そよ吹く風に何気ない季節を過ごしてきました

イヤなことも多かったです

それでもその揺らめく日々が本当はキラキラとした

自分らしく居られた時でした

 

風に揺れる木々の間からザワザワと不規則に騒めく

陽の光が目に鮮やかでした

あの日の自分を思い出してくれる人は

ホントは自分と一部の人しかいないのにね

 

仕事だって本当に自分の為かい?

でも明日に向かってみんな 走っているんだ

そしていつかやっと気づくんだよ

 

井伏鱒二の言葉

「花に嵐のたとえもあるさ さよならだけが人生だ」

 

ひととの別れも必ずやってくる

それも突然だと受け入れるのに数日掛かることもある 

・・・・涙すら出やしない

流した方が楽なのにね

 

 

それでも  明日に向かって走ろう・・・?

・・・・・・ひとは悲しいね

近所の年配の女性(一人暮らし)動物好き

ちょっと心配なくらい猫好き

本人も既に何匹いるのかは把握していないみたい

大家さんへの申告は10匹くらい、でも見た目30匹は出入りしてそう

 

その女性の家の周りには他に民家は無いのでやりたい放題

隣には農家さんの倉庫があります

 

そこにはネズミホイホイが仕掛けてあって

時々、子猫が掛かって

身動きできなくなって救助を要請している

・・・・・猫ホイホイ?

ちゃんと全猫 助かっているらしいです

 

家に面してる農道には「猫 出没注意」の看板が

・・・有るわきゃないね

「猫 飛び出し注意」やろね

私も車でそこを通るたびに徐行しています

なんたって『激』猫踏んじゃったは経験したくない

 

近所のコメリで15~20KG 位の肥料袋みたいな猫エサ、カリカリを買ってくる


因みにトイレは裏山・・・「野」ですな

 

猫は性格がそれぞれ違う

物陰からジッと様子を窺う猫、近くまで行くと逃げ惑うやつ、逆に私に上ってくる猫や、

一緒に居ようとか訴えてくるような子、

お腹を触りなさ~いとばかりにゴロゴロしてくる猫、

見ていて飽きないけど、ウチにはもう2匹いるので、これ以上は飼えない

 

出荷しても引き取り手が居ません

 

こうなりゃあ しょこたんの手を借りて😸園でも作って拝観料を取るしかないのでは?

 

 

それでも  明日に向かって走ろう

 

台風19号で被災された方々、

お見舞い申し上げます

旅立たれた方々、

心より・・・・心よりご冥福をお祈りいたします

 

私ももうすぐ行くからね

また縁を紡いでいきましょうね

 

DOM LA NENA - SAMBINHA

ドム・ラ・ネナ(ドミニケ・ピント) 1989~

 

 

Dom La Nena (ドム ラ ネナ)

色々な地域の多様な音楽を集約する才能のあるお方のようです

 

何気ない平凡な生活に希望が感じられそうです

そぼ降る暖かい雨に重ねるリズム

人の幸せはこんな手の届く小さな瞬間にあるのでは?

(雨のシーンの公衆電話もブラジルらしいです)

(大竹富江さん作では無さそう)

 

Dom La Nena

他のPVでは見せてくれない自然な笑顔が鮮やかです

sambaもbossa novaも良いけど・・大好きだけど

その中を漂うサンビーニャも好きかなぁ

 

笑顔は大事ですね

人と人の緊張の垣根を軽々と超えて魅せる力があります

 

何より人は一人で長い間居ると自分すらも無くしてしまう生き物だから

他人との距離を縮める笑顔は赤ちゃんも本能的に振り撒きます

皆が幸せを感じられるならそれが生きている意味では?

 

だいぶ前に流行った検証できない

R・ドーキンスの利己的遺伝子の所為だと

言われると、身も蓋も無いのだけれど

 

・・・・・・最近、笑ってる?

 

 

 

CNN

https://www.cnn.co.jp/fringe/35141104.html

 

(CNN) 猫が名前を呼ばれても知らん顔をしているのは、自分の名前が分かっていないためなのか――。そんな疑問を持った日本の研究チームが検証実験を行い、科学誌に論文を発表した。

研究チームによると、実験の結果、猫たちはさまざまな音声の中から自分の名前を識別できていることが分かった。つまり、名前を呼んでも反応しない猫は、分かっていて無視を決め込んでいるらしい。

実験は飼い主の自宅で、飼い主の見ていないところで実施した。猫の名前と同じようなアクセントと長さの名詞を幾つか選び、飼い主と他人にその単語と猫の名前を発音してもらって録音。15秒間隔で猫にその音声を聞かせた。猫の名前はいちばん最後に再生した。

その結果、飼い主の声であれ他人の声であれ、ほとんどの猫たちは自分の名前を聞かされると、頭を動かしたり耳を立てたりして何らかの反応を示した。

「少なくとも普通の家庭で飼われている猫は、自分の名前と一般的な単語および別の猫の名前を区別できるらしいことが分かった」と研究チームは結論付けている。

猫に人の言葉を認識できる能力があることが実験で証明されたのは初めてだという。

実験は猫カフェの猫たちに対しても行った。その結果、猫カフェの猫は、自分の名前と同じカフェにいる別の猫の名前を区別できていないことが判明した。ただ、自分たちの名前とそれ以外の名詞との区別はできていた。

 

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猫と一緒にいる方々は、結論付けられなくても分かってますよね

猫はちゃんと自分の名前を認識している

それでも

聞こえているのにわざと無視する

機嫌が良いとこっち向いて「ニャッ」ってお返事する

普段は尻尾でお返事・・・パッタンパッタン!

尻尾をピクピクさせるだけのこともしばしば

無視するときは尻尾も動かない

しつこく呼ぶと尻尾がユラ~~~って たなびく

もちろん顔はこっちを向いていない

 

 

2006年 やっと目が明いた位の頃に捨てられてた 勿論赤ちゃん

 

 

2019年現在、大きくなりました マヨネは同じ容量かなあ?

 

 

 

好きという代わりに尻尾が揺れるの

う~~~ん そうかもしんない

「頑張る!私負けない!」とか思わせてくれるしっぽのきもち

既に猫谷山ワールドに引き込まれているのかも・・・

 

友達がいない?

あっ・・・・・わたしかも?

名前呼んでもどうしようもないかも?

 

旧い友人は居ます

友達とはいえ

困った時には呼べないかもです

友達だからこそ呼べないかも。。。

それを友達と言えるのか・・・?

 

冬だって、春だって、夏だって、秋だって

言えないものは言えないんだよ

 

そんな友情もあるように思います

 

 

それでもキャロル・キングの歌声は心震わせます

It's Too Late.の流行った夏、そこから徐々に飛躍する日本経済

そんなこととは無縁に紡ぎ出された思い、歌声が今でも

若き日、永遠の魂を揺さぶるのです 合掌

 

合掌って殺すんじゃね~よ!

 

でもね でも「だって友達だもの」って言ってくれる あなたが大好き

遠くに見えるのはワットアルン?だと思う

三島由紀夫先生の「暁の寺」で知られてますなあ

もちろんタイ王国ですがな

ワットとはお寺のこと

バンコク(クルンテープ)ではワット・ポー

ワット・プラケオなどが有名らしいです

 

夜来香 小野リサ氏

 

ハンドカチーフ(ハンカチ) T.K 

好きだったジョイスは今どうしてるのかなあ

赤い服着てる方ね もう普通の生活送られてるのかなあ

タイはそちら方面には厳しいからなあ

街に出ればみんなストローの中に・・・

・・・おやおや?

 

 

本家本元 李香蘭 本人 

参議院議員を務めた山口淑子さん

時代の波に翻弄された稀代の天賦の才の持ち主

わたしが天津の租界にいた頃は・・・・(うそつくな)

 

あなたの姿を今も探してしまう

迎えに来る素敵な人がいるかもしれないのに

 

あなたの姿を探してしまう

あの頃の面影を探しているかのように

 

あなたの姿をいまも探してしまう

鮮やかな思いを押し花のように心にたたみ込んだあの日

 

紫陽花のように移ろいやすい虹にかすんだ雲のように

煙った雨の日に逢いにいった自分勝手な私

 

暑い夏に似つかわしくない冷たい雨に

街を彷徨うほどロマンチストではないけれど

それでも未練がましいのは男の性かもしれないですね

 

一生連れ添ったかもしれない貴女の笑顔ももう思いだせないくせに・・・

 

 

 

 

 

 

 

お久しゅうございます

こんなブログに来ていただき誠にありがとうございます

スマホ全盛で情報もスクショで済ませるこのご時世

全てが楽に空気を読んで 平均化してしまいそう

 

他人と違うからこそ面白いと思うんだけどなあ

違うことをしてると不安感はあるが、生き抜ける確率が高くなりそう

家や近所の猫を見てると性格が皆、違うことが生きていくための方策、

手段ではないのかと思わされます

 

C・ダーウィンも言ってますよね

「強いものが生き残るのか?いや、変化に適応できるものが生き残る」

 

そういう意味では

「私は淘汰されてしまいそう」

おじいちゃんはどうでも良いことにこだわりが強くありそうです

 

それでも「夜のブランコで待ってる」なんて言われた日にゃあ😸

・・・・まぶしくて胸が痛い

 

無いけどね・・ガハハッ!

 

 

夜のブランコってとこが怖い

人工的な灯りに彩られた怪しさまでが行きつ戻りつする

人の心を暗喩しているみたいです

 

こういう女性に魅入られたら男は観念するしかなさそうですね

・・・・それともそれが本当の意味で「幸せ」?

 

男は自滅、破壊願望は勝手なロマンとして

心の奥底に仄かに煙草のように燻らせているみたいだから・・・

 

現実的と認識されているらしい女性は・・・・?

 

春 今年も何気なく私達の記憶を揺らしていった桜も

いまは初夏の風をまとい眩しく輝いて見えます

 

ふとカーラヂオから季節外れの秋風のように

流れてきた聞き覚えのある歌に思わず仕事を忘れ

新緑の下、聴き入ってしまいました

 (・・・仕事せんか~~い!)

 

某歌の元歌としては余りにも有名だけれども

LINKさせてくださいな

 

ジミークラントン 1962年

Jimmy Clanton - Venus In Blue Jeans

この歌も結構 趣があって良いんだよ

歌詞も簡単で聞き取れるしね・・・

 

 

 

時代を鮮やかに彩った

大瀧詠一氏、松本隆氏の楽曲は色褪せることは無いですね

 

Venus In Blue Jeans 1962年

わたし、まだ生まれていないかも?

 (おやおやっ!)

 

桜の花も暖かな風に誘われ

季節はずれの雪のように街に降り注いでいます

 

川沿いの陽に照らされた花々は

花筏となって川面を彩っています

 

北向きの窓を開けると花吹雪のかけらが

冬の名残を伴って絨毯の陽だまりに落ちてきます

 

あと幾つ、この季節にこころ動かされることでしょうか

季節を重ねる毎に自然の営みが

目に沁みる青い空とともに 胸に折り重なって来るようです

 

永くないかも・・・・ 笑)

 

作詞 寺山修司 高取英

作曲 PANTA

 

戦争と戦争の間にいることを実感させられる今、

束の間の秩序の保たれた現在

人間を超えた「力」にサーカスの芸当をおしえる時が

やって来ているのではないのでしょうか

 

せめて子供達そして無辜の民が犠牲にならないような

「力」の使い方を覚えて欲しい

 

歴史は繰り返すというけれど

人類は過去に学んでいける智慧を身に付けていると思いたい

それはとりもなおさず自身の未来、

繁栄にも繋がっていることではないのか 

・・・と臆病者の為政者達に問いたい

 

 

歌詞に出てくるジンタとは小楽隊とのことらしいです

戦時中に兵隊さん達を鼓舞したジンタではなく

広告、宣伝を担った賑やかしの平和なジンタのことを言ってるようです

 

伝説の天才ROCKER PANTAの歌声に郷愁、共感を覚えるのは

きっと わたしだけではないと思います