お笑いとか恐怖とか
死、エロ、グロ、汚物、ドラッグ、オカルト、部落差別、山谷ドヤ街、釜ヶ崎あいりん地区。。タブーやダークサイドって出来れば関わり合いになりたくないけど、一方で、無視できない存在でもある。なぜだろう?遠ざけたいけど、魅せられる。人は得体の知れないものを恐れるが、正体がわかっちゃえばもう怖くない。DNAレベルも含む恐怖の記憶が未知の領域を恐れるが、生物としての本能が進化を求めて好奇心を刺激するのだろうか。あるいは好奇心が本能そのものなのだろうか。
お笑いと恐怖も紙一重というか表裏一体みたいなものだろう。光と影。緊張と緩和。大好きな松本人志さんが昔、お笑いのセンスを視力に例えていたような気がする。遠すぎると凡人には見えない。つまり発想がぶっ飛びすぎると、一体何がおもしろいのか理解できないという事だ。理解できない人にとって、それは恐怖や嫌悪の対象になりうる。なんなんだこいつは?一体何を考えてるんだろう?知りたいという好奇心と、得体の知れないものに関わってはいけないという防衛意識のジレンマ。でも前者が本能なのに対して、後者はきっと社会や宗教の刷り込みであり後天的なものだ。ウンコとかチンコとかそういった社会的なタブーも、子供には世界共通で100%ウケるんじゃないだろうか。
そういえば松本さんと高須光聖さんがやっていた放送室というラジオ番組で、なんだか笑ってしまったという怪談話の話題があった。飛び込み自殺の名所、華厳の滝で旅行者が記念撮影をした。出来上がった写真を見ると、真っ逆さまに落ちていく老人が写り込む心霊写真であった。その老人がカメラ目線だった、という話。この話、お2人とも笑ってしまったらしいが、僕はゾッとしたんだよね。他の人はどう感じるんだろう。まあ、どういうビジョンを連想するかの違いなんだろうけど。高須さんは、その老人がピースサインだったとか肉付けして、完全な笑い話に変えてたみたいな事も言ってたな、確か。
長尾謙一郎さんのギャグマンガ、おしゃれ手帖とかギャラクシー銀座とか破壊的におもしろいんだけど、ちょっと怖いんだよね。で、楳図かずおさんの恐怖漫画とか、時々なんかちょっと笑えません?
そうだ、しんぼる、早く見に行かないとな。やっぱり映画館で見たいもんね。
