「どういうこと?」
要領を得ない表情のガクの隣に、そっとセルウィンが歩み寄る。
「あれを見よ」
セルウィンが指さすのは、今しがたタクトが見た工事現場の風景だった。
「うん」
ガクは返事だけすると、山を切り崩す様子を呆然と眺める。
「山が削られ、木が切り倒されたのだ。住処を失ったカミキリムシは、他の木に移る」
「そうだよね」
ガクは頷く。
「群生相というものを、知っておるか」
「あれだよね、イナゴとかにあるやつ?性格が変わっちゃうんだよね、集まると」
「さよう。どうやら、今回はその変化がシロスジカミキリに起こったようであるな」
「え?なんで?」
「残された少ない木に、シロスジカミキリが集中しておるのだ」
「ああ、そっか!だからさっきあんなたくさんいたんだ」
腕組みをしていたカイトがずいと顔を近付ける。
「つまりだ。シロスジカミキリが狂暴化して、近付く工事関係者を襲う事例が発生しているんだ。1日に必ず10人以上被害が出る」
「ええ!何それ怖い」
―なるほど、だからセルウィンさんは「天罰」って言ったのか―
騒ぐガクの後ろで、タクトはひっそり思った。
「せいぜい指や腕を咬まれる程度だがな。命に別状なんかないが、確実に仕事に支障が出ている。だから調査と駆除が必要なんだ」
カイトが最後まで話し切らないうちに、ヒナタのスマートフォンが振動する。ヒナタは黙って画面を見た。
「長話はここまでだ。お前達も薬剤銃を持て。2人1組で行動するぞ。ヒナタはガクとタクトの援護だ」
「ああ、それなんだけど」
ヒナタは手元のスマートフォンをかかげる。
「本社からメール。方針変更よ。工事現場付近のシロスジカミキリの生け捕り命令が入ったわ。全部で100匹」
「ええ?そんなに?」
ガクが手のひらで頭をおさえながら叫んだ。
「7人だと、1人どのくらいだ?」
カイトがハルを見やって言う。
「14.28程度です」
ハルがさらっと答えた。
「さすが、速いな」
「でも俺、やりません」
「何だと?」
「怖いです」
カイトがハルをにらみつけている横で、セルウィンが呟く。
「それがしも遠慮いたす」
「どうしたんだ、珍しい」
黙っていたレイラが口を開いた。軽く振り返りセルウィンが言う。
「あの工事現場を見て思ったのだ。自業自得だと。調査は必要であろうが、彼らのために捕獲などしたくはない」
「だと5人だな。いいじゃないか、計算が楽で。あたいでも分かるよ、1人20匹だな」
〈おまけ〉
「相変異」というものを聞いたことがあるでしょうか。一部の昆虫に見られる独特の減少で、生活する環境によって習性・性格などが変わることをいいます。
サバクトビバッタと呼ばれる昆虫のものが有名。よくこれがイナゴと勘違いされるのですが、厳密にいえば違う系統の昆虫。どちらかというとトノサマバッタに近いです。とはいえ、イナゴにも比較的近い姿はしています。参考程度に、ツチイナゴの画像を置いておきます。
サバクトビバッタは群生相と孤独相では行動様式も姿も変わります。群生相とは個体の密度が高い状態で、要するに狭い場所にたくさんいる状態。孤独相は逆で、広い場所に少ししかいないような状態。
群生相になると、色が黒っぽくなり羽が長くなります。より個体同士がくっつき合うような状態になり、集まったまま長距離移動するようになります。行く先々で食物を食べつくしてしまうことになり、農家にとっては脅威。蝗害(こうがい)と呼ばれ、昔から恐れられてきました。
今回は、この相変異によりシロスジカミキの狂暴性が増したという話になっています。シロスジカミキリが相変異を起こす話は聞いたことがありませんが、これはあくまでフィクションなので良いことにしておいてください。
「インセクト・パラダイス」は完全フィクションの小説です。
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あらすじ
