「カミキリムシの…乙女?」
タクトが確認するように言うと、ガクはにっこりと微笑んだ。
「そう、ルリボシカミキリだよ。学名が『美しい乙女』みたいな意味だったかなあ」
「ふーん」
「さすがカミキリムシの聖地だねえ!こんなレアなのがいるなんて」
「シロスジの方に駆逐されずによく残ってたよな」
「食べるものが違うから大丈夫だよ。ルリボシカミキリは朽木が好きなんだよね」
そう言いながら、ガクは腰をかがめて姿勢を低くする。
「何やってるんだ?」
「スマートウォッチで写真撮って、お父さんに送ろうかなって。喜ぶよきっと」
ガクはじりじりと距離をつめていく。警戒されないよう体を低くしたまま、左腕だけを思い切り伸ばした。タイマー機能で写真を撮っているらしい。
「わあ、なんかお高い布みたい!細くて短い毛がフサフサー!よし、もう1枚違う角度で」
1人で勝手に盛り上がっている。
「おい、いつまでやる気だ?早い者勝ちなんだから急がないと」
「そっか!」
ガクは我に返った顔で立ち上がる。その拍子に、ルリボシカミキリは飛び去ってしまった。
日は少しずつ傾き、足元だけ見ていても陽光が弱まってきているのがわかる。
「兄ちゃん、もう走って先行っていいよ。森の端っこが見えてきたし」
ガクが、獣道に毛が生えた程度の細道を下りながら言う。
「そうだな。さっきロスしたぶんを取り返すか」
タクトは軽く足首を回して準備運動をすると、大股に林を抜け、そこから一気に加速した。
「いってらっしゃーい、あっ」
ガクはふと左側の木に目をとめる。
「やっぱりね。20匹目発見、と」
木のくぼみに体をねじ込んで身をひそめるシロスジカミキリを、ガクは得意げに捕まえカゴに滑り込ませた。
―よし、建物が見えてきた。なんとかスタミナはもちそうだな―
タクトはペース配分を計算しながら、一定のスピードで事務室のある小屋に向かっている。が、すでにそこには先客がいた。遠くでも目立つその白い髪は、間違いなくカイトのものだ。別方向から、小走りに小屋へと近付いているのが見える。
―向こうの方が少し近いか?いや問題ない。オレがペースを速めれば―
タクトはスタミナ切れのリスクを承知でスピードを上げる。向こうが気付かないうちに一気に追い抜いてしまえば勝算がある。
「ちょっと待ちなさいタクト!」
また違う方向から、女性の声が響く。わずかに振り返ると、髪を振り乱し走るヒナタの姿があった。
〈おまけ〉
ルリボシカミキリは、朽木、つまり死んでしまった木を好むカミキリムシです。名前からなんとなくわかりますが、青い体に黒い大きめの斑点があるのが特徴。青緑っぽいのもいます。表面に毛が生えていて、ビロードっぽく見え上品な感じです。
学名は「Rosalia batesi」で、Rosaliaに「美しい乙女」という意味があるそうです。昆虫に乙女って学名は珍しい気が。ロマンチックですね。
私は読んでいないのですが、「ルリボシカミキリの青」なんて本もあります。教科書にものっているらしいですね。一度読んでみたいです。
「インセクト・パラダイス」は完全フィクションの小説です。
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あらすじ

