大井神社大祭総合研究所

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島田大祭? 帯祭? おヽいさんの祭ってなんだろう?
このブログは 『永く万人に愛され続ける大井神社大祭』を
目指して、知らない事を教え合う架空の研究所です。
ただ今、大祭に対する質問も受け付けております!(*´∀`*)

 ~「島田大祭」「長唄祭」「帯祭」は 大井神社大祭 の通称です~
大井神社大祭の目的は神様のお里帰り&それをお祝いするお祭りです。

学校、団体への出張授業、太鼓、三味線の演奏受付中
 

 ↓ 知らなかったビックリマーク 祭衣装の着方 「粋」と「野暮」  
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↑昭和4年大井神社大祭 第壱街青年集合写真 (本通り、しめ切り、屋台)



祭りってなに? ~祭りと神社と私たち~

「まつり」という言葉は「祀る:まつる」の名詞形で、本来は神を祀る事

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神社で毎年行われる祭祀(さいし:神様をまつること)のうち、例祭(れいさい)は、最も重要とされています。

大井神社でも氏子崇敬者、市内の代表者だけでなく、県内の主な神社の代表者も参列します。(大井神社HP参照)

3年に一度、寅、巳、申、亥の年の例祭は例大祭となり神輿渡御が行われ、神に対して供物や舞踊・屋台踊り(上踊り、地踊り)等が奉げられます。

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このように地域を挙げて行われているような行事の全体を指して「大祭」と呼びます。

祭祀と関係なく行われる賑やかな催事、イベントについて「祭」と称されることありますが、それらのフェスティバルとは違い 大井神社大祭の根源には神がある「神事ありき」の真の祭りです。

大祭当日に祭り装束に身を包んでいる者は島田の氏神である大井神社の氏子であり、大井神社に対して敬神の心を持ちお祭りに参加しています。

敬神の心
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↑三熊野神社大祭の氏子たちの神様に対する謙虚な姿




かおブログ管理人の挨拶

わが町の祭りが一番。きっと、となりの町も。

 

『世界に一つだけの花』あの歌をBGMに、この記事を書いています。

 

地元の祭りに参加していると、やっぱり思うんですよね。

「わが町の祭りが一番」
「いやいや、わが町内が一番だよ」

私も、そう思う一人です(笑)。

 

慣れ親しんだお囃子、一緒に汗を流す仲間、準備から片付けまでの苦労。そこに昔からの思い出まで重なるのですから、地元の祭りが特別なのは当然です。

 

ただ、少し目線を広げてみると。

となりの町にも、そのまたとなりの町にも、県外の祭りにも、「自分たちの祭りが一番」と胸を張る人たちがいるのでしょうね。

 

私たちが地元の祭りを大切にしているように、その土地の人たちも、自分たちの祭りに誇りを持ち、手間をかけ、次の世代へつないでいる。

そう考えると、よその祭りを見る目も、少し変わってきます。

「うちとは違うな」で終わらずに、
「どうして、こんな形になったのだろう」
「どんな思いで受け継いできたのだろう」
と、もう一歩、知りたくなる。

 

わが町の祭りを誇りに思う気持ちと、ほかの地域の祭りに敬意を持つことは、両立できるんですよね。

そして、よその祭りの良さを素直に認め、受け継いできた人たちに敬意を払う。その姿には、美しさがあると思います。

 

 

私たちがよその祭りを大切に受け止め、よその人たちも、わが町の祭りを大切に受け止めてくれる。そんなふうに敬意が行き交うことで、互いの誇りも、祭りの縁も育っていくのでしょうね。

自分たちの誇りを持ちながら、相手の誇りも大切にする。

どこか、日本らしい心のあり方じゃありませんか。
祭りと一緒に、こういう心も受け継いでいきたいものです。

まずは、知ることから。

見たことのない舞や、聞き慣れないお囃子に触れるだけでも、何か気づくことがあるかもしれません。

そんなきっかけになりそうな催しがあります。

 

「令和8年度 しずおか民俗芸能フェスティバル」

 

 

県内各地から、五つの民俗芸能が集まります。

・天宮神社十二段舞楽(森町)
・寺野のひよんどり(浜松市)
・呉松の大念仏(浜松市)
・富士宮囃子(富士宮市)
・焼津神社獅子木遣り(焼津市)

 

開催は、令和8年10月11日(日)。
午後1時から午後3時30分までの予定で、午後0時30分開場です。

会場は、森町文化会館大ホール。

 

 

島田市から車で30~40分
入場無料、申込み不要。全席自由で、定員は700名です。

それぞれの地域が大切にしてきた芸能を、一度に見られる機会です。

 

よその祭りを知って、感心して。
帰ってきたら、やっぱり「うちの祭りもいいな」と思う。

そんな楽しみ方も、いいものですな。

わが町の祭りに誇りを。
よその祭りにも、敬意を。

まずは、その土地の人たちが大切に受け継いできたものに、触れてみたいと思います。

 

クローバー

堤が欠けて「掛川」?

 

 逆川は「さかがわ」と読みます。

市の資料では、掛川市東山の「山那橋」を起点とする、長さ約23キロの川です。 

事任八幡宮(ことのままはちまんぐう)のわきを流れ、掛川城の南側を通って、袋井市愛野付近で原野谷川(はらのやがわ)に合流します。ここが逆川としての終点です。 この川、「掛川」という地名の名付け親かもしれません。

 

 昔の逆川は、たびたび水害をもたらす暴れ川でした。増水で堤防が欠けたことから「欠川(かけがわ)」と呼ばれ、それが「掛川」になったという説があります。 

 

 

もし堤が欠けずに持ちこたえていたら、「無事川(ぶじかわ)」になっていたのでしょうか。静岡県無事川市の無事川駅(笑) お城も「無事川城」。名前を聞くだけで、ちょっと安心できそうです。

 

 ちなみに、山内一豊(やまうちかずとよ)が整備した掛川城では、逆川は天然の外堀として、城を守る役目も担っていたそうです。

 

 

クローバー

例大祭で訪れた事任八幡宮。境内案内図を眺めていると、「禊場(みそぎば):右上部」という文字が目に留まりました。

 

 

「こんな場所もあるんだ。どんなところだろう?」

興味が湧いて、見に行くことにしました。

そこで出会ったのが、木々に囲まれた逆川の水辺です。岩の間を水が流れ、木漏れ日が川面に映っています。爽やかで、少し足を止めていたくなる場所でした。

そのそばには、小さなお社と立て看板がありました。龍神社です。

川と龍神社の様子を、動画に撮ってきました。

 

▶実際の逆川と龍神社はこちら

 

立て看板を読むと、ここには境内を流れる水を守る龍神様が祀られているとありました。

ことのままの神様は、天と地と人とを結ぶお役目をなさる神様。そのお働きの際に、龍神様がお力をあらわすといわれているそうです。

 

なるほど、水を守る龍神様のお社なのですね。

案内図の「禊場」という文字に引かれて来てみたら、気持ちのいい川と、その水を守る神様に出会えました。

 

さて、「禊(みそぎ)」は、神社で耳にする馴染みのある言葉ですが、どういったものなのでしょうか。

日本神話の中に、その由来をたどってみましょう。

 

『古事記』では、イザナギが亡くなった妻のイザナミを迎えに、死者の世界である黄泉の国へ向かいます。しかし、変わり果てた妻の姿を見てしまい、追っ手から逃げ帰ることになります。

 

 

ようやく戻ったイザナギは、黄泉の国のけがれを洗い流すため、水で身を清めました。このお話が、禊の起源とされています。

 

 

そして、左目を洗うと天照大神(あまてらすおおみかみ)。
右目を洗うと月読命(つくよみのみこと)。
鼻を洗うと須佐之男命(すさのおのみこと)。

大井神社に祀られる三柱の神様のうちの一柱、天照大神は、この禊の中で生まれたのです。

死者の世界から逃げ帰り、水で身を清めた先に、太陽の神様が生まれる。闇から光へとつながるようで、印象に残るお話です。

 

逆川がこの神話の舞台というわけではありませんが、「禊場」という文字を入口に、境内の水辺から遠い神話へと話がつながりました。

龍神社の立て看板の最後には、天地人の和合を誘う神様に、感謝の誠を捧げましょう、とありました。

案内図で見つけた「禊場」の文字。
気になって足を運んだおかげで、本殿のお参りだけでは気づかなかった場所を知ることができました。

 

この先、暮らしていくうちに、私たちにもいろいろとけがれがたまるかもしれません。

そのときは、またここへ。
まずは川を眺めて、禊の気分だけでも。

 

クローバー

最終日、日が落ちて、あたりがだんだん暗くなってきました。

 

それまで静かに控えていた屋台が動き出します。

事任八幡宮前の交差点では、大きな屋台がクルクルと回り、ゆっくりと身を揺らします。


夜の交差点に、屋台ならではの躍動感が広がってきました。

しかも、この日は雨。

屋台には雨除けの透明な合羽がかけられていました。

そこへ信号の光が当たります。

 

赤い光が反射したかと思うと、次には青い光が透ける。

屋台が回るたびに、光の当たり方が変わり、表面の色も次々と変化して見えます。

雨にぬれた合羽が光を拾い、屋台全体がゆらゆらと色を変えていく。

 

その様子を見ていて、ふと頭に浮かんだものがありました。

『眠れる森の美女』のラストシーンです。

 

▶ 実際のダンスシーンはこちら

 

王子とオーロラ姫が踊る中、妖精たちの魔法で、オーロラ姫のドレスの色が変わっていく、あの場面です。

 

青になったり、ピンクになったり。

踊るたびに色を変えるオーロラ姫。

そして目の前では、大きな屋台がクルクルと回りながら、信号の光を受けて色を変えていく。

 

しばらくのあいだ、屋台の動きには、どこか踊るような美しさがありました。

雨、信号の光、透明な合羽、そして回転する屋台。

 

 

▶ 実際の屋台の動きはこちら


それらが合わさって、交差点は幻想的な景色に変わっていました。

もちろん、屋台と『眠れる森の美女』に直接の関係があるとは思えません。
……でも、ひょっとして何かあるのでしょうか。
昔、ディズニーのスタッフが偶然この祭りを目にして、ヒントを得ていたりして。
そんな想像をするのも、ちょっと楽しいものです。

 

晴れた夜には見られない、雨ならではの景色だったのでしょう。

記憶というものは、不思議なものです。

目に映った景色だけではなく、そこから心に浮かんだ物語まで、いつまでも残ることがあります。

 

私にとって、この夜の屋台は、

「オーロラ姫のダンス」

でした。

 

クローバー

事任八幡宮の祭りで、目を引いたのが屋台でした。普段見慣れている祭り屋台とは、ちょっと形が違います。

日坂・八坂の屋台は、二輪の「御所車型」と呼ばれる屋台で、上部には「朝顔」と呼ばれる特徴的な部分があります。

まずは、その名前の由来をイメージしてみましょう。

朝顔の花は、ラッパのように大きく開いた形をしています。屋台の上部も、それを思わせるように外側へ広がった形をしています。

そして、もうひとつ知っておくと分かりやすいのが「御所車(ごしょぐるま)」です。

御所車とは、昔の貴族などが乗った牛車のこと。大きな車輪が左右に二つ付いています。

朝顔のように広がった上部、そして御所車を思わせる大きな二つの車輪。この二つを頭に入れて実際の屋台を見ると、形がずいぶんイメージしやすくなります。

 

この朝顔屋台、実はかなり古い歴史があります。日坂・古宮の屋台は、文久年間(1861~1864年)に造られたと伝えられています。

文久といえば幕末。坂本龍馬や新選組が活躍していたころです。

古い時代の形を、今も祭りで見ることができるわけですね。

さらに屋台をよく見ると、朝顔の上には人形も飾られています。日坂・八坂には八つの地区があり、屋台の幕や装飾もそれぞれ違います。同じように見える屋台でも、よく見ると一台一台に個性があります。

そして実際に見ていて面白かったのが、二輪屋台ならではの動きです。

屋台の重心は、大きな車輪の車軸あたりに乗っています。そのため、車軸を支点に前と後ろを上下させると、まるでシーソーのように「ぎったん、ばっこん」と動きます。

引き手たちも、それを楽しむように屋台を上下に揺らしていました。

さらに驚いたのが、横方向の動きです。あれだけ大きな屋台が、その場でクルクルと、まるでコマのように回転するのです。

上下にぎったん、ばっこん。そして、その場でクルクル。見ていると、ちょっとしたアトラクションのようでした。

 

 

 

 

どうして、あんな動きができるのでしょう。左右の車輪や車軸が独立しているのか、どんな構造になっているのか。そこも気になるところです。

朝顔のように広がった上部、大きな二つの車輪、屋上の人形、そして独特の動き。日坂・八坂の屋台は、形を見るだけでもなかなか面白い屋台でした。

 

そして、この屋台を見ていて、まったく別のものを思い出しました。「眠れる森の美女」です。

 

祭り屋台と「眠れる森の美女」。いったい何の関係があるのか。

その話は、また次回。

 

クローバー

前回は、日坂宿や小夜の中山について見てきました。今回は、事任八幡宮そのものについて少し調べてみましょう。

 

事任八幡宮がいつできたのかは、はっきりとは分かっていません。ただ、とても古くからこの地にあった神社です。

伝承では、今から1200年以上前の807年ごろ、坂上田村麻呂が東国へ向かう途中、桓武天皇の命令によって神社をすぐ北側の本宮山から現在の場所へ移したとされています。

 

事任八幡宮の主祭神は、己等乃麻知比売命(ことのまちひめのみこと)。言葉や言霊に関わる神様として知られています。
 

そして、神社の名前にもなっている「ことのまま」。

 

昔から「願ったことが、その言葉のままにかなう神社」として信仰されてきたそうです。

 

ずいぶん頼もしい神社ですね。そう感じたのは、現代の私たちだけではなかったようです。

 

平安時代の『枕草子』には、

「ことのままの明神、いとたのもし」

と記されています。


清少納言〈イラストはイメージ〉
(平安時代に活躍した、「春はあけぼの」で有名な『枕草子』の作者)

その後、武士の時代になると八幡さまへの信仰が広がり、1062年ごろには源頼義が京都の石清水八幡宮の神様をここにお迎えしたと伝えられています。

事任八幡宮には、主祭神のほかに八幡大神三柱も祀られていて、合わせて四柱の神様が祀られています。

 

「願ったことが、その言葉のままにかなう」と聞くと、気になるのが「言葉の力」です。

日本には昔から、「言葉には力が宿る」という「言霊(ことだま)」の考え方があります。

普段何気なく使っている言葉も、漢字で見てみると面白いものがあります。

 

「ありがとう(有り難う)」

「有ることが難しい」ほど、めったにないことへの感謝。

 

「おかげさま(お陰様)」

「陰」は、直接は目に見えないところ。自分ひとりの力ではなく、誰かの支えがあって今があることへの感謝。

 

「いただきます(頂きます)」

「頂」は頭のてっぺん。ありがたいものを、頭を下げて受け取るという意味につながる言葉です。

 

こうして見ると、普段使っている言葉にも、それぞれ意味や思いが込められていることが分かります。

そう考えると、「ことのまま」という名前も、なんだか今までより身近に感じられてきます。

 

言葉に関わる神様を祀り、「願ったことが、その言葉のままにかなう」と信仰されてきた神社。

事任八幡宮は、「言葉」というものについて改めて考えてみるのにも、面白い神社なのかもしれません。

 

次回は、独特な形で目を引いた屋台を取り上げます。

 

クローバー

昨晩、日坂で行われる事任八幡宮例大祭を見に行ってきました。

まずは日坂という土地と、事任八幡宮について少し調べてみましょう。 

 

事任八幡宮の近くにある日坂宿は、江戸時代の東海道五十三次の宿場町です。

旅人たちは、島田宿を出て、大井川を川越しし、金谷宿を通って、日坂宿へ向かいました。

今では車で通ればあっという間ですが、昔は歩いて進む旅の道です。
そう考えると、宿場町がどれほど大切な場所だったのかが見えてきます。

ここで、当時の日坂周辺を描いた一枚を見てみましょう。 

 


歌川広重「東海道五拾三次内 日坂 佐夜ノ中山」 

 

広重の絵を見ると、山道を進む旅人たちの様子が描かれています。

そして、絵の中に見える大きな石。
これは、夜泣き石なのでしょうか。


小夜の中山には、夜泣き石の伝説で知られる久延寺(きゅうえんじ)があります。

それにしても、絵に描かれた坂はずいぶん急に見えます。

私も以前、山の上にある久延寺へ車で向かったことがありますが、道幅が狭く、しかもかなりの急坂でした。
セカンドギアでなければ登るのがつらいような坂もあります。

広重が描いたのも、あの坂なのでしょうか。

もちろん、現在の道と当時の道がそのまま同じとは限りません。
それでも、実際にあの坂を登ったことを思い出すと、小夜の中山が昔の旅人にとって難所だったというのも納得できます。 


 

祭りの話から少し寄り道しましたが、日坂宿や小夜の中山を知っておくと、事任八幡宮のあるこの地域が、昔から多くの人が行き交う場所だったことが分かります。

次回は、事任八幡宮にはどんな神さまがまつられているのか。

そして、「ことのまま」という名前には、どんな意味があるのか。

そのあたりを見ていきましょう。

クローバー

夏い熱 太陽

 

神社関係者の方から、「車いすやベビーカーを利用する方、ご高齢の方にも、安心して茅の輪をくぐってもらいたい」とご相談をいただきました。

そこで今回、茅の輪の足元にある段差を小さくするため、行事の期間中だけ設置できる簡易スロープを製作。

 

神社の参道は、雨水を左右へ流すため、中央がわずかに高くなっています。そのため、段差の上に板を置くだけでは、ガタついたり傾いたりしてしまいます。

今回は、車用スロープや砂袋(小さな空間は砂を入れたレジ袋を使い微調整)を使って高さと傾斜を調整し、その上に木板を配置しました。木板は一枚ものではなく、地面の不陸になじみやすいように4分割。

さらに、木板をトタン板とビスで固定し、歩く部分にはゴムマットをかぶせる。

 

使用した主な材料は、車用スロープ、砂袋、木板、トタン板、ゴムマット、ビスなどです。特別な材料ではなく、ホームセンターで手に入るものを中心に組み合わせています。

ゴムマットの端には、わずかな段差が残ります。そこで段差部分に白い斜線を入れ、足元の変化に気づきやすくしました。

段差をできるだけ小さくすることはもちろん大切ですが、完全になくすことが難しい段差については、その位置を見えやすくすることも安全対策の一つです。

「ここに段差があります」と目で伝えることで、つまずきや転倒の危険を減らすことができます。

 

この方法の利点は、大がかりな工事を必要とせず、行事の期間に合わせて設置や撤去ができることです。

 

 

境内や参道の形、傾斜、地面の状態は神社ごとに異なるため、実際の設置には現場に合わせた調整が必要です。

それでも、身近な材料を工夫して組み合わせることで、車いすやベビーカーを利用する方、ご高齢の方など、参拝者の負担や転倒の危険を減らせる場合があります。

同じように、茅の輪の段差や参拝者の安全対策に悩んでいる神社関係者の方々に、少しでも参考にしていただければ幸いです。

材料や製作方法などの情報はこちらにまとめました。プレゼン資料や安全対策の検討などにご活用ください。

【材料などの詳しい情報はこちら】

 

今回は設置を見合わせましたが、砂袋の重みを利用して安定させるタイプの手すりを設置することも可能です。

地面に穴を開けることが難しい場所や、期間限定で手すりを設置したい場合の方法として、ご参考ください。

 

 

2024年の全国統計では、転倒・転落・墜落によって亡くなった方は11,912人でした。一方、交通事故による死者数は3,510人です。約3.4倍ですね。

小さな段差に見えても、転倒すれば大きなけがにつながることがあります。

段差を小さくする、滑りにくくする、段差の位置を見えやすくする。

こうした一つ一つの工夫が、誰もが安心して参拝できる環境づくりにつながるのではないでしょうか。

 

クローバー

梅雨ですね傘
 

あなたの事を想うと
すごく胸があつくなるの
いつもは憂鬱な雨も
サンバのリズムにきこえる
 

誰の言葉だったでしょうか。
谷崎だったか、藤村だったか……。
 

さて、時節の挨拶はこのくらいにして、お知らせです。

二街の踊りの師匠、花柳照綾乃先生のお教室のホームページが新しく開設されました。

https://teruayano.com/

明るく楽しい教室の雰囲気が伝わってくる、とても素敵な内容です。

日本舞踊に興味のある方はもちろん、
「どんな教室なんだろう?」という方にも、ぜひ一度ご覧いただきたいサイトです。

アウトドアが少し難しくなる雨の季節。
こんな時期こそ、室内で日本文化にふれてみるのも楽しいかもしれません。

ぜひチェックしてみてください。

 

クローバー

やあ、ごぶさたしております。
師走に入り、そろそろ祭りロスも落ち着いてきた頃でしょうか。

さて、うれしいお知らせです。
今度の土曜日に、大井神社大祭の特別番組が放映されます。

このたび、ダイドーグループが展開する「日本の祭り」企画の一つとして、
大井神社大祭を取り上げた特別番組が制作され、下記のとおり放送されることになりました。

番組では、大祭を支えてきた皆さんの姿や想いに光をあてた、
温かみあふれる “祭りヒューマンドキュメンタリー” が描かれます。

【放送日時】
令和7年12月14日(日) 午後1時54分~
【放送局】
SBSテレビ

お時間が合いましたら、ぜひご覧になってみてくださいね。
画面越しに、またあの空気を感じられればと思います。

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追伸
以前書いた「センチメンタルジャーニー」のことを覚えてくださっている方から、
先日、ふとした席で「出雲大社には行ったの?」と尋ねられました。
私は笑って、「さて、どうだろう」と曖昧に返したまま。

またぼちぼち続きを書いていきますので、気長に待っていてください。