百里の道を ・ ・ ・
一年間毎日書く! と決意して今日で11ヶ月。
やっと、やっと残りあと1ヶ月になった。
毎日日記をつけている人たちを、ホント尊敬します。
何度もくじけそうになり、実際ここに弱音を書いたりしましたが
一日中ネタを探し、一日中文章を考える毎日でした。
最初は、ホームページ更新のグチなどを書くつもりでしたが
あっという間にネタ切れになり、自分の恥はもとより、身内や友達まで登場させ
あることないこと書き続け、それでも書くことがないと、創作までして
米粒ほどの話を、東京ドームぐらいに膨らまし何とかここまで来ました。
しかし他人にあまり迷惑はかけられないので、登場させたい人物はたくさんいたのですが
何とか”M”ひとりに抑えることができ、チョットほっとしています。
まっ、”M”の場合はまったく創作も膨らませる必要も無く
書いた通りの人間なので、ブログネタ的にはかなり助かりました。
結局、”M”の家族全員登場させ、娘にはブログを書かせる 羽目にまでなってしまった事は
チョットだけ申し訳ないなあ~とは思っています。
しかし、書くことがあろうがなかろうがあと1ヶ月、
どうやら、なんとか初心貫徹できそうです。
それにしても、
百里の道を行くときは、九十九里をもって半ばとせよ!
とは言うものの、のたうち回るような11ヶ月をすごしてあと1ヶ月なのに
とても残り6ヶ月とは思えんよなあ~
ヤバイ
朝っぱらから”M”から電話だ。
”何か御用?” ヤツのマネをしてヤナ感じで出てみた。
”相変わらずヤナ感じだねえ~”
”そりゃあ、おまえじゃねえ~か! で、何の用だよ!”
”あなた、 「1リットルの涙」 見てる?”
”いや、見てない。”
”あれ、ヤバイよ。 これでもかってぐらい不幸が続くのよ。”
”配役もいいし、見たほうがいいよ。”
”それだけ! じゃあ~ね!”
無神経を絵に描いたような、人でなしの”M”に薦められたと言うのは
チョット引っかかるが、ちょうど昼間に再放送もしているので見ることにした。
”M”は、
”みっともないから、あんまりズルズル泣かないでよ!”
とかのたまっていたが、お涙頂戴のドラマではないようです。
ズルズル泣くことはありませんでしたが、胸に重い何かがズシリとつっかえている感じです。
原作の力がドラマに反映されたいい作品になっている。
死んでしまう不治の病は、ドラマとして最後を作りやすいような気がしますが
この悪くなると体が麻痺してくる病のエンディングをどう作るのか
今からとても楽しみです。
それにしても、今の若い役者はいい演技するなあ~
大映の、アイドル棒読みドラマで育った私などは、
最近の映画やテレビドラマに出演している若い役者さんは、ホントうまくて引き込まれてしまう。
昔のアイドルは演技が下手で、今のドラマにはとても出演できないでしょうね!
涙ぐましい時代
音楽好きなので、我が家で音の出るものは
可能な限り光ケーブルで、デジタル接続がされている。
ピンジャックでアナログ接続されているものと比べてみると
その音のキレにかなりの差がある。
テレビのデジタル放送の音などは、特に差が出る。
低音から高温まで音がクリアすぎて
アナログ全盛、真空管世代の人には逆に耳障りに感じるかもしれない。
しかし、我が家のデジタル機器を見ながらふと昔のことを思い出した。
子供の頃はもちろんビデオなどなく、気に入った番組や曲があれば
ラジカセをテレビの近くにもって行き、内蔵マイクで録音(あくまで音だけ)した。
家族に静かにさせて、そりゃあ大変な騒ぎだった。
まっその頃、テレビは茶の間の主役だったので
たいてい静かに見ていたけど。
中学生ぐらいになるとやっとステレオを買って貰って
FMから録音できるようになった。
フルコーラスまるまる放送していたのは、FMぐらいだった。
もちろんその頃の中高生のラジオ(AM)の深夜放送は
必聴だったから、その中で流れる曲はラジカセで録音していましたが
イントロに言葉が入ったり、ワンコーラスで終わりだったりするので
フルコーラス録音できるのはかなり貴重です。
レコードが買えない中高生にとってFMレコパル(FMのザ・テレビジョンみたいなもの)は必読本だった。
なんせ録音するためのタイマーまで売っていましたから。
今で言う留守録ってやつです。
だから、その当時開発されたダブルカセットは必需品だったのです。
ダブルカセットで曲だけ抜き出したり、お気に入りの曲だけ入ったカセットを作ったり
それを友達にダビングしてあげたり、ネットワークウォークマンに片っ端から
曲をぶち込んでいる今からは想像も出来ない時代です。
たくさん入るので120分テープを使いたいのですがすぐにだめになるので
せいぜい90分です。
CD40枚分も100円ライターみたいな機械に入ってしまうなんて、なんて贅沢だろう
古いカセットテープに入っている曲の後ろで
話し声が聞こえたりすると、当時はかなり怒っていましたが
今となっては、ほほえましいモンです。
私などは吹奏楽をやっていたので、当時の自分の演奏がテープやビデオで残っていますが
同世代の中では、かなり珍しい方でしょう。
しかし、消えてしまう素晴らしさがどんどん減っているのもまた、寂しいものではないでしょうか。
ほとんどのものが、何かにしかも永遠に近い形で残せるので
ライブ感と言うか、その時その場でしか味わえないものが
どんどんなくなって来ています。
思い出の物が残っているのは、素晴らしいことですが
心にしか残っていない思い出は、もっと素晴らしいのではないでしょうか。
昔はよく語り継がれた ”伝説のライブ” などが、最近トンと聞かないのは
ほとんどの物が残ってしまうからに違いありません。
技術が進歩すると、昔よりより便利になるはずなのに
色あせてしまうものが多くなるのは、なぜなのでしょう?
本当は、デジタルよりアナログの方が高機能なのかもしれません。
それにしても、ラジカセに外部入力端子が付いたので、テレビのイヤホンジャックに差し込んで、
直接テレビの音を録音できるようになった時は大喜びした。
しかし、イヤホンジャックは差し込むとテレビの音は消えてしまう。
静かな部屋で、映像だけを見つめながらワクワクしていた
涙なしでは語れないいい時代でした。
ちなみに、次の機種ぐらいで録音しながら音が出るようになりました!
実際見ないと
頭が沸くほど盛り上がっている、ハイビジョンテレビを大型家電量販店に見に行った。
またかとお思いでしょうが、なんせデジタル放送が見れるようになって以来
毎日毎日ネットウインドウショッピングしていると、実際の映像が見たくなってきた。
そうでなくても欲しいのに、見るとさらに頭に血が上りそうだったのですが
とうとう我慢の限界が来たと言うわけです。
テレビ売り場と言うと、並んでいるたくさんのテレビそれぞれに、
いろいろな局の放送が流れていると思っていたら、
画質や特徴を見せるために、全てのテレビで同じ映像が流れていた。
ナルホド!
これなら各メーカーや、サイズなど見比べて選ぶ事が
シロウトでも簡単にできる。
やはり映像物は、実際に見て買わないとダメだ。
仕様書で比べたものと、実際の映像ではやはりぜんぜん違う。
フルハイビジョンパネルを使っていても、画質がイマイチのものもあるし
1024×720でも、フルハイビジョンパネル(1920×1080)よりきれいな画質のものもある。
パネルの性能を生かすも殺すも、映像エンジンの性能次第だと言うことが
実際目で見ると、よくわかる。
カタログ性能だけ比べてもダメだと、痛感しました。
フルハイビジョンパネル搭載なのに、やけに安い物があるのは
この辺に理由がありそうです。
これで、夜中に買い物かごに入れる毎日から
しばらくは(あくまでしばらく)オサラバできそうです。
それにしても、ビエラはうわさ通り、抜群にきれいな映像だったなあ~
使えるけど使えない
せっかくFeliCa機能付きの携帯に買い換えたので、
使うかどうかは別にして、一応3000円チャージした。
実際にチャージすると使いたくなるもんである。
しかし、コンビニで使うほど勇気がない。
誰も見ていない自動販売機しかないなと思いつつ探してはいるのだが、
なかなかFeliCa機能の付いた自動販売機はない。
使えるようにしたのに使えない。
まさにジレンマである。
こうなったら、来年の1月から使えるようになるJRのSuicaで電車にでも乗るか。
でも電車、一年に一回くらいしか乗らないんだよな。
飛行機に乗るときのチェックインも携帯でできるし、電車も乗れるし、コンビニで買い物もできるし
ジュースも買えるけど、何一つ使う機会がない。
使えるのに使えない。
なんてこった!!!
あきらめるきっかけ
車で走っていると、あちこちに警官が立ってるし
パトカーは多いし、秋の交通安全週間か?
と思っていたら、紀宮さまの結婚式だった。
紀宮さまと言えば、我が両親にとって、ある心の傷がある。
心の傷と言っても、紀宮さまには何の責任もない。
自分の息子(つまり私)が口走った言葉に愕然とし子育ての失敗を思い知ったのである。
私自身はまったく覚えていないのだが、子供の頃
”大人になったら何になりたい?”と聞かれた私は、
”紀ちゃんと結婚して、一生楽して暮らしたい!”と嬉しそうに答えたらしい。
それを聞いた我が両親は、”こいつはダメだ!”とガッカリし
”お前が甘やかすからだ!”と夫婦喧嘩になったそうだ。
それ以来、私が何かしでかすたびに、このことを言われ
子供の頃からダメ人間 のレッテルを貼り、自分の子育てを嘆き、
一人っ子なのに、わが子の将来に何の希望も持たなくなった。
そんな事言われたって、一人っ子だからって甘やかすから悪いのである。
そう言えば、欲しかったもので買って貰えなかった事なんか無いモンなあ~
欲しがるもの何でも与えりゃあ、そんな子供になるってモンだ!
まっ、シジュウを超えると、さすがに自分を抑えることができるようになるけどね。
今だって、欲しくてしょうがないハイビジョンテレビを我慢してるとこだ。
これだって何時まで我慢できるか、自信ないんだから。
チョット待てよ?
今、これだけ何でもある時代に、しかも少子化の時代に育った子供たちは
俺より、ろくでもなくなるのか?
そりゃあ、母親に毒薬飲ますやつが出るはずだ!!!
アナログ放送
地上波、BS、CSのデジタル放送が見れるようになって以来、
アナログ放送がぼやけているように見えてしょうがない。
アナログしか見れないときには、まったく気にならなかった
ゴーストまでやたら気になる。
安定して受信しているかぎり、ハッキリクッキリだしノイズはないしもちろんゴーストなんかない。
安定して受信している限りと書いたが、デジタルの特性として受信できなくなるギリギリまでが
安定していると言うことであり、電波の弱い強いはあまり関係ない。
BSとCSは、強い雨には弱いらしいが、いまだその経験もない。
またその音も素晴らしいデジタルサウンドで、ステレオにつないで聞くと、さらによくなる。
そう言えば、携帯がデジタルに変わった時、その音のよさに驚いた。
デジタルは切れやすいなどと最初は言われたが、そんなことはなく結局主流になった。
ホント、デジタル放送を見出したら、アナログなんかぼやけてて見られませんね!
それにしても、人間の贅沢には限りがない。
よりよいものを体験すると、普通によかったものが悪く見えてしまう。
地上波のハイビジョン放送だってそれなりにきれいだったはずなのに、
デジタルハイビジョンを見てしまうと、まったくきれいだとは思わなくなってしまう。
さらに進歩して画質がよくなれば、デジタルハイビジョン放送もぼやけて見えるのでしょうか?
パソコンが!
とうとうと言うか、やはりと言うか、朝パソコンの電源を入れると立ち上がらない。
厳密に言うと、BIOS画面のまま止まってしまいOSが立ち上がらない。
初めて買った遅いパソコンに頭に来てCPUを買ったら
マザーボードが対応していなかったので
またまた頭に血がのぼって、パーツを買ってきて自作したパソコンだ。
作ってから3年以上経つので、もう寿命なのだろうか?
いろいろ試してみると、どうやらBIOSが、最初に機器の確認をする過程で止まっているようだ。
仕方ないので、ケースを開け、CPUはもちろんメモリー、各種ボード、配線などを
全てさしなおして、掃除機で掃除し買ってから一度も交換していない
マザーボードのボタン電池も交換して、もう一度電源を入れた。
つっかえっつかえだが、なんとか立ち上がるようにはなった。
しかし、いつもは一瞬で終わるBIOS画面が30秒ぐらいある。
どうやら、BIOS自体がやられているようだ。
しょうがないのでBIOSのアップデートをすることにした。
メーカーサイトに行ってみると、バージョンアップされたBIOSが
公開されていた。
今時のマザーボードは、普通のソフトをアップデートするように
Windows上でBIOSのアップデートができるが、
なんせ3年前に買ったものなので、フロッピーで起動ディスクを作って
DOS上でインストールしなければならない。
きわめて面倒な作業がやっと終わって、再起動するとやっと元に戻った。
メーカー製を買ったのであれば、修理に出せば済む話なのだが自作ではそうもいかない。
今まで、数々のトラブルを自分で克服してきた経験が、幸か不幸か今回も生きた。
至れり尽くせりのメーカー品を買うのもいいけれど
パソコンは、今時では数少ない自作できる電気製品である。
多少性能は悪くても、手がかかればかかるほど、ますます愛情がわくというものです。
すでに始まっている
チョット前に、首都高速の均一料金を、
一般の高速道路のように距離制にする案がニュースになっていた。
しかし一部の特定区間ですでに始まっている。
今日、都内に向かって中央道を走っていると土曜日となのに意外とすいていた。
中央道を上っていくと、そのまま首都高速になるのだが
混んでいると思って、終点の高井戸で降りるつもりだった。
”こりゃいいや!”とそのまま首都高に入ると永福料金所の先が渋滞している。
しょうがないので永福で降りたのですが、我がETCが出口の途中でいきなりアナウンスした。
”払戻金は、○ ○ ○ 円です。”
いきなりだったので金額を聞き逃した。
本来首都高は入り口にしか料金所がないので、この永福を例に取ると
下り(都内から中央道方面)は、永福で乗ると700円ではなく
区間料金(確か200円ぐらいだった)で乗れるのだが
上りは、永福で降りてもその前に料金所があるので700円払わなければならなかった。
しかし、ETCは料金所がなくてもアンテナを立てればいいので
いったん料金所で700円(本当は600いくらなのだが通る時間や曜日で金額が変わるので覚えきれん!)
払って、出口を降りていくと差額を払い戻すってな方式だ。
昨日も途中までしか完成していない横浜線を通ったら出口で料金が戻ってきた。
工事中だからかな?と思っていたらそうではないようです。
ETCは料金が安かったり、料金所をスイスイ通れたりするだけではない。
いろいろ便利だと言うことです。(さすが株式会社! 公団時代とは違う!!!)
この分だと、半年も経たないうちに取り付けた元を取ってしまいそうです。
それにしても、今日は土曜日なので現金払いのほうはシコタマ並んでいたなあ~
そうでなくても平日と違って、ノロい車が多くてイライラするのだが
並んでる横をスーット通るだけでも
精神衛生上非常にいい!!!
ほんとに悪なのか?
今日仕事で木更津に行ってきた。
何年ぶりかでアクアラインを使ったのだが、
私の住んでいる多摩市から木更津市まで、ナント2時間で行ってしまう。
首都高を通り過ぎて湾岸→京葉→東金のルートでは考えられない手軽さだ。
アクアラインと言えば、四国の3本の橋と共に、無駄遣い公共工事の槍玉に挙げられていた。
私自身もそうだと思っていたのだが、実際用があって使ってみると便利なことこの上ない。
四国の場合も、フェリーで渡っていた頃とは比べられないほど手軽になったのは事実だ。
特に、アクアラインは首都圏の渋滞解消計画のひとつ圏央道の一環である。
アクアラインも含めて、東京の周りをグルッと一周する圏央道が完成すると、
首都圏の交通事情が激変する。
公共工事削減、特に道路財源を一般化して計画途中のまま中止になるようなら、
それこそ無駄な道路が日本中に完成する。
計画の途中だから一見無駄に見えるものが、たくさんあるのではないかと
国境(県境)の長いトンネルを抜けるとそこは海?の素晴らしい眺めを見ながら
ふと考えてしまいました。
しかも、こういった大型プロジェクトには最新の技術がふんだんに注入され
また研究開発される。
世界に誇る日本のトンネル技術、つり橋の技術はこうして生まれたものだ。
一般に言われる”無駄なもの”が本当に無駄なのか
熟慮する必要があると思います。
改めてアクアラインを通ると、半分トンネル半分つり橋
東京湾の自然環境にも配慮したこの建築技術は、ホントすばらしい!
いい仕事をした技術者とは対照的に、公共工事を食い物にして
高コスト体質にしてしまった連中は、いっそ死刑にでもしたらどうでしょう!!!