で見たいもんね。


