サロマ・アゲイン  そしてロングトライアスロンへの挑戦 -153ページ目

動物注意

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十七キロです。

太平洋

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十五度キロです。

清掃工場

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十二キロです。

雪道

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四キロです

スタート

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雪です。

回想 2005年サロマウルトラマラソン(その11の②)

大変失礼しました。第22話を飛ばしてアップしてしまいました。遅ればせながら掲載させていただきます。既に読者の皆様は70キロの壁を読んでいただいたあとで、60キロの話となりますが、頭の中で整理していただき、堪能していただければ幸いであります。


第22話 キムアネップの森

 60キロ地点を超えると浜佐呂間に入ります。浜づたいに走りUターンするとキムアネップの森に入ります。この森は魔女の森と言われています。しかし、ここでは、木陰の中を走りぬける心地よさを十分に感じていました。そのときには若い女性ランナー、ナンバーが4001だったと思いますが、ナンバーがあっていたら24歳以下の方です。そのときはAさんと「あの番号は○才以下の選手だ。」とかを話しながら、「おねえさん、がんばって!」と声を2人でかけながら走っていきました。それにしても、このキムアネップの森はすがすがしかったでしたが、○時頃(忘れました。)で暑さもピークになっていたころだと思います。そういえば、このとき、あの鶴雅と同じ色の屋根が近くに見えました。あ~もう、こんな鶴雅がちかくにあると思いながら走っていると、それは全然ちがうもので公営住宅のような建物でした。鶴雅の屋根は遥か彼方にあり、呆然としました。鶴雅が近いと思った後だっただけにそのときの気落ちは本当に大きかったです。」

キムアネップの森は本当にすばらしかったです。次回は、第24話となります。

実は、リコさんのブログで宣言しましたので、明日は朝ランに言ってきます。4時スタートの予定です。途中携帯から写真をアップします。リアルタイムでご堪能いただければ幸いです。

今日は休ませていただきましたが・・・。

回想 2005年サロマウルトラマラソン(その12)

 いよいよ終盤に差し掛かってきました。12回目となり、最後の雰囲気が伝わっていただいているでしょうか?この回想記を胸に抱き、さらなる修練に勤めたいと思っています。寒くなるので、モチベーションを高めるためには、何でも利用しないとなりません。


第23話 70キロの壁

 そんなこんなしている間に70キロの関門制限時間が午後1時45分なんですが、結構危ない雰囲気になってきました。そんな雰囲気が2人に共通した認識となり、エイドを次から次へと飛ばしました。そうしないと70キロの関門(鶴雅の看板があって、左に曲がる手前だったと思います。ここでカイチョーミホさんが応援しているのを見つけました。)に間に合わない状況だったからです。そして、とうとうAさんが気合を入れて走り始めました。早いです。私はついていくのがやっとでした。午後1時38分、つまり7分前にすり抜けました。ここからが本当の戦いでした。60キロはある程度気楽にクリアできましたが、70キロは厳しく、80キロはもっと厳しかったです。この2ヶ所の関門をくぐれば何とかゴールまで望みがもてそうでしたが、73キロくらいの地点にある鶴雅の手前でAさんに先に行ってもらいました。ここが本当に厳しく、足が痛さのピークになっていました。

 Aさんとは、それ以前にも結構はぐれては再会したので、また、そのうちに合流できるだろうと思っていましたが、そこからは単独行になってしまいました。鶴雅では念願のおしるこが食べれず、そのかわりそうめんを食べました。

 鶴雅を過ぎ、まっすぐ行ってから右の方向に曲がると直線となりました。ここがもっとも厳しいところでした。本当に厳しかった。ひざに何回もAさんのご主人にスプレーをかけてもらい、だましだまし来ましたが、何とか走っているという状態で、鶴雅まではAさんとずーと話しながら走っていたときには感じなかった、何も話をしない走りは痛みを自分に再認識させる時でした。厳しかった。今から思い出しても一番厳しかった。」

膝痛が 身にしみる 単独行

今日のラン

 6.06キロ

今月累計 49.97キロ(もう少しで50キロ)



朝ラン挙行

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マイナス十度 です。

日増しに寒くなります。暗闇のなかにあるコンビニはホットステーションというのが実感できる時間帯ですね。


今日のラン

 6.07キロ 41分39秒 6:51/km 406キロカロリー

 体重 60.2キロ(ぜんぜん減りません。)

今月累計 43.91キロ

回想 2005年サロマウルトラマラソン(その11)

 大変ご無沙汰してしまいました。サロママラソンの続きです。いよいよレース風景がでてきます。思い出すな~。


「第20話 エイドの王様はアンパン

 レースに話を戻してみます。40キロは何となく通過しました。そうそう35キロ地点でアンパンが出てくるようになり、その後も何カ所かにあってアンパンがあったら必ず3切れは食べました。それとチョコとバナナを一緒に食べて、口の中でチョコバナナにして、その味を堪能していました。それとウイダーインゼリーがでてきました。いつもは1個200円といい値段なので、長距離をかけるときに1個くらい持つのですが、ここはフリーです。そのたびに1つづつもらいました。途中それも食べられなくなり、もちながら結構走っていました。卑しい限りです。思い起こせば、既に食べることが出来なくなっていたのかもしれません。食べられなくなった記憶はないのですが・・・。Aさんはスイカ、スイカと言いながら食べていました。実際スイカも大変美味しくて楽しみの1つでした。中盤はけっこうエイドを楽しみながら走っていました。ただ、サロマの参加選手の多くが楽しみにしているのは73.5キロ地点にあるサロマ鶴雅リゾートで提供されるおしるこです。70キロ関門をクリアし、湖沿いに走る道、ここの道が私には最高につらかった記憶があります。Aさんとファイト、ファイトと言いながらはしりました。この道の鶴雅へ向かう道に「おしるこまであと2キロ」という看板がありました。制限時間も厳しい状態でしたが、ここはやはりおしるこをいただきたいという一心で足を引きづりながら前に進みました。しかし、既に品切れでした。残念。せっかくおしるこを食べるためにここまできたのに、甘いものに目のない私には結構落ち込みました。


第21話 40キロから緑館まで

 話はレースに戻ります。40キロを過ぎてから計呂地の集落に入るまでの景観はすばらしいものでした。左側にサロマ湖を見ながら湖岸をひたすら走るのです。芭露の集落を越え、40キロを過ぎて、42.195キロ(未だにどこだったかわかりません。)を越え、計呂地の集落を出て橋を渡り50キロ地点からやおら坂になっていました。そうだ、思い出した。この坂を走っているときに私は歩かないぞと思いながらAさんと走っていましたが、歩いている人の方が早かったのです。だけど走り続けられました。あそこが1番の峠だったんだ。そしてドンドン坂を登っていきました。すると左前方にレストステーションの緑館の屋根が見えてきました。この辺の記憶も非常に怪しいのですが。とうとうやってきました。緑館に入る直前に番号を見せるためにカニのように横向きになって走り、高校生が番号を読み上げ、そして会場に響くほどのアナウンスがあり、それを聞いたスタッフがあの青い袋を用意してくれるのです。そういえば、もう少しで緑館といったところで、台湾の人を抜かしました。中国語はわからないので、「ニーハオ」と声をかけて走り抜けました。その台湾人は笑顔で答えてくれました。しかし、時間の余裕がありません。レストステーションは袋をもらって、おにぎりを食べてすぐ出発です。ここにはホタテ入りおにぎりがあるのです。3個ほど頂戴しました。そういえば、この時点でも胃腸は快調でした。このときには、はじめ60キロで止めるかもしれないと言っていたAさんもこの分で完走する意気込みになっていました。ずーと併走してくれていたので、私にとってはゴールまでの道案内として本当に助かりました。緑館を出ても坂道は続きます。60キロを過ぎた直後頂上に達し、あとはあおの下り坂です。「あの」というのは、今、そのサロマ湖のブルーが見えて風が吹いてきた、やや前方に下る坂道を思い出したからです。民宿「船長の家」でもらった紙をそのとき実感しました。本当にここまで来たんだと実感しました。」



サロマ湖の 風受けて 感極まれり

今日のラン

 寝坊しました。


日没

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九キロです。そろそろ帰ります。


左ひざ 痛み解消 日没に


今日のラン

11.9キロ(途中でガーミンが電池切れでストップ!!) 1時間13分52秒 6:13/km 897キロカロリー

体重 60.0kg

今月の累計 37.84キロ