17歳のジャズ、而して、スーパーカブ 第90話
「それならあたしたち同級生ね」
めぐみは、嬉しそうに言った。
「同級生じゃない」
僕は、否定した。
めぐみは、不思議そうな顔をした。まるで御伽噺の世界に迷い込んでしまったみたいにさ。残酷な結末の待つ御伽噺の世界にさ。
僕は、人類にとって意味不明の爆弾を積んだジェット機か何かが飛び立つのを感じた。事実という爆弾かもしれないし、夢でいっぱいの爆弾かもしれないものを積んだジェット機か何かさ。それは、隆志だった。
僕は、隆志を殴り付けた。
「痛え!」
「お前は何も言うな」
「親友を殴るなんてよくないわよ」
「うるせえ、犯すぞ」
「……ふたり、名前、何ていうの? あたしはめぐみ。ひらがなでめぐみ」
「僕の名前は、山口二矢だ。右翼の暗殺者だ。テロリストだ。社会党の浅沼稲次郎を殺した。右翼のヒーローさ」
「ち、違います」
隆志が、めぐみの顔だけを見るようにして否定した。
僕は、隆志のいつものあれが始まるのを待った。それからぶん殴るつもりだった。
「俺の名前は、隆志です。経営者になるんです。こいつは、啓太です。偉い人になるんです。俺らの名前、漢字ですけど、俺、説明できません。済みません……」
僕が隆志に拳を振りかざそうとすると、めぐみが間に入った。
「おい、どけよ、めぐみ。この売春婦が」
「ふたりとも、少年院から出てきたばかり?」
「いきなり何だよ」
「めぐみさん、違います……」
隆志は、また否定した。
「坊主頭なんだもん」
「ああ、これにはいろいろ理由があるんだよ」
「教えてよ」
「嫌だね」
「あの……、俺はいつも坊主ですけど、啓太は精神病院から出てきたんです」
「隆志、てめえは正直すぎるだろ。何なんだよ、てめえは」
隆志は、黙った。そして、まだ勃起している自分のチンボコを見た。
めぐみも、漸く、隆志のチンボコの具合に気付いたようだった。風呂の中から手を伸ばして触ろうとした。
「やめてください……」
隆志は、弱弱しく抵抗した。
「冗談よ、隆志くん」
「幾らなんだ?」
僕は、めぐみに単刀直入に、危ない角度で突っ込んでいくジェット機みたいに尋ねた。
「何が?」
「だからさ、お前の身体は幾らで買えるんだ?」
「意味がわからないわ。で、精神病院ってどんなところなの?」
「はぐらかすのか?」
「啓太、女の人に失礼なことあんまり言うなよ」
「隆志、てめえは身体が失礼だろ、正直すぎるぞ」
めぐみは、また嬉しそうな顔をした。
「遠くから来たの?」
「なあ、めぐみ、ちょっと質問ばかりだぞ」
「ごめん」
そう言うとめぐみは、突然、下を向いて、手で顔を覆って、うんうんと頷き出した。
「めぐみさん、いいんですよ、気にしないでください」
僕は、このふたりの白痴の行く末をほんの少し心配した。
白痴は、その昔は神様として大切にされてきた時代もあった。それがいまじゃあ社会のお荷物だ。白痴は、英語ではイディオットというけど、その語源めいたのも、神様という意味だ。
神様の行く末。いまでは誰にも大切にされない神様の行く末。
人類なんてただの消費者さ。
さあ、今日は御伽噺はもうお仕舞いだ。また明日、つづきをでっち上げることにするよ。