フリー「白鳥の湖」でも、高難度の技、3-3,3A をやって、浅田真央さんは、四大陸選手権で優勝しました。

私達の希望は叶いました。 そして、まだ、ソチオリンピック迄、夢は続きます。


ところで、テレビ中継で、ショートの演技の点数が出た後に、キス&クラで、佐藤両コーチの間に座っている浅田真央さんが、誰に言うでもなく、何か しゃべっているところがありました。

翌日の フリーの放送の時には、その画面が、

“やっと できた。 よしっ!”

という テロップ付きで何度も放送されました。





そうか、そう、言っていたんだ、  涙ぐましいナァ・・・と、初めは 思いました。


けれど、少したって、何気に、心に湧いてくるものがありました。

 あれは、あの競技場の空気の中に居る、浅田真央さんのお母様と、彼女は話していた、ということかもしれない・・・・。



段々、そうに違いないように思えてきて、私は、泣けてしまいました。


女子のフリー競技を見る前に、私は、気持ちを整える - - -、



浅田真央さんの、3Aが入ったプログラム、!、!、!、!、サイコーですね。


必ず、又、見ることが出来るって、心の内には思ってはいましたが、実際に目の当たりにする というのは、そういう、期待を心に籠らせて、じっと、想像していることとは、全然、違う。



完全復活。 再生真央。 時間が戻った。 乗り越えた。 不滅の真央。 真の実力者。 本物。 神。・・・・・


・・・・もう、何でもいい、あらゆる賞賛のことばを全部言いたい、でも、どうしても、段々気持ちが高じて、ことばが無くなってしまいます。



 (男子フリーで、中国の16歳の選手が、‘仮面舞踏会’をやりましたネ。~ ~ 曲を聞きながら、目の前には、浅田真央さんの姿が甦ってしまいました)。



浅田真央さん自身のガッツポーズ、あの 喜び方を見た時、フィギュアスケーターとして、リンクに誕生した時の彼女は、今、還ってきた という思いが咄嗟に湧きました。


活き活きとして、屈託の無い、清々しくも気高い。



そして、今日は、その気高さの極み、‘白鳥の湖’ を 私達は 見るのです。






ところで、男子シングル の方は、ちょっと、盛り上がりませんでした。 高橋大輔選手はショートの曲を変えて、オーラに曇りが掛かってしまったように、私は感じました。 霞み始めた採光は、一日でさらに暗くなり、フリーの演技は、(昨年の)高橋選手ではない、まるで他人のような滑りではなかったでしょうか・・・・・。

読売新聞 1/24付け、朝刊に載っている 「週刊新潮」 の広告の見出しの中に、‘高得点の理由が見えない「キム・ヨナ」のアンダー・ザ・テーブル’ というのがあります。


今更、という感じの記事です。 (ぶろぐ村に出ているブログを見て、そこに書かれてある範囲で、中身は読んでしまいました)。


私は、yahooの方の、以前よりやっているブログに、「週刊新潮」 について思うことがあり、↓ の記事を載せたことがあります。



重陽の節句を祝う、『スポーツ報道』



予てより、スポーツ選手を、けして立派に褒めるということをしないこの週刊誌に、実際、漸く、この選手の採点の怪しいことが載ったからといって、私は、気持ちがスッキリするようなことは、全く、ありません。


只、先日の テレビ東京 の放送もありましたし、


・・・・・外国 (韓国) からの献金を貰っていた政党が政権を失って、“採点疑惑” についての報道は解禁になったのだなぁ ~ ということを、感じています。



「週刊新潮」 は、その緊縛が外されて、単に、貶すスポーツ選手のリストの中に、キム・ヨナ選手を加えただけに過ぎない、と、私は思っています。




浅田真央さんの一点の汚れもない、素晴らしいところを称える、ということをしない、そういう週刊誌を、本屋に行って手に取ることは、私は、けしてしません。