小説:17歳のジャズ、而して、スーパーカブ -2ページ目

17歳のジャズ、而して、スーパーカブ 第92話

 「おい、隆志、いつも女の子に言うあれやめろよな」


 風呂から上がって、勃起したままのチンボコを剥き出しのままにして、僕の隣に立って、一緒に、僕らに背を見せて洗いっことやらの準備をしてるめぐみを眺めてる隆志に言った。


 あいつは、まあ、眺めるというよりも、強姦魔みたいな目付きでめぐみを見つめていた訳だけどさ。そして、僕もまあ、めぐみを眺めるというよりも、見ていた訳だけどさ。


 「言わなきゃ駄目だ」


 「言うな」


 「言う」


 「言う必要なんてどこにもない。お前、ずっとあれを言って女の子に冷たくされてきただろ。学習しろよ、白痴」


 「啓太、ぜんぶ剥き出しのままでいいってさっき言ったよ」


 「僕の頭の中は、真っ白だよ、白痴が」


 隆志は、僕らに背を見せて椅子を三人分並べて、その真ん中に座って、洗面器に泡を立てるのに夢中になってるめぐみに歩み寄っていった。


 勃起したチンボコを銃みたいにしてさ、そいつをめぐみに突き付けるみたいにしてさ。


 僕は、また深い溜め息を吐いて、ふたりに歩み寄った。


 「めぐみさん、話があるんです」


 「話? 何、隆志くん」


 めぐみが振り返って言った。


 「俺、朝鮮人なんです」


 隆志は、謝罪するみたいに頭を垂れた。


 「そうなんだ。あたし、自分が何人かわからないよ」


 「はい?」


 「いいなあ、隆志くん、自分が何人かわかるなんて。あたし、何人なのかな」


 「日本人じゃないんですか?」


 「よくわからないの」


 「よくわからないってどういうことなんだろ……」


 「気にしたことないってことよ」


 「ああ、そうなんですね」


 「そうよ」


 ほんとにそうだっのか? 僕は、めぐみが自分が何人か気にしたことがないということを信じることができない。彼女は、隆志や僕よりも、出自というものを気にしてもよかったんだからさ。彼女は、両親や親族を知らない本物の捨て子だったんだからさ。僕らは、同じ17歳だった。僕ら3人は、学校にも行かずに、社会の一員でもなかった。どこの誰でもなかった。社会の一員は、僕らみたいなロクデナシやヒトデナシが好きじゃなかった。愛してなどくれそうになかった。


 愛。


 めぐみが、身体を売って得ていたものは、愛の代替物だったんじゃないかな。


 よくある話だけどさ。


 でも、よくある話がなぜ何世紀も何世紀も続いてるのかな。


 「めぐみ、この椅子はスケベ椅子か?」


 僕は訊いた。


 「……何それ? ただの椅子よ」


 「ここは、ソープランドじゃないのか?」


 「……違うと思うけど」


 「お前、身体を売ってるんじゃないのか?」


 僕が、尋問すると、めぐみはまた下を向いて、顔を手で覆って、うんうんと頷いた。めぐみは、これは子どもの頃からの癖みたいなものだと後で、僕に説明した。


 「啓太、女の子を悲しませるのはよせよ」


 「僕は、事実を━━」


 僕が言い切らないうちに、隆志の強烈なパンチが僕の口元にぶち込まれた。


 僕も、間髪要れずに、同じようなパンチを隆志にお見舞いしてやった。


 「ふたりとも暴力やめてよ!」


 めぐみが絶叫した。その絶叫は、響き渡った。


 めぐみは、泣き出した。声を上げて、泣き出した。それは、子どもの泣き方だった。


 さあ、今日は御伽噺はもうお仕舞いだ。また明日、つづきをでっち上げることにするよ。

17歳のジャズ、而して、スーパーカブ 第91話

 「洗いっこしようよ」


 めぐみは、顔を上げて、また嬉しそうに言った。その嬉しそうな顔は、やっぱり、白痴染みたものだった。


 白痴のことを、純粋だと思うマヌケ野郎もいることだろう。それは、外れてはいない。確かに、そういう面もある。それは、確かなことだと僕も思う。でも、忘れてはいけないことがある。ひとつの表現として、<決して大人にならない子ども>という言葉がある。白痴の純粋さをとても端的に表現していると言葉だ。でも、その純粋さは、ときに白痴自身を深く傷付ける。深く、そして、自身も気付かないようにして、傷付ける。傷付け続ける。傷付け続けて、最期には自身のその世界を殺し、社会から白眼視されることになる。社会は、そんな白痴に優しくはしない。執拗に厳しくする。どこまでも厳しくする。隔離して、始末しようとする。決して大人にならない子どもを、社会は殺すんだ。


 社会とは、そこのあんたらのことさ。


 あ? 白痴という言葉が差別用語だって?


 そんなことをいうそこのあんたらが、決して大人にならない子どもたちを殺してきたんだぞ。


 神様をさ、殺してきたんだ。


 あんたらが殺してきたんだ。


 ところで、ベッカリーアの『犯罪と刑罰』は、ドストエフスキーの『罪と罰』の下敷きになってる。ドストエフスキーのキチガイはさ、ベッカリーアを剽窃したっていう訳なんだ。僕は、このふたりのキチガイからだけでなく、あらゆるキチガイから剽窃するよ。でも、あらゆるキチガイには、善良な一般市民だとか庶民だとかは含めない。すぐに死刑を望みたがるそんな奴らから、僕は何一つ盗みたくなんかない。盗む価値なんかないのさ。


 でも、僕はそこのあんたらの命なら盗みたいかもな。


 そして、あんたらの仲間に死刑にされるんだ。


 烏合の衆にさ。


 ひとりじゃ何にもいえない烏合の衆にさ、死刑にされるんだ。


 白痴を抹殺するみたいに、死刑にされるんだ。


 社会とは、そういうものなんだろ。


 

 「洗うのも商売のうちだもんな」


 僕は、めぐみに言った。


 「いいから洗いっこしようよ。隆志くん、したくない?」


 「俺は……」


 隆志が、僕の許可をどうするか考えてるのがわかった。


 僕は、溜め息を吐いて、風呂から上がった。


 「隆志、洗いっこするぞ」


 隆志は、恥ずかしさと嬉しさの混じった白痴染みた表情を僕に見せた。


 めぐみは、もう風呂から出ていて、洗いっことやらの準備を始めていた。17歳の素っ裸でさ。僕は、めぐみのその美貌が白痴の度合いを高めてることを考えない訳にはいかなかった。


 「啓太、これ、どうしたらいいんだ?」


 隆志の白痴は、まだ勃起したままの自分のチンボコを指差した。


 「厭らしさも汚らしさもぜんぶ剥き出しでいいだろ」


 僕は、隆志に言って、めぐみを見た。


 さあ、今日は御伽噺はもうお仕舞いだ。また明日、つづきをでっち上げることにするよ。


 

 

17歳のジャズ、而して、スーパーカブ 第90話

 「それならあたしたち同級生ね」


 めぐみは、嬉しそうに言った。


 「同級生じゃない」


 僕は、否定した。


 めぐみは、不思議そうな顔をした。まるで御伽噺の世界に迷い込んでしまったみたいにさ。残酷な結末の待つ御伽噺の世界にさ。


 僕は、人類にとって意味不明の爆弾を積んだジェット機か何かが飛び立つのを感じた。事実という爆弾かもしれないし、夢でいっぱいの爆弾かもしれないものを積んだジェット機か何かさ。それは、隆志だった。


 僕は、隆志を殴り付けた。


 「痛え!」


 「お前は何も言うな」


 「親友を殴るなんてよくないわよ」


 「うるせえ、犯すぞ」


 「……ふたり、名前、何ていうの? あたしはめぐみ。ひらがなでめぐみ」


 「僕の名前は、山口二矢だ。右翼の暗殺者だ。テロリストだ。社会党の浅沼稲次郎を殺した。右翼のヒーローさ」


 「ち、違います」


 隆志が、めぐみの顔だけを見るようにして否定した。


 僕は、隆志のいつものあれが始まるのを待った。それからぶん殴るつもりだった。


 「俺の名前は、隆志です。経営者になるんです。こいつは、啓太です。偉い人になるんです。俺らの名前、漢字ですけど、俺、説明できません。済みません……」


 僕が隆志に拳を振りかざそうとすると、めぐみが間に入った。


 「おい、どけよ、めぐみ。この売春婦が」


 「ふたりとも、少年院から出てきたばかり?」


 「いきなり何だよ」


 「めぐみさん、違います……」


 隆志は、また否定した。


 「坊主頭なんだもん」


 「ああ、これにはいろいろ理由があるんだよ」


 「教えてよ」


 「嫌だね」


 「あの……、俺はいつも坊主ですけど、啓太は精神病院から出てきたんです」


 「隆志、てめえは正直すぎるだろ。何なんだよ、てめえは」


 隆志は、黙った。そして、まだ勃起している自分のチンボコを見た。


 めぐみも、漸く、隆志のチンボコの具合に気付いたようだった。風呂の中から手を伸ばして触ろうとした。


 「やめてください……」


 隆志は、弱弱しく抵抗した。


 「冗談よ、隆志くん」


 「幾らなんだ?」


 僕は、めぐみに単刀直入に、危ない角度で突っ込んでいくジェット機みたいに尋ねた。


 「何が?」


 「だからさ、お前の身体は幾らで買えるんだ?」


 「意味がわからないわ。で、精神病院ってどんなところなの?」


 「はぐらかすのか?」


 「啓太、女の人に失礼なことあんまり言うなよ」


 「隆志、てめえは身体が失礼だろ、正直すぎるぞ」


 めぐみは、また嬉しそうな顔をした。


 「遠くから来たの?」


 「なあ、めぐみ、ちょっと質問ばかりだぞ」


 「ごめん」


 そう言うとめぐみは、突然、下を向いて、手で顔を覆って、うんうんと頷き出した。


 「めぐみさん、いいんですよ、気にしないでください」


 僕は、このふたりの白痴の行く末をほんの少し心配した。


 白痴は、その昔は神様として大切にされてきた時代もあった。それがいまじゃあ社会のお荷物だ。白痴は、英語ではイディオットというけど、その語源めいたのも、神様という意味だ。


 神様の行く末。いまでは誰にも大切にされない神様の行く末。


 人類なんてただの消費者さ。


 さあ、今日は御伽噺はもうお仕舞いだ。また明日、つづきをでっち上げることにするよ。