カンボジアのそこんとこどうなのよ。
ここんとこカンボジアのことについて書いてきましたが、
今回が最終回です。
遺跡以外のことについてちょこっと書こうと思います。
<カンボジアの免許事情>
タクシーの車種として、トヨタのカムリをよく見かけましたが、
その他にはバイクタクシー、トゥクトゥクなどがあります。
基本的に車はシートベルトは全く締めず、バイクはヘルメットなし。
タクシードライバーは車の免許、観光免許が必要ですが、
バイクタクシーではバイクの免許は必要なく、観光免許だけが
必要なんだそうで、トゥクトゥクもそうらしい。
バイクは基本的に免許システムが整備されていないそうで、
そこらへんを走ってるバイクはみなさん免許も持っていない人が
多いのだそう(10代半ばの明らかに免許取得年齢に達していない
若い子もバイクに乗ってます)。
ちなみに車以外はナンバープレートがついていないものも多いです
(違法ではないそう)。
バイクタクシー、トゥクトゥクに乗る際は心して乗らなくては。。。
ちなみに近距離ですが、トゥクトゥクに乗ってみました。
街中を走る分には快適でしたよ。
<カンボジアで好まれる数字>
カンボジアでは168という数字が好まれるそうで、
屋号に168を入れているお店を何度か見ました。
電話番号に168が入っていると高値で取引されるそうです。
<カンボジアの観光業>
遺跡は本当に素晴らしく、行って絶対に損はないですが、
観光産業にはまだまだ開拓の余地があるように思います。
お土産ものはほとんどがタイのものと同じで、
カンボジアオリジナルなものは本当に少なかったです。
お料理も近隣国のものに似ています。
文化上、重なるところがあるのかもしれませんが、
カンボジアでの観光産業を確立していく上では、カンボジアの
オリジナリティを全面に出し、ハード面でもソフト面でも
他国との差別化を図ることが重要だと感じました。
これからも遺跡を訪れる人々は減ることはないでしょうし、
現在もホテルの建設が行われていたので、これからもますます
集客率がを高まるように思いますが、一方で今もなお残る
人々の暖かさや素朴さがずっと残っていけばいいなあと思います。
今回、アンコール遺跡群を訪れて素晴らしい時間を過ごせたことは
本当に幸せでした。
でもそれはきっと遺跡の素晴らしさだけじゃなくて、
一緒に行った友人といっぱいおしゃべりして、いっぱい笑って過ごした
というのが大きかったと思います。
やっぱり、旅は道連れ、ですね。
さあ、次はどこに旅をしようかな。
遺跡は若いうちに行け-2
前回同様ちょっと大変だったところがKbal Spean。
水の中に残る遺跡です。
しかし、この遺跡を見るためには1500mの山を登らねばなりません。
ちなみにこの山は国立公園に指定されています。
遺跡の入り口の立て札でお出迎え。
微動だにしないので作り物か?!と一瞬思った程。
凛とした瞳が美しい。
さて、遺跡に向かおうとしたら、その行程はこんなかんじでした。
真ん中に小さく私がいるのが分かりますか?
なんだかまるで自分がこびとにでもなったかのように
めたんこ大きな岩がごろごろしていました。
たまに階段があったりしますが、ほとんどはなにもないので
登りやすいところを自分で見つけて自力で登らねばなりません。
100m毎に立て札があるので、迷子にだけはならずにすみます。
あまりに大きい岩があったので、友人にスケールになってもらいました。
後ろは全部一枚岩です。
地中にはどのくらい深く埋まっているのだろう。
石なんてちっとも興味ないけれど、岩石学者の相方さんに感化され(?)
つい大きい石とかめずらしい石を見ると写真に収めている自分がいる。。。
やっと頂上について、水の中の遺跡を眺める。
小規模ですが、女性器の象徴の遺跡や細かい彫刻が施されていました。
川の周辺では地元の方々がピクニックをしていてとってものどか。
乾期には水も流れなくなってしまうそうで、6月あたりは滝遊びに
最適なシーズンなんだそうで、地元の方々の格好の遊び場となっていた滝。
雨期の終わりに向けてどんどん水かさが増えるので、
滝で遊ぶのは危険になってしまうとか。
登ってくる間は熱帯雨林特有の蒸し暑さがあるんですが、
滝の前にいるととっても涼しいんです。
まるで天然のクーラー。
あまりの気持ちよさに、なかなか下山できずにしばらく遊んでました。
遺跡よりも滝遊びがメインになってしまったKbal speanでした。
山の途中にあった札。
本当にそうだと思います。
最近、イタリアの遺跡への落書きがニュースになっていますが、
落書きだけじゃないと思います。
カンボジアの遺跡の中でも、平気で煙草の灰を落とし、挙げ句の果てには
吸い殻を投げ捨てている人を見て、腹立たしさと悲しさでいっぱいになりました。
Please respect the natural environment and national treasure.
遺跡は若いうちに行け。
シェムリアップの町から1-2時間ほどのところにあるベンメリア。
これまではかなりぼこぼこ道だったそうですが、
数年前に補修されてかなり走りやすくなったんだとか
(でも変わりに通行料を支払わねばならなくなりました)。
この道ができたついでにベンメライも入場料がかかるようになったそう。
このベンメリアはラピュタのモデルになっているんだとか
聞きましたが、もうとにかくどこもかしこも壊れまくってます。
他の遺跡も壊れていますが、他との比じゃないくらいに破壊されまくり。
ちなみにこの日は同行者が体調不良でホテルに残ったため
私はひとりで遺跡巡りをしたのですが、車を降りて、別れ際に
ドライバーが「ひとりで大丈夫?」と初めて聞いてきたので
内心どんなところかハラハラしながらのスタートでした。
正面からしてこんなんです。
遺跡に入ろうと思ったら、遺跡の前でたむろっていた
男の人が追いかけてきて、「おれについてこい」みたいなことを言う。
「でも、私はお金払えないよ。ガイドはいらない」と言ったら
「ここは地雷が埋まってるし、コブラもでるし、危険。
この遺跡はガイドをつけないと危ない。
ガイド料はUS$5でいいよ。ヨーロッパ人も中国人も日本人も
みんな同じお値段だし」などとぬけぬけとぬかす。
他の遺跡でも、おじさんが親切を装い「ここがベストポイントだよ!」とか
勝手に教えてきて、内心、後でお金取られるんだろうなあと思いながら
撮影していたら、ツーリストポリスのおじさんがすごい剣幕でやってきて
クメール語で厳しい口調でおじさんに話し、私に「あなたのガイドですか?」
と聞くので「いいえ」と答えると、そのおじさんを連れて行ってしまったことが
あったりしたので、偽ガイドはどこでもいるし、この人もそうなんじゃないかと
思ったのですが、ドライバーの心配そうな顔も頭によぎり、しかも目の前に
20cmくらいのぶっといムカデがうにょうにょしたりしていたので、
コブラもいてもおかしくないし、いちかばちかでついて行くことに。
ちなみにベンメリアには彼を含め 5人のガイドが住んでいるそうで、
(彼の英語はあやしかったので、本当に遺跡に住んでいるのかは不明だが)
こうしてかわりばんこにガイドをしているのだそう。
こんなふうに瓦礫と化した石の上を歩いていく。
途中で、「去年ここで韓国人のおじいさんが落っこちて亡くなった」とか
言うので、余計にどきどきしました。
確かに、バランスを崩したら命にかかわりそうなポイントが
複数ありました。
タ・プロームほどではないけれど、ここも木々と遺跡のコラボが
芸術的です。
遺跡の中は2-3人くらいしか観光客もいなくて、しかも誰もが
ガイド(シェムリアップから連れてきた公式ガイド含む)を
連れていました。
確かについて行かないとどこをどう歩けばいいのか
分からないようなかんじで、一部階段や歩道がつくられている
ところもあるのですが、体力のいるところもあったりします。
ちなみに、この遺跡はクメール・ルージュの時代に、
ポル・ポト派の人々がいたところだそうで、遺跡の周りには
地雷をばらまいていたそう。
遺跡と外壁の間の地面に大きなクレーターがあって、
そこは地雷が爆発してひとりなくなったんだそうです。
観光地となった今は遺跡の中は安全だそうですが。。。
ポル・ポト派は資金を得るために遺跡の壁の彫刻を削り取って
タイに売っていたそう。
そのおかげで中央の塔はくずれてしまったんだそうです。
外壁は地雷、中央の塔は彫刻採取、そして樹木による浸食の結果
この遺跡はぼろぼろになってしまったんだとか。
でも、ベンメリアというのはベン=花、メリア=プールという
クメール語からなっていて、敷地内には大きなプールの跡が 4つあり
当時はとても美しかったのだろうと思われます。
遺跡がぼろぼろになっても、その上に木々は枝を広げて
生命力の強さを誇示しているようでした。
遺跡のあまりの破壊ぶり、怪我をしないかという心配、
さらにはこのガイドを信じていいのかという心配で
ハラハラしどおしで、遺跡から出たときは本当にほっとしたのを
覚えています(地雷も踏まずに、コブラと遭遇もしなかったけど、
でも結果的にはガイドをお願いしてよかったです。
遺跡までの道沿いでのんびり寝ていたウシ。
遺跡の中の殺伐とした雰囲気とは対照的で
とても気持ちが和みました。
アンコールで一番お気に入りの遺跡。
アンコールワットは私が長年行きたかったところでした。
初めて知ったのは市ノ瀬泰三を題材にした映画『地雷を踏んだらサヨウナラ』。
そんなにまでして撮りたかった場所ってどんなとこなんだろうと
思い始めて、それからずっと行きたいなあと漠然と思っていたのですが、
実際行ってみていろいろな遺跡を廻るうち、私の心に深く残ったのは
別の場所だったんです。
それが、Ta Prohm。
本当に本当に大好き。
是非またあの空間に浸ってぼおっとしたい。
正面。
真ん中は補修工事中でした。
例のよって誰もいません。。。
この遺跡が有名になったのはこのような榕樹が遺跡を浸食しているからだそうで
本当にいろんなところで樹木が大きく根を広げて生い茂っていました。
樹木による寺院の倒壊も予測されているのだそう。
さもありなんというかんじでした。
榕樹を見ていると、だんだん頸長竜に思えてきてしまって、
木肌も恐竜みたいで(恐竜見たことないけど)、なんだか
不思議な感覚がしました。
榕樹の写真ばっかりですいません。
実際私がここで撮ったほとんどの写真が榕樹のものでした。
本当に圧巻というか、自然の力の驚異を感じずにはいられなくて
榕樹ばっかり見ていました。
他の遺跡同様に、遺跡の中心から上下左右にシンメトリーに
回廊と小さな部屋が続いていきます。
向こうまでかなりあるのですが、雨上がりだったせいか、だーれもいない。。。
とある壁面に発見した作りかけの文様。
向かい側はびっしり模様だらけだったのに、ここは途中で終わっていました。
真ん中あたりに花が描きかけになっています。
完璧じゃない人間らしさが感じられて、なんだかほっこりして
嬉しくなってしまったのでした。
もしかしたら有名なのかしら?
私はあまりガイドブックを熟読しなかったので、よく分かりません。。。
本番前は食べ過ぎない。
先日、あのイボ痔なオペラの本番がありました(詳しくはこちら )。
ちなみに、歌手の方によれば「あーの いぼーじー あーの いぼーじ」の
「あーの」が肛門の意味だそうで、原語でもあぶないんだとか。
まあ、オペラそのものがものすごい内容なんですけど。。。
ホールの近くには小さなネパール料理やさんがあって、
以前から行きたかったのですが、満席なことが多いんです。
でも本番当日に念願かなってお食事できることに。
80cmくらいの長さのナンが出てきて、ナン大好きな私は
あまりのおいしさに空腹も相まって、すごく頑張った結果、完食。
控え室に帰る頃には苦しいくらいお腹がいっぱいでした。
その後、幕が開き、第一幕を演奏しはじめたのですが、
途中でものすごく苦しくなってきて、手には冷や汗がでてきて
弓も落っことしそうになるし、ピット内は狭いから一幕が終わるまでは
ここからどこにも行けないし、かといってここで粗相をするわけにもいかないし
どうしようどうしようどうしよう。。。と、そればっかりぐるぐるぐるぐるして
弦楽器は基本的にお休みがないので誰にも苦しさを伝えることもできずに
弾き続けなければならず、なんとか一幕終了。
管楽器じゃなくて本当によかったと心底思いました。
お休み時間にスタッフさんが胃薬を買いに行ってくださったのですが
間に合わずに二幕開始。
でもすごく集中して一生懸命弾いたら、幕が下りる頃には
すっかり元気になっていました。
本番終了後、「買って来ちゃったから」と言われて胃薬をいただいて
帰ってきました。
自分への教訓
本番前は食べ過ぎない。
スタッフのみなさん、オケのみなさん、ご迷惑をおかけしてごめんなさい。
もう本番前にネパール料理やさんには行きません。
<追記>
オペラで主役をしていた男性が高校のときの同級生でびっくりしました。
現在はプロの歌い手さんでその道ではかなり有望らしいです
(みんなに親しみを込めて「神」って呼ばれてた)。
思わぬところで再会ってあるものですね。



















