大井神社大祭総合研究所 -24ページ目

大井神社大祭総合研究所

島田大祭? 帯祭? おヽいさんの祭ってなんだろう?
このブログは 『永く万人に愛され続ける大井神社大祭』を
目指して、知らない事を教え合う架空の研究所です。
ただ今、大祭に対する質問も受け付けております!(*´∀`*)

ここの方たちは祭り衣装がしっかりとしている

高いはちまき着用率
低いうまづら


お行儀もよろしい




大きい声を出している方はまず見かけなんだ

観光客(私たち)にフレンドリー
振る舞い酒でウエルカム


高価な正絹の衣装をだらしなく着るより
綿でもしっかりと着ているほうが気持ちいいですね

よく「伝統を守って‥」ってセリフを耳にしますが
守るべき伝統ってなんですかね

彼らの心意気が衣装に現れているようです

横須賀の祭り
さすがに敬神の心を持った氏子の皆さんの祭りです。

キレイで優しいお祭だったなあ
「永く万人に愛され続ける祭り」ってこういう祭りだろね

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三熊野神社大祭のポスター

いいポスターだねえ



お囃子が聞こえてきそうじゃないか

桜の香りが漂ってきそうじゃないか

なんでこんな優れてるんだろう?

それはね

ポスターを発注をする際、複数の業者から案を提出してもらい
提出された案の中から最も良い案を皆で選んでいるから

つまりコンペ方式ね

コンペ‥難しそう?

いやいや 今は安くていいサービスがあるんです。

たとえばこんなのとか

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だし 【山車】

日本の祭礼に、神輿とは別に、人形・花などで飾った、引いたり担いだりする屋台の総称。

起源は平安時代の京都の諸祭礼までさかのぼるという。

ダシの語は「出し物」の意で、神の依代として突き出した飾りに由来するという。

「山車」と当て字するのは、神霊を招くための〈作り山〉に由来するとの説がある。

↑は世界宗教用語大事典より

↓三熊野神社大祭 ねり(山車)の だし(出し)


誰だろう
男らしい険しい顔と女子の端正な顔立ちのコントラストがよろしいです。



日本史の名シーン
信玄と謙信 龍虎一騎打ち 


日の出だろね。手を合わそうか
シンプルで力強し



「わ~れこそは タマズサがオンリョ~」

Y(>_<、)Y

仁義礼智忠信孝悌

NHKで夕方やってましたね。人形劇「里見八犬伝」

小生は「しの」が好きだったな中性的な「犬塚しの」

写真はその「犬塚信乃」右と「犬飼現八」

いざとなったら玉を出せ
力があふれる 不思議な玉を~♪

なつかしいな

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静岡県無形文化財 二輪屋台の祭囃子


メインストリートから脇道へ


各地区の「ねり」は公民館横の小屋(右)に収納

公民館の事を「稽古場」と呼んでいる



彼らは祭りの時だけ張り切る  

わけじゃあない

日常に祭りがある

三熊野神社の氏子の皆さんは毎週「稽古場」へ集まってお囃子の練習をし次回の祭りに備えている。

うんうん 音譜すばらしい



さて‥私たちは日常、大井神社大祭に対してどんな努力や貢献ができてるんだろうかあせる


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「花ぼろ」はハンドメイド


こよりと


紙を使います


顔料を溶かし紙を赤く染めます

紙の大きさ、染め方は地区ごとに差があるそうです


華やかですね

坊やも笑顔の花を咲かせています

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*さくら*スーパー田子重に祭りのポスターが展示されていました。




「三熊野神社大祭」


大きな地図で見る

*さくら*

横須賀城下の三熊野神社の祭礼

毎年4月の第1金・土・日曜日

こんな感じ

以前紹介した神田明神⑤天下祭



*さくら*江戸時代、横須賀藩主の家臣が、江戸の天下祭りの屋台の様式と囃子を持ち込んだと伝えられてます。

~見所~

①祢里(ねり)  江戸(東京)では消滅、一本柱万度型という形。貴重品 屋台のシーラカンス。

②三社祭礼囃子 古い歴史とその比類のない名調子を認められ静岡県指定無形文化財第1号に指定
ひょっとこ、おかめの手古舞がつく。

 そして私たちが見習わなくてはいけない

③祭り参加者の敬神の心




「比べて初めて分かる」なんて事がありそうです。

いいお祭りを観て見聞を深めてこようと思います。

*さくら*

花の季節だしドライブがてら春の祭り見物なんていかがでしょうか?


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3/16 朝 御殿場から熱海へ

箱根スカイラインへ向かう県道401号にある「だんごや」の石碑に目が止まる。




「美しい國 日本」

いーじゃない音譜

ひきかえして駐車場へ入ると店のご主人がのれんを出していた。




「おはようございます」  しばし立ち話

この石碑の文字 書いたのは石原慎太郎氏 昭和37年の事 太陽の季節やね。

安倍首相も前の内閣の時に「美しい国」をスローガンにしてたけどずっと前に提唱されてたんだね。

当時ここは国の土地で時の首相 岸信介氏と石原氏が協力?してここを整えたらしい。

岸氏の石碑もある。



「天下第一峰」 富士山の事だね うん、そりゃまったくその通り。

その富士さんに向けて鳥居が建っている


富士山を拝もうって事だろうか

ここの名称は「駿河台」 終戦のエンペラー「昭和天皇」も立ち寄り大きな石の横から景色を眺められたそうだ

はばかりながら小生も同じ場所から景色を眺めよう。



なるほど 晴れ 気持ちがよろしい




美しい国 日本

美しい 景色

美しい 自然

美しい 文化

美しい 伝統 

美しい おねーちゃん

この国の国民として生を受けて幸せですね。





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2012年のアメリカの映画


第二次世界大戦終戦直後の連合国軍占領下の日本、昭和天皇が戦犯として裁かれるのをいかに回避したか、フィクションを交えながら描く。



前から気になっていた作品 少し神道に触れている。

なかなか天皇陛下をテーマにした映画は日本で作るのは躊躇しますから

ハリウッドだからこそ作れた作品かもですね。

さてこの作品にも出てくるマッカーサー

彼は連合軍の目的通り、日本が二度と武器を持って闘おうなんて考えないように、この国を骨抜きにしようとしました。

勝てば官軍

官軍→アメリカ

賊軍→日本

賊軍の日本がいかにが悪いことをやったか洗脳しようと試みる。

その中の一つ教科書の検閲基準

それにより教科書を読んで

「日本ってすごいな!」

「日本人であることに誇りに思う」

と思うような事は一切書けなくなりましたなりました。

そして「尊敬される天皇の姿」は書く事も禁止
基本的で重要な建国記念日の意味があまり知られていないのもそれが理由だろうか?

以上のような経緯があるんで私たち日本人が日本人である事に誇りを持ちにくかったんでしょうかね。

そういえば1ヶ月位前かな安倍首相が言っててましたね「日本人としての誇りを持てる教科書作り」って

映画の話に戻ります。

有名な話なんで書いちゃいますが

マッカーサーが昭和天皇と面会した場面

昭和天皇「戦争の責任は私にある。私はどうなってもいいから国民を救ってほしい」

命乞いをしてくると想像していたマッカーサーは驚きこうコメント

「私は神のような帝王の姿を見た。」

後に『回想記』にこう記している。

「私は大きい感動にゆすぶられた。

死をともなうほどの責任、それも私の知り尽くしている諸事実に照らして、明らかに、天皇に帰すべきではない責任までも引受けようとされた。

この勇気に満ちた態度に、私の骨の髄までもゆり動かされた。

私はその瞬間、私の眼前にいる天皇が、個人の資格においても日本における最高の紳士である、と思った」

‥‥泣けますね。

先の震災時に被災者とひざを突き合わせてお見舞いされる今上天皇、皇后両陛下のお姿と重なります。

なんか学校の授業も活字&写真で教えるのも方法ですが

自分が生徒ならこんな映画見せられたら興味が湧いて「もっと知りたい」ってなんのになあ。

(`・ω・´)ゞ


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あかりをつけましょ ぼんぼりに

お花をあげましょ 桃の花

五人ばやしの 笛太鼓

今日はたのしい ひな祭り~♪



女兄弟がいたんで家に雛人形が飾られていた。

そして、幼いころからハテナ?と感じていた事がある。

五人囃子の皆さん 並びの左から


↑太鼓(たいこ)


↑大鼓(おおつつみ)


↑小鼓(こづつみ)


↑笛

そして 扇子を持った彼

他の4人は一生懸命演奏してるのに オジサンだけ楽器を持たず何やってんだい?



よその家の人形の中には堂々とあくびしている人もいる。

けしからんね
(。・ε・。)



と感じて過ごしてきた少年時代

時が経ち

大井神社大祭で江戸の芸人さんと接して分かりました。

あの方、怠けていたんじゃないんだね。

唄方としてボーカルを担当してたんだね。
あくびじゃなっくって唄声を出してたんだね。

ちなみこの並び順、能の演奏の並びと一緒で右から楽器の小さい順だそうです。

扇子のオジさん ごめんなさい

m(_ _)m



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長唄吉住会の会報「扇草№31」に島田市在住の長唄三味線の吉住小友也先生の記事が掲載されました。

大祭の事が書かれていたのでお願いして許可を頂いて紹介させて頂きます。

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昨年十月の第107回島田大祭は、私にとって最高のお祭りとなりました。

思えば約九年前、本格的に三味線に打込む為上京し、当時から将来名取りになる事が出来たら、第壱街の屋台で三味線を弾きたいという夢がありました。

2008年に一つの目標であった名取りとなり、今回、初めて長唄吉住会三味線方、吉住小友也として、屋台の上で演奏させて頂いたのです。 

お祭り初日には「御手見世」という、屋台に乗る芸人さんを町衆に披露する会が開かれ、先代のお家元、花垣先生には毎回ご出演頂いておりました。

その「御手見世」が数年ぶりに復活され、小三代先生に「みやこ風流」を弾いて頂きました。




島田の子供達は「桃太郎」を課題曲とし、約半年間お稽古して参りました。お稽古では一人ひとり弾けていても、全員で合わせると全く弾けなくなる子もおり、自分の指導力不足を感じましたが、残り十日程のお稽古では、小三友先生より頂いたアドバイスを元に、二、三人一組のお稽古に変え、その練習成果があり、本番では見事素晴らしい演奏を披露することが出来ました。
お客様からも高い評価を頂き、自分自身「三味線」の成長が認めらた様で嬉しかったです。


また、今回は五才の娘を屋台の踊り子として舞台に立たせ、夢以上の親子共演が実現致しました。
長い歴史の中で長唄、三味線、鳴物の名取りになった方がいた事実は残っていますが、親子共演は初の事で、町の皆様も大変喜んで下さいました。
演目は「娘道成寺」「越後獅子」で、どちらも「舞踊としては大し変難しい」とお師匠さんにいわれましたが六月末よりお稽古を開始。


十月まで週三回のお稽古と自宅稽古を重ね、何とか本番を迎えました。

普段はお転婆な娘で、人前で本当に踊れるのかと心配でしたが、伴奏に合わせ立派に踊る娘の姿が屋台上にありました。



目の前の舞台で娘が踊り、自分が伴奏をする。今まで三味線をやってきて、本当に良かったと 思った瞬問でした。

島田には大祭があり、長唄があります。

今後も島田を始め、静岡に長唄、三味線の音を広めて行きたいと思います。

娘はお祭りが終わってからも、「娘道成寺」と「越後獅子」の唄を口ずさんでいます。


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以上が吉住小友也先生が投稿されが記事。

先生は「NPO法人 三味線音楽普及の会」の活動として

学校への出張授業、児童生徒への実技講習、鑑賞用出張演奏

そして東海道沿いのご自宅で三味線教室を開いて情熱的に活動をされています。

頭が下がりますね。

近い将来、散歩するとあちこちから三味線の音が聞こえてくるような音譜

そんなファンタスティックな町になるといいですね

クローバー