軽快に廊下を駆ける音が響く。医療班のエリアに入り、ドアの前で止まる。
「ここで合ってるよね」
そう独り言をいいながらガクがドアを開けると、文子は日誌をつけている最中だった。
「ガクか。どないしたんや」
文子が顔を上げて声をかけると、ガクは満面の笑みを浮かべる。
「やっと会えたね、アヤ姉!久しぶり」
「ああ。用事やないんか」
顔を見に来ただけかと思ったらしく、文子は再び日誌に目を落とす。
「いや違うよ。新しい仕事だって!外で働くやつ。同じチームだし、一緒に行かない?」
「なんや知らんけど、うち今日来たばかりやで。慣れへんのに」
「うーん。でも危ない仕事じゃないし。気分転換にどうかなと思って」
文子とガクの話を遮るように、ガチャリと音がしてドアが開く。
「アヤコっていうのはいるか?あんたか。間違いないな」
真っ白な髪、フクロウのような丸い目。カイトだった。
「え?せやけど……」
呆気に取られる文子の襟首を、カイトが乱暴に掴む。
「行くぞ。行き先は曽利国(そりこく)智那市(ちなし)だ。医療器具を一通り持って行け」
「え?はあ?」
引き上げられて無理矢理立たされた文子は、顔をしかめながらカイトを見上げた。
「ちょっとカイ兄、レディになんてことを!ていうかさ、アヤ姉はボク達と一緒に行くんだけど」
「そっちはレイラ達もいるだろうが。こちらは人手が足りない。行き先は同じだから文句を言うな」
「え、そうなの?」
「少し任務が違うだけだ。先に行っておくぞ」
しぶしぶ救急箱を手にした文子の腕を引っ張ると、カイトはあっさり部屋から出て行く。
「どうしよ」
残されたガクは、ぽつりと呟いた。
「はあ?いない?出て行った?どこへ」
ヒナタが内線電話に向かって話し続ける。やがてため息をつきながら受話器を置いた。
「どうしたんですか」
「アヤコ、出て行ったって。カイトが自分のチームに同行させたらしいわ。困ったものね。早い者勝ちじゃないっての」
「今からでも、何とかできませんかね」
タクトの言葉に、ヒナタは黙って首を振る。
「必要ないわ。私達が行く予定の智那市に向かったらしいって聞いた。確認すれば分かることだけど、おおかた別の任務があって駆り出されたんでしょうね」
「どーもー」
見ればガクが入って来ていた。会話はある程度聞いていたらしい。
「兄ちゃん、ヒナタさん。アヤ姉行っちゃったよ。早く追いかけようよ」
〈おまけ〉
智那市は今回初出の都市ですが、曽利国の中にあるので移動距離はあまり長くありません。
加多市(かたし)が福岡県北部だという設定で、智那市は熊本寄りですね。
山が多く、海のイメージが強い加多市とはやや雰囲気が違います。
牛と黒糖とさつまいもが名物。豊かな山の水をとりいれて作っているので、農作物は何でもおいしいと評判です。
加多市のご当地キャラ「かたくり子ちゃん」に対抗してデザインされた、智那市のご当地キャラ「ちなうしくん」。さつまいもをイメージした黄色と紫、黒糖をイメージした黒の宝石をつらぬいた首輪をしています。その部分をのぞけばほぼただの牛なので、「地味」と智那市民からはからかわれているそうです。
「インセクト・パラダイス」は完全フィクションの小説です。
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