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大井神社大祭総合研究所

島田大祭? 帯祭? おヽいさんの祭ってなんだろう?
このブログは 『永く万人に愛され続ける大井神社大祭』を
目指して、知らない事を教え合う架空の研究所です。
ただ今、大祭に対する質問も受け付けております!(*´∀`*)

し‐じつ【史実】とは‥

歴史上の事実。「―に忠実な小説」


この有名な肖像画‥そう1192 いい国作ろう鎌倉幕府の「源頼朝」

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といわれていた。しかしその実体は「足利直義」ではないかととの説が出ている。

最近は、源頼朝と伝えられていますよ、という意味で、

この肖像画は「伝 源頼朝像」と頭に「伝」の字がついる。

くわしくはコチラ

同じ例は、足利尊氏が馬にまたがる絵にもあり
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最近の教科書には載っていないか、載っていても単なる「騎馬武者像」の扱いだそうです。

肖像画ではないが

平成の世にも疑惑というものがあるんだよね。

たとえば‥ 2001.09.11の「同時多発テロ」


携帯コチラ

上の例をもって「頼朝」像は虚像である!とか「9.11」はやらせだ!とか言い切れない。

でも、否定も肯定もできないんだよね。

やはり、個人が自身で考えるべきことなんだろうね。


島田の「インディー・ジョーンズ:大塚先生」の言葉

「私は書いてある物を信用しない。実際そこへ行って、自分の目で確かめてはじめて検証の材料とする。」

さらに師は「ウィキペディ○」に書いてあることもデタラメな事がある。それを読んだ方が間違った知識としてしまうのは嘆かわしい。とおっしゃっていた。

このブログのテーマは300年の歴史をもつ「大井神社大祭」だけど、やはり正しく過去を知る事は必要でしょうね。

礎(歴史)がしっかりしていないとその上に建つもの(祭)は不安定なものになってしまうから。

祖先の尊い努力により護持されてきたこの祭を次世代へ繋いで行くためには、まだまだお勉強が必要ですね。

明日は「島田大祭歴史研究会」の皆様と、むかし「大井神社」が鎮座していた奥大井へ行ってきます。

紅葉とかキレイかな?もみじ

また報告します。

(o・・o)/~

クローバー


そのべんかんの彼にいい言葉を聞いた。



丁寧人(ていねいじん)


仕事をていねいにやる人



へーっ


そんな人に私はなりたい。
手違いがあって


お客様を長時間またせてしまった。


「べんかんべんかんまたされた。」とお小言をいただいた。


おもしろい言葉だ


仲良くなったころ
意味をきいてみた。


来るか 来るかと30分以上(個人差あり)待つときに使い、最近はあまり使わなくなったが、昔その方の明治生まれのお母さんはよく使っていたそうだ。



べんかん べんかん




なぜ べんかん なんだろうか?

漢字とかあるのかなぁ
ちなみに藤枝市のお客様です。


(´~`;)
そうそう

大塚先生(島田宿・金谷宿歴史保存会会長)にいただいた地図があったんだ。

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北が上

拡大すると
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西(当時の上方)から

上、中、下本陣と並んでいるね。



気がついたかな?



シンゲン橋を作った「大久保新右衛門さん」の名前がある。
 
「中本陣」の方だったんですね。

それにしても「ハタゴ」がたくさんありますね。

あ!泊る宿がいっぱいあるから「宿場」なんだ!

辞書で調べると

しゅく‐ば【宿場】

江戸時代、街道の要所要所にあり、旅行者の宿泊・休息のための宿屋・茶屋や、人馬の継ぎ立てをする設備をもった所。宿駅。しゅく。





ついでに「ハタゴ」を調べると

旅籠屋(はたごや)
[ 日本大百科全書(小学館)

近世の宿場にあって、おもに一般庶民や公用旅行以外の武士が利用した休泊施設。飯盛(めしもり)女を抱える飯盛旅籠屋と、そうでない平(ひら)旅籠屋の二つがあった。


「はたご」とは元来、馬の飼料を盛る籠(かご)のことをいい、のちには旅行用の食料・雑品の入れ物や、食料そのものをさすようになり、転じて旅行者を宿泊させて食事を提供する旅宿を旅籠屋とよぶようになった。

これに対し、旅行者自身が食料を持参して、薪炭代(木賃(きちん))のみを支払う旅宿を木賃宿とよび、旅籠屋より下等とされた。

旅籠屋の経営が成り立つのは、東海道のように交通量が多く、四季を通じて旅行者のある所だけで、ほかの街道では農業などと兼業であった。


宿場によって旅籠屋数は異なるが、幕末期の東海道の宿駅の場合には一宿平均57軒である。

なんだね。納得!




↓写真は岡部宿の旅篭屋

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クローバー

壊す前の「文化映画館」のあたりに警察署があった。明治8年、民家を借りて静岡警察島田分署として発足。


こわす前の「日の出湯」辺りには、昭和の始め頃まで魚市場もあったフグセリが終るとリヤカーや自転車に積み、あるいは天秤棒に担ぎ、そのまま街へ売り歩く者もあり、三々五々散っていく光景は一つの風物詩でもありました。


江戸時代、島田宿には上(かみ)・中(なか)・下(しも)の3本陣が3~4丁目にあった。

名称は格式を表すものではなく、本陣が設けられた位置によって名付けれたもので、昔は京方面を上(かみ)江戸方面を下(しも)と呼んでいたことから4丁目に下本陣があったわけ。

今川敏男著「本通り四丁目の今昔」より


この本 おもしろい

また 紹介します。

(^人^)
島田宿の3つの本陣

ニコニコ上本陣

ニコニコ中本陣

得意げ下本陣


上中下はグレードの差ではない。


では
(@_@)
なんの事だろうか?



つづきは次回で‥。

波音が響けば

やがて雨の合図

サザンの曲です。

雲が厚い。

雨が近いかな‥。

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写真は09:00の遠州灘(潮見あたり)




星空昨夜スーパーで半額で買ったにゃー「のり弁」をネコが食べてしまった。

そんなプチっとしたブルーも打ち寄せる波音に消されそうだ。

フフフフ
(-_-)
11/23
祭日ですね。



「勤労感謝の日」ですよ。





「働く」について‥

「働く」‥とは

「はたらく」

「傍楽」

まわりが楽(楽しく)になる。


家族や仲間がハッピーになる って事らしい。




ふだんのガンバリに

お風呂温泉(>_<)のご褒美なんかいいかもですね。


ドーンと青空がひろがっています。

写真は藁科川の今。



クリスマスまで一ヶ月ちょっとですねあせる

なんとなく

せわしないかんじですね。


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「妖怪:覚サトリ」
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山中で人間の近くに現れ、相手の心を読み「お前は恐いと思ったな」などと次々に考えを言い当て、隙を見て取って食おうとするが、木片や焚き木などが偶然跳ねて覚にぶつかると、思わぬことが起きたことに驚き、逃げ去って行ったとされている。
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昨夕、こんなメールが届いた。↓

今日はありがとうございました
5時頃からかなちゃんで軽く一杯やろうかと思ってるけど、これます?

ビール平均年齢24才位だろうか10人位の宴に参加する。

中には彼らが高校生の時からだから、10年以上付き合っている子もいる。

いってみれば気心のしれた連中だ。

お兄さん的存在のシンが女の子の恋愛相談に乗っている。

19才のキヨは絶対に飲酒しない。

法律家のサトボーは相変わらず、オーバーアクションだ。

楽しい。

ブラックアウトを目指してグラスを空けるスピードがアップしていく。



でも‥ オヤジは私一人だし、後は若い衆だけで盛り上がってもらおう。



そそくさと帰り支度をする。

すると‥

(*^ー^)ノ
「ケーちゃん。何?(もう帰るの)」

あやに声をかけられる。

(ノ゚ο゚)ノ
「お!おお、仕事ですよ。」

(*^ー^)ノ
「ホントは若い衆に気ー使って、早めに切り上げようとしてるらー」

(ノ゚ο゚)ノ
「ギクッ!(読まれている)」
おそろしい。人の考えている事がわかるのか
妖怪:サトリのようだ。

妖怪にはかなわない。

もう一杯だけ飲むとしよう。


シンのリクエストに応えて
穴なしトミ(ピアス)に「日本人の感性」の話をする。


コロコロ♪ 氷が転がる。

グラスが空いた。 もう、いかなきゃ!

「オヤジは帰るぜ!あばよ!」とセリフを残して立ち去る。

でも、楽しかったな

若人の皆さん
また誘って下さいね。

今度は、わからないようにコソーっと消える事にします。

クローバー