経堂駅前交番の感じ悪い警官、サミット代沢十字路店
今日は昼、徹から自転車をもらいに経堂へ行く。自転車をもらい受ける前に徹カップルと3人でインドカレー屋でランチ。ナマステ東京 という店。とてもおいしかった。食後、まだ箱に入った新品状態の折りたたみ自転車を徹と2人で組み立てると、それじゃあ、ありがとうと言って別れる。その後、経堂駅前の交番で空気入れを借りるが、この警官が甚だ感じ悪い奴であった。
僕 「すいません、自転車の空気入れを貸して頂けますでしょうか?」
P 「…はいどうぞ」
P 「…あれ?防犯登録してないんだ?ちょっと調べさせてもらっていい?」
どこかと無線連絡をしながら、車体番号をのぞき込んでくる警官。せっせと空気を入れている僕をちょっと押しのけるような形で、なんだか少し違和感。2、3分後、空気はとっくに入れ終わっているが、照合結果待ちで待機。しばし沈黙が続く。
僕 「…あの、経堂にブックオフってあります?」
P 「ないですね」 (こちらの語尾に少しカットイン気味)
あ、あれ?なんだかこれは、いよいよ感じ悪い気が。。
さらに2、3分後、まだ照合結果が出ない模様。沈黙。そしてやっと無線の返信を受けると、
P 「はい、結構です」
僕 (う、う~ん…) 「…はあ。空気入れ、どうもありがとうございました」
警官は背中を向けたまま無視して交番の中へ引き上げた。
おい!お前なんだその態度は!ああ、腹立つ!でもまあ、考えてみれば警官なんてその位の感じで丁度いいのかもな。そもそも性善説に基づくなら警官なんて要らないって事になるしな、うん。と、無理矢理納得。何も問題ない。一応、その後に道を尋ねた梅ヶ丘の北沢警察署の玄関の所にいたおまわりさんは、大変感じの良い方だったという事は記しておこう。
その日の夜25時頃、茶沢通りと淡島通りの交差点の所にあるスーパー、サミット代沢十字路店で、シーナ&ザ・ロケッツの鮎川誠さん、シーナさんご夫妻をお見かけした。閉店間際のスーパーで、なんというか、ロックスターの完全なるオフショットを見てしまった。2、3年前にも下北沢でお見かけした事があるが、その時はおそらく何かの取材中で、バシッとライダースを着てきまっていた。だが今日はその時とはまるで別人のようなギャップがあり、最初は気付かなかった。しかしよく見ると、TシャツにROKKETSの文字が!白地に緑のプリント。ラモーンズの有名なカレッジ風Tシャツのパロディのデザインで、RAMONESの部分がROKKETSになっている。こ、これは。。でも本人がこれ着るかなあ~などと考えつつ、家でGoogle画像検索をしてみると、やはりバッチリご本人であった。これは書くべきではないかとも思ったが、どうせ誰も読んでないブログだし、自分の記憶をできるだけ鮮明にアウトプットしておくためという事で、お許し頂きたい。まあ、ロックスターだってスーパーで買い物くらいするし、アイドルだってウんコもすれば覚せい剤もする。
鹿島-川崎戦の続報
おお、よかった。とりあえずホッと一安心。Jリーグ理事会も捨てたもんじゃないですね。もちろんこれはこれで問題が山積だろうけど、だからって3-1のスコアで時間も80%以上消化していた試合を水に流してしまうような決定は興醒めでしょう。他の記事によると「鹿島の大東和美社長(60)からは中止時のスコアのまま試合成立を認める発言が出た」らしいが、それもどうかと思うなあ。それにしても岡田主審、いただけないわ。なんでこんな判断をしたんだろうね。洗濯物でも干しっぱなしだったのかな。彼は過去にも気にくわないジャッジが多かったような気がするわ。
大阪で一人高熱にうなされ孤独感に包まれた
担々麺がクリティカルヒットした体調不良を引きずって行った大阪2泊出張をなんとか乗り切って帰京した。
9/15、初日は散々だった。正午近くに伊丹空港に到着。リムジンバスで難波へ。昨日はほとんど眠れず、この日も体調はすこぶる悪い。特に頭痛と下痢。そして大阪での目的も進展しない。というか、先方とは事前にメールや電話で打ち合わせしていたはずなのに、いざ会ってみると話が違う。そういう事ならわざわざ大阪まで来なかったんですけど。なんか心まで折れてきた。そして夕方、別の訪問先でエアコンの風を近距離で直撃し続けて完全にノックアウトされた。ひどい悪寒と関節の痛み。ああ、これはまずい。19:00位にホテルに帰るとポカリ1リットルをがぶ飲みして、すぐベッドにくるまった。ちなみに僕は体温は絶対に計らない。仮に39度とか高熱を確認したところで、ますます気が滅入って回復を遅らすだけと考えているのである。薬もできるだけ飲まない。昔から僕にはポカリスエットが万能薬なのである。骨折もポカリでくっつくのではと思っている。耐性で効き目が落ちないよう、健康時のポカリもあまり飲まないようにしている。困った時のとっておきなのである。まあジンクスみたいなものでもあるかな。
16日、汗だくで夜中に何度か目を覚ましたりしながら、結局9:30位に起床。熱はなんとか下がったみたいだ。シャワーを浴びて10:00にチェックアウト。外に出るとさわやかな天気。柔らかい日射しが気持ち良い。よっしゃもう大丈夫だー。それにしても、一人旅先での高熱と、シケたビジネスホテルのどんより暗いシングルルーム。このコンビネーションは大ダメージを受けるね。ドアを開けるとまず嫌なニオイの洗礼、部屋全体に漂う孤独感、小さいテレビの上にはエロチャンネルのガイド、窓を開けると目の前に隣のビルの壁。なんかだんだん世界が灰色に見えてくるよ。そんな状況を乗り切った勢いで、この日なんとか目的を果たした。妥協した点も多いが、まあよしとするか。
17日、アメ村、堀江、梅田、神戸三宮と回って、大阪空港リムジンバスで伊丹空港へ。早く到着しすぎたが、空港の雰囲気は好きなので退屈はしない。本屋もあるし。JALの羽田行き最終便に乗り、23:00近くに帰宅。
それにしても大阪、今までは大好きな街だったけど、今回は体調が悪かったせいか、ダークサイドがちらほら気になったなー。上半身裸のおっさんとか、エグい厚塗りメイクで超ミニスカートのオバチャンとか、ぶつぶつと何かつぶやきながら歩いている汚いおっさんとか、ほんときっついわー。
まあ、大阪が好きな街である事には変わりないんだけどね。
担々麺
明日から2泊で大阪出張なのだが、いまいち体調が優れない。何かスタミナがつきそうなものを近所で食べようと思うも、あまり良いのが浮かばない。結局、天手毬下北沢店 で愛情担々麺大辛1000円を食べた。納豆やキムチが入ったドロドロスープの担々麺なのだが、これが失敗だった。なんだか気持ち悪くなってしまい、体調はさらに悪化した。
実はこの店は自分にとって何かと因縁がある店で、1つ目は確か2005年位の出来事だったろうか。友達と2人で下北沢を歩いていた時、「あれ、こんな所にラーメン屋なんてあったっけ?」 「ほんとだー、でも、なんかマズそう~」と、他愛もない会話をしていると、2mくらい前を歩いていたおじさんが突然ガバッと振り返り、「マズくねえよ!俺が作ってんだ!」と言ってきて、気まずい思いをした。ちなみに悪口を言ったのは友達のほうで俺は何も言っていないが、しばらくの間その店にトライすることはできなかった。それから半年も経った頃にふと食べに行ってみると、結構おいしくて一時期ハマッていた。例のおじさんの顔はよく憶えてなかったが、そういう事を言いそうな調子乗りのおじさんは、いた。苦手な感じの人だ。日テレのラルフなんとかいうアナウンサーにちょっと似ている。それはさておき、もう1つの致命的な出来事が忘れもしない2006年の冬に起きた。当時流行していたノロウィルスに感染してしまい、ひどい目にあったのだが、その前日にこの店の担々麺を食べていたため、ノロの悪夢と担々麺ががっちりリンクしてしまい、体が受け付けなくなってしまったのだ。そこそこの好物だったのに、思い出すだけで吐き気がするようになってしまった。それにしてもノロウィルス。あれは本当にひどい体験だった。確か2日位苦しんで、4キロ位痩せた。同じ時期に感染した高本君も、後で話したらまったく同じ地獄を味わっていたらしい。嗜好の変化や行動パターンまでまったく同じで、前日に食べた物がダメになったりとか、感染中は、何か口に入れなければと何とか食べれそうなものを買い込んだが、結局クリームパンを半分位しか食べられなかったとか、細かなディテールまでかなり一致していて、大笑いだった。
とにかくそれ以来、店の看板を見るのも嫌で近寄らないようにしていた。でも実際の所この店には何の罪もないな。根も葉もなくマズそうとか言われたり、ノロのせいでつかみかけてた常連客失ったり、むしろ気の毒だわ。
まあそんな事もったが3年近くも経過して、思い出しても気持ち悪くならない。それどころか久しぶりにちょっと食べたいぞと思いトライしてみたわけだが、全然ダメでした。気持ち悪い。お腹も痛いし、ぞくぞく悪寒もしてきた。こりゃあ熱が出るわ。あーもう最低。楽しみにしていた大阪も、一気に憂鬱だわ。担々麺二度と食べない。