作家・野上弥生子の見た浅間山爆発(1961)
連休3日目。「高原に立った煙~軽井沢文学と災禍~」展も3日目です。
浅間山麓でもっとも長い時を過ごした作家はおそらく野上弥生子(1885-1985)でしょう。大分県生まれ。弥生子は1928(昭和3)年から99歳で亡くなる1985(昭和60)年近くまでの半世紀以上を、北軽井沢の山荘で1年の多くを過ごしていました。
そのため、野上弥生子は浅間山の爆発を何度も経験しています。たとえば、1961(昭和36)年10月7日の日記にはこう記しています(「野上弥生子全集」第Ⅱ期第十四巻 日記14/岩波書店刊)。
「五時過ぎ浅間大爆音をあげてバクハツ。前庭に出てみるといつもの球なりの煙の塊まりが巨大な葡萄の房のやうになり、それがまつすぐにうちの森を蔽ふやうに伸び、ひろがり、一つ一つの塊まりが灰金いろに輝く。ちようど清明にうす青く晴れた空にそれはなんとも荘厳な雲の彫刻を彫りつけてゐる。…」
噴煙を「葡萄の房」と表現するなど、作家ならではの鋭い観察眼と描写力が光ります。それにしても、爆発に遭遇しても、少しも動じる様子のない弥生子には驚かされます。
と、ここまで書いたところで、埼玉県から60歳くらいの男性が来館され、その方の興味深いお話をうかがううちに、あっという間に1時間ほどが過ぎてしまいました。
男性の曾祖母は、野上弥生子の小学校時代の幼友達であり、弥生子の生家小手川酒造の斜め向かいにある造り酒屋・久家本店が生家とのこと。弥生子が15歳で臼杵から東京の女学校へ行ったのに対し、曾祖母は同じ頃、大阪の女学校へ行ったそうです。
2017年夏、野上弥生子展を当館で開催したさい、野上弥生子文学記念館(弥生子生家)から「迷路」原稿などをお借りし、その折、私は弥生子の生家のある浜町付近や二王座(におうざ)歴史の道などを散策しました。武家住宅と寺院などが混在する美しい景観の記憶がふと蘇りました。
次に掲げる写真は、今日撮影した当館敷地内にある野上弥生子書斎「鬼女山房」です。1996(平成8)年に野上家からご寄贈いただき、北軽井沢大学村より移築しました。書斎近くで、福寿草が咲き出したのを見つけましたので、それも載せます。 (大藤 記)
本日、新年度オープン。「高原に立った煙~軽井沢文学と災禍~」展スタート
まず、3月16日夜に発生した宮城、福島両県で最大震度6強を記録した地震でお亡くなりになった方のご遺族と被災された方々に心よりお見舞い申し上げます。
さて、本日、軽井沢高原文庫は令和4年度の業務がスタートしました。本日より第1回企画展「高原に立った煙~軽井沢文学と災禍~」を開催しております。4月12日(火)まで。
浅間山の噴火・噴煙を描写した文学作品を集め、自筆資料や初版本、絵画、版画、地図、パネルなど約200点によって紹介しています。この時期に、このテーマ(タイトルは毎年、変わります)での展示は10年目、10回目となります。
一例をご紹介します。
随筆家の寺田寅彦は、1935(昭和10)年8月4日朝、軽井沢の千ヶ滝グリーンホテルで朝食をとった直後に浅間山の爆発に遭遇し、その体験を「小爆発二件」に詳しく記述しています。
「煙草に点火した途端に、何だかけたたましい爆音が聞えた。『ドカン、ドカドカ、ドカーン』と云つたやうな不規則なリズムを刻んだ爆音が僅二三秒間に完了して、そのあとに『ゴー』と丁度雷鳴の反響のやうな余韻が二三秒位続き次第に減衰しながら南の山裾の方へ消えて行つた。…」
物理学者でもある寺田寅彦らしい客観的記述であり、約90年前の浅間山の爆発のすさまじさが私たちの前にまざまざと浮かび上がってきます。
下に掲げるのは、寅彦が目撃したとおそらく同じ頃(昭和初期)、同じグリーンホテルで写真家の幅北光が撮影した写真です(軽井沢高原文庫所蔵)。噴煙が東の方角へ流れる様子がはっきり見えます。
なお、本年は東日本大震災発生から11年。時間の経過と共に私たちの記憶も風化しがちです。本展が、東日本大震災の被災者の方々に思いを寄せ、同時に、活火山(浅間山)の麓に生きる私たち自身のあり方を見つめ直す機会ともなりましたら幸いです。 (大藤 記)
浅間山の噴火。昭和初期か。軽井沢の千ヶ滝・グリーンホテルにて。幅北光撮影(軽井沢高原文庫所蔵)
本日、福岡伸一さん「新・ドリトル先生物語」(ドリトル先生 ガラパゴスを救う)が完結。
本日、福岡伸一さんの初小説「新・ドリトル先生物語」(ドリトル先生 ガラパゴスを救う)が完結しました(朝日・日~金曜の週6回、連載)。お祝い申し上げます。
私はこの連載小説を毎回、楽しく読ませていただきました。第1回発表は2021年4月1日。私は全回(256回)、切り抜いていました。いま、切り抜きの束の厚さを計ると、約2・5センチあります。
物語の主人公、ドリトル先生は、生きとし生けるものすべてを等しく愛し、生命の声に耳を澄ませ、自然の謎と秘密を研究する、約200年前の英国のナチュラリストです。そのドリトル先生に弟子入りしたスタビンズくんは、知識も経験もない少年でしたが、素直で真っすぐな性格で、いつしかドリトル先生にはなくてはならない存在となります。あることがきっかけで、ドリトル先生たちは、絶海の無人島、ガラパゴス諸島の豊かな自然を守るため、冒険の旅に出ます。
ところで、この小説は、生物学者福岡伸一さんの本領がいかんなく発揮されているようです。ドリトル先生たちが気球に乗り込んで出発するさい、その動力となる希ガスを鍾乳洞で発見できたのは、コウモリたちの導きによるものでした。また、旅の途中、暴風に遭い、気球が遭難して先生たちは離ればなれになりますが、再会できたのは、何キロ先でも蛾のメスが発する誘引物質を察知できるナンベイオオヤガのオスをスタビンズくんが捉えたからでした。さらに、エクアドル大統領を説得させるため、同国の秘宝の真珠、アタワルパの涙を盗むさい、コオイムシの出す接着剤が技術的な難問を解決する糸口となり、そして、その盗難の大役を果たしたのはネズミのルビイでした。
物語の終盤、ゾウガメの甲羅をシップにして地球トンネルを抜けてガラパゴスからイギリスまで帰還するという結末にも驚かされました。その帰還方法を教えてくれたのはコウモリのヨハネスでした。
この物語を通じて、私たちは自然のあり方、生命が本来持つ自由さを学ぶことができます。それは知的好奇心の旅でもあります。
最後に、挿絵を担当された岩渕真理さんの絵もすばらしかったです。
皆さまも、いずれ本になったら、ぜひお読みになってください。 (大藤 記)
右から、第1・2回、第3回~第255回、第256回。
『日本語のために』(日本文学全集30、池澤夏樹=個人編集)
ここ数日、軽井沢は気温が一気に上昇し、周囲に残っていた雪も急速に融けています。皆さまの所はいかがですか。
昨日は、今月19日から始まる「高原に立った煙―軽井沢文学と災禍―」の飾りつけを行いました。東日本大震災がおこった「3.11」に合わせた令和4年度第1回企画展です。
なお、私事ながら、先月から、『日本語のために』(日本文学全集30、池澤夏樹=個人編集、2016年、河出書房新社)を読んでいましたが、けさ、ようやく読了しました。祝詞、アイヌ語、琉歌、憲法など「日本語」の多様性を明示した画期的アンソロジーです。
時代は古代から現代まで。地域は北海道から沖縄まで。時空を超えた、日本文学の多様性に触れて、視野がぐ~んと広がったような気がします。最近の読書の大きな収穫の一つです。 (大藤 記)
本日、東日本大震災(2011.3.11)から11年。
東日本大震災の発生から本日で11年になります。これまでに確認された死者と行方不明者は、避難生活などで亡くなった震災関連死も含めると2万2207人に上ります。きょうは、祈りと誓いの1日です。
軽井沢高原文庫は、3月19日(土)〜4月12日(火)まで、令和4年度第1回企画展「高原に立った煙~軽井沢文学と災禍~」を開催いたします。浅間山の噴火・噴煙を描写した明治・大正・昭和3代の文学作品をご紹介することにより、あらためて東日本大震災の被災者の方々に思いを寄せ、同時に、活火山である浅間山の麓に生きる私たちの暮らしをふりかえり、災害を見つめ直したいと念願しております。
本展は、全国文学館協議会・第10回共同展示(「3.11文学館からのメッセージ」)に10年連続で参加するものです。 (大藤 記)
長野県「まん延防止等重点措置」終了
3月に入り、1週間が経過しました。皆さま、お元気でお過ごしですか。
このところ、軽井沢は快晴の日が続いています。昨日の気温は最高1.7℃、最低-5.4℃です。
まだまだ寒い軽井沢ですが、私は最近、自宅にいる時は昼食をなるべくベランダでとるようにしています。野鳥がすぐそばまでやってきます。
さて、今日は「まん延防止等重点措置」についてのお知らせです。長野県に適用されていた同措置は、昨日をもって終了しました。今日からは佐久圏域に感染警戒レベル5となる「新型コロナウイルス特別警報2」としての対策が講じられています。
ちなみに、軽井沢町における新型コロナ感染症のこれまでの陽性者(総数)は、今日時点で543例、確認されています。軽井沢町の人口は2022年2月1日現在、21234人ですから、全体の約2.5%の方が感染されたことになります。
なお、軽井沢高原文庫の2022年度の事業のうち、3~6月の展覧会およびイベント情報をこのほど、当館ホームページにアップいたしました。どうぞご覧ください。
軽井沢高原文庫の新年度オープンは予定通り、3月19日(土)でございます。(大藤 記)
桃の節句
本日3月3日は桃の節句です。 ひな祭りともよばれます。私事ながら、わが家では先月からひな人形を飾っています。今年は、ひな人形のそばに井上有一の書「愛」を掛けてみました。
さて、最近、軽井沢は、ようやく日中の気温が7℃くらいまで上がるようになってきました。戸外のほうが暖かいくらいです。
ここに、近況をいくつか、記しておきます。
3日前、軽井沢タリアセン内のレストラン湖水と売店の床のワックスがけを行いました。床面積は相当ありますし、椅子やテーブル、すべての什器を一度、外に出さなくてはなりませんから、大仕事です。剥離剤を使い、まず旧いワックスと汚れを落とし、その後、ワックスを2度塗り。7人で、丸一日かかって、無事に終了しました。
昨日と一昨日は、同じく軽井沢タリアセン内のちびっこ広場で、ぶらんこやすべり台、平均台、ボルダリングなどを7、8人で組み立てました(写真)。奈良県吉野のヒノキを取り寄せ、ボルトとナットで接続していきます。
春の陽光を浴びながら、雪解けの泥濘(でいねい)のなか、気持ちよい作業でした。 (大藤 記)
【重要なお知らせ】軽井沢演劇部の10年間の活動を終了させていただきます。
【重要なお知らせ】
このたび、軽井沢高原文庫は、2011年より10年間、活動を行って参りました軽井沢高原文庫・軽井沢演劇部を、この10年ということを一つの区切りとして、終了させていただくこととなりました。
新型コロナウイルスの感染症拡大以来、一昨年夏は立原道造詩の朗読のオンライン配信を行い、昨年夏は感染急拡大により開催日2週間前に中止という苦渋の決断をせざるを得ませんでした。
これまで軽井沢演劇部の朗読会および朗読劇にご参加いただいたすべてのお客様、ご出演いただいた俳優や所属事務所の皆様、様々な形でご支援を賜りました演劇関係者や文学館・美術館・メディア等の皆様には、大変お世話になりました。心より深く感謝申し上げます。
新型コロナウイルス感染症により、文学館の運営はさらに窮地に立たされておりますが、多くの皆様に軽井沢文学の世界を愉しんでいただけますよう、今後も精一杯努力して参る所存でございます。
引き続きご指導を賜りますよう、よろしくお願い申し上げます。
【重要なお知らせ】 軽井沢高原文庫は3月19日(土)から新年度オープンいたします。
【重要なお知らせ】
軽井沢高原文庫は、3月1日(月)から新年度オープン予定でしたが、新型コロナウイルスに対する「まん延防止等重点措置」が3月6日まで2週間延長されていることや、この冬の厳しい寒さと積雪により館周囲の足元がまだ悪い状況にあることなどから、3月19日(土)から新年度オープンすることといたしました。
ご迷惑をおかけいたしますが、何卒よろしくお願い申し上げます。
なお、有島武郎別荘内カフェ「一房の葡萄」のみ、4月16日(土)オープンとさせていただきます。どうぞご了承ください。
軽井沢タリアセンの他の施設は、軽井沢高原文庫同様、3月19日(土)から新年度オープンいたします。






